第10話 落ちておいで(ジルフォード視点)


 目の前の令嬢たちの対応をこなしながら、いつジゼル嬢に接触できるかタイミングを見計らっていたところで、陛下と王妃がこちらにやってくるのが視界の端に映る。救世主だ。


 遠回しに、この鬱陶しい奴らをどっかにやって欲しい、と告げれば、両親は同情的な視線を向ける。私の思いを受け取ってくれた二人は、今後私に主導権が回るように、わざと普段言わないことまで台詞にして言った。


 上目遣いで、いかにも誘ってほしそうな令嬢たちを見回して、胸中で反吐を吐く。だが、自分は関係ないと言わんばかりに肉食令嬢たちを微笑ましく見ているジゼル嬢を見れば、そんな気持ちの悪い思いはすっと消えていった。


 穏やかに笑いながら目の前の私を見つめるジゼル嬢。

 彼女の兄フィリップからも、風の噂でも聞いていたが、やはりいざ目の前に立つと美しさが際立つ。そして私が接近しても動じないあたり、胆がすわっているな、と感心する。大抵の令嬢は私が微笑めば滑落するのに、だ。


 私は、彼女のその仮面を外してみたくなった。


 恭しく手を差し出せば、細く白い手が伸ばされる。にやりと密かに口角を上げた私は彼女の華奢な腰を引き寄せた。その瞬間、周りから鋭い眼光が飛ぶ。でもそんなものはどうでもいい。


 僅かに今ジゼル嬢の口元と眉毛ががピクリと引きつったのだ。


 その余裕の笑みを崩したのが私だと思うと、不思議な独占欲が湧いた。こんな自分だったかな、とも思わなくはない。きっと私に振り回されているジゼル嬢と同様に、私もかなり彼女に振り回されているのだろう。



 **



 少し離れた所にあるテーブルにつく。ジゼル嬢の座る椅子に連れていき、座らせる。動揺で瞳が少し揺れていたのを私は見逃さなかった。以外に分かりやすい……?という疑念は、次で確信に変わる。


 国中で一番と呼ばれる苺と、それに合う紅茶で作られたストロベリーティーを手本のような所作で飲んだ彼女は、目を丸くし、そして花開くような可憐な笑みを浮かべた。それはとても自然な微笑みで、薔薇、というよりは、白百合のような美しさだ。私の心臓がとくりと分かりやすく音を立てる。完全に私を忘れているようだが、彼女を見ているだけでも私は満たされた。


 欲しい。彼女が欲しい。


 そんな感情を抱いたのは初めてだ。


 暫く経つと、いけない、と思ったようで、はっとしたジゼル嬢は、こちらも手本のような笑みを張り付けた。それに僅かに面白くないと思ってしまった。


 今度庭を散策しようと誘えば、明らかに彼女は引いていた。やんわりと、本当にやんわりと雰囲気で断るように。それではこちらにいくらでも丸め込まれてしまう、というのを彼女は気が付いているだろうか?


 ジゼル嬢は押しに弱い。

 いいこと教わった。


 そして私を警戒した彼女は早々に立って足早に帰ろうとしたが、そうはさせるものか。


 今日は名前を呼ばせよう、と思った私は、少し強引に呼ばせることにした。きっとそうでもなきゃ彼女は私から逃げるとも思ったし、押しの弱いジゼル嬢ならば、とも思ったのだ。


 しかし、彼女の小さな口から出てきた言葉は意外なものだった。



「王子殿下。そろそろお時間のようです。可憐な花々が殿下のお目に触れることを待ち望んでおられますゆえ、わたくしはこれで失礼いたします。次にお目にかかれる際に、殿下と婚約者の方がお二人で仲睦まじく並んでおられることを、楽しみにしております」


 (訳)沢山他にも候補はいらっしゃるでしょう?そちらの方々にしてくださいな。貴方の婚約者になんて絶対になりませんから!



 そして私が驚いている間にそそくさと去ってしまった。

 彼女の背中を見つめながら、私は噴き出してしまった。喉がクツクツと鳴る。


 ジゼル=ウェリス。

 美しい桁外れの美貌と頭の切れを持つ淑女。

 実は表情豊かで、その張り付けた笑みははりぼて。

 押しに弱い一方で、嫌味を返してくる一面も。



 ―――ああ、益々欲しい。



 ヒラヒラと舞う美しい蝶は、簡単には籠に入ってはくれないだろう。ゆっくり、じわじわと、外壁も内壁も埋めていけばいい。



 ―――さあ、落ちておいで、リズ。



 彼女の口付けたティーカップの淵を親指でなぞった。






 *****


 あ、あれ……?

 ジルさん、貴方そんなSっ気ありました?

 ヤ、ヤンデr((((


 こんな強烈にするつもりは無かったというか、あったというか……(笑)


 読者の皆様の反応が心配です(苦笑)



 まあ、とりあえず……


 ジゼル逃げて~~~~~!!!!1




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