4-5 ピネーディアの攻防




 クレアの作戦はこうだった。


 早朝。『レヴェロマーニ』には、シュークリームの材料となる牛乳と卵が農場から届けられる。

 それを店主が受け取った直後……ワルシェ団選抜メンバー・悪党役の二名が現れ、強盗に入ろうとする。


 街で聞き込みをした限りだと、現店主は先代の娘・マロン。他の店員も女性のみだという。反撃に合うことは、まずあるまい。


 マロンが恐怖に震える中、クレアが颯爽と助けに現れる。悪党役二名をバッタバッタと斬り倒し、駆けつけた仲間役の二名に連行を命じる。

 あとは店主のマロンに恩を売ったクレアが、お礼にシュークリームをもらえるよう誘導していく……と、このようなシナリオだ。


 街の有名店を襲う芝居を打つには、住民以外に協力を仰ぐしかなかった。

 流れ者の傭兵に依頼する手もあったが……間違いなく報酬を要求されるだろう。金をかけずに演者を集めるには、悪党を利用するより他なかったのだ。



 で。

 結局、オーディションとその後の演技指導に時間がかかってしまい、クレアも山賊たちも一睡もしないまま本番の朝を迎えることとなった……






 ──早朝。


 ほのかに白んでゆく空。澄んだ空気。

 未だ眠りの中にある街に、新しい一日の訪れを告げる小鳥のさえずりが響き渡る。


 そんなピネーディアの街に、ゴトゴトという軽快な音が徐々に近づいて来た。

 荷馬車だ。今朝採れたばかりの新鮮な牛乳と卵を『レヴェロマーニ』に届けるため、農場からやってきたのだ。

 馬車は馴れた足取りで街の中を進むと、『レヴェロマーニ』の裏口に停車した。すると、その音を聞きつけたのか店舗から一人の女性が出て来る。


 栗色の髪をポニーテールにし、その上から三角巾を被った、若い女性だ。エメラルドグリーンの瞳に、少しそばかすのある白い頬。利発そうな、きりっとした眉が印象的である。

 昨日、エリスに「整理券なんか配っていない」とはっきり言い放った人物である。恐らく彼女が、現店主にして至高のシュークリームの生みの親・マロンだ。


 マロンは馬車の荷台から牛乳と卵を受け取ると、御者の男性に礼を告げて、それらを店の中へと運び始めた。馬車はぐるりと方向転換をして、元来た道を戻って行く。



 ……という一連の流れを、クレアと、ワルシェ団演劇選抜メンバー四名ははす向かいの建物の陰から見つめているわけだが。

 目の前を馬車が通過し、しばらく経ってから、



「……では、悪党役のお二人。行っちゃってください」



 クレアがそう、指示を出す。演技力オーディションを見事勝ち抜いた山賊二名が、緊張した面持ちで『へい!』と頷き、言われた通りにマロンの元へと駆けていった。

 散々恐怖心を植え付けた挙句、クレアはあのモヒカンの山賊頭の手に手錠を嵌め、山に放置してきた。クレアの望み通りに事が運べば、手下どもに手錠の鍵を明け渡す、という条件を突き付けて。彼らは今や、従順なクレアのしもべである。



