9-4.二週間ぶり
久しぶりに見た外は窓から漏れる照明で明るく、隙間から見える西の空だけが橙色に染まっていた。
武井の運転で、車はビルが連なる都会を抜け、さらに住宅街を抜けて郊外へと進んでいく。このときはすでに、ポツポツと設置されている街灯と車のライトが道を照らすだけの夜道になっていた。
あの研究所は政府直轄の機関で、現状では国の最重要機密のプロジェクトを運用する機関でもある。プロジェクトの真の目的を知る者は、首相である石田と防衛大臣などの限られた者、そして提携するテクノの数人のみだ。
木を隠すなら森の中とはいうが、国は研究所を都会ではなく、あえて山の中の地中に建設した。文字通り、森の中に隠したのだ。
一ノ瀬たちに対する表向きの目的は、ただ単純に改二型AIを搭載したアンドロイドを開発すること。それこそが技術的特異点、別名シンギュラリティであり、新たな時代の幕開けになると説明した。
政府は、一ノ瀬と双葉が開発したワーカロイドはそこに到達せず、さらにもう一歩先を目指すべきだということを遠回しに指摘した。プライドの高い二人ならこの挑発に乗るだろうと踏み、煽り、そして案の定二人も易々と乗っかってしまったのだ。
政府の真の目的を知った今、現状を打破し計画を阻止するため、車は山道を登っていく。
「梨乃ちゃんたち、大丈夫なんでしょうか……」
「さぁな。テクノへの派遣も仕組まれたものだとしたら、俺らがいない間に政府から何かしらのアクションはあったはずだ。覚悟しておいた方が良さそうだ」
「何もなかったと信じたいですね……」
梨乃たちに対する不安と焦りは、近づくにつれて徐々に肥大化していく。協力者である武井も、同じ思いを右足に込めてペダルをさらに踏んだ。
そこから数十分後に最後の直線に入ると、三人の目は遠くの明かりとその下で見張りをする門番ロボを捉えた。
「行くぞ、双葉!」
「はいっ!」
荷物をまとめて肩に背負いながら、一ノ瀬は武井に向かう。
「武井、協力してくれてありがとな」
「いえ、お兄さんのお願いなら何でも聞きますよ」
武井は口角を上げ、それでいて眼光は鋭く門を見据える。
「助かる」
一ノ瀬は武井の頭に手を乗せた。
「ふえっ!?」
「なっ!?」
「え、あ、すまん」
武井の眼光は緩まり、双葉はその状況を見て慌てふためいた。
一ノ瀬と武井は幼いころからの知り合いだ。それゆえに昔の癖が出てしまい、一ノ瀬はゆっくりと手を放した。
そうした一幕の間にも車はスピードを徐々に落とし、やがて門の前で停止した。
「双葉、先に行っててくれ」
「……分かりました」
一ノ瀬は双葉が渋々ドアを開いて門番ロボの横を通り過ぎたのを確認すると、再び武井の頭に手を乗せて言った。
「ありがとう、武井。またあとでお願いするかもしれないが、そのときもよろしく頼むな」
「……っ! はいっ! また!」
お互いに微笑むと、一ノ瀬も双葉のあとを追って車を飛び出した。
その背中を見送りながら車をUターンさせ、
「頑張ってください、みなさん」
本人たちに届かない気持ちだけの声援を送って峠を下った。
* * *
研究所へと続く森は二人が出るときと変わらず、鳥のさえずりと虫の羽音がかすかに聞こえるだけの、普通の夜の森だ。
地下への入り口も何の変哲もなく、研究所の入り口に続く地下通路も、歩く音だけが響くだけの以前のままの通路だ。
その代わり映えのなさがむしろ不安を煽る。何かあったのなら、いっそのこと派手に崩れたり傷ついていたりした方が、二人としても対処がしやすいのだ。
しかし何者かが出てくることもなく、最奥部にある白い扉にたどり着いた。
扉に呼び鈴はない。一ノ瀬は壁のやや上の方に目をやると、完全にカモフラージュされた監視カメラが一ノ瀬たちを捉えた。
次いで、プシュッ、空気が抜ける音とともに研究所の口が開くと、
「一ノ瀬さん! 双葉さん!」
「梨乃!」「梨乃ちゃん!」
少女が安堵と喜びに満ちた顔で、両手を広げて中から飛び出してきた。
「おかえりなさい!」
「ただいま!」
精神レベルは思春期のはずの梨乃は、その精神に似つかわしくない表情で二人にハグを求めた。二人にはそれを拒む理由がないどころか、むしろすぐにでもしたいくらいで、三人は互いに強く抱きしめ合う。
「おかえり、おかえり、おかえり……」
梨乃は顔の両側にある一ノ瀬と双葉の胸に、交互に自分の頭を擦りつける。二人も腕の中で可愛らしく悶える少女の頭を撫でた。
時間にして二週間ぶりの再会に浸っていると、廊下の先から一ノ瀬たちには聞き慣れたもう三人の声がした。
「おかえりなさい、先輩」
「お前らの帰りを待ってたぞ」
「よく戻ったな」
三人それぞれの迎えの声の元を向き、これも二週間ぶりに見る所長と副所長、そして後輩の姿と顔を見て答える。
「ただいま戻りました」
一ノ瀬は、目と耳に心地よく馴染んだ研究所の面々を見てホッと一息つき、胸を撫で下ろした。
「何事もなかったみたいですね」
「ああ、杞憂だったな。良かった」
同じことを考えていた双葉も、一ノ瀬と確認し合った。
その小声を拾った生田は顔を背け、藤原は「いや、それなんだがな……」と後ろめたそうに口を開き、二人に言った。
「実はお前たちに紹介しておきたい奴がいるんだが……、いいか……?」
一見何もなかったような梨乃たちに安心しきってしまった一ノ瀬たちは、「所長の友人か誰かだろうか」としか思わず、何の疑問も抱かずに了承してしまった。
「先輩、こっちに……」
藤原に言われて案内する小松も、あまり機嫌がいいとは言えない顔をしていた。
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