エピローグ

 俺はじいちゃんが大好きだった。


 

 小さな会社に勤め、定年まで働いて。子供の時に覚えてるのは疲れた顔して遅い時間に家に帰ってくる親父と違って、じいちゃんは定時にいつも明るい良い顔で帰ったぞー!って大声出して豪快に玄関の扉を開けてた。

 夕食前にじいちゃんと風呂に入るのが楽しみだった俺は真っ先に玄関に向かっておかえりを言うと、じいちゃんはすっげえ嬉しそうに両手を開いて俺が飛びつくのを待っててくれる。もう重くて持ち上げられないって嘆いてた母さんと違って、じいちゃんは軽々と俺を腕に乗せてた。


 …………小学校高学年になるまで。どんだけパワフルなんだよ。体格はそんなによくなかったはずなのに。


 お風呂にばあちゃんを誘ってはいつも断られてしょぼくれるじいちゃん。二人で入るとたまに風呂場で見せてくれるじいちゃんの手品が俺は大好きだ。

年甲斐もなくテレビのチャンネル権を俺と争って、なんだかんだ言って最後は俺と一緒にアニメをみながら飯食ってくれた。


だから俺は親父と休みの日にしか会えなくても悲しくなかった。むしろ休みの日はじいちゃんとどっか出掛けんのが好きで、しょっちゅうせがんでは近場にある高台の森林公園に連れてってもらったっけ。じいちゃんはそこから街を眺めんのが好きだった。

 家族みんなで行った時とか、ばあちゃんと寄り添って眺めてんの見てなんだか無性に羨ましいって思った。

 

 俺が高校に行くようになってすぐ、ばあちゃんが倒れた。もう長くないって医者に言われてじいちゃんはすぐ家にばあちゃんを連れて帰って、世話は全部じいちゃんがした。……超嬉しそうに。どんだけばあちゃんを構いたかったんだ、じいちゃん。

 いよいよヤバいって時、ばあちゃんがじいちゃんにもういいよって。もう大丈夫。だからもういいの、貴方は私がもらっていくから、安心してって言うと、いつも笑ってるじいちゃんが、泣いた。


 泣いたじいちゃんを見たのは、その時が最初で最後だ。


 


 

 優しくて力持ちだった。

 すっげぇ元気でいつも笑ってた。

 実は手品が得意でお調子者で。

 俺のことを全力で可愛がってくれて。

 ばあちゃんのことが大好きで。

 なのにたまに悲しい眼をしてた。


 そんな俺の大好きなじいちゃんは、今日、棺に入れられた。




 俺は線香番をかって出て今夜は夜通し、じいちゃんと最後の晩酌だと意気込んだ。

 じいちゃんとの思い出を思い返しながら時間は深夜に差し掛かって、飲んでも飲んでもあまり酔えないビールを補充するべく台所に取りに行った。じいちゃんが居る仏間から続くリビング、台所、それはほんの僅かな時間だったはずなのに、俺がビールのパックを持って仏間に戻って来たら、弔問客が居た。


 まだ若い男がじっと、笑顔全開なじいちゃんのでかい遺影を見つめていた。


 深夜といっていい時間に、ほんの数分じいちゃんの傍を離れた間に現れたその男の存在に俺は固まって、ただ呆然と立ち尽くしてたら、その男は写真から顔を離さずに俺に声をかけた。


 「彼は、君にとって、良き祖父だったかい?」


 そう聞かれて、カッと頭に血が上った。まるでじいちゃんが悪い奴みたいな言い方が無性に腹立だしかった。弔問客への対応には相応しくない少し荒げた口調で俺は即行で言い返す。


 「俺にとって最高なじいちゃんだ、今でもなっ」


 俺の返事でやっとこっちを向いた男と目が合うと、男が柔らかく、嬉しそうに笑った。

 

 その男の笑顔を見たら、子供じみた態度をとった自分がなんだか無性に恥かしくなって、俺は誤魔化す様に祖父の知り合いですかと真っ当な事をようやく弔問客らしき男に聞いた。


 彼の事はよく、とてもよく知っているよ。そう言った男の顔はどこか寂しそうで、常識的にアウトな時間帯に尋ねて来ようが客は客だから慌てて端に重ねて置いていた座布団を取り、じいちゃんの棺の前に元々置いてあった自分の座布団の横に敷き、男にどうぞと促す。


