第34話あぁ、面倒くせぇ


朝食を食べ終え、黒のカラーコンタクトを付け、俺は地下室へと向かう。


そこには思った通り、サングラスをかけた黒衣の男が居た。

広大なガレージに置かれた車両の中の一つに腰かけている。


「今日は対策課の制服を着ているんだな。千早涼」

「マジで、今日は任務だからな」

「前も任務だっただろ」


千早は俺の言葉に肩をすくめる。


「マジで聖王協会から数名、呼ぶつもりだったがお前がえ来るとは思わなかったぜ。それも千技の魔術師トリックスター直々の使命だからな。あっ、お前が聖王協会から派遣されたのは俺達対策課しか知らねえぜ」

「そうかい」


対策課は名家名門に対し、絶対的ではないがある程度の抑止力にはなっている。

俺を手札の一枚にしたいのだろう。


「それで?何も、俺に祝いの言葉を言いに来た訳でもないだろ?」

「マジで、急かすなって。確かにお前にいろいろと用があった事は認めるが」


千早は両手を降参するように僅かに上げ、ひきつった表情へと変わる。


「マジで、俺はただの使いっぱしりだ。用があるのは長官だ」

「長官?国土異能力対策課の長官の六条院武蔵か?」

「そうだ。長官がお前宛にな」


俺は千早から渡された書簡に目を通す。


「なるほど。書簡とは随分とアナログだと思ったが、内容が内容だから仕方がないな。魔術陣がこっそり仕掛けてあった事は多目に見よう」

「マジで、書簡に書かれた事を受けてくれるか?」

「断る。何しろメリットがない。それに、俺はお前らの手足じゃないからな」

「マジで、そう言うと思った」


千早はそう言いながら、新たな封書を取り出す。

この封書は金に輝き、封書にしては派手すぎる。


「これは何だ?」

「中を見れば分かる」


俺は封書から折り畳まれた書類を取り出す。

俺の頬に冷や汗が流れる。


この書類の存在は知っている。それも聖王協会所属時からその存在を耳にした事がある。

あまり深く知っている訳ではないが、これだけは言える。


「個人に渡していい代物ではない」

「マジで俺もそう思うぞ。この"正規異能力保証書"は、その名前だけならただの保証書だが、その実は違う」

「ああ、この書類を持つ者は国土異能力対策課の許可を取る事なく犯罪異能力者への制裁を行う事ができる……だろ?」

「マジでそれと、一線を越えなければあらゆる違法行為を黙認される」

「過剰な権限じゃないか?」

「マジで渡す組織は殆どいない」


殆どという事は、他にもいるって事か。

正規異能力保証書の発行は、対策課だけの特権だと言っていい。聖王協会もトワイライトも国家機関ではないからだ。


まあ、俺も組織と言っても良いだろうが、先方からすれば俺個人に渡したという結果が欲しいのだろう。

他に渡す組織はおおよそ検討はつく。対策課に協力的な名家や組織だろう。

そして、この一枚の紙切れの恐ろしいのは、効力が日本国内に留まらない事だ。


「……それで、これをやるから例の魔道具レリックの一件を解決しろと?」

「マジで話が早くて助かる。俺達対策課は、やるべき事が山積みだからな。終わったら連絡をくれ」


つまり、長官殿は今回限りの縁で終わるつもりはないらしい。

それに魔道具レリックの件も、俺を深入りさせたくはないはずだ。元はと言えば、戸畑を追いかけていたはずが、捕まえる事ができなかった挙げ句、連鎖的に他の問題が引き起こされた。

