第39話選ばれし者ってなんかダサい


部活の見学は何事もなく、本当に何もなく無事に終わった。


幸いなのは、睦月弟と会話せずに済んだ事だ。

結論から言うと、俺を含めたFクラスの男性陣は何も部活へは入らないが、真美はテニス部に、夜は手芸部に入る事になった。

そして、無事に解散となるはずだったが──


「伊織、これはいつまで続くんだ?」

「知らねえよ」


最寄りの駅までBクラスの面々と一緒に行く事になってしまった。

今回も俺は伊織達と最後列でついていくだけなのだが、睦月弟からの度々向けられる視線が鬱陶しく感じていた。


「睦月弟からの視線がキモいな」

「どうせあれだろ。いつもの」

「いつものって言われても全く分かんねえよ」

「睦月弟は男女関係に関しては奔放なんだよ」

「婚約者候補がいたにも関わらず、とっかえひっかえって事か?メンタルの強さが異常だな」

「そうじゃない。とっかえひっかえじゃない。ハーレム願望が強いんだよ。だから一度に数人なんてザラだぜ」


それは、真美への初対面時での対応で察する事はできたが。


「どうでもいいな」


もし、睦月弟と親密な関係になれば最悪、切り捨てればいい。


駅に到着し、伊織達と別れる。


「それにしても疲れたな。睦月弟がいるだけでここまで精神的な疲労の蓄積が違うとは思わなかった」


真美は特に同意のようで何度も頷く。


「本当に自分の自慢話だけしか話さなくてうんざりだったわ」

「自慢話だけで話を続けるのも凄いな。俺も聞いとけばよかった」

「話していて面白そうとは思えませんね」


夜は真美に同情しているのか、背中をさすっている。


なんだろう。ここまで来ると睦月弟が可哀想に感じる。






翌朝、とあるニュースが一年を駆け巡った。


「伊織、随分と騒がしいがどうしたんだ?」

「聞いてないのか?」

「何も知らん」


伊織は表情を一切変えずに賑やかしている騒動の始まりを告げた。


「睦月王子が伊崎に模擬戦を申し込んだんだよ」

「以前、戦った時はフルボッコだったんだろ?睦月弟って実はマゾなのか?」


伊織は苦笑しながら答える。


「違うだろ。睦月の頭の中では勝つ算段がついてるんだろ。上手くいくとは到底思えないけどな」

「そうか。模擬戦って受ける側が了承しなければ成立しないんじゃないか?伊崎は睦月弟には興味も眼中にもなさそうだが」

「これ以上、無意味に突っかかれるのが嫌なんじゃないのか?」

「なら、一昨日、魔力暴走があったばかりだが生徒会と風紀委員は何もアクションを起こさないのか?止めたりするだろ、普通」

「会長と風紀委員長が見に来るらしい。万が一が起きた場合は直ぐ様対処するためにな」

「へえ」


それにしても、勝つ算段を手に入れたか。

今のこの状況では魔道具レリックが頭によぎるな。無関係とも言いきれないが、関係があるとも思えない。睦月弟は、どうしようもない男だが、口先だけの正義が異能力者を操る魔道具レリックの行使を拒むだろう。

口八丁でやられていたら話は別だが。


「それで、いつ模擬戦は始まるんだ?」

「放課後だ」

「放課後か」


放課後は、自動販売機の在庫の補充や、食堂の材料の運搬など、外部から人が入ってくる。

一体どちらが本命か、考えるまでもないな。


「伊織は模擬戦を見に行くのか?」

「ああ、面白そうだからな。帝は行くんだろ?」

「俺は少し用事があるから行けないな。結果は教えてくれ」

「任せとけ。他人の戦いを見るのは得意分野だ」

「それはただの趣味だろ」


放課後になり人は向かう。


「帝、それじゃあ野次馬になりに行ってくるぜ」


俺は片手を伊織に上げる。

伊織の他には、翔に真美と夜も一緒だ。


「それじゃあ、俺達は俺達の仕事をするか」

「……目星はあるの?」

「さあな、全くない。だが、状況を読めば分かる」


どこに人が集まり、どこに監視カメラが設置されているか、対策課の下部組織から派遣された警備員、教職員。

全ての要因が排除される場所を見つけ出せばいい。


「俺達も行こうか」


最初に向かった場所はトイレだ。

勿論、女子トイレに入る度胸はないため、影に探させる。

その次は更衣室。

だが、こっちも外れだった。そうなると、今回の模擬戦はただの偶然で何も無いか、学内で何かをやると思わせるためのミスリード。俺には実質損害は無いため、一度や二度であれば騒動は起こされても構わない。


