10-4.想う先はバラバラで

一ノ瀬と双葉が研究所に帰ってきてから、一ノ瀬と双葉が主導の梨乃の妹開発はやはり順調に進んでいった。


「だいたいの要件は出揃ったし、あとはもう作り始めるだけだな」


「そうですね。改めて見るとやっぱり可愛いですよね。梨乃ちゃんの妹っていうだけあるなぁ」


「先輩たちが作ったんだから、そんなこと言うと自画自賛になりますよ」


 三人の顔が自然と、梨乃が誕生した直後に若返ったようになる。本質はアンドロイドであって作り物とは言え、研究所の五人にとっては立派な娘たちだ。誕生の瞬間が近づくと浮足立つのも仕方がない。


「自分で子ども産んでも一緒じゃん。自分で作った子どもに可愛いって思うのは親として当然の気持ちだと思うな!」


「いや、そういうつもりで言ったんじゃ……」


「嘘、嘘。冗談だよ、こまっちゃん」


「双葉先輩のそういうとこ嫌いだわ…」


「うわ、ひどい。そういうこと言うこまっちゃんが嫌いだわ」


 学生の頃には日常茶飯事だった軽口の叩き合いも、梨乃関連の問題や忙しさのせいで最近はできていなかったが、開発のゴールが見え始めてから心も軽くなったように感じる。

 一ノ瀬も後輩二人の会話を微笑ましく見つめていたが、次第に何かを思いつめたように険しくなっていた。


「先輩? そんなおっかない顔してどうしたんですか……?」


 小松とじゃれていた双葉でさえも気づき、心配そうに一ノ瀬の顔を覗く。


「……ん、あ、あぁ。いや、そんなに大したことじゃない。二人を見ていたら昔を思い出してしまっただけだ。さ、作業を再開しよう。小松、ここに必要なものリストを入れておいたから、発注かけておいてくれ」


 一ノ瀬は我に返ると、口早に二人に指示を出していく。


「双葉は藤原さんたちに梨乃のバックアップデータをこっちに送ってもらうように言ってくれ」


 何か誤魔化そうとしているのではとも思ったが探りを入れる隙もなく、双葉と小松は仕方なく指示に従う。

 妹の中身の検討を終えて一段落ついた一ノ瀬は、少し休憩すると言って自分の部屋へと帰っていった。

 部屋を出ていったのを見計らって、双葉と小松は警戒しつつ口を開く。


「一ノ瀬先輩、テクノで何かあったんですか」


「たしかに、思い通りにいかなくて言い争いみたいにはなったよ。でも設計自体は終わったし、先輩との仲が悪くなったわけじゃないし……。むしろ私が知りたいくらいだよ」


 知ろうとして、ドアのカードリーダーに社員証をかざしかけて、双葉の手はだらりと下がった。

 一瞬の沈黙があったあと、それをなかったかのように振り向いて微笑む。


「まぁでも、先輩なら大丈夫だよ。私たちは私たちで言われたことをちゃんとやろうよ」


「そう……ですね。一ノ瀬先輩から指示もありましたし……」


 普段からあまり表情の変化があまり激しくない一ノ瀬だが、時折不意に、どこか上の空になっていたり、何を考えているのか分からないときがあったりした。

 だが大学からの付き合いである双葉にとっては、もはや見慣れた光景だと割り切ったふりをした。割り切ったふりをして、作業に戻ろうとあえて口に出して宣言することで、自分の気持ちを誤魔化した。

 深堀りして、またこの前のように口喧嘩になってしまうのではないかと、柄にもなく怯えてしまったのだ。


 しかし、小松も先輩二人とは長い付き合いだ。双葉の見栄が見抜けないほど中途半端な関係は築いていない。

 さっきの沈黙も含めて二人に引っかかることが多いものの、この場はいったん頭の隅に置いておき、梨乃の妹が完成したときにでも問い詰めてやろうと思った。

 同門三人の想いがバラバラな方向に進む一方で、別の部屋でも違った想いが進みだそうとしていた。


「梨乃、それはさすがにまだ早いんじゃないか」


「でも、私だけ何もしてないのは……」


 精神のアップデートを終えた梨乃は、藤原と生田にとある相談を持ち掛けた。それは、日課として取り組んでいる研究所の家事に加えてプロジェクトの手伝いもしたい、というものだった。


 秘密裏に行われているこのプロジェクトは、梨乃の開発から始まった、梨乃がいてこそ成り立つプロジェクトだ。それは研究所にいる誰もが理解している。もちろん、当の本人である梨乃だって分かっている。

 だから梨乃が何もしていないという認識は間違っている。これ以上梨乃の負担が増えることは避けたいのだ。

 泣きそうになる梨乃を、生田は優しく諭す。


「梨乃はここの掃除と料理をしてくれてる。それにこれは梨乃のためのプロジェクトだ。梨乃は十分役に立ってるんだよ」


 言われて一瞬言葉を詰まらせたが、それでも梨乃も引かなかった。


「私ももっと役に立ちたいの。お願い、手伝わせて」


「……でもなぁっ……」


 生田は頭を掻いて藤原に目をやるが、藤原は諦めたのか肩をすくめた。


「二人に聞いてみたらいいんじゃないか」


「……! 聞いてくる」


 梨乃は目を輝かせると、藤原の提案に短く、それでいて力強く言い放って部屋を飛び出した。


「……今回のアップデートの影響か……?」


 梨乃の背中を押すように閉じたドアを見て、生田は先ほどの精神アップデートを振り返る。生田は、梨乃が急にプロジェクトを手伝いたいと言い出したのは、今回の精神データが影響していると踏んだ。

 だが、藤原はすべて知っているような口振りで否定した。


「梨乃は前から似たようなことを考えてたみたいぞ。気付かなかったのか」


「……ああ…… 気が付かなかった……」


 梨乃のことを見ていなかった自分に腹が立った。

 机に腰を落とし俯く生田を、藤原は慰めようとはしない。


「気付いてたのに、どうした梨乃を止めなかった」


 藤原はそう聞かれると分かっていたのか、食い気味に返答した。


「俺らには梨乃を止める理由も、後押しする理由もない」


「だから梨乃を、一ノ瀬たちのところに行かせたのか」


「あの梨乃の想いはおそらく、アンドロイドとして、プログラムとして生まれたものじゃない。蓄積した精神データから梨乃自身の感情として生まれたものだ。俺らは親じゃない。子どもの成長は、親がそばで見守るべきだ」


 言い捨てて、藤原は去っていった。


「何もできていないのはあたしの方じゃないか……」


 目元を抑えて嘆くも、生田一人残された部屋にはそれを肯定する声も、否定する声もなかった。

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