そんな事のあれこれの全てを俺に露呈させたくはないだろう。


「まあいいだろう、貰っておこう。この件に関しては出来る限り協力しよう」


俺は正規異能力保証書を懐に入れる。


チラリと千早の顔を伺えば、表情の変化は見られなかった。最初からこうなるとあらかじめ聞かされていたのだろう。


「驚きはしないんだな」

「んっ?驚き?」

「そうだ」


俺は素で返した千早を苦笑しながら、続ける。


「驚いているようには見えない。最初からこうなると分かっていたと見えるな」

「マジで正規異能力保証書の力は大きい事は知っているからな」


嘘だな。


俺が承諾する要因を他に握っているのか、国立魔術高等学校に通う以上、この証書が必要だと思われていたか、もしくは──


「なんにせよ、高校に通うのならば魔道具レリック云々は関わる事になるだろうからな」

「マジでそうだな。必要になるだろうな。かなり便利な代物だからな」


互いに口頭で並べる建前。


そして、付け加えるように千早は告げる。


「今朝上がってきた情報だが、革命家レジスタンスが来日したらしい」

革命家レジスタンスがか?」


千早が頷く。


「全く嬉しくないな。あの雑魚は日本に何の用だよ?」

「マジでそれは不明だ。だが──」

魔道具レリックの一件と無関係にも思えないな」


戸畑が潜入していた組織と何らかの関係があったのか戸畑が唆したのか。

どちらにしても厄介な奴だ。弱いくせに頭は回るし危険の察知が早い。


「それで、革命家レジスタンスまでどうにかしろとは言わないよな?」

「マジでそこまで図々しい事は言わねえよ」

「ならば、何故伝えた?」


ただの警告でもあるまい。


「マジで警戒しすぎだろ。単に気を付けろって言いたいだけだ」

「そうだといいけどな」

「マジで本当だって」

「そうか。俺は入学式に行かないといけないからな」

「マジでそうだったな。友達百人作れよ。期待しないで待ってる」

「余計なお世話だ。次、勝手に家に入ってきたら不法侵入で訴えるからな」


それだけ言い残し、俺はリビングへと戻る。






国立魔術高等学校東京校。


東京校ということは他にも系列の学校がある。

北から北海道、大阪、福岡にここ東京を含め、全国に四校設立されている。


俺は詳しくは知らないのだが、学年ごとに学生数の数が決められている訳でもないため、学年によって人数にムラがあると聞いた事がある。そして当然、東京校に優秀な生徒が集まる傾向があるらしい。

