第24話 恋に落ちました
「――ジゼル=ウェリスに近づいてはなりません」
……………。
これ、確実に私が聞いてはいけない話ですよね。このまま逃走しようと思っても、ドアの鍵は閉められているので不可能です。ユリウス様は防音結界を薄く張っていますが、少し練り方が甘いようで所々穴がありますので無意味に等しいでしょう。
クリストファー様は表情を変えず、ユリウス様に先を促します。
「……ジゼル嬢に?それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味です。ご存知ありませんか?ジゼル=ウェリスは魔力量は規格外。しかも殿下の未発表の婚約者だと呼ばれている。そんな奴がクリストファー様の近くをうろちょろし出したら警戒もします」
クリストファー様にお会いしたのは、1度目はあの時の事故、2回目は庇って頂いたお礼をしに伺った時、そして本日で3回目です。いきなり現れた事は肯定しますが、頻繁に彼に会っているかと言うとそうでもありません。もし、しょっちゅうクリストファー様と逢瀬を重ねていたら、今頃私は心停止ですよ。
そんなユリウス様の忠告に、クリストファー様は眉を下げて曖昧に微笑みました。
「ありがとうございます、ユリウス。大丈夫ですよ」
「クリストファー様!!貴方は本当に分かっているのですか?!彼女は『魔物』や『化け物』と呼ばれている危険人物なのですよ!!」
確かに、ユリウス様の言い分はご最もです。
大事な主人に、いつ何処で被害を齎すのかも未知数の怪物なんて、近づけたくないに決まっています。
ですが、やはり直接こうやって聞くのは嫌でも傷つきますね。
私に気が付かれないようにこっそり動いていたようですが、ずっと家族が、私の耳にこういう噂を入れないよう排除してくれていた事を私は知っています。軋む胸に手を当てて、瞼をゆっくり落としました。
「それを僕に言って、ユリウスは何をしたいのですか」
酷く冷淡な声色に、閉じかけていた目を開きます。顔を上げてクリストファー様を見れば、いつも温厚で穏やかな面影は一切無く、藍色の瞳を暗く染めた冷血な彼がそこに佇んでいました。予想外だった反応のようで、ユリウス様は少し怯んでいます。
「ユリウス、答えてください」
「………それは彼奴に警告するしか無いでしょう。もしそれでも近づくようなら、いつもの様に――――消します」
ユリウス様の残忍な一面を、1番間近で見た気がしました。
「…………は………っ」
口の隙間から漏れる浅く小さな吐息が震え、自分の体を抱き締めていないと立っていられませんでした。これではこの先持ちません。こんなものでは済まされない事は、自分自身が1番理解しています。
つかつかとユリウス様に迫ったクリストファー様は、ユリウス様の胸倉を乱雑に掴んで壁に押し付けました。タイで締められている首元を更にきつくされ、ユリウス様の表情は苦いものとなっています。
「やめろ。彼女に手を出したらこの僕が許さない」
「……ぐっ………な………ど……して……」
「魔力量が多いから僕に近づかせない方がいい?勝手なことはしないで。それは僕が決める事だ」
私からはクリストファー様の表情は死角で見えません。しかし、ユリウス様の顔色や張り詰めた空気、そして漏れ出した魔力から、尋常ではない事が伺えます。
そろそろユリウス様の呼吸が怪しくなってきたので、クリストファー様を止めたいところですが、私が出ていくと悪化する恐れがあるので下手に動けません。
目の前の展開にハラハラしつつも、私はクリストファー様の言ってくれた言葉に衝撃を受けていました。
私がここに居ることを気がついているから、私を護って下さったのかもしれない。例えその台詞が本心では無くても。
でも、その言辞は私が1番請い、求め、欲しかった言葉だったのです。それが家族以外で初めて他人の口からそう言って貰えた。その事実が自分の心の支柱となります。
感情と共に溢れ出しそうになる魔力を抑え、口元を掌で覆った私。クリストファー様にどんどん惹かれている自分に、もう無視は出来ませんでした。
貴方の近くにいたい―――――。
初めての感情は、戸惑いと嬉しさとがせめぎ合っていました。
*****
……ジルフォードごめんね。
なんとですね、けんはる先生の「ここは異世界ですか?いいえ、小説の中です」に、本作のヒロイン、ジゼルが出てきます!
けんはる先生、ありがとうございます~
ジゼル登場話は「ギルドには色んな人が来ます」です。
是非ご覧ください!
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889148495
これからも「何故私が王子妃候補なのでしょう?」をよろしくお願いします!
柊月
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