10-6.家族
「これでよし、と……」
梨乃からバックアップを取った精神データの半分と、幼いころの梨乃に入れた幼い精神データを取り込み、いよいよ中身も妹として完成しつつあった。残すは誕生日だけだ。
「梨乃、詩音の誕生日はいつがいい?」
聞かれて梨乃はんーと唸る。これといって好きな日にちもなければ特別な日も浮かばない。強いていえば誕生日くらいか。
「私と同じ誕生日とか」
言ってみたはいいものの、梨乃の誕生日まで日は長い。数日後という近さではない。
さすがの一ノ瀬も肩をすくめる。
一方の一ノ瀬も何か案があるわけではない。梨乃を作ったときはただただ作ることに気を取られすぎて、完成したときに即日誕生日としてしまった。ちゃんと決めればよかったという後悔がないと言えば嘘にはなるが。
「じゃあ今週末とかでもいいか?」
梨乃も特に異論はない。双葉や他の三人も縦に首を振った。
そこから数日で詩音を迎え入れる準備を整えつつ、双葉はふと気になったことを一ノ瀬に吹っ掛ける。
「詩音ちゃんが生まれて、その次ってあるんですか?」
たしかに、一ノ瀬も藤原や生田からそこら辺の話は聞いてなかった。梨乃が生まれたときも次を作るなんて話はなかったし、とりあえずは詩音を今の梨乃くらいまで成長させるのだろうと、今まではその程度で考えていた。
「藤原さんに聞いてみるか」
「まずは経過観察だな」
思い立ち準備の合間に赴くも、案の定、一ノ瀬が考える差し当たっての予定しかないそうだった。
しかし双葉にはどこか引っかかるところがあるようで。
「藤原さん、何か隠してそうな顔してませんでした? 先輩気づきました?」
彼の表情が若干曇っていたような気がした。次の予定がないことへの不安や懸念のそれではない、裏がありそうな陰りが。藤原に疑心暗鬼になるのであれば生田にも聞くまでだ。
「藤原が知らないと言っているなら、当然私も知らないな。詩音の成長を見守ってやれ」
生田が嘘を言ってるようには思えないが、そもそも生田はネガティブな感情が表情に出てこないタイプだ。少しでも疑いの目で見てしまったら、もう体を委ねて信じられる気がしなくなってきた。
一ノ瀬は双葉と、それに小松を引き連れて自室へ向かった。
「急にどうしたんですか。内緒にしたいことでもあるんですか? あ、まさか二人がついに付き合——」
強張る二人の顔を見て、とてもふざける空気ではないと悟った。
むぐ、と口が塞がる小松に一ノ瀬は資料を渡す。テクノの山岸社長からもらった、あの重要機密の紙束だ。
紙という時点で小松の表情が揺らぐ。紙が淘汰されつつある今、紙媒体は逆に最高機密のものになる。
揺らいだ顔は紙をめくるたびに徐々に固まっていく。
「これ……そんな……」
「他の人には全体に言うな。藤原さんにも、生田さんにも、もちろん梨乃にもだ。これは俺たち三人だけの話だ」
それから一ノ瀬は、藤原と生田に疑いをかけていることを伝え、梨乃が入ってきたところで続きはまたあとでということになった。
出ていく小松と入れ違いで部屋にやってきた梨乃は、何の話をしてたの、と少し気に掛ける素振りを見せたものの、そのあとを深堀りされることもなく自分の話を始めた。
「お父さん、お母さん、話があるの」
その一言目に、二人は口を半開きにさせる。あ、え、と言葉を吐き出そうとも詰まり出てこない。
今までは一ノ瀬さん、双葉さん呼びだったはずだが、しかし呼び方が変わった理由は明白だろう。詩音の誕生だ。
「妹……詩音が生まれるでしょ。私はお姉ちゃんになる。姉妹になる」
すでに決心してきたかのような口調で、それに、と続ける。
「私たちを作ってくれたのは一ノ瀬さんと双葉さん二人。二人は私たち姉妹の親で、私たちは家族だと思った。だから、他人みたいな呼び方じゃなくて、お父さんとお母さんって呼ぶことにしたの」
その声に震えも迷いもない。二人がどう言おうと、どう拒否しようと、私はこれでいくんだという強い意思があった。
梨乃はこの思いを詩音にも伝えると言った。私たちは姉妹で二人は親で、私たちは家族なのだと。
「分かった。梨乃がそういうならそうしよう」
「うん、私たちもお父さんお母さん呼びに慣れるようにするね」
当然一ノ瀬たちが断る理由もないし、自分たちで梨乃の親だという覚悟で今までやってきた。心が落ち着かないのは、たぶん子どもが成長して距離が少し遠くなった気がするからだろう。
梨乃が初めての子どもの二人にとっては本当にその気持ちなのかは知る由もないが、これは目に見えて分かる精神的な成長だった。
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