一般人も異能力者もそこら辺は変わらないらしい。都会に集まりたがるのが人のさが

俺も人の事を言えないが。


表向きは存在しない学校のはずだが、あまりにも堂々とした──堂々としすぎた正門に思わず苦笑いを浮かべる。

認識阻害の結界を張ってはいるが、隠す気が一切感じられない。


「帝、ここが私達の通う高校?」

「そうだ」


真美が正門を指差しながらはしゃいでいる。


周囲を見渡せば親とやって来ている他の生徒がちらほらいるが、入学式まで一時間も時間があるため、記念撮影をするつもりなのだろう。

ヴァルケン達は既に帰らせたため、俺達は回りから見れば、間違ってはいないが親が居ないと思われているだろう。


ふとした視線を感じ、その視線の方向を向くと、一人の金髪の上級生と思われる金髪の少年が興味深げに俺を見ていた。


「お前達、先に入学式の会場に行って席を取っていてくれ」

「分かったわ!」


真美が夜とフェーンを引き連れ学内へ入っていく。


俺は、何もせずに男の出方を伺うつもりだったが、男は直ぐに俺へと歩み寄って来た。


長身で引き締まった体躯。異能力だけでなく、身体的も鍛えている事がよく分かる。

そして表情は非常に硬く、冗談は通じそうにもない。堅物という言葉がピント来る。


「今年は優秀な一年が入ってくると聞いていたが、お前はどうなんだ?神月帝」

「どうして俺の名前を?」


男は表情を変えずに直ぐ様告げる。


「今朝、聖王協会から直々に十二の名月、及び三皇家に連絡が入ったんだよ。三年間、この学校で学ばせるから良くしてやってくれとな」


あの野郎ジョーカー、余計な事をしやがる。


「まあ、俺が聖王協会の関係者なのは認めるが、広めるつもりはねえよ」

「それなら安心しろ。この事実を知るのは、十二の名月や三皇家に名を連ねる者の中でもほんの一部だけだ」

「だといいが」


男は「信じるかはお前の勝手だが」とだけ付け加え、話を続ける。


「俺は睦月恒四郎むつきこうしろう、三年だ。風紀委員長としての立場もある。愚弟が迷惑をかけるだろうから、その時は俺に言ってくれ」

「ならば、迷惑をかけられる前に何とかしてほしいな。あんたの弟なら尚更」

「無理だな。あの馬鹿は目先の事しか見えていない。その上、自らの本質の片鱗さえ自覚しようとしていない」


そんなヤバい十五歳、いるのかよ。

ただの迷惑極まりないモンスターだろ。


それにしても睦月家か。

雷帝の異名を持つ十二の名月の中でも最高の戦力を有する家の一つ。その家の人間が俺個人に興味を持たれる覚えは無い事もないが、正直関わりたくはない。


「今さらだが、少しいいか?話がしたい」

「もうしてるだろ。別に式が始まる前ならば構わない」

「そうか、助かる」


どうせ話があるのなら今の内に済ませておきたい。

後日、改めて時間を取るつもりはないし、互いに手間が省ける。


睦月恒四郎が俺を案内したのは、学外の喫茶店。

とは言え、学校から徒歩三分の距離であるため、大した問題ではない。


クラシックとレトロを調和させたような、落ち着いた雰囲気のこの店には、俺と同じ真新しい学生服を着た生徒が既に先客として座って居り、顔が知られているのか女子生徒から黄色い声援が上がっている。


「人気者だな。委員長」

「気にするな」


睦月は奥の人目につかない席を選び、オリジナルコーヒーを二杯注文した。


「俺の奢りだ。気にしなくていい。朝食がまだなら頼んでもいいぞ」

「なら、モーニングを頼もう。頼んでるからコーヒー抜きで」


俺は店員を呼び、早速注文した。

店は老夫婦で回しているのかが気になったが、わざわざそこまで知ろうともしなかったので喉元で好奇心を押さえ込んだ。


注文の品はどちらも直ぐにやって来た。

人の良さそうな笑みを浮かべた、五十代程の女性が運んできた木製のトレーを受け取り、テーブルに乗せる。

トーストに目玉焼きにサラダにオムレツという、ありふれた物だったが、作った人の腕がいいのか匂いが鼻をくすぐった瞬間に食欲が刺激される。


「気にせず食べていい」

「それでは遠慮なく」


一度両手を合わせ、トーストを口へと運ぶ。


「なかなか美味しいだろ?」

「確かに美味しいな」

「そろそろ本題に入るぞ?時間も有限だからな」

「ああ」


懐中時計を見れば、既に八時十五分。

入学式の開始まで四十五分あるが、風紀委員長にはやる事が多いのだろう。

それ以上に、学校を抜け出して喫茶店に来ていいのかが気になる所だ。


「先月は織姫が世話になったな」

「織姫?」


俺は一人の少女を思い浮かべたが、敢えて惚けたふりをしてみる。


「先月、とあるショッピングモールでお前が出会った少女だ。卯月織姫、俺の愚弟の婚約者候補だった卯月家の長女だ」

「だった?」

「正確には見送りだがな。その少女から聞いた話によれば、帝という少年は魔眼を持ち、大層強かったらしい。それも我が愚弟を遥かに越えるくらいにな」

「それを聞いて、あんたの弟は俺に対抗意識を燃やしたってのか?」

「そうみたいだ」


馬鹿らしいと言うかしょうもないと言うか。


警告だけなら口頭で済ませればいい。気になる事は別にあるのか。


「親切丁寧に警告どうも。話はそれだけなら、これを食って式の会場に向かうぞ」

「待て、話はもう一つある。神月も知っていると思うが、ショッピングモールの監視カメラの映像を睦月家も入手している。だが、残念ながら映像には何も写っていなかった」

「残念だったな」


それは対策課が裏で動いていたからだ。


つまり、睦月家の情報源は懇意にしている卯月家長女の卯月織姫からという訳か。

だから、こうも回りくどい事をする。


「他の家は織姫が解決したのだと思っているが、そうではない事は織姫を知っている者なら誰でも分かる。あの娘は争い事を滅法嫌う」

「婚約の見送りはその件で織姫とか言う少女が優秀だと誤解されたのが原因か?」

「その通りだが全てではない。いちいち断るのは面倒だからだが、織姫が声を大にして断ったからだ。そもそも、候補として挙がっていただけで正式なものでもなかったし、大した問題ではないがな」


