黒翼の運び屋と解放錠【ディザスター】

プロローグ

「うわぁああああああぁぁあ!」

 タキタは叫んでいた。叫びながら愛車のビーグルを突っ走らせていた。丸い屋根に丸いライトの曲線を基調としたボディラインが跳ね回る。場所は港のコンテナ集積地、時刻は夜11時。速度は100㎞、そしてビーグルの後方には爆炎が吹き上がっていた。辺りは見渡す限り火の海。目元が隠れるほど目深に被った中折れ帽を押さえながらタキタは叫んでいる。

「大丈夫なの。これ大丈夫なの」

「そんなもん私が聞きたいですよ! うわぁあああ!」

 そう言いながらハンドルを切るタキタの横、助手席に座っている壮年の男はアルフレッド・キム。運び屋であるタキタの客。そして、ビーグルの真横でまた爆炎が巻き起こった。

「クソ! 最後の最後でこんな!」

「死ぬのかね。俺は死ぬのかねこれはぁ!」

 絶叫する二人、その目の前に爆炎を起こした張本人が顔を出した。それは巨大な金属の固まり。ゴツイ八本の足に各部に取り付けられたバルカン、ミサイルポッド、そして主砲のレールカノン。その巨駆は全高だけで10m近くにおよぶ巨大多脚戦車だ。明らかに軍用のそれもお高い特注品。およそ一般人が手にできるはずのない異常な物体。

「ひぇええ」

「うわぁああ!」

 二人は再度絶叫する。

『良い加減に追いかけっこも止めにしよう』

 その怪物のスピーカーから声が響く。二人に向けられたものだ。

『よぉ、キム。組織陥れといてテメエだけ逃げようなんて良い身分だなおい。テメエのせいで組織は今にも分裂しそうだ。やってくれたな』

「アハハ、ジャックポットの旦那。ごきげんよう」

『ああ、悪いがご機嫌じゃねぇ。完全にぶちギレてる。テメエの顔見たらさらに怒りが沸き上がってきた』

「いやぁ、ハハハ。それは困りましたね」

『ああ、だが案外困ってねぇんだ。何せテメエをこいつでミンチになるまで蜂の巣にすりゃあ少しは収まるからな。だから、とっとと終わらせてぇんだ』

 スピーカーからは狂気的な笑いが漏れていた。それだけでこの声の主がどれほど常軌を逸してぶちギレているかを読み取ることが出来た。多脚戦車のカメラがタキタの方へ向く。

『運び屋。お前もこいつに関わったが運の尽きだ。仕事はしっかり選らばなくちゃなぁ? おい』

「いやぁ、ハハハ。そうですねぇ。これは困った」

『救えねぇ仲間のよしみで仲良くミンチになるこった。ヒャハハハ!』

 スピーカーの全装備がか弱いビーグルに向けられた。最早逃げ場などない。このままでは蜂の巣になるだけだ。と、タキタはちらりと端末の画面を盗み見た。

『あの小娘ならこねぇぞ。ヒヒヒ』

「は、はて。なんのことやら」

『とぼけんなよ。お前がつるんでる金髪の小娘だ。あいつの強さは知れ渡ってるからなぁ。向こうで足止めしておいた。この街は俺の街だ。今ごろ警察から軍からあらゆる連中があの娘を襲ってるだろう』

「お、おやおや。これは用意周到ですね。尊敬しますよ」

『ああ、そうだろう。こちとらそのクソ野郎をどうやって殺してやろうか、どうやったら上手く殺せるか、頭を巡りに巡らせたんだ。いやぁ、久々だったぜあんなに頭を回したのは。ビジネスでもあそこまで頭を使ったのは最近ねぇ。もう最近は上手くいきすぎて困ってたんだよ。それをテメェがメチャクチャにしたってわけだキム! テメェが『お友だち』に公表したブツのルートと録音テープのせいでなぁ! テメェも組織の一員だったってのに善人気取りか、ふざけんじゃねぞ!』

