7-2 たかる虫はすべて抹殺しましょう
「まず、勉強について。一緒に取り組むことで疑問が解消できるとおっしゃいましたが、疑問が生じた際には講師に聞くのが一番効率的です。わからない者同士があれこれ悩むのは、はっきり言って時間の無駄。次に、あなたの家柄についてですが……高級料理店で食事ができる、という点は、非常に魅力的です」
ああっ、やっぱり!
クレアは思わず歯ぎしりをする。
くそぅ。このままエリシアは、こんな何処の馬の骨とも知れない奴と付き合ってしまうのか……?
「……しかし」
そんなクレアの心配をよそに。
「
エリシアは淀みない口調で一気に述べてから、そこで一度言葉を止め。
「……知ってる? 料理の味は、支払う対価の種類でも変わるの。料理の味をさらに引き立てる対価。それは……」
真っ直ぐに。
その大きな赤い瞳で、アランの顔を見つめると。
「自分で働いて得たお金よ。あたしは、自分で稼いだお金で、心置きなく好きなものを食べたい。自分で頑張って手に入れたお金で、楽しみにしていたその味を堪能したい。その美味しさを……皮肉にも、母さんが死んだことで知ってしまったから」
ぽつりと、最後に。
消え入るような声で呟いたのを、クレアは聞き逃さなかった。
そして、思い出していた。
自分でジャムやソースを開発し、売り込み、手に入れた売上金を持って嬉しそうにステーキ屋へ通っていた彼女の姿を。
「つまりあなたの、そのまた親の稼いだお金で食べるご飯の味なんて、牛乳を入れすぎたココアみたいにうっすいものになっちゃうってこと。美味しいものには、自分自身で対価を支払う。それが、あたしの信条。まぁ、大盛り無料サービスは大歓迎だけどね」
そう、肩を竦めてから。
眼鏡を胸ポケットに差し込み、メモを鞄へしまい。
「と、いうことで。あなたからの申し出はお断りします。アラン君だかドロン君だか忘れたけど、今後益々のご活躍をお祈りするわ」
軽く手を上げ背を向けると。
図書室のある建物の方へと、早足に去って行ってしまった。
その後ろ姿を、
「……………」
アランは、ぽかんと口を開け呆然と眺めていた。
まぁ、誰だってこのようなフラれ方をすればこんな顔をするだろう。
だが、終始植え込みの陰から成り行きを見届けていたクレアはと言えば……
感動に、打ち震えていた。
さすが……さすがだよ、エリシアちゃん。
告白という結構な恋愛イベントを前にしても、一から十まで"食"に関する話しかしない徹底ぶり……
俺はてっきり高級料理店に釣られて、二つ返事でOKしちゃうんじゃないかと思っていたが……
君の"食"に対する信念は、そんな安いものじゃなかったんだね。まじで推せる。一生ついていきます。
と、エリシアの追っかけ魂にますます火を点けていたのだった。
さて、彼女の純潔も当分の間は護られそうだし、今日はもう帰るとするか。
そう思い、クレア静かに去ろうとすると……
一人残されたアランが、目を細め俯いてから、
「………ふふふ」
不敵に、笑い出した。
そして、
「僕をここまでコケにしてくれるとは……こんな屈辱、生まれて初めてだよ。エリシア・エヴァンシスカ……ちょっと可愛くて優秀だからって調子に乗りやがって。こうなったらメイヘル家の持てる力を全て使って、無理矢理にでもお前を僕のものにしてやる」
先ほどまでの真摯な美少年の顔から一変、底意地の悪そうないやらしい笑みを浮かべ、そんなことを呟く。
それを聞いたクレアは、
……なるほど。これが、こいつの本性か。
と、すぐに動き出した。
「まず手始めに、家来に命じてあの女を誘拐して……いや、学院中でいじめさせて僕がそれを救う、っていうのもいいなぁ」
などと物騒なことをブツブツ言いながら、
シュルッ、とロープの輪がかかる。
そのまま彼は「うわわっ!」と情けない声を上げながら、横に生えていた木の枝に逆さまに吊られてしまった。
「なっ、なんだこれは……! 動物用の罠か……?!」
ぶらぶらと宙吊りになったアランは、足首に絡まるロープを外そうともがく。
しかし、
「……外れませんよ。そういう風に、結びましたから」
木の陰から、そんな声がする。
アランはビクっさとして動きを止め、そちらに目を向けると……
「……ひっ!」
巨大な葉っぱを、目の部分だけくり抜いて顔に貼り付けた謎の人物が、そこにはいた。
……まぁ、言わずもがな、クレアなのだが。
顔がバレぬよう、中庭に生えていた木の葉で咄嗟に面を作ったのだ。
クレアは逆さまになったアランにジリジリと近寄ると……
彼のズボンを、脱がせ始めた。
「は……?! ちょ、やめろ! 何をする気だ!!」
突然現れた気味の悪い男にズボンを脱がされ、アランは一層パニックに陥る。
が、必死の抵抗も虚しく、アランはズボンどころか下着までずり上げられ、下半身を外気に晒されてしまった。
「おやおや……こんな粗末なモノをぶら下げて、あんなご大層なことを
「うわぁぁああ!! 見るな!! 早く服を戻せ!!」
「大丈夫ですよ。すぐに履かせてあげます。これで……」
シャキン。
と、クレアは腰から短刀を抜いて、アランの目の前に突き出す。
そして、面の下でニタリと笑ってから、
「……全部、
そう、言い放った。
その意味をアランは、瞬時に悟った。
加えて彼らは、最も多感な十四歳という年齢である。
毛を生やしていない状態の下半身が、同級生の目に晒されようものなら……
百パー、からかわれるに決まっている。
眼前で光るナイフの恐怖と、毛を剃られるという屈辱で、アランの身体がガクガクと震え出す。
「お……お前、何者なんだ。こんなことして、何が目的だ。金か?! 金ならパパにすぐ用意させる! だから……」
「私が何者か、ですか。ふむ……そうですねぇ」
涙目で懇願するアランだが、クレアはそんなことは御構い無しに、肌を傷付けぬようナイフを立て。
「……彼女を見守る『死神』、とでも言っておきましょうか。今後、あの
「ひ……ひいぃっ!!」
震え上がるアランに、にこりと微笑みかけて。
「では……失礼いたします」
ジョリジョリと、とても器用に、毛を剃り始めたのだった……
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