第56話夢の世界で


深夜、眠りの世界に落ちる。


その世界に広がるのは白亜の宮殿。

そして、俺と瓜二つの少年。


「ここがどこなのか、分かるか?」


聖王協会の本部だ。記憶の片隅にはあるが、何故なぜか一度たりとも足を運んだ事のないどこか。


「そうだ。だが、ここにお前は来ていない。そりゃあ、お前の世界にはなかったんだからな」


どうでもいい事だ。

お前がそう言うのならそうなのだろう。でも、俺にはどうでもいい。言いたい事があるのなら、さっさと言え。


「つまらん奴だな」


自覚はしている。


「お前、力のコントロールが出来ないらしいな。だったら、俺と組もうぜ。俺がいりゃあ、大抵どうにかなんだろ」


信用出来ない相手とどう組めと?無理難題を吹っ掛けるなよ。


「無理難題じゃねえよ。無理でも難題でもない。元は俺だろ。俺もお前も俺だった。違うか?」


否定はしない。


「それに、今お前が死ねば俺も死ぬ。何もせずに共倒れはごめんだ。それにしても何だ?あの鉄屑との戦いは。ふざけてんのか?幾ら足枷と制約があろうが、あれぐらいは瞬殺出来なきゃ話にならねえよ」


うるせえよ。

それで、お前は俺に力を貸す理由は何だ?共倒れだけが理由じゃないだろ。何を狙っているのかは知らないが、お前と組むなど論外だ。


何故なぜ、俺がお前と組むか。理由は必要か?まあ、必要だからこうなってるんだろうがな。理由は……そうだな。無いな、ただの興味と好奇心だ。俺とお前が組めばどれ程の力を得るか。知りたくはないか?神童と呼ばれたお前と俺が組めば、革命家レジスタンスもフィリップスも、お前の敵じゃあない」


確かにな。いいだろう。


「互いに上手くやろうぜ。話は終わりだ失せな」


意識は薄れる。

そして、意識は覚醒する。


「頭いてぇ」


ベットから上体を起こし、頭をさする。


私室の勉強机の上に置いてある指輪を念動力サイコキネシスで引き寄せる。

動きは迅速で正確だ。確かに、精度の上昇は著しい。目を見張る物があるだろう。


ベットから抜け出し、リビングへと降りていく。

そういえば、昨晩真美特製のホットケーキを食べてから歯を磨いてなかったな。


同居人達に朝の挨拶を軽くすませ、ヴァルケンの持ってくる朝食を口に運ぶ。

眠いのにも関わらず、力がみなぎっている。非常に変な感覚だ。


「体調が悪いのですか?」

「いや、むしろ絶好調」


心配そうに近付いたヴァルケンに返した。

魔力の乱れは無い。


朝食を口に押し込み、ちゃんと歯を磨いてから私室へと戻った。

まだゴールデンウィーク。やる事無いな。






ゴールデンウィークが終わり、学校へと歩く。

周囲からの視線は、普段から他人よりも多いが今日はそれよりも遥かに多い。

思い当たる節は……あの機体の件くらいだろうが、ここまで早く拡散されるものだろうか?しかも、情報規制はされているはずだろうし。単純に、人の好奇心はその程度では止められないのだろう。