 レールカノンが発射された。それはビーグルの横をすっ飛んでいき。後ろのコンテナの山を吹き飛ばした。コンテナがビーグルの回りに落下した。二人はまた叫ぶ。

『さぁて。もうそろそろ終わりにするか。なにか言い残すことはあるか? キム。命乞いぐらいは聞いてやっても良いぞ。気が変わるってことは万にひとつもねぇがな』

 それに対してキムは口を噛み締める。まるで何かと戦っているような表情。タキタはキムが自分を捨ててジャックポッドに助けを乞う可能性もあるように思われた。実際、キム氏はそういった考えが浮かんでいるのだろう。こうやって死を前にすれば仕方のないことだ、とタキタは思う。しかし、キム氏は言った。

「アンタはクソだ。アンタの組織もクソだ! 俺は俺のしたことを何一つ後悔してねぇ!」

『なんだとこのクソがぁ!』

 スピーカーは激昂した。キム氏は折れずにジャックポッドに対峙したのだ。ジャックポッドは最後に惨めなキム氏の言葉を期待していたのでぶちギレた。

『大体なぁ。あの程度で組織が完全に消えると思うのか? 消えねぇさ。いざこざはしばらく続くだろうな。だが、またいつか必ず元通りだ。何せ俺が居るからなぁ!』

「く…」

『さぁ! お仕舞いにしようや! あばよキム!』

 とうとう、銃口が放たれる。

「なにやってんですかケイさん! 早く来て下さいよ! もう私じゃどうにもなりませんよ!」

 タキタは絶叫した。


「黒翼展開」


 と、その時だった。キムは口をあんぐり開けて驚いた。そしてタキタは安堵した。見上げるような巨大な多脚戦車。あらゆる武装をほどこした鉄塊。それが、いきなり真横に吹っ飛んだのだ。

『!!!??!!!????』

 驚いたのはジャックポットだ。彼の視界はグルリグルリと1080度回転した。衝撃緩衝用の液体が満たされたコックピットの中でも激しい遠心力で彼は意識が吹っ飛びかけた。

「な、何が」

 ふっ飛んで海に落下した多脚戦車を呆然と眺めながらキム氏は呟いた。目の前であの巨大な多脚戦車が三回転宙を舞った。キム氏は事態が飲み込めない。そんな氏を尻目にタキタは言った。

「遅いですよ。あと一瞬遅かったら私も彼も死んでましたよ」

「ああ、うん。タイミングを見計らってたから」

「いやいや、冗談でしょう。それはあんまり人が悪すぎますよ」

「うん、嘘。露天に良い感じの服が売ってたから物色してたら遅くなっただけだよ」

「ははは。そっちの方がタチが悪いですね」

 そこに居たのは女だった。金髪のショートヘアで服装はどこにでも居るような当たり障りのない女性の服装。黒のカーゴパンツに無地の白シャツその上からジージャンを羽織っており、足元は有名なメーカーのスニーカーだった。

「な、なんだあんたは。なんなんだそりゃあ」

 キム氏が動揺する。女はそのままなら町に居る普通の人間だった。だが、ただ一点がその普通を破壊していた。女の背中からは翼が生えていたのだ。黒い片翼の翼が生えていた。

「彼に私のこと説明してなかったの?」

「いやぁ、作戦上知らせるべきでないと思いまして。あなたの存在を知ってたら彼の行動にも不自然な点が出かねませんからね。まぁ、結局どこからか情報が漏れてしまったようですけど」

「ギルドのネットワークが脆弱なのはいつものことだよ。いい加減ちゃんとした業者にシステム任せて欲しい」

 女は不機嫌そうに言った。

『なぁんでだぁ! なんでお前がここに居るケイ・マクダウェル!!!』

 叫んだのはジャックポットだった。多脚戦車は体勢を立て直し海上に屹立する。

『お前は街の中で立ち往生してるはずじゃなかったのか! 警察はどうした! 軍はどうした! 何やってんだあいつらは!』

「ああ、あの人たちなら少し叩いたら皆動揺したからそのまま巻いてきたよ。ロケットランチャー弾き返して、砲弾を素手で止めた辺りで半分くらい戦意喪失してたから」

『な、なにぃ?』

 ジャックポットは舌を巻く。目の前の女、ケイ・マクダウェルは妙なことを口走る。それが真実とはにわかには信じがたい。しかし、ジャックポットはケイの危険性を知っていた。知っていたからケイとキムを分断させたのだ。ギルドをハッキングして得た情報によれば真っ向から関わり合いになるのは避けるべき類の女だとジャックポットは認識していた。

