もう末期過ぎてどうでもよくなってきた


沈黙が場を支配していた。ちらっとオネエさん達を伺うと皆一様に呆けた顔をしている。それもそうだろうな、こちらの世界では複数の異性に好かれる事を【羨ましい】まして【ズルい】とは思い至らない考えの人達である。もちろん一部例外もあるだろうけど、模範的な常識の持ち主であるオネエさん達には理解出来ないだろう。そもそも小鳥ちゃんのこの感情を理解出来るなら私の男漁りを妨害しない。

 

 やっぱりここは違う世界なんだなっと改めて思う。そして小鳥ちゃんって存在が居る事に、なんだかとても安心する。意識せずに笑い声を漏らした自分に自分で気付くと、その気持ちのまま気兼ねなく小鳥ちゃんに声をかけた。


「そっか、そうだよね、小鳥ちゃんから見ればズルいって、羨ましいって思っちゃうよね」


 恋に、男性に、夢を見ていられる女性にとって沢山の素敵な男性に囲まれてチヤホヤされるのは一度は憧れるものだろう。憧れなくても実際に経験する機会があれば嫌な気分にはならないと思う。


「それがあっちでは《普通》の感情だったね。ありがとう、小鳥ちゃん」


 私達の世界を感じさせてくれて、ありがとう。

 胸の中が温かい気持ちで満たされるのが分かる。

 私はこの熱を知っている。だから……。


「ねえ、小鳥ちゃん。良かったら私と」

 

 着ていた寝間着のボタンを外し右手でゆっくりと寛げながら、この愛おしい熱をそのまま言葉にして伝えた。


「 や ら な い か ? 」


 瞬間、慈愛の笑顔を浮かべていたであろう私の顔は盛大な音を立ててテーブルに衝突した。顔面がとてつもなく痛い、でも負けずに複数に叩(はた)かれた後頭部もすごく痛い。どっちも痛すぎて私の手だけが空中を闇雲に彷徨う結果になった。


「……精神攻撃の一種かしら。バーバラ、治せる?」


 アンジェリカの言葉に神の慈悲に縋ってみましょうとバーバラが言うや即座に神聖術を発動した。キラキラと清浄な光が私の頭上から降り注ぐ。バーバラ、そんなもんより顔面と後頭部に回復魔術をくれ。


「おちびちゃん、気分はどう?」


 キャサリンが心配げに問いかけてくるが気分より怪我を心配してほしい。

 

「なんでオネエさん達にこんな仕打ちを受けなきゃならないのかちょっと分かんないかな」


 痛みを堪えながら顔を持ちあげてそう反論してみれば、バーバラは神よと呟くと顔を伏せた。アンジェリカはマチルダと催眠系で上書き解除が出来ないか話し始めているし、キャサリンに至っては気付けで一発入れれば治るかしら? とか物騒な発言をかましている。カトリーナ、そのまま全力でキャサリンを止めて下さい。ガチのパワー系前衛を抑えられるのは君だけだ。


 わいわい好き勝手盛り上がるオネエさん達は放って、小鳥ちゃんに向き合えば軽蔑の眼差しで迎えられた。地味に傷付く。うん。


「……なんなんですか、貴方は。言葉で丸め込めないとなったら色仕掛けですか。最低ですね」 


 すごい言われようだが、まあ、しょうがない。そうではなく、私の中で小鳥ちゃんという存在がこの世界ではとても尊く、そして愛おしいと気付いたと弁解したら小鳥ちゃんが二歩後ずさった。あれえ?


「いや、あのね? さすがにやらないかってのは場を和ませるちょっとした冗談のつもりだったんです」

  

 だから本気にしないでと訴えかけてみたが私と小鳥ちゃんの精神的にも物理的にも空いた距離が埋まる気配はない。いやしかし冗談ではあったが、私の想いの丈を見事に現した台詞だなと思う自分もいる。やっちゃってもいいくらいに愛おしいとかもう自分の欲求不満度が末期すぎる。

 愛しいものに性別なんか関係ないよねとか素で思ってしまうあたり、この生活に毒されすぎたのか又は元々性別に寛容な性質だったのかは悩むところである。出来れば前者であってほしい。私はノーマルな人間である。多分、きっと!


「最悪な話し合いになっちゃいましたが良かったら同郷人同士これから」

「もう馬鹿にされるのはうんざりです」


 断絶されてそうだが一縷の望みを託し友好関係を結びたいという私の希望を告げる言葉は小鳥ちゃんにぶっつりと切られた。小鳥ちゃんの完全なる拒絶を含む声音に私はもう二の句を継げず、しょんぼりと肩を落とすほかない。そんな私を見かねたのかオネエさん達が励ましの声をかけてくる。


 間違った方向に。全力で。


 素のいい声で振られたな、と私の肩にぽんと片手を乗せるカトリーナ。

 振られましたな、ともう片方の肩に手を置くキャサリン。お前も素声か。

 いや、振られてよかったじゃないか、と私の左手を片手で覆うレア素声のマチルダ。

 無言のまま笑顔で私の頭を撫でるバーバラ。まって痛い、そこ叩かれて痛いとこ!

 最後にアンジェリカが私の背中にそっと手を添えた。痛っ、痛い痛いっ、背中抓らないで!


「うちの姫が大変失礼致しました。どうか本気にしないで下さいね」 


 丸っと私が悪い事にして締めるかアンジェリカよ。睨みつけてやろうと身動ぎする気配を感じとったのか余計抓られた。痛いってば!


 さあ帰れと無言の圧力が小鳥ちゃんを包囲する中、小鳥ちゃんは今まで見た事が無い凛とした顔を私に向けた。


「……最後に一言だけ言わせて下さい」 


 その発言にオネエさん達は無言で先を促すと、小鳥ちゃんはとてもとても可愛い笑顔を浮かべて。


「 貴 女 な ん か ど っ か い っ ち ゃ え 」

 

 笑顔と不釣合いの言葉を吐いた。



 小鳥ちゃんの言葉を聞き終えたと同時に私は地面に尻もちをつく。そして視線の先に居た小鳥ちゃんは消え、自然豊かな光景が目の前に広がっている。……あー、こりゃやられたわ。幼い思考回路を持っていようとさすがは迷い人だね。浄化とかいう能力が本当(・・)じゃあないよね、うん。


 完全に油断してたわ。ここまで嫌われたのかと思うと心が痛いが、まあ仕方ないわな。


 よっこいしょと立ち上がり、尻一面に付いた汚れを払いながらここはどこだろうなと暢気に考える。出来れば国内かつ近くに町とかあればいいな。


 そう思いながら私は、滅多に使わない命令的な言葉を発した。


「知恵あるものよ、人の居る場所まで案内しなさい」


 がさりと木々の合間の草むらから何かが近付いてくるのを迎えつつ、この機会に辿り着いたところで思いっきり男漁りをしようという名案が閃く。それに自画自賛しつつ、現れたウサギくらいの大きさのもこもこした動物の後を付いて行った。


 まだ見ぬ土地にどうか良い男が居ますように!


 

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