校門を過ぎ、校舎に入る。

ここで更に視線は増える。

真美と夜は気になっていないように見えるが、内心では鬱陶うっとうしく思っているだろうな。フェーンはモロに面倒だと主張するような表情をしているし。


ドアを開け放ち、教室へと入る。

直後、突き刺さるような無数の視線。

ため息を吐き出したい気持ちを圧し殺し、席へと座る。


「よっ!有名人」


茶化すような口調で伊織が話しかけてくる。


「俺が望んでの結果じゃない」

「そんな事はどうでもいいじゃないか」

「他人事だからって楽しんでるだろ」

「まさか。俺がそんなに性悪に見えるか?」


そう見えなきゃ聞いてない。


「それで、俺達は何故なぜ目立ってるんだ?この視線が鬱陶うっとうしいんだが」

「そりゃあ、先日の街中での一件だろ。学年一の問題児とイカれたマシン退場なんてやれば噂の一つや二つは広がるさ。よかったな、有名だぞ」

「俺は目立ちたくないんだが。その情報はどこから広がったんだ?」

「さあ?ただ、一ヶ所だけではないのは確かだな。あっちこっちで何が起こったかの憶測が飛び交っているが、さまざまだからな」

「噂なんて伝言ゲームの要領で内容の改竄はしょっちゅう起こるだろ。その根拠では納得しかねるな」


暗に、正直に話せと伊織に伝える。


伊織は、顔を近付ける。


「情報を広めているのは神無月家なんだが、どうやら他にもあるらしいんだよ」

「迷惑極まりないな。それで、情報を広めて何がしたいんだ?特にメリットもデメリットも無いだろ。到底俺には理解出来ないな」

「お前を調べさせる為じゃないか。そもそも、睦月を模擬戦で倒した時点で注目されてんだよ。その上、伊崎と違って幾ら調べても大した情報は出てこないらしい。確かな事は、最初に伝えられた聖王協会関係者という事だけ。調べればやぶ蛇になる可能性が高いから、敢えて情報を広めて好機の的にする──」

「そして、他者が調べた情報を吸い取ると。やり方が汚いな」

「組織なんてこんなもんだろ」


その意見には反対しないな。


俺の周囲を嗅ぎ回られるのは面倒だな。これについては早い段階で手を打っておこう。それで問題は無い。


軽く教室を見渡せば、瞬時に視線を逸らすクラスメイト達。やっぱり、人間関係って面倒だ。


誰もが朝の挨拶をすまし、何気無い雑談に花を咲かせる頃、あれはやって来た。


「帝くん。もしよかったらお昼ご飯、一緒にどうかな?」

「何の用ですか?会長」


三年とはフロアが違うはずだが、わざわざ足を運んだらしい。

辺りは静まり返り、視線は隠す素振りさえ無くなった。


「強制ですか?」


クラスメイト達の前では、形だけでも下手に出る。


「いえ、違うわ。けど……一緒に来てくれたら嬉しいわ」


あざとい仕草で両手を合わせる。

えらい数の猫を被っている。

にっこり笑顔がここまで胡散臭い人間もそうそういまい。


「俺だけですか?」

勿論もちろん!」


異性からのお誘いがここまで嬉しくないとはな。優越感は一切感じない。代わりに感じるのは警戒。


自分の思い通りに事が運んだ事が嬉しいのか、頬を緩めた会長は「昼休みにね」と言葉を残し去って行った。


何故なぜだろうな。会長に慣れる事はなさそうに思える」


修羅場なら何度も越えてきた。

だが、こういったありきたりな日常とその隙間から不意に現れる日常は未だに慣れない。

場違いなのだろうか。自分でもそう感じる。平和と平等とは無縁で殺戮兵器として生きた事実は今でも俺にまとわりつく。


「どうしたの?」


投げ掛けられた真美からの言葉に意識が引き戻される。


「何でもない。真美も来るか?」

「えっ?私も?でもお腹がすいてるだろうし遠慮するわ」

「そうか、分かった」


睦月王子の兄であり、風紀委員長の睦月恒四郎がいれば、昼飯くらいおごってくれるかもしれないかもな。

俺なんかただの財布としてしか見れなくなったし。


教室は静寂を保ったまま、担任である綾瀬川がやって来た。


「随分と静かだな。てっきり騒がしいと思っていたんだが……。まあいい」


綾瀬川は大して興味がないのかすぐに話を切り替えた。いつもと同じく、学校からの緒連絡を端的にすませる。

教師でありながら、ここまで生徒に興味なさそうに担任という責任ある仕事をこなす姿には、ある種の尊敬の念さえ感じる。


授業はいつも通り進み、俺もいつも通り睡魔との激闘に躍起になっていた。

結果としては睡魔に打ち勝ったのだが、注意される事十二回、廊下に立たされる事三回。


昼休みになると、眠い頭を振りかぶって生徒会室に向かった。


ノックしようとしたが、タイミング良く扉は開けられた。


「おぉ」

「……どうも」


委員長は硬直した体をずらし、俺を生徒会室へと迎えた。

室内には、書記の稲越が居た。俺を妙に怖がっていたから記憶によく焼き付いている。後は、知らない男子生徒が二人。睦月弟に雰囲気がどこか似ている金髪の少年と、堅物そうな黒髪の少年。二人は、観察するような視線を俺へと向けている。


