第9話
「行くよ」
ケイの体を火花のように黒い電流が走っている。マシンはそれを見ると動きを急停止した。そしてそのレンズがケイを観察する。しかし、ケイはそんなマシンの挙動に悠長に合わせる気はない。さきほどまでと同じように蹴りを放つ。しかし、それはさっきまでの蹴りとは違った。マシンに直撃した途端、その接触面に巨大な黒い波動が発生したのだ。そのままマシンはぶっ飛んでいく。荒野の地面を大きくえぐり、砂を巻き上げながら何百mも彼方に行ってしまった。明らかに威力が上がっている。
「さっきまで必死になって探してたスキを堂々とさらすんじゃないよ。こっちが馬鹿みたいじゃんか」
ケイは首をコキリと鳴らした。ケイは黒翼の制限、肉体を守るためのカセを外したのだった。その結果黒翼の能力が完全に引き出され通常時の何倍もの戦闘力を発揮することが出来る。
「今日は大体3,4分ってとこかな。あーあ、明日一日動けないよこれ。絶対使いたくなかったんだけどなまったく」
制限を外しているとはいえ黒翼は主たるケイを死なすわけにはいかない。そのため、この状態では肉体に重大な異常が発生する手前で黒翼が消えるようになっている。そして、この解放状態を使用すると肉体にフィードバックが帰ってくる。
『中規模の衝撃を確認。認識、対象の状態。不明。類似現象。魔導機関のオーバーロード状態に酷似。認識確定。戦闘を続行します』
強化されたケイの耳にマシンの声が届く。
「ふん。私の能力についての分析も良く出来てるね。さすがマシンってとこか」
そう言うケイの元にマシンがすっ飛んでくる。ケイはそれを確認する。
「これでちょっとヒビが入った程度か。さっきよりはましだけど、本当にどうなってんだこいつは」
マシンは蹴りが直撃した胸の部分に小さなヒビが入っていた。そして、ケイもマシンに向かって走り出す。マシン並ではないがすさまじい速度だ。
マシンはケイが眼前に入るとその刃を再び振るった。粒上になった破片もだ。ケイはまず刃をかわす。そして破片はケイが一発蹴りを放つと発生した波動で全て吹っ飛んだ。その足を切り替えしてケイは刃も思い切り蹴った。それで鋼鉄の塊は砕けた。
(この状態なら押せるか)
ケイは今度は思い切りマシンを殴りつけた。ボディにクリーンヒットだ。そのままマシンを宙に吹き飛ばす。マシンに飛行機能はどうやら無いようだ。空中でされるがままに回っている。ケイはそれに飛びついた。そして腰に抱きつくとそのまま宙を蹴った。足から波動が放たれそのまま推進力に変換される。ケイはマシンを抱えて空中をグングン飛んでいった。
(タキタはもうすぐ空港に着く。ならこのまま飛び立つまで時間を稼いでラスト20秒で離脱する)
ケイはマシンを空港から引き離しタキタ達が飛び立つまでマシンを動かさないつもりだった。このマシンは空を飛べない。ということはタキタが空に逃げれば追跡を断念する可能性が高かった。なのでなるべく離れたところまで離しながら拘束し、拘束した時間プラスそこから空港まで移動時間、それらを合わせて十分にタキタが逃げ切れるだけの時間を稼ぎ次第逃走することにしたのだ。ケイは破壊することは諦めていた。ヒビが入ったということは攻撃を続ければダメージが蓄積されいつかは破壊出来るということだ。しかし、それにどれだけ時間がかかるかは分からなかったし、破壊したら破壊したでなにか面倒なことになりそうな気がケイにはした。なので一番ベターな選択肢を選んだのである。