俺は不意にキョロキョロと周囲を見渡し始めたフェーンに声をかける。


「どうした?」

「……何か悪意を感じる」


フェーンの勘と察知能力は俺よりも高い。

俺がフェーンを動向させたのはそこにある。


「どこか分かるか?」


フェーンはコクンと頷き走り出す。

フェーンを追いかけて辿りついたのは学外の喫茶店。入学式に睦月恒四郎に連れてこられたルナという店だった。


「……入るの?」

「いや、入らない。ここで待つ」


スマートフォンに着信が入る。

どうやら、睦月弟と伊崎の模擬戦は一瞬で終わったらしい。何の異能力も使っていない、ただのドロップキックを顔面に命中し、そのまま保健室に直行したらしい。


果てしなくどうでもいい。


取り寄せアポートで取り寄せた魔道具レリックである手鏡で、店内を覗く。

店内には、客が五組しか居らず、一組ずつ観察する。声を聞けないのが痛い。


この時間帯の客層はカップルと思われる男女か、女子同士がやって来ているため、目星は一瞬でついた。


黒いスーツを着た愛想の良いビジネスマンと冴えない男子生徒。

それにしてもあのビジネスマン、胡散臭いにも程がある。それと、あの男子生徒、昨日伊崎と一緒に居た奴じゃないか?

名前は確か、世良巧。

自分の大将が睦月弟を保健室送りの一発をプレゼントしている間に何をしているのか。


手鏡を鞄に入れ、喫茶店から少し離れたコンビニで二人が出てくるのを待つ。


二人は、二十分に満たない時間が経過して、ようやく喫茶店から出てきた。


伊織達は、睦月弟の看病をしているようにと保健室に居てもらっている。

フェーンは、世良を追いかけさせ俺はビジネスマンを追わずにルナに入店する。ビジネスマンには、影に追わせる。


入店すると迷わずビジネスマンが座っていた席に座り、残留思念サイコメトリーを使い、何を話していたのかを読み取る。


ブレンドコーヒーを注文し、何気なくスマートフォンを開く。画面には、影からの情報により、ビジネスマンがどこに居てどこに向かっているのかが映っている。

しばらくは様子を見よう。


伊織にメールを送り、ルナにいる事と、この喫茶店の場所を送る。

返信は僅かなタイムラグを開けてから来た。

直ぐに来るようだ。


ブレンドコーヒーを二杯お代わりした頃に伊織達はやって来た。


「随分と洒落た店だな」

「まあな、入学式前に風紀委員長に連れてこられてな」

「そりゃ、災難だったな」


伊織は席に座り、倣うように真美達もそれぞれ席につく。

注文したブレンドコーヒーがそれぞれの元に来てから会話は再開した。


「睦月弟と伊崎の模擬戦、どうだった?」

「メールで送ったと思うが、ドロップキックで終わりだ」

「避けなかったのか?」


俺の疑問に伊織は笑う。


「睦月王子は魔眼の能力を使って、いきなり大技を繰り出そうとしていたんだよ」

「どんな能力だ?」

「聖剣を召喚するんだよ。より正確に言えば、精神力により作られた剣を模したエネルギー収束体だけどな」

「精神力の収束体?聖剣とは、全くの別物じゃねえか」

「本人が言うには聖剣なんだから、聖剣らしい」

「その自称聖剣の威力を高めて放つつもりが、その隙を突かれてドロップキックか……アホだな」

「ああ、アホだ」


一対一での戦いにおいて、隙の大きい技など論外だ。

より速く、より効率的に、より効果的な技の応酬が基本中の基本だ。理由は、今回の模擬戦の睦月弟の晒した無様だ。

それでも、ただのドロップキックでは伊崎の抱える問題は解決しない。何せ、睦月弟が鬱陶しいらしかったからな。睦月弟の性格から察するに、明日になれば異能力者としての誇りだの、正々堂々と戦わないから卑怯とか言い出しそうだ。