名家って面倒だな。


「そして、話を逸らし論点を変えるのがお前の作戦か?」

「いいや、単なる好奇心だ」


思ったよりも早くバレたな。

少しは頭が回るらしい。


「俺はお前を直に見て確信した」

「何をだ?」

「織姫が言っていた救世主だと疑っている」

「何とも仰々しい呼び方だな」


いろいろ勘違いしているようだが、俺は織姫を救ったのではなく巻き込んでしまったと言った方が正解だ。

救世主よりも疫病神の方がしっくりくるだろう。


「その救世主が俺だという根拠は?」

「お前の動きに隙がなさすぎる。あまりにもな」

「それはお互い様だろ」

「……どうだろうな」


睦月恒四郎は目を細める。


「俺はお前の本当の実力が知りたい」

「ならば、一度戦ってみるか?」


眼前の男からは返答は返ってこない。


俺を観察しているその瞳には、興味と警戒が映っている。


「止めておこう」


鋼鉄の塊を乗せられたような、深い海底に無理矢理沈みこまされたかのような重苦しい空気の中、先に口を開いたのは睦月恒四郎だった。

そして、同じ言葉をもう一度繰り返す。


「止めておこう」

「そうかい、互いのためにそうしたほうがよさそうだ」


俺はモーニングを口に掻き込み、コーヒーと一緒に呑み込む。


「ルナのコーヒーをそのような飲み方をするとは、罰当たりな男もいたものだ」

「今更だが、この喫茶店はルナというんだな。そこまで美味しいのなら、また来る事にするさ」

「その方がいいだろう」


俺はそれだけ聞くと席を立つ。

そして、終始硬い表情を貫いた睦月恒四郎は、俺の背中に向かって声を発する。


「やはり、俺はお前が救世主だと確信した」

「好きにしろ」

「それにしても、今年は有望な一年が多い。どのクラスにも魔眼保持者が在籍しているからな。お前の本当の実力も直ぐに明かされるかもしれないな」


俺は振り返りもせずに喫茶店を後にする。


実感よりも長く話し込んでいたようで、懐中時計を見れば入学式まで十五分を切っていた。


正門を通り、正面へと続く一本道を進む。

入学式の会場に近付けば、大きな人波が俺を阻む。赤橋中学卒業式の教訓を活かし、道のりをしっかりと覚えたのはいいが、人が多すぎる。

親族の入り口は別にあるため生徒しか居ないのだが、入り口が小さいらしく混んでいる。だが、渋滞の原因は他にもあるらしい。


「ねえ!琴音様よ!」

「やっぱり睦月くん、格好いい!」


どこからか聞こえてくる黄色い歓声が渋滞の原因である事を教えてくれる。

他にも似たような物がちらほら耳に入ってくるが、俺は隠れるように背を丸める。

ここで織姫に見付かれば面倒だからな。だって、睦月くんとか聞こえたし。


転移か転送を使うのもいいが目立ちすぎる。

平凡な未成年の異能力者にとっては転移も転送も手の届かない空想の産物に等しい。俺に興味を持って近付いてくるのは睦月兄だけではなくなるだろう。

最悪、俺が聖王協会の最年少幹部の"神童"だとバレる事だけはなんとしても避けたい。


俺は人と人との間を縫うように進み、会場のホールへと入る。

中へ入ると、オペラハウスのような構造をした豪奢な空間が広がっており、真美達はなかなか見付からない。

内心で、この金はどこからやって来てるんだろうと思いながら気配を探る。場所は直ぐに分かった。

後方の端の席を陣取っている。

悪目立ちしていないようで何よりだ。そう思いながら、俺はその席へと歩く。

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