6‐6.深海エリアのその裏に
初号機の失踪の報告を受け、石田首相は顔を歪ませた。大切な研究対象を失うことは絶対に許されない。
だがここであの研究所を解散させれば、このプロジェクトは終わってしまう。この先に考えていた計画もおじゃんだ。
「本当にいいんですか」
「ああ。俺の計画のためにも、藤原くんたちにはまだまだ頑張ってもらう」
研究所宛に送信したメッセージの内容は、藤原たちの処置について。
結論から言って、研究所を解散させることはせずこのまま継続して研究・開発を続けてもらうことになった。だから現場の三人には、何としてでも初号機を見つけてもらわなければならない。
「見つかった報告が入ったらすぐに次のフェーズに移行する。準備はできてるのか?」
「はい。すでに連絡済み、いつでも実行可能です。新制度についても承認が得られると思われます。データに関しても、必要最低限の量は収集できています」
「分かった。ありがとう」
石田は椅子の背もたれに体を預け、大きくため息を吐く。
研究対象の失踪という想定外の事態にはなったものの、それを除けばおおむね順調に事が進んでいる。このままいけば、このプロジェクトの最終目標の達成はそう難しくない。
「何としても……見つけてくれ……」
心から願い見上げる空は、嫌味のように雲一つない快晴だった。
* * *
水族館の中で一番暗く、何かしても見つかりにくい場所、深海の生物が展示される深海エリアの、スタッフのみが入れる扉の前に一ノ瀬たち三人はいた。
「ここ、ですよね」
「ここだな。小松、スタッフを呼んできてくれるか」
「分かりました」
一ノ瀬が指示を出し、小松は入口の方へ走っていった。
扉には関係者以外立ち入り禁止の文字が書かれ、開けようと試みるが鍵がかけられていて当たり前のように中へは入れない。
閉館の時間になったこと、迷子が見つかったという内容のアナウンスが流れ、他の客が入口の方へと流れていく。
完全に人がいなくなるのを待ってから、一ノ瀬は叫んだ。
「梨乃! そこにいるのか!?」
「——っ!」
反応はすぐにあった。だが声はとても小さくくぐもっていて、口を何かで押さえられて喋れなくされているのが分かる。
「梨乃、待ってろ。すぐ開けるからな」
「先輩っ!」
そこへちょうど小松が到着した。後ろには鍵を掲げたスタッフも来ている。
スタッフは鍵を鍵穴に挿し、回し、扉を勢いよく開いた。その瞬間、
「梨乃っ!」
「梨乃ちゃん!」
スタッフの体と扉の隙間を縫って、一ノ瀬と双葉が軽くスタッフを押しのけて中へと飛び込んでいく。小松も、よろけたスタッフに謝りながらあとに続いた。
部屋には小さい水槽が部屋全体にところ狭しに重ねられ、並べられていた。一ノ瀬たちはそれに目もくれず、水槽の間を掻い潜る。
探していた少女は、そんな水槽の部屋の一番奥の隅に座っていた。
「——っ」
「梨乃っ!」
梨乃の見てくれは見るに堪えないものだった。
予想通り口にはガムテープが貼られ、一切声が上げられない状態。加えて両手は背中に回され紐で縛られ、足の方も足首と膝が同じように紐で縛られていた。
「梨乃ちゃん……。ひどい、こんな、誰が……」
一ノ瀬が紐を解く一方で、双葉は梨乃の姿を見るなりすすり泣き崩れた。
「小松、研究所に報告してくれ」
「はい……。小松です。梨乃を見つけました。はい。場所は……」
梨乃が見つかったことを報告する小松の声も、自然と怒りの念がこもっている。
紐とガムテープを取ると、梨乃は大粒の涙を流して一ノ瀬の胸に飛びついた。一ノ瀬は頭や背中を撫でてそれに応える。
「遅くなってごめんな」
「んん。私も、一人で勝手に行っちゃって、ごめんなさい」
梨乃は謝りながら静かに泣いた。
一ノ瀬は胸元でうずくまる梨乃を抱きかかえる。お姫様抱っこというやつだ。
スタッフに話を聞くとどうやらこの部屋は、深海エリアに展示する生き物たちの赤ちゃんを育てる場所らしい。小さい水槽には小さい生き物たちが何匹も動き回っていた。
水族館を出ると日は完全に落ちきっていて、今度は都会の夜景が眩しいくらいに輝いていた。
「梨乃、見てごらん」
「わあ……すごい……」
水族館があるのはビルの屋上。そこから眺める景色は梨乃の涙を乾かした。
「さあ、帰りましょ。藤原さんと生田さんが待ってますよ」
「二人にも謝らないと。すごい迷惑かけちゃったから」
「そうだな。速攻帰らないとな」
「ここから三時間くらいかかりますけどね」
迷子かあるいは誘拐か、考える必要もなくこれは誘拐だ。
誰がやったのかまったく見当もつかないが、動機として考えられるのは梨乃の正体を知っていて奪いに来たということ。狙われているとしたら、今後の外出は禁止になる可能性がある。
だが今は、こうして無事に梨乃が戻ってきたことに安堵し、四人はゆっくり研究所へと帰るのだった。
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