 弔問客の対応なんか碌に見てなかったもんだから次になんて会話を進めていいか分からなくて、とりあえずビールな感覚のままに俺は手にしたままのビールを男に勧めた。缶を渡してからコップが無い事に気付いて慌てて取ってこようと腰を上げたら、このままでいいと男は言うと豪快に缶ビールをあおった。


 

 ものすごく気まずい。ビールを飲む音だけが響く居たたまれない沈黙の中、俺がどうしていいか考えを巡らせていると、男は突然突拍子も無いことを聞いてきた。


「君は異世界ってあると思うかい?」


 訳がわからない。じいちゃんの通夜を訪ねて来て、何故そんな話題をチョイスするのかさっぱりわからない。それを言うよりまずは生前あれこれお世話になって的な自己紹介をするべきだと何本飲んだかあやふやな俺でも理解できるぞ。今更どちら様ですかとか聞けねえ、てか自己紹介しろ。


 無下にもできずにとりあえずは、漫画やアニメとかであるやつですか? と会話のキャッチボールを継続してみたが顔が引きつっている自覚はある。

 男は嬉しそうに、そうそれ、ファンタジー的なやつね。と喰いついてきたが、もう俺は特に会話を広げられる気がしない。ちょ、母ちゃん起きてきてヘールプ! 俺の心境がそのまま顔に出てたのか男は苦そうに薄く笑った。


「ああ、うん。いきなりなんのことだって思うよね。……本当は伝える気は無かったんだけど、もしもの為に君には教えておこうと思ったんだ」


 そう言うと男はまたビールに口をつけた。いきなりのアレな話題の自覚はあったのかと安堵すればいいのか、なんだかあんまり良い話しじゃなさそうな雲行きにうろたえればいいのか正直どう返事をすればいいか悩む。今の気持ちで率直に返すならば、お、おう。の一言だがさすがに言えない。

 そんな俺の葛藤など露知らず、男はまた爆弾を投下しやがった。


「君の血筋はどうやら異世界に拉致されやすいみたいなんだ」


 だからこの男はなんでじいちゃんの通夜に来て! そのじいちゃんの前で!

 頭がお花畑みたいなことぬかしてんだ?! 


 もう頭きた。まともに対応しようとかいう気失せたわ。はいはい。さっさと話させて帰ってもらう方針に決めた。テキトーに話し合わせてあげますよ、ええ。


「ソレハトテモ恐ロシイデスネ」

 

「うん。信じてないよね、やっぱり。まあ話し半分で聞いて少しでもいいから心に留めといてよ」


 無理だった! テキトーにもほどがある返事過ぎて男にばれた!!

 てか分かってんのにまだ継続するのこの話し?!


「どこから話せばいいかな……」


 男は俺のことなんかお構いなしにそう言ってしばらく口を閉じて、新しいビールに手を伸ばした。ピッチ早いっすね。


 ビールから口を離した男が静かに話し始める。


「まず……最初に狙われたのは当時まだ幼かった君の曽祖父だよ」


 じいちゃんの遺影を見ているのに、どこか遠くを見ているように男は言う。俺の家系にあった出来事だという話しを。


「そして初の犠牲者が、間一髪で曽祖父を助けに入った君の高祖母」


 俺はただ、いまだ遺影から視線を外さないどんどん陰っていく男の目を見て、自分にとってまるで夢物語みたいな話しを聞く。


「二人目の最後の犠牲者は……君の、祖父だ」


 じいちゃん。まさかじいちゃんがそんなおとぎ話のメンバーに入っているなんて信じられるはずがなかった。なかったのに、俺に向き合ったイカれた話しをする男の目はとんでもなく真剣で、それでいてとても悲しい目をしていて。


 俺はその目をどこかで見た気がした。


「運よく君の祖父はこの世界に還ってこれたけど、未だに高祖母は不明なままだよ」


 そこで言葉を切った男は勢いよくビールをあおる。飲み干したのかまた新しいビールに手を出して、プルタブを立てる音が仏間に響いた。


 あまりにも、あんまりにもぶっ飛んだ話しに俺はなにも言えない。そもそもじいちゃんより上の、曽祖父なんて会った事も無ければ話しも聞いた事がないのに。なにも現実味がない。現実味がないのに男はまたソノ目で俺を見て、言葉を続ける。


