第21話
「いやぁ、お待たせしました」
「別に待ってないけどね。来てから10分も経ってないよ」
「ああ、それは良かった」
ケイとタキタ、ニールは出入国管理局の前でようやく落ち合った。時刻は11時過ぎ。タキタは手続きに3時間もかかってしまったのだった。
「いやぁ、本当に暇で暇で。ずーっと端末でゲームやってましたよ。おかげで随分レベルが上がりました」
「そりゃ何よりだね。それで、手続きはちゃんと済んだの」
「ええ。無事に済みました。あとは許可待ちですね。やっぱり明日の昼ごろになるだろうって言われました。だからまぁ、今日はもう何もすることはありませんね。あとは1億を待つのみです」
「はいはい。で、昼は食べてないんだよね」
「そうですね。ずっと施設の中に居ましたから。あそこもこんな待ち時間長くなるんなら食堂のひとつでも確保しておいてもらいたいもんです」
「お役所の施設だからそういうわけにいかないんでしょ。で、どっかで食べる? 私達はもう食べたから要らないけど」
「おや、もう食べたんですか」
「ニールに誘われてね」
ケイは親指でニールを指した。ニールは恥ずかしそうにうろたえた。
「おや、ニール君が誘ったんですか。随分積極的になりましたね。良い傾向ですよニール君」
「は、はい。カルネっていうのを食べました」
「おお、トゥキーナと言えばカルネですからね。良い選択です」
「ニールのやつ辛いソースかけ過ぎてものすごいむせててさ。笑っちゃったよ」
「そ、それは言わないでくださいよケイさん」
「ああ、ごめんごめん」
そう言いながらもケイはニヤついていた。よほどニールのむせる様が面白かったらしい。ニールはそんなケイにムキになって怒っていた。
「...そうですか。それは良かった。お二人とも楽しく過ごせたようで何よりですよ」
「それで、昼ごはん行くの?」
「いえ、止めときます。3時間近く待ちぼうけを食らって疲れました。リタさんの船にある有り合わせでゆっくりしながら食べますよ」
「意外だね。あんたならすぐに街に繰り出しておしゃれな店でも探すかと思ったけど」
「私だって馴染みの空間でゆっくりしたい時くらいあるんですよ。さぁ、早く船に戻りましょう」
「わかったよ。そうしようか。良いかなニール」
「はい。全然大丈夫です」
「よし、なら戻ろうか」
3人は船に向かう。出入国管理局前にあるバス停に行くとほどなくして空港行きのバスが現れた。眼の前に来たバスは乗客でパンパンだったが、ドアが開くとその半数近くが降りていった。そして、そのまま出入国管理局にまっしぐらに歩いていった。見れば施設は入り口から人が溢れすごい人だかりになっている。朝来たときにさらに輪をかけた数だ。
「早く来て正解だったね」
「昼過ぎがピークらしいですね。あれからまだ増えるらしいですよ」
「ホントに早く来て正解だった」
3人はバスに乗り込む。空いている席を探すと一人用の席がひとつと二人席が一組、若干離れて空いていた。一人用にケイが、残りの二席にタキタとニールが座った。バスはゴトゴトと走り出した。トゥキーナの町並みが窓に映る。メイフィールドほどではないがそれでも結構な都会だ。繁華街には高いビルが立ち並び、道にも人や車がひっきりなしに動いている。そして日差しが強い。赤道付近だからだ。
「いやぁ、疲れましたよ。ニール君はどうでした。どこまで行ってたんですか」
「サンタ・ヴィスタ記念公園ってとこです」
「ああ、公園ですか。羽を伸ばすにはうってつけですね」
「動物園とか行ってきましたよ」
「ほうほう。いやぁ、随分楽しかったみたいですねぇ。ケイさんが普通に笑ってたところ久々に見ましたよ」
「そ、そうなんですか。ケイさんは笑わないんですか」
「ええ。まぁ、見ての通り始終しかめ面ですから。少なくとも私のユーモアで笑ったことは一度もありません」
悲しい事実だった。しかし、ニールはそんなことお構いなしでタキタの言葉に笑みを浮かべた。
「そ、そうですか。それは良かった」
「.......。おや。ニール君。あなた....」
「え? なんですか」
「いえいえ、なんでもありませんよニール君。私からひとつ言えるとすればおすすめはしないということですね。茨の道を歩むことになります」
「い、いや。なんの話ですか」
「いやぁ、ニール君も隅に置けませんねぇ。引っ込み思案な子供かと思ってましたが意外です」
「だ、だからなんの話なんですか」
ニールの言葉にタキタはうんうん、とうなずくだけだった。そうしてバスは走っていく。空港までは来たときと同じで二十数分間かかった。
「ああ、クソ」
スミスはぼやいた。場所は戻ってアポロジカ。あまり機嫌は良くはなかった。それもそのはずだ。スミスは昨日から一睡もしていない。その上、こなしている仕事の成果が芳しくなかった。昨日から各方面のつてを使ってあらゆる情報を集め工作を働いている。ギルドの方の動きはなんとかなっていた。管理局から圧力があり、ケイとタキタの方に妨害を働くところだったがそれは何とか止められている。しかし、それだけだ。肝心の管理局の方の動きは把握出来ていない。何人か潜り込んでいるものに探らせているがこれといった情報は無い。その糸口さえ掴めないのだ。
(相当上で動いてるってことか。それも身内にさえ気づかせない徹底ぶり)
ヴァジュラの事はどうやら管理局内でもごくごく一部の少数のみで動いているようだった。その情報は管理局内において一切広がっていない。極秘中の極秘なのだろう。なので中枢に潜り込めない限り情報は出てこないと思われた。
(ヴァジュラの方も動きは見えないまま。イメルダが回った施設も全部白。ならやっぱ異界を作って潜伏してるってことだろうな。発見は困難か。弱ったぜ)