馬鹿程、失敗に理由をつけたがる。

まあ、模擬戦なのだから失敗はいい経験として考える事もできなくはない。最終的には、睦月弟自身だ。


「睦月弟の容態は?」


話の流れで一応尋ねる。


「無事らしいわよ」


答えたのは真美だった。とある世界の美しき魔王に相応しく優雅にコーヒーを飲む姿は注目をより集める。


「なっ、なに?」

「何でもない。睦月弟は顔面にドロップキックくらったなら打撲くらいあるんじゃないのか?」

「伊崎って人が上手く手加減したんじゃない?」

「だろうな」


確かに、昨日見た限りでは殺し合いよりも喧嘩慣れしたような荒々しい雰囲気を纏っていた。殺し合いに慣れた奴は大抵隠すのが上手い。


「無事ならいいか」

「帝、逆にこっちからも聞くが、帝とフェーンは今までどこに居たんだ?用事があるって言ってたが」

「売店に行って軽く菓子を摘まんでた」

「単に模擬戦に興味が無かったのか」

「否定はしないな」


とはいえ、伊崎については少々気になる。ツレの世良の事を含めて。


とりとめのない雑談を繰り返し、俺達は帰路に着く。


翌日、新たなニュースが舞い込んだ。


それは、校内での例の魔道具レリックの使用者の発見。

使用したのは監視カメラの時間で確認した所、昨晩の夜十一時。


「伊織、その魔道具レリックを使った奴はどうなってるんだ?」

「対策課に連れていかれたらしい」

「何時頃に?」

「暴れだして三十分経ってないくらいらしい」

「思ったが、どこでそんな情報を手に入れてるんだ」

「秘密だ。男はミステリアスの方が魅力的だろ?」


伊織は席に座った俺に対し、ウインクをする。


「お前の場合は、ミステリアスって言うよりも胡散臭いの方が合ってるな」

「そうかよ、そうですか」


伊織は何かを思い出したのか、拗ねたような口調を直し話題を変える。


「会長と風紀委員長が昼休みに来いってよ」

「またか?」

「まただな。頑張れよ。そして逃げるなよ」

「俺の心臓はそこまで強くない」


俺は、憂鬱な気持ちをために乗せて天井に向けて吐き出す。






「帝くん、いらっしゃい」

「今日は二人しか居ないんだな」

「稲越は、お前が苦手らしい」


その事は認めるが、睦月恒四郎。お前には言われたくない。


風紀委員長に向かい合う形で座り、机には先日と同様に弁当が置かれている。


「この前と違う店みたいだが、またあんたの奢りか?」

「いや、違う」

「今日は私よ」


どうやら会長の奢りらしい。


一度手を合わせ、弁当を開ける。


「帝くん、昨晩の件、聞いてるかしら?」

「例の魔道具レリックか?」


会長は頷く。


「それで、俺を呼んだって事は何か知ってるんじゃないかと思ってるのか?悪いが俺は何も知らないぞ」

「いえ、違うわ」

「そうなのか」


少し警戒して損した。


「帝くん、犯人探しを手伝ってくれない?」

「何故俺だ?出雲家や睦月家も探してるんじゃないのか?」

「確かに調べてはいるが、手掛かりが掴めない」


風紀委員長へと視線を向け、話の続きを促す。


「少しずつではあるが情報を得てはいる。だが、決定的な物はない」

「俺なら何か変えれると?」

「正確に言えば、神月の持つ聖王協会の情報網だがな」

「何者かも知らない俺に、借りを作るのは得策とは言えないと思うが?」

「背に腹は変えられん」

「随分な言い草だな」


問題は誰が俺に対して借りを作るか。

どうせ解決するのだから、情報を少しずつ与え解決させるために誘導させる事も、解決させないようにする事もできる。


それと、気になるのは──


「誰がそんな事を言い出したんだ?」

「父上よ」


会長が可愛らしく手を上げる。


……マジかよ。あのジジイ、余計な事をしやがる。