『状況が変化。現状では目的の達成が困難。状況の解決を実行します』
マシンはボディに掴みかかっているケイに刃を振り下ろした。しかし、ケイはその予備動作を見切り的確に蹴りを見舞った刃は砕ける。
「こなくそ!」
ケイは面倒になりマシンを再び蹴り上げる。波動で足場を作り大きな放物線を描くように吹っ飛ばす。そして、その落下地点を予測しケイはそこに高速で移動した。サッカーボールのようにマシンを蹴りながら進むことにしたのだ。予想通りの場所にマシンは落下しケイは再び蹴りつける。
『状況悪化、状況悪化。現状では目標の達成が困難。本機では現状を解決する方法無し。再度のアップロードを要求する』
マシンは蹴り飛ばされながら声を発する。マシンは飛ばしに飛ばされもう何キロか移動してしまった。タキタの車はもう遥か彼方だ。しかし、音速で移動できるマシンなら数分とかからず追いつけてしまう距離でもある。
(もう着いたころか。どうだろう。タキタなら飛び立てば通話を入れるはずだけど。こっちはあと3分を切ったね)
ケイはそう思いながらまた落ちてきたマシンを蹴る。この状態を維持出来れば勝算は十分にあった。
『アップロードの認証を確認。アップロードを開始。緊急に付き全回線を使用します』
「・・・・。どうも良くない予感がするね」
マシンの言葉にケイは顔を歪めた。マシンはそれっきりだんまりだ。だんまりどころかただの人形のようになってしまった。手足にもまるで力が通っておらず、正真正銘ただただ蹴り飛ばされるだけになっている。
もう、何度蹴ったか。移動距離は十数km以上になった。ここまでの拘束で2分ほど。マシンがここから空港まで移動するのに一分弱 合わせて3分分の時間を稼いだことになる。顔の知れた空艇乗りならタキタを見ればすぐにでも乗せてくれるだろう。空港に入って、空艇に乗るのに2分もかからないはずだ。時間は稼いだ。ケイは残りの時間一杯拘束して余裕を作るつもりだった。しかし、
『アップロード完了。十二神機ヴァジュラ。システム開放率68%。状況を再開します』
マシンが言った。それを聞いてケイは表情を変えた。その顔に現れたのは驚愕だ。しかし、そのまままた一発蹴りつける。
「十二神機? 今こいつ十二神機って言った?」
ケイは唸るようにこぼす。
「冗談じゃないよ、そんな昔話の怪物の名前」
そんなケイに対するマシンは後ろの刃をまた分解した。しかし、今度は細く鋭い形のものが何本も現れた。それはまるでアンテナか何かのようだった。そのアンテナをマシンを覆っている黒いナノマシンの群れが伝っていった。
『コントロール開始』
マシンが言うとアンテナから青い閃光が走った。しかし、見た目に何かが起きたという感じはない。しかし、その現象はケイが再びマシンの落下地点に交差した時に現れた。
「ちぃ!」
ケイは大きく体勢を崩し落下した。ケイを襲ったのは暴風。それも、とてつもない暴風だった。まるで車に跳ねられたような衝撃がケイを見舞った。ケイは全身に激痛が走った。
(骨がいったわけじゃないか。乙女のか弱い体になんてことしてくれるんだ!)
