第20話 仲直りです
いきなり現れた私に殿下も困惑した表情を見せています。私と殿下の戸惑いなどお構いなしにフリージア様はツンと顎を上げて吐き捨てるように言います。
「そろそろお二人とも仲を取り戻して頂けないかしら。見ていてとってもイライラするわ」
そして扇の先を殿下に向けたフリージア様はつかつかと王子様によると、迫力のある、まるで龍を背負ったような、華やかでいて恐ろしい笑みを浮かべました。
「殿下、いい加減逃げないで彼女と向き合ってくださいませ。でないとわたくし、納得いきませんの」
「わかったよ……フリージア嬢」
自身の髪の毛を片手でクシャリと握ったジルフォード殿下は、フリージア様のお叱りに素直に返事をしました。フリージア様は私が謝りたいのをご存じだったのですね。それで仲介してくださった……いえ、自惚れですね。
「それでは失礼いたしますわ」
流し目を残したフリージア様は颯爽とサロンを出ていきました。
彼女がいなくなったサロンは、使用人達も払っているため二人きり。気不味い沈黙がこの場を流れます。お互いに切り出そうとはしているのですが、こういった非公式の場でかなりの間喋っていなかったものですから、中々難しいのです。
「……ジゼル嬢」「……殿下」
相手の名前を呼んだタイミングは同時でした。そして「どうぞお先に」と譲り合うのも一緒。これじゃあ埒が明きません。私は殿下が口を開く前に腰を折りました。肩からさらりと自分の茶髪が流れ落ちます。
「殿下、この度は進化の分際で口答えをしてしまったこと、大変失礼いたしました。本当に申し訳ありません。心からお詫び申し上げます。今後一切お目を汚さぬよう、殿下の御前には決して現れませんので「ちょっと待って」」
途中で殿下の鋭い強めのお言葉が入り、私は頭を下げたまま重ねた手をぎゅっと握りました。
(父様、母様。親不孝な娘で大変申し訳ありません……私、処刑コースかもしれません……)
そのまま姿勢を戻さない私に、殿下は溜息を落としました。そして、固く握られた私の手にそっと自身の手を重ね、はっとして顔を上げた私と目を合わせました。サファイヤのように煌めき、ラピスラズリのように神秘的な色の殿下の瞳の中に、狼狽で目を泳がせている私が映っています。
「君が謝る理由が分からない。謝らなければならないのは私の方だよ」
そう言って「すまなかった」と頭を下げられました。
私はそれに益々狼狽えて、必死に殿下に頭を上げるように懇願し、やっとのことでジルフォード殿下はもとに戻りました。
「……では、わたくしはこれで失礼します」
「ちょっと待って」
殿下は私の手首を掴んで引き留めました。そして、らしくなく小さな声で、弱弱しくおっしゃいました。ここが静かでなければ恐らく耳が拾えなかったでしょう。
「……私の事が嫌いになっていないのであれば……今まで通りとは言わない。私も……焦りすぎた。だが」
泣きそうに顔を歪めて酷く辛そうな表情。それはあの時殿下にお断りした時に似たもので、ギュッと心臓を掴まれたような気持ちになります。
「何も言わずに離れるのは、やめてくれ」
このまま近づかないつもりだった私は時が止まったように感じ、殿下の言葉が鮮明に何度も鐘を突くように響き、わんわんと頭の中で反響します。このまま手を振り払うのは躊躇われました。
殿下の表情だけでなく、私を掴むその手も僅かに震えていたのですから―――。
王族というのは、私達貴族よりも表情を、態度を、取り作るよう教育を受けるはずです。なのに、今、殿下は感情を露わにしています。
演技だと考えられなくもないですが、これは違うと本能が告げています。
なにか、こうやって離れて行かれることで傷ついた過去があるのでしょうか。
私は、この姿の、貴方に、弱い。
「……はい、殿下」
そう言えば、心底ほっとしたように綺麗な笑みを浮かべた殿下は、私が見た中で一番美しく、自分らしく、そして素敵でした。
*****
次こそは新キャラを……!
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