「時代が開き過ぎてピンとこないかもしれないけど、もう君にとって他人事じゃなくなったよ。だってもう彼は亡くなってしまったからね」


「おい!」


 最後の言葉をやけに自嘲気味にいう男にじいちゃんが馬鹿にされてるような気がして俺は反射的に声を荒げた。男は俺の喧嘩腰な物言いにまったく動じず、それどころか男の目は剣呑な色を宿し始め。


「彼は、君の祖父は、還って来てから一番警戒してたのが自分の家族が狙われる事だよ。笑っちゃうだろ? 還る事が出来ないままの高祖母を見ないふりして、彼は自分の幸せを優先させたんだ」


 どんどん男の目が鋭くなっていく。俺はその目に圧倒されて言葉が出ないまま男の話しをただ聞く。 

 

「彼の息子が攫われないように、それを助けようと妻が犠牲にならないように。そして彼がとても可愛がっていた孫が狙われないように……。そんな卑怯者な彼も、もう亡くなった。この世から」

 

 目から鋭さが抜け、代わりに悲しみの色を目に浮かべ始めた男は空いている片手で顔を覆うと俯いて、震える声で呟きみたいに、だから、と言葉を続ける。


「……だからもう、君を守ってあげれないんだ……」


 待ってくれ。こいつは何を言ってんだ。いや、これはイカれた作り話だよな? そう思いたいのに、さっきからこの男の目が浮かべる色が、俺にイカれた考えを抱かせる。まさか、いや、そんなはずは。

 


「なあ、あんた《誰》なんだ……?」



 やけに震えた声が出たが、尋ねずにはいられなかった。このイカれた男は誰だ。なあ、誰なんだよ。


 俺の問いに男は一瞬動きを止めて、それから深く息を吐くと酔いを感じさせない動作で立ち上がった。


「……随分と長居をしてしまったね。こんな戯言を聞いてくれてありがとう、少しでも真に受けてくれるなら足元が光ったらすぐに飛び退いてくれると嬉しいよ」


 淡く笑って言う男は俺の問いに一切答えない。それどころかいとまを一方的に告げ、酔いが案外回った足のせいで上手く立てない俺を置いて、男は続き間のリビングに足を踏み入れていた。間に合わない、そう直感したら俺は堪らずにイカれた考えのまま叫んだ。


「じいちゃん! 待ってよ、じいちゃん!!」 


 男の歩みが止まった。その行動だけで、じいちゃんの葬儀じゃ絶対に泣かないと決めていたのに、涙が次から次へと溢れてくるのを止められなかった。ついでに出てきた鼻水をすすりながら俺は情けなくも四つん這いでリビングに向かう。


 俺がじいちゃんと呼んだ男はまだ背を向けたままだったけど、背中越しでも分かるほど盛大な溜息を一つすると振り返りながら、俺に確信させる言葉をかけた。


「いい加減、じいちゃんっ子卒業しないと可愛い嫁さん見つけられねえって散々じいちゃん言ったよな?」


 どこか嬉しそうにでも困った顔で、目の前のじいちゃんが耳にタコな台詞を言う。それを聞いて俺はもうまともに喋れない声でじいちゃんともう一度呼んだ。じいちゃんはしょうがないなあって言いながら近付いてくると今の俺の視線に合わせる様にしゃがみ、いつもみたいに少し乱暴にわしわしと頭を撫でてくる。


「男が簡単に泣くんじゃない。いいか、こんな風に泣くのはこれを最後にしろよ?」


 お前のこんな情けない姿を知るのはじいちゃんだけだ。最後に一緒に持っていってやるから、だから安心しろ。そう俺に言うじいちゃんはとことん甘い。呼んだら素直に立ち止まるとかもう甘すぎる。

 その甘さを感じながら、じいちゃんの最後という言葉を聞いて俺は堪らなく悲しくなった。


 頭を撫でる手つきが優しいものに変わって、その変化に俺がじいちゃんを見れば、じいちゃんはどこか観念したような表情で溜息を吐いた。


「信じないかもしれないが、じいちゃんがさっき言ったことは本当だぞ」


 だから気を付けろ。そう付け加えたじいちゃんの目はやっぱり真剣で。俺は役に立たない声じゃなく、がむしゃらに頷いて応えると、じいちゃんは良い笑顔をその顔に浮かべた。今のじいちゃんは若いのに、俺の見慣れた大好きだったじいちゃんの笑顔と自然と重なった。


