10-2.サプライズ

 予想通りに上達していた梨乃の昼食を、滝沢を含めた全員で食べて腹が膨れたところで、藤原から緊急の招集がかかった。


「食べ終わったらすぐに、全員監視室に集合な」


 一ノ瀬たちが返事をする隙もなく、藤原は食器を片付けて食堂を出て行ってしまった。その数秒後に生田もあとを追う。

 忙しなく動く藤原と生田を目で追い、何か重大な事件でも起きたのかと焦りを隠せない。昼食を運ぶ手も自然と止まった。


「あんな急いで、いったい何の話だ……?」


「さぁ…。こまっちゃん、知ってる?」


「……行けば分かりますよ」


 小松は何故かもったいぶって教えてはくれなかったが、決して悪いニュースではないということだけは、顔を見れば分かった。

 ひとまず怒られたり考えさせられたりするような事態はなさそうで、一ノ瀬と双葉は再び料理に手を付ける。


 だが、一ノ瀬にはまだいくつも不安が残っている。

 政府の計画のこと、滝沢のこと。どれもこの研究所、ひいてはこのプロジェクト絡みの問題だ。一ノ瀬はその一端を担っているどころか、梨乃の生みの親だ。

 もっと問い詰めれば、そもそもワーカロイドを開発したことこそが、抱えている問題の発端にさえなっている。

 言うまでもなく、一ノ瀬が先頭に立って解決していかなければならないことだ。

 しかしこのプロジェクト全てを問題としてしまうと、それは梨乃の存在を否定することにも繋がる。作らなければ良かったと、そういう思考に至ってしまうのも容易い。

 慌てて頭を振り、そんな邪念を追っ払う。

 あとは双葉の感情か、と、誰にも聞こえないように呟いて双葉の方を見ると、さっきまで座っていた席に双葉はもういなかった。


「はい、一ノ瀬さんも早く食べて行ってください。最後になっちゃいましたよ」


 周りに目をやると、たしかにもぬけの殻だ。小松も滝沢も、すでに廊下の先を歩いている。

 急かされて昼食を掻っ込み、一ノ瀬は走って監視室に足を向けた。



 一ノ瀬が監視室に駆け込んだときには、藤原と生田、小松の三人の姿は忙しなくモニタに目を向けて作業をしていた。双葉に聞くと、どうやら実験室で何かするらしく、待っているように言われたという。何をしてるのかまでは分からなかった。

 表面上は普通に接するということになっている滝沢にも聞いてみたが、この研究所に来てから日数が経っていない者に聞いたところで、当然明確な答えは返ってこなかった。

 謎を孕んだ三人の一方で、昼食の後片付けを終えた梨乃がやってきた。


「お、梨乃も来たな。じゃあ始めるか」


 三人は作業を止め、一ノ瀬と双葉と、ついでに滝沢を向く。話し手には梨乃も加わっているようだ。

 食堂では小松も知っているような口ぶりだったから予想はしていたが、まさか梨乃までとは一ノ瀬も思っていなかった。

 増々気になって仕方がない朗報は、そわそわと落ち着きのない一ノ瀬と双葉を見て微笑んだ藤原の口から、簡単に出てきた。


「梨乃の妹を開発することになった!」


 一ノ瀬は思わず驚きの声を漏らす。

 リハーサルでもしていたかのように、生田が続きを話し、小松が聞き手三人にデータを見せていく。

性格ソフトはおとなしく優しい子にする予定だ。本体はもちろん梨乃をベースにして、人間の妹のような外見ハードにする。今見せている設計書や設計図は、まだ仮の状態だ」


 すると、藤原がばつが悪そうに頭を掻いた。


「その案件、お前たちがテクノに行ったあとに来たやつでな。本当は帰ってくる前に完成させてサプライズ、ってしようと思ったんだが、帰ってくるのが早すぎるわ、こっちの進捗は出ないわで、実現できなかった。すまん」


 謝ってはいるが、決して真剣なものではない。というと聞こえは悪いが、その謝罪に難癖を付ける者などいない。面目ない、と、文字通り肩身を狭くした。


「そんな、謝らないでください、藤原さん」


「そうですよ。それにサプライズって言ったら、梨乃ちゃんの妹をつくるって話だけでもサプライズですから!」


 この研究室の中では上司であり長である藤原の頭頂部を見る機会など、ほぼゼロと言っていいくらいないだろうし、長にそのようなことをさせるのはあってはならない。

 一ノ瀬と双葉は、藤原のそんな急な対応に慌てふためき、何とかフォローを入れながら力ずくで頭を上げさせた。

 話が一段落したのを見計らって、生田が手拍子を一回、パンと叩く。


「さて、作業を再開よう。とりあえず梨乃のデータのバックアップだな」


 続けて藤原が所内用の携帯端末から滝沢を呼び出し、作業開始の指示を出す。

「滝沢さん、始めます。大丈夫ですか」


『はい、こちらは問題ありません』


 返事はすぐにあった。藤原たちは、サプライズの失敗を少しでも挽回しようと事前に段取りを打ち合わせ、スムーズに作業を一ノ瀬たちに引き継げるようにしていた。

 段取りは梨乃にも分かっているらしく、誰に言われるでもなく隣の準備室で水色の検査着に着替え、そのまま流れるように実験室の椅子に座る。

 追って生田も入っていき、梨乃の精神の定期更新と同じ要領でHMDを梨乃の頭部に装着。準備完了の合図とともに小松が起動ボタンを押す。

 梨乃の頭の中にある様々なデータのバックアップが始まった。

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