ケイは落下しながらマシンを見る。落下地点から逸れ、蹴り損なったことでマシンもそのまま大地に向かって落下している。
「なんなんだろうねあれは」
そしてそのマシンの周りには黒いモヤがかかっていた。いや、モヤではない雲だった。それには稲妻が走っていた。それは雷雲だった。そこから、雷撃がケイに向かって溜められているのが分かった。
「くそ! 防護循環系を最大に!」
ケイが叫ぶ。そこに雷撃が放たれた。雷だ。数億ボルトの電流がケイに直撃した。
「ちくしょうが!」
ケイは何とか耐えた。黒翼による防衛機構を最大にして耐えきったのである。意識が飛びかけたがケイは何とかマシンから目を逸らさずに済んだ。マシンは相変わらず落下している。地上まであと100mを切っている。
「こいつ気候を操れるのか」
と、その時だった。ケイの視界が白み始めた。ケイは一瞬立ちくらみを起こしたのかと思った。しかし、そうではなかった。ケイの周りの空気が凍結を始めたのだ。
「くっそっ!」
ケイは黒翼の出力を最大にして全身から黒い波動を放出した。それで周りの空気をふっ飛ばしたのだ。なんとか氷漬けは避けることが出来た。
『状況展開、状況展開』
しかし、今度はケイの周りが熱くなり始めた。かと思えば下半身は凍結していく。さらに周りには黒雲が稲妻を走らせながら渦を巻き、そしてマシンは刃を振り上げ、巻き起こした風を推進力にケイに向かっていた。そして、その周りには何本もの鋼鉄の槍がケイに向かって伸びていた。
(これはヤバイ)
ケイは再び黒翼の出力を上げ波動で周りの黒雲や空気を吹き飛ばす。そのまま宙を蹴って後ろに下がろうとする。しかし、マシンは周りの槍を音速の速さでケイに向かって射出した。ケイは一連の流れをギリギリでこなしたために余裕がなかった。槍はそのままケイの胸に向かって飛び...、
『目標をロスト。状況を終了します』
しかし、その槍はケイの胸に突き立つ寸前で停止した。同時にマシンの周りの武具が一斉に光になって霧散した。
『転移シグナルを確認。受諾。転移実行』
マシンが言った瞬間、強烈な緑色の閃光が走った。同時に衝撃波と轟音。そして、その次の瞬間にはマシンは綺麗サッパリ消失していた。
「.........」
ケイは状況が一瞬で変化し、しばし思考を整理した。そしてとにかく、助かったのだということは間違いないらしいことは分かった。
「なんなんだよ本当に!」
ケイは怒りの絶叫をした。そのまま落下し、ケイは地面の手前で速度を殺し降り立った。同時に黒翼を解除する。そして、ケイの体を虚脱感が襲った。制限時間まで1分半ほど残っていた。なのでフィードバックは少なく済んだ。しかし、それでもケイの全身には痛みが走り、頭痛もした。そして、疲労感で力が入らなかった。なんとかケイは立っている状態だ。
と、そんなケイの端末に通信が入った。タキタからだった。ケイは通信に出る。
『ケイさん? 生きてますか?』
「うん、なんとかね」
『こっちは空港です。今、ある空艇がある施設のとこに来てるんですけどね。ところが大変なんですよ! そっちのマシンはどうですか!?』
「大丈夫。あいつなら消えたよ。多分来た時と同じだ。転移したんだよ」
『消えた? 転移? なら、もうあいつはいないんですね?』
「そうだよ。だから私もそっちに向かうよ。普通の状態ならそっちまで何とか保ちそうだし」
『ちょっとケイさん。リミッターを外したんですか?! 簡単に外さないって決めてたじゃないですか』
「強かったんだよあいつ。だから仕方なかったの。最後なんか解除してたのに殺されかけたんだから」
『殺されかけたんですか!? 体は大丈夫なんですか!?』
「大丈夫だよ。攻撃が当たる寸前で止めたんだよあいつ」
「
『なんですかそれ、どういう....。まぁ、良いです。とにかく危機から脱したならそれで。黒翼は使わないでください。私が迎えに行きます。とにかく大変なんですよ。状況の確認は拾ってからにしましょう』
「良いのに。こっちから行くから」
『ダメです。迎えに行きます。GPSの信号送っといてくださいね』
「はいはい」
そして通話は切れた。ケイは言われた通りに端末からタキタの端末に信号を送った。タキタがこっちに来るまで20分くらいといったところだろう。
「暑い」
ケイは砂漠の直射日光を避けようと手近な岩の影に入った。腰を下ろして体の力を抜く。そして、先程起きたことについて頭を巡らせた。謎のマシン。転移を使っての襲撃。ナノマシン。圧倒的な魔力量、戦闘能力。その割にはおそまつな思考回路。天候を操る能力。そして、『十二神機』というワード。ケイはそれらを総合して何らかの結論が出ないか考える。しかし、思うように考えは纏まらなかった。ケイは空を見上げる。砂漠の空は雲ひとつ無い突き抜けるような青色だ。
「あーーーー。疲れた!」
ケイは叫んだ。
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