「じいちゃんな、やんなきゃいけない事があるんだ」


 笑顔のまま言う、その言葉の続きが聞きたくない。子供の様に首を横に振って嫌だと伝えてみるが、じいちゃんは俺の頭を軽く数度叩くと立ち上がった。分かっていた結果だがどうしようもなく嫌だ。でも最後なら、いや、最後くらいじいちゃんに安心して逝かせてやりたくて、俺も立ち上がる。


「だから、……もう行くからな」


 俺より少し低い目線でじいちゃんが優しい顔で言う。じいちゃんは満足そうに頷いて、そのまま数歩後ろに下がると、下ろしていた右手を勢いよく左に振り上げた。


 じいちゃんを中心とした空間に途端に現れる文字、文字、文字。その無数の文字が舞う信じられない出来事に、SF映画にありそうな光景に、俺はただ間抜けに口を開いて見入った。

 ガキん頃お前がよくせがんでた手品のタネね、これ。そう種明かしするじいちゃんは悪戯が成功した様な顔で笑う。これじゃ教えられないはずだよなと返した俺も自然と笑ってた。


 じいちゃんが右手でなにかの操作をする。すると途端にじいちゃんの足元、頭上に光る複雑な幾何学模様が浮かび上がる。どこかにありそうなファンタジーな光景から俺はこの先の出来事を予測する。もしかして、逝くんじゃなく、行くのか、と。


 咄嗟の理解に合点がいった。なら俺はじいちゃんに言わなくちゃいけない事があるのに、じいちゃんを囲む光りは輝きを徐々に増していて、もう時間がない。だから口を開きかけたじいちゃんより先に俺は言葉を投げかける。


「じいちゃんっ、いってらっしゃい!!」


 とびきりの笑顔で言った俺の言葉に、じいちゃんは一瞬だけきょとんとした後、またあの笑顔を浮かべて俺に応えてくれる。



「おう、いってくる! 絶対に俺の代で終わらせてくるからな!!」



 親指を立ててそう力強くじいちゃんが言うと同時に、光が部屋全体を飲み込んだ。余りの眩しさに閉じた目を開くと、もうそこにはじいちゃんは居なかった。

 夢だったのかと疑いたくなるほどの静寂に、俺はすぐに仏間に目を向ける。そこには敷きっぱなしの座布団二枚に、俺が座ってない場所に転がる数個の空缶。


 今のは、夢じゃない。


 そう思うと、治まったはずの涙がまた溢れてくる。じいちゃんは逝ったんじゃない、俺の知らないどこかに行っただけ。寂しいって気持ちもあるけど、それよりじいちゃんが生きてるっていう嬉しさの方が強かった。


 俺はまた一人に戻った仏間の座布団に腰を下ろし、もういい歳なのにぼろぼろ泣く自分に若干の恥かしさを感じながら、誤魔化す様に汗をかいている缶ビールを開ける。

 じいちゃんの遺影に向かって開けたビールを掲げ、一人呟く。


「じいちゃん、頑張れ!」


 言い終わると同時に一気に呷る。飲み干したビールがこの上なく美味くて、やっと気持ちよく酔えそうだと感じた。


 

 




 次の日、酔いつぶれて線香を消した俺は親にしこたま怒られた。

















──────

 予告!


 酒に逃げる彼女を変化は追い詰める。



「あんたの目はあいつと同じだ! 利用する事しか考えてない!!」

 恩人に初めて牙を剥くその言葉は隠し続けてきた疑念。

「私の前で二度とその姿になるな!! いいか絶対だ!!!」

 獣の仮初の姿に憤慨するいっしー。彼女をコンプレックスが蝕む。

「……もうさ、美形とか爆発すればいいと思うよ」

 虚ろな目をする彼女を孫は救うことが出来るのか。 



 二度と会うことがないと思っていたまさかの再会。


「初めまして、中原学です。中原弥生さん、貴女の孫です」

 突如現れた彼の言葉、それは始まり。

「えぐれよ!!その胸をえぐってから俺に口をきけ!!」

 吼えるまーくん、だが絶望が彼を襲う。

「ここは地獄だ、脂肪という不純物を胸に抱えた悲しい魔境」

 彼の救いは現れるのか。



 そして古の王は。


「……なぜ貴様らは他者を利用する事しかせぬ!」

 その憤りのままに獣は咆哮する。

「力、力、力!! ならばその力、存分に振るってくれようぞ!!!」

 宜しいならば戦争だ。



 「おまいら助けてくれないか?ってスレ立ててみた」

 第二部、近日始動!! 


 …………ごめんなさい、嘘です!! 嘘です!!! 








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