スミスは自分に出来ることの範囲が大分狭まりつつあるのを感じた。さすが天下の管理局だ。『そこそこ名の通った元運び屋』程度が手を尽くしたところで簡単に尻尾を掴ませてはくれない。状況が悪化しているわけでは無かった。いや、それも希望的観測か。ヴァジュラが一体どういうものかが分からない限り余談は許されない。
(キースの予測によれば、十二神機そのものである確率はほぼゼロか。じゃあ、ありゃ一体なんだ。少なくとも見た目は完全にヴァジュラだ。複製品が作れるんならこんなコソコソことを起こすとも思えねぇしな)
スミスは端末に送られたデータを確認しながら思う。と、その端末が通信を受けて鳴った。スミスはすぐに応答する。
「なんだ、リンゴ。レジスタンスは動かないんじゃなかったのか。....何? リタが? どういうことだ......。おいおい、そいつはいただけねぇ。まずいぜ。あいつらが、ニールがヤベェ」
スミスは唸った。
「さて、ようやく戻ってきましたね」
「出たから半日も経ってないじゃん」
「いえ。私にはあの行列と待ち時間だけで一日経過したかのようですよ」
「ああ、そう」
「もっと労って下さいよ。私は大役をこなしたんですよ」
3人は空港まで戻ってきていた。今は管制塔のあるターミナルの発着場入り口に立っていた。リタの船は発着場の遥か彼方だ。ここからさらに歩かなくてはならない。3人は船に向かう。
タキタはようやく落ち着ける拠点まで戻ってきたので気分が上がっていた。いや、気分が上がっていたのはそのためだけではない。
「はいはい。ご苦労さん。助かったよ」
「気持ちが入ってないですよケイさん」
「いや、感謝してんのは本当だよ。わざわざ面倒引き受けて私達に自由時間作ってくれたんだから」
「そうですか。本当に? なら良かったです。まぁ、そうでなくとも関係ありませんけどね。私のサクセスストーリーにかげりはありません」
タキタは得意げにほくそ笑んだ。実に腹の立つ表情だ。
「まだそんな楽天的なこと言ってんの」
「いや、申請を待ちながらゲームをしながら考えたんですよ。やっぱり、うまくいきますよ」
「そうかなぁ」
ケイは不満げに言う。相方がもはや思考を停止したポンコツ状態になっているからだ。と、そんな二人にニールが言った。
「僕、ちょっと先に行ってきますよ」
「なに、どうしたのニール」
「リタさんに帰ってきたって伝えようと思って」
「なに言ってんの。そんなの3人で行けばいいじゃん」
「なんか、ちょっと走りたくて」
「はぁ? どうしたのニール」
呆れるケイにニールは笑顔だ。ケイにはニールがやけにハイになっているという程度にしか思えない。そんな状況にタキタが割り込む。
「良いじゃないですか。行かせてあげて下さい」
「な、なに。タキタまで」
「ニール君は今走りたいんですよ」
「わ、訳分かんないんだけど」
「行って下さいニール君」
「はい!」
ニールは「きゃは」と今まで言ったことのない笑い声を上げて走っていった。リタの船の下ではまさにリタが作業をしていた。ニールはそこに向かっていく。
「子供は元気だねぇ。あれがニールの地なのかな」
「いえ、そういうわけじゃないですよ。ニール君には今春が来てるんです」
「なんじゃそりゃ」
「ケイさんは分からなくて良いんですよ。さて、ニール君も幸せ。私達も幸せ。こんな素晴らしいこともありません」
「だから楽観しすぎだって」
「大丈夫ですって。繰り返しますけどどんだけあのマシンが強大だろうが行動範囲に限りがあるなら雑魚ですよ。ニール君をその外に出すだけで良いんですから。私達はこの仕事をこなせるんです。だから1億ももう目の前なんですよ」
「なんか、まだ不確定要素が発生するかもよ」
「いやいやいや、ケイさん。あのマシン以上の不確定要素なんてあると思います? 十二神機なんですよ? どこの人間だろうが魔獣だろうがあれを超えることはありません。もはや、あれを乗り越えつつある私達にはどんな出来事も些末なことです。大丈夫なんですよ」
「そうかなぁ」
「ははは。大丈夫です。私達は無事にニール君をオルトガに送り、そして1億を手にし、みんながハッピーエンドを迎えるんですよ。はい、そうに違いありません」
と、その時だった。タキタの端末が音を立てた。着信だ。タキタは「やれやれ」と言いながら端末を開く。そして通話の相手の名を見て凍りついた。相手はスミスだった。しかし、すぐに思い直す。いや、問題ない。ただの状況確認のための通話だ、と。そして、タキタは通話に出た。
「もしもし、スミスさん。どうかしました? こっちは万事快調ですよ」
『タキタ、今どこに居る』
「空港ですよ。今からリタさんの船で休むところです」
『なら、今すぐ逃げろ。絶対にリタに近づくな。特にニールだけは絶対に近づけるな』
「いやいやいや。何言ってんですかスミスさん。リタさんは信用のある人物ですよ。スミスさんも良く知ってるじゃないですか。ニール君だってすぐに馴染んで、今だって一目散にリタさんの船に向かったところですよ」
『ニールは今一人でリタの元に居るのか!』
スミスが珍しく語気を荒げた。
「はい。どうしたんですかスミスさん。本当に」
『良いか。あのリタはな.....」
「タキタ! ヤバイ!!」
そこでケイが叫んだ。そして、間髪入れずに黒翼を展開しすっ飛んでいった。
「え?」
タキタは言った。そして、ケイがすっ飛んでいった方向を見た。そこではリタがまさにニールを拘束しているところだった。
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