「ごめんね、無茶言っちゃって」

「別に」


両手を合わせ僅かに舌を出した会長へ、ぞんざいに返す。

この返答は黒髪の少年には不評だったようで、視線に軽い憤りが灯る。反対に金髪の方は珍妙な物を見るような好奇の色が含まれる。


「それなら、早速本題に入りましょうか」


その言葉に合わせるように、委員長は生徒会室の扉を閉める。


「先日のあのイカれたマシンの事か?」

「えぇ、話が早くて助かるわ」


俺はざっくりと掻い摘んで端的に簡潔に説明した。伊崎をたてて俺自身は目立てさせずに内容を嘘を吐かないギリギリのラインを攻める。

これがなんとも難しい。質問を投げ掛けられた時、一切の疑念を持たせず納得させる。ここまでを考慮して、どう話すかを瞬時に判断し、矛盾点を残さず誤魔化す。


なんだかアレだな。聖王協会所属時は当たり前のように行ってきた所業だが、冷静に客観的に分析すると詐欺師とやる事変わんねぇな。


「──以上が、この前の話だ……です」


名も知らぬ黒髪の先輩に睨まれ、形だけでも敬語を付けておく。


「間抜けか?お前は」


最初に口を開いたのは金髪の学生。


「異能力者が二人も居たにも関わらず、甚大な被害を出した事には反省しているのかな」

「特に何も」

「……そうか。年上だから敬語を使えとは言わない。だが、力を持つ者には敬意を払うべきだ」


会長は困った苦笑いを浮かべ、黒髪の生徒は忌々しげに隣に座った金髪の学生を睨む。


「そうか。なら、このままでいいな」

「その言葉、取り消すのなら今のうちだぞ」

「武士に二言は無い……いや、男に二言は無いだったか。まあ、どっちでもいいが、そういう事だ」


この学校では、面倒事は実力で解決させる事を推奨している。勿論、言葉で表明した訳ではないが、スタンスは明確にしている。

模擬戦に話がもつれ込んだとしても敗けはしない。


金髪の生徒は椅子からゆっくりと立ち上がる。

雰囲気がピリつく。誰もが警戒するように、異能力を待機させる。

だが、制止する声が掛かった。


「そこまでだ。森栄太、神月帝。二人とも落ち着け」


重々しい声、誰しもの注意を引き付けるような圧倒的な存在感。今までは特に感じなかったが、この男を構成する魔力、存在感、肉体、その全てが同年代の学生と比べて桁違いだ。

森栄太と呼ばれた生徒は、大人しく従うように席についた。


「俺は至って落ち着いてますよ」


俺は後ろで傍観者に徹していた委員長に言葉を返した。


「ならば煽るな。お前の正確な実力の程は知らないが、今更弱いとも思っていない。お前でさえここまで手こずったんだ。敵はそれ程の実力を兼ねていた、それだけだ」

「睦月委員長がそう仰るのであれば、そういう事にしておきますよ」


森の視線には、もう俺は映っていない。委員長を見据えている。

僅かな対抗心が伺える。本人は極力隠しているつもりかもしれないが、向けられた本人にはバレているだろう。隠すのではなく、他の感情を含めて誤魔化しながらであれば気付かれる事もなかったかもしれないが。


会長は一度咳払いをし、場を立て直す。


「それで、帝くんは本校にその機体が襲撃を仕掛けてきたら対処可能と思う?」

「状況によるだろうが、完全なる不意討ちであれば大勢死ぬかもな。この前みたく、一機だけで攻め込まれるって決まっている訳じゃないしな。その上、人間の異能力者もやって来るのであれば、結果はより悲惨になるだろうな」

「ここだけの話だけど、先日テレビに出た人は革命家レジスタンスって指名手配犯みたいなの」

「らしいですね」


会長は、一呼吸おいて話を続けた。


「その革命家レジスタンスは異能力者至上主義を掲げているみたい。本当に馬鹿げた話だけど」

「だから学校には攻め込まないと?」

「絶対にないとは言えないけれど、考えにくいわ」


確かに、普通ならば取らない手段だ。

だが、革命家レジスタンスという男は自身が世界の巨悪と見なされるとしても、悲願の為なら喜んで非道邪道を迷わず選ぶ。

つまり、覚悟なら既にある。有り余る程に。それでも、昔であれば文字通り一騎当千の怪物がいた。故に、どれだけ緻密で完璧な作戦を打ち立てようと、その怪物の気分一つで踏みにじられた。

