第22話 気になってしょうがありません


あの方のターン



*****








 学園での生活にも少しずつ慣れてきた頃。今日は第一回目のダンスの授業です。誰とペアを組むのでしょうか。どうやらペアは固定のようなので、殿下以外が………。ほら、交友関係を広げることも重要ですし。といっても殆ど私はお友達と呼べる人がいませんが。


 ホールに集まった子息令嬢達に、先生は予め羊皮紙に書かれたペアを読み上げて伝えます。




「ジルフォード殿下とジゼル様」




 ………は?

 ちょ、ちょっと待ってください。

 何がどうなったらそうなるのですか。

 と、思っていると、殿下はこちらに意味深な笑みを引っ提げながら私に接近してきます。




「一緒になれたね、リズ」


「よろしくお願いします………」




 確信犯です。権力行使反対。


 でも、もう決まってしまったものは覆ませんから、諦めるしかありません。これ以外の所ではフリージア様の援護射撃をしようと思っているので、これは殿下のネタ集めの一環として捉えればいいでしょう。




「ユリウス様とフリージア様」




 殿下の筆頭婚約者候補であるフリージア様は、クリストファー様の側近のユリウス=アベルティ様で、彼は伯爵家の嫡男です。


 フリージア様に睨まれると思っていたのですが、フリージア様自身は全く殿下を見向きをしませんし、私の事も見ようとしません。瞳を閉じてしゃんと立っていらっしゃるだけで、私は肩透かしをくらったような気がします。


 いや、もう2人は両想いで、切っても切れない確固たる絆が既にあるので心配無用ということでしょうか。そちらの方が可能性としては高いですね。素晴らしいと思います。


 しかし問題はこちらです。

 何故貴方は私を睨んでくるのですか、ユリウス様。

 私、本当に、何も関わっていないのに、嫌われるような事をしていたつもりは毛頭ありません。


 ユリウス様との共通点と言えばクリストファー様なんですよね。

 ユリウス様が、クリストファー様を敬愛している事は周知の事ですから、急に現れた私を警戒しているのでしょう。


 でももう彼には関わらないと思います。そう思った刹那、ちくりと胸の奥が痛みました。




「それではペアで向き合って型を作って下さい」




 天使の笑顔と呼ばれるものを、惜しみなく出す殿下を偶目撃した令嬢が倒れかけています。この子達、高頻度で保健室に運ばれていますが大丈夫でしょうか。それとも私がおかしいのでしょうか。




「リズと暫くこうやって向き合って話して来なかったからね。無駄な時間を過ごしてしまったよ」


「………最近はあまり話はしませんね」




 今まで押し掛けてきていた殿下は、今は適度な距離感………と言えば嘘になりますが、それでも頻度は控えているご様子です。前回が多すぎたんですよ。


 しっとりしたワルツ。さすが殿下。とてもリードが巧みで踊りやすく、楽しいです。自然と笑みが零れた私に、敏い殿下は直ぐに気が付きます。人の何処を見て判断をしているのか、些か不思議です。


 最後の盛り上がり部分、殿下は「ちょっと遊ぼうか」とお茶目にウインクをすると、私が目を点にしている間に難しいステップを入れ込んで来ます。いやいやいや、それワルツでやるようなステップでは無いですよ!


 王子様のアドリブに必死について行きますが、ターンする度に横切る殿下の面白可笑しそうな表情に、思わず白い目で見てしまいます。普通のご令嬢なら途中で息切れで倒れますよこれ。……私は庭で追いかけっこしてしまう規格外の人間ですからね。




「ふふふっ」




 だけど、私も段々この動きが楽しくなってきて、笑いが零れてしまいました。それに殿下は僅かに目を丸くした後、蕩けそうな程甘やかな蒼い瞳を柔らかく細めました。


 そして急に殿下は私の腰をホールドしてリフトし始めました。慌てて彼の両肩に手を置きます。もうこの時は、他の人達は脇に避けてガン見し、先生でさえも静観している為、フロアには私達しか居ないという事に気がついていませんでした。


 そして広がったドレスがふわりと元に戻った時、丁度ワルツが終わりました。観客と化していた生徒達から盛大な歓声と拍手を送られて、私は驚いて硬直してしまいました。


 ジルフォード殿下は自然な動きで私をフォローしてくれたので、何とかお辞儀をする事が出来ました。助かりました、ありがとうございます。




「素晴らしいワルツでしたよ。社交界ではもっとお二人が綺麗に踊れるように後でアドバイスをさせて頂きますわ。きっと1番輝くペアになると思いますよ!」




 うっとりと頬に手を当てながら言った先生の言葉に、ひゅっと息を止めた私は、破顔している殿下を見ます。




「私達は婚約していると思われているようだね。吃驚したよ」


「……………」




 こそりと私の耳に顔を寄せて殿下は囁きました。

 いつもなら私は瞬発的に殿下から離れますが、今はそんな事を気にする余裕はありません。先生の問題発言も、周りのざわつきも、殿下の私を探るような視線も、全て頭の中から捨てて、視界の端に捉えた人物について考えを巡らせます。




 ―――どうしてそんな恨みを持った目で見るの………?




 私に殺気を向けるユリウス様の事が気になってしまったのです。



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