『は。お前が妄言を口走ってんのか、事実を言ってんのか分からねぇな。その羽がお前の能力ってわけか。そいつで何をした。魔法でも使ったのか?』

「なんの話」

『ふざけんな。たった今こいつをここまで吹っ飛ばしただろうが。こいつとおんなじ代物が体当たりかましてもああはならねぇ。なら、それ以上の何かをしたに決まってんだろうが』

「はぁ、めんどくさ...」

 ケイはぼそりと呟いた。

「なに? テメェ今なんて言った」

「なんでもないよ。私は蹴っただけ。その気色悪いロボットの横腹を蹴っ飛ばしただけだよ」

『おいおい。あんまり舐めてくれるなよ。冗談のつもりならお前さん相当センスが...』

 そう言ったジャックポットの視界はまた一瞬で切り替わってしまった。眼下に町が見えた。自分の支配している街の夜景が。それを、綺麗に山の際まで見渡すことが出来た。つまるところ多脚戦車は空高く打ち上げられていた。

「本当にめんどくさい。めんどくさいやつは嫌い。あと、私のユーモアのセンスをバカにするやつも」

 ケイは足を空に向かって上げた姿勢で止まっていた。その姿は明らかに蹴りを行った残心で、立っているのは水面だった。キム氏は確かに今度は見た。ケイは確かに、多脚戦車を空高く蹴り飛ばしたのだ。

『なんだってんだこりゃあ!?』

 状況が把握出来ないジャックポット。しかし、時間はそんな彼を待ってはくれない。多脚戦車は上がるところまで上がると、今度は落下を開始。叫ぶジャックポット。しかし、多脚戦車は地上兵器だ。空を飛ぶ機能は付いていない。なので、そのまま無惨に港のコンクリートに落下した。

「うわぁああ!」

「うわわわわ」

 キム氏は叫び。タキタは帽子を押さえた。港に轟音と衝撃が走る。そして土ぼこりが舞った。そして、それが晴れると現れたのはもはや原型を留めていない多脚戦車だった。火花が散り、所々から魔力循環用の溶液が吹き出している。関節はひしゃげ、武装も使い物にならなくなっていた。

「はぁ、終わったよ」

 ケイは面倒そうにため息をつきながら言った。そして水面を歩き、タキタとキム氏のところまで戻ってきた。

「いやぁ、ご苦労さまでした。ほんとに一瞬で解決しましたね」

「あとはそのおじさんを新港まで連れてって、次の運び屋に引き継げば完了だね」

「ええ、まぁ。これだけ港を破壊したら代表がなんて言うか分かんないですけどね」

「ほとんどそいつが破壊したんじゃん。私たちのせいじゃないよ」

 そう言ってケイが指差したコックピットは形を保っていた。中のジャックポットは生きているだろうと思われた。

「まぁ、そうなんですけどね。言いがかりだってことで押しきりますか」

 会話する二人を見てキム氏は目を白黒させていた。彼に分かるのはとにかく自分は助かったということだけ。そして、目の前なんだか分からない女がなんだか分からないことをやってのけた。キム氏は混乱していた。

「あ、あんたらは一体...」

「私たちですか? いや」

 と、その時だった。多脚戦車がガコンと動いた。

『クソッタレが! くたばれ!』

 瞬間、レールカノンが起動した。超速度で打ち出される砲弾。狙いはキム氏。しかし、それはキム氏に当たることはなかった。代わりに、

「アアアあァあアア???」

 吹き飛んだの多脚戦車だった。コックピットも吹き飛び。中のジャックポットが外に放り出された。

「はぁ。最後までめんどくさいやつ」

 ケイはため息をついた。レールカノンはキム氏には当たらなかった。砲弾はケイがそのまま蹴り返し、寸分違わず砲身に吸い込まれていったのだ。そして多脚戦車は完全なスクラップとなった。

「あ、あんたたちは一体...」

 キム氏は再び同じ言葉を口にする。今度はケイが答えた。

「ただの運び屋だよ」

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