だが、今は違う。時代は変わってしまった。

どれだけ、人目につくように派手に暴れようとも、高位の術者がいれば一般人に異能力の存在を認知される事はなかった。されど、今はその術者はいない。

革命家レジスタンスにとっては良い変化だろう。これ程戦いやすいフィールドは、以前であればあり得なかった

あの男は、もう止まらない。


「何事も、用心するに越した事はないと思うけどな」

「そうね。万が一が起きたら大変だもの」


会長は、俺の表情か口調から何かを感じ取ったのか、ウインクをしながら微笑んだ。

とはいえ、生徒会長では権限も限られているだろう。


「ねえ帝くん。もしかして、生徒会長ってそこまで権力を持ってないと思ってる?」

「……まあ、正直に言えば」

「この学校は、普通とはあまりにもかけ離れています。それは全ての生徒が異能力を使えるから。だからこそ、生徒会も風紀委員もそれらの面倒事に対処する為に権限を有しているの。生徒に生徒に対してもそれ以外に対しても」


それに出雲家の令嬢としての威光か。

だが、それだけで対等になりうるとは思えないな。


「まだ何か心配でもある?」

「いや、大丈夫だ」

「心配そうな表情をしていたから聞いたんだけど……。帝くんって変に気を使うわよね」


そんなつもりは一切無いんだが。ただ、他人よりも心配性なだけだ。少なくとも俺はそう思っている。


会長はどこか面白そうに小さく笑う。


「帝くんでも、困った顔をするのね」

「そりゃあな」


だって人間だもの。

いくら他人とは違うとはいえ、無感情の機械ではない。薄っぺらい表層だけであるならば、歓喜も悲嘆もあるだろう。


「だったら、誰かを好きになった事はある?好きといってもいろいろあるけど、この場合は恋ね、恋」

「恋ねぇ」


自分の人生を振り替える。思い当たる節は無い。

今度は、記憶から探ってみる。


「無いな」

「帝くん、それはきっと──」

「出雲、他人の色恋沙汰にむやみやたらに踏み込むべきではないだろう」


助け船と言っていいのか微妙な言葉で、話を切ろうとしたのは委員長。だが、助かったと思ったのもまた事実。

俺は、会長が何を言おうとしたのかがこの眼で


『帝くん、それはきっと誰も信じてないからじゃないかしら』


会長の鋭い視線が俺を射抜く。

そして、俺は何も言い返せずにいた。

委員長が会話に入り込まなければ。

けれど、これはあり得たはずのあり得ない可能性。

それでも、言い返せなかったという事実は変わらない。


「でも委員長、気になるじゃないですか」


話を強引に引き戻したのは森栄太。

好奇心というよりは、弄り倒して壊してしまおうという意思を感じる。暇潰しに、偶然視界に入った玩具でもてあそんで叩き壊す幼児のように純粋で悪意の無い黒い瞳。


ようやく気が付いた。

この男も魔眼保持者か。

彼の体内の魔力は黒髪の生徒と比較して、圧倒的とは言えないがそれなりに多い。

能力は攻撃性の物ではないな。

睦月弟しかり、こういう輩は自意識過剰だから面倒だ。自分の優位を疑わない。


「それで1年坊主、彼女でもいるのか?」

「いないが何か?」

「だろうな」


妙に勝ち誇った様子から、この上級生は彼女がいるのだろう。

だがそれでも──


「彼女なんて要りませんよ。俺は俺が一番大事なんで。他人に気を使うなんて馬鹿のやる事だ。何より時間がもったいない」

「モテない事へのひがみか?それは」

ひがみ……ねえ」

「二人ともそこまでだ。森、後輩相手に容赦が無いぞ。神月も口を慎め」


再度仲裁に入った委員長へと視線を向けた。


「もう帰っていいか?」

「ああ、わざわざご苦労だった」

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