「それと、手紙預かってるわ」


手渡された封書を開き目を通す。

文字を読む度にフラストレーションが蓄積されていく。

相変わらずふざけた奴だ。


「会長、中は読んでるのか?」

「読んでないわ。マナー違反ですもの」

「だろうな」

「何か失礼な事でも書かれてたのなら謝るわ」

「そうじゃない、そうじゃないんだが」


封書に書かれていたのは、形だけの社交辞令。

そして、ここからが本題だ。まずは、俺が個人的に出雲英玲奈を手助けしてほしいというもの。その借りは、出雲家の全当主である自分が持つつもりらしい。これに関してはありがたい申し出とも言えるが諸刃の剣でもある。

次は、英玲奈嬢と俺との婚約の申し込みをジョーカーにしたとの事後報告だった。

ジョーカーは絶対に了承しないだろうが、どちらにしてもいい迷惑だ。

最後には、住所が記されており、暇な時に会いに来るようにと書かれている。

そうそう行きたくはないが、全く行く気配がないと分かれば、向こうから勝手にやって来るかもしれない。いや、あんな性格だ。来るに決まってる。


これらを会長に直接伝える事は憚られるため、内容には何も触れずに全く関係ない事を書かれていたと伝えた。


「──って事らしい。まあ、協力くらいならしても構わない。俺の学校生活にも関わるからな。知り合いにも当たってみる」

「っ、いいのか?」

「ありがとう!」


二人の反応から察するに俺がここまで素直に協力するとは思ってなかったらしい。

俺が逆の立場なら同じような反応だったろう。普通に考えて、協力する事はデメリットが大きすぎる。だが、この場合は違う。

折角の機会だ。利用しない手はない。


「それで、俺は何をどうしたらいい?」

「随分と積極的だな」


風紀委員長が警戒するように瞳を細める。


「方針を決めないと二度手間が多発するだろ。俺は無駄が嫌いなんだよ」

「……なるほど」


いまいち腑に落ちない様子だが、納得はしたらしい。


「出雲家は……帝くん、これは私の電話番号とメールアドレス。何かあったら連絡してね」


そう言って、会長から紙切れを渡される。


「裏には、恒四郎くんのも書いてるから登録してあげてね」


ウインクをする会長の隣で風紀委員長が苦笑いを浮かべる。いつの間に、とでも言いたげな顔だ。

俺は追撃を与える。


「風紀委員長、昨日、弟が惨敗したらしいな」

「ああ、あの愚弟はどうしようもないな。魔眼の能力を見せ付けた挙げ句に呆気ない負け方をしたのだからな」

「異能力を使われなかった事に関しては?」

「あれも一つの戦術だ」


意外と柔軟な思考をお持ちらしい。


「神無月伊織から聞いたのか?」

「ああ」


俺は腕を組み、気まぐれで疑問を吐き出す。


「クラス分けの基準ってなんなんだ?伊織と伊崎はもっと上のクラスにいてもおかしくはないと思うが」


会長は申し訳なさそうに答える。


「それについては答えれないのよ。ごめんね」

「構わない」

「でも、自力で答えに辿り着いたら教えられるわ」

「本来であれば、教えるとは言っちゃならない気がするけどな」


時間は思ったよりも早くすぎ、午後からの授業へ向かうため席を立つ。


「帝くん、今日はありがとう」

「俺は俺のために動くだけだから感謝されても困る」

「そう?でも、これを渡しておくわ」


会長の手には、黒い手帳が置かれている。


「これは?」

「これは、生徒会が特別な権限を与える生徒に持たせる物よ。数年に一人しか選ばれないのだけれど、生徒会と風紀委員からの選出された力のあって自制の効く人に特別な地位と権限を与えるの」

「へぇ、でも俺は自由にやりたいから遠慮しとく」


俺は生徒会室を後にした。

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