 さぁ。

 悪しき強盗を打ち倒す、勧善懲悪活劇のはじまりはじまり、である。



 マロンが最後の牛乳瓶を店の中へ入れようとした……その時。

 顔の下半分を布で隠した大柄の男二人が、目の前に現れた。

 マロンはびくっ、と身体を震わせながらも、



「な……なにかご用?」



 男たちを睨みつけるようにして、そう尋ねた。

 悪党役の二人は、クレアの描いたシナリオ通り『へっへっへ』といやらしい笑みを浮かべ、



「よう。随分と儲かっているらしいじゃねぇか、お嬢さん」

「その稼ぎ、俺たちにちょっと分けてくれよ。……痛い目に合いたくなかったらな」



 そう言って、腰からダガーナイフを抜き放ち、マロンの目の前に掲げる。

 ギラリと光る、銀色の鋭利な切っ先。強気な眼差しを見せていたマロンも、これにはさすがに恐怖の色を滲ませた。

 ナイフを手にした男は、そのままマロンを後ろから羽交い締めにし、首元にナイフを突き付ける。マロンは恐怖に身体が竦み、抵抗することができなかった。


 それを確認すると、もう一人の男は扉を開け、店の中へと無遠慮に上り込んだ。

 そして、戸棚を漁ったり

引き出しをひっくり返したりして、金目のものがないか探すようにして店を荒らし始める。



「や、やめてよ! 店がめちゃくちゃになっちゃう!!」

「おい。金はどこだ? 売上金はどこに置いてある?」

「そっ、そんなこと教えられるわけないでしょ!」

「ほう、そうか。なら……」



 マロンを拘束している方の男が、彼女の右手をガッと掴むと、



「お嬢さんが教えてくれるまで………この指を一本ずつ切り、落としていこうかな」



 その手にナイフを近付けながら、笑った。

 マロンはいよいよ顔面蒼白になって「いやぁっ! 離して!!」と抵抗する。が、一回り以上も体格差のある男相手に通用するはずもなく。



「ヒャハハハ! ほらほら〜早く白状しないと、美味しい美味しいシュークリームをこさえる手がなくなっちまうぞ〜!」



 一瞬、演技ということを忘れそうなくらいのゲスっぷりを発揮する悪党役二名。

 素晴らしい。やはりモノホンの山賊は違うな。期待以上だ。

 ……などと思わず感心してから。

 クレアは仲間役の二人に目配せをしてから、予定通り自身もその現場へ近づいて行く。

 そして、



「おやおや。早朝から強盗とは、精が出ますね」



 普段通りの穏やかな、しかしハッキリとした声音で言いながら、マロンたちの前へ颯爽と現れた。主役ヒーローの登場である。

 悪党役二名は、怪訝な表情でクレアを睨みつけ、



「なんだテメー。どっから出てきやがった」

「ヒーロー気取りだか知らねーが、痛い目見たくなかったらさっさと去ねや」



 と、台本通りのセリフを吐く。

 クレアはそれに、にこりと笑って、



「──辞世の句は、それでよろしいですか?」



 言った直後、目にも留まらぬ速さで剣を抜いた。

 そのまま一気に間合いを詰め、まずはマロンを拘束している男のナイフを剣で弾き飛ばす。その衝撃に悪党役が「ぐぅ…っ」と唸りながら手首を押さえる。


 身体を解放されたマロンに、クレアは「離れて」と短く言うと、今度は店を荒らしていた方の男に剣を振るう。

 男も剣を抜き、いちおう台本通りに何度か剣を交え……徐々にクレアが押してゆく。


 そのまま壁際に男を追い込み、あと一太刀浴びせればクレアの勝利……というタイミングで。



「危ない!!」



 マロンが叫び声を上げた。

 クレアの背後に、もう一人の男が迫ってきたのだ。先刻地面に落としたナイフを拾い、振りかざして向かって来る。


 が、当然これも台本通り。クレアは振り向かないまま、接触する直前に横へと転がり、男のナイフをひらりと回避する。


 クレアがいなくなったことにより、ナイフの男と壁際に追い込まれていた男が勢いよく衝突。『どわぁああっ!』という情けない声と共にクラッシュした。

 もちろん演技なので、互いの刃物が身体に触れないよう絶妙な加減でぶつかり、地面に崩れ落ちる。

 クレアは男たちの手を踏みつけ、武器を奪うと「ピィーッ」と指笛を吹いた。


 すると通りの向こうから、クレアの仲間役の男二名が駆け付ける。山賊にはとても見えない、襟付きのかっちりとしたジャケットを着込んだ、役人風の装いをしている。



「連れて行ってください」



 クレアの指示に、仲間役の二名は『はい!』と返事をすると、悪党役二名をロープで拘束し、スタコラと連行していった。

 その一瞬……クレアは小さな鍵を一つ、彼らに手渡す。例の、山賊頭に嵌めた手錠の鍵だ。

 これで、ワルシェ団・演劇選抜メンバーの出番は終了である。想像以上に、なかなかいい働きをしてくれた。


 クレアはキンッと剣を鞘に収めると、少し離れた場所で立ち竦むマロンに向き直り、



「お怪我は、ありませんでしたか?」



 と、一国の姫君でも一瞬で魅了されてしまうような完璧な微笑を浮かべ、そう尋ねた。

 マロンはわかりやすく頬を染めて、「は、はいっ!」と上擦った声で返す。

 そんな彼女に、クレアはゆっくりと近付きながら、



「私は国から派遣された治安調査員の者です。近頃、先ほどのチンピラたちが街を転々としながら強盗事件を繰り返していたので追っていたのですが……捕らえるのが遅れたばかりに、あなたには怖い思いをさせてしまいましたね。申し訳ありませんでした」

「いえ、そんな! 助けていただいたおかげで、自分の店を守ることができました。ありがとうございます」

「自分の店……ということは、あなたがこちらの店主なのですか?」

「はい! こう見えて、パティシエ兼店長なんです。まだまだ未熟者ですが……」



 目を伏せ、遠慮がちに言うマロンの顔をクレアは覗き込んで、



「……お若いのにすごいですね。強盗が狙うくらいですから、相当な人気店なのでしょう。多くのお客さんを幸せにする大事な職人の手が、あのような下賤な輩に触れられたとは……ますます許しがたい」



 そして、マロンの右手を取り、労わるように両手で包み込むと……

 すっ、と口元に彼女の手を寄せ、



「…………甘い、いい香りがしますね。この綺麗な手を護ることができて、本当によかった」



 あと少しで、手の甲に唇が触れてしまいそうな距離で。

 優しく、囁くように、そう言った。


 それに、マロンは……

 うっとりとした表情で、クレアを見つめ返した。

 生まれてこの方、家業の菓子屋を継ぐことにのみ精力を注ぎ、愛だの恋だの甘っちょろい事象は意図的に避けてきたマロンにとって……初めて胸が高鳴った瞬間だったのだ。

 そのまま、彼女はもう一方の手をクレアの手に重ね、



「あ、あのっ……ぜひなにかお礼をさせてください! 私………なんでもしますので」



 目を逸らし、恥じらってはいるが……『なんでもする』という辺りに、どうにも「目の前のイケメンとどうにかなりたい」という下心が見え隠れしている。

 無理もない。マロンにとっては、生まれて初めてのラブロマンスなのだ。



「……………なんでも、ですか……」



 そして。

 クレアはその言葉を、待っていた。


 思わず溢れた笑みを、完璧なまでの好青年スマイルに変え、



「………では……お言葉に甘えても、よろしいでしょうか?」



 彼は、この攻防の勝利を確信したのだった。


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