6 ここいらで本業を思い出します
"
まず、その中心に
『城』と言うと、王子さまがいて、舞踏会が開かれて……なんて、お伽話のような宮殿を想像するかもしれないが、この国のそれは
ここ五十年ほどは近隣諸国との関係も円満で、戦争とは当分縁がなさそうではあるが、かつて使われていた砲台や観測塔が今も物々しく残されている。
城の両脇には、"武力"を司るアルアビス軍本部と、"魔力"を司る魔法研究所が対をなして建ち、高い防壁でぐるりと囲まれていた。
その壁の外側に、クレアが育った軍事養成施設や実技訓練のための演習場、他国の重役を招く際の迎賓館、クレアの住まいである寮などが置かれている。
そして、クレアの所属する特殊部隊・アストライアーは、城壁の内側にあるアルアビス軍本部を拠点としている。
その、軍本部の会議室にて。
「──ここ一ヶ月の活動報告は以上だ。不審な動きが見られる組織については、引き続き最大限警戒するように」
低く、重々しい声が響き渡る。
声の主の名は、ジークベルト・クライツァ。
前任のジェフリーの後を引き継ぐ形で半年前に隊長に着任した、クレアの現上司だ。
一八〇センチを超えるクレアよりさらに大柄な筋肉質の身体。オールバックに撫で付けられたロマンスグレーの短髪と同色の眉は、常に間に皺が寄っている。
その髪色と険しい表情から実年齢よりも上に見られがちであるが、まだ三十代半ばである。
特殊部隊・アストライアーの隊員は十六名。いずれも十代後半から二十代の、精悍な若者である。
それに魔法研究所の研究員が三名加わり、会議室には計二十名が、口の字型に配置された席に着き、顔を付き合わせていた。
「では、本題に移ろう……クレアルド」
「はい」
ジークベルトに指名され、その隣に座っていたクレアが立ち上がる。
「レーヴェ教団と、教祖が所有していた『
それは、半年前。
ジェフリーの命を奪ったあの事件……
『魔法の力を解放し、世界を我が物に』というありがちな、しかし危険な思想を掲げていたあの宗教団体は、名をレーヴェ教団と言った。
クレアの手で教祖の男を葬った後、逃亡した教団員たちを捕らえるべく、クレアたちアストライアーは奔走していた。
それが、このひと月の間にようやく全員の身柄を確保できたのだった。
「教祖はどのような男だったのか、あの槍は如何にして手に入れたのか……捕らえた信者の内、まともな会話ができる者に尋問を続けていますが、みな口を揃えて言うのが……」
パラ、と。
クレアは、束ねた手元の資料を一枚めくり、目を落とす。
「……"
「
ジークベルトの問いかけに、クレアは頷く。
『
それは、この国に古くから伝わる昔話である。
子どもの頃、誰もが一度は耳にしたことがあるであろうその内容は、こうだ。
『むかしむかし、人々を苦しめる邪悪な化け物がいました。
王さまの呼びかけで集まった七人の賢者たちは、その化け物に勇敢に立ち向かいました。
戦いの末、賢者たちは化け物の身体から魂を抜き出し、井戸の中へ封印することに成功したのです。
魂だけになった化け物は、もう悪さができないかと思われましたが……
夜中、井戸の近くに子どもが来ると、
「ねぇねぇ。一緒に遊ぼうよ」
そう呼びかけ、誘い出し……
声につられ井戸を覗いた子どもを、冷たい水の中へと引きずり込むのです。
身体を失った化け物は、井戸の水で人間の姿を
だから、人々はそれを"
夜遅くに、一人で井戸を覗いてはいけませんよ。
恐らく、子どもたちが井戸に落ちることを防ぐために作り出された、教訓めいた寓話なのだろう。
もっとも
その、誰もが知る昔話の化け物の名を。
レーヴェ教団の信者たちは皆、口を揃えて挙げるのだ。
「教祖の他に、この"
「その、
クレアの言葉を、ジークベルトが継ぐ。
クレアは再び頷いて、
「『焔の槍』についての調査結果を……先生方、お願いできますでしょうか」
そう言って、魔法研究所の研究員たちに目を向ける。男性二名と女性一名の白衣を着た面々が、軽く会釈をした。
その内の、年長者である白髪の男性が立ち上がり、手元の資料に目を落としながら語り始めた。
「まず、槍穂を取り巻く青い炎について。我々は当初、何らかの特殊な呪術で炎の精霊・フロルを槍に
その言葉に、会議室が
今語られたのは、魔法に関する常識を大きく覆す話だった。
魔法を発動させるには、空気中を漂う精霊に呪文で呼びかける必要がある。この国ではそれを、
魔法の威力は、呼びかけに応じた精霊の数に比例する。
が、精霊は目に見えないため、今この空間にどのような種類のものが・どれだけいるのかはわからない。
つまり魔法の威力というのは、実際にその手を振るい発現させてみて初めて明らかになる、というのが実情なのだ。
しかしながら精霊の分布には、ある程度の傾向がある。例えば、海や川の近くには水の精霊・ヘラが、森や草原には木の精霊・ユグノが集まりやすい。
魔導士たちはその傾向を把握した上で、その場に浮遊する精霊の数を予測し、魔法陣を描く。
そうした知識を学ぶ場が、まさにエリシアが通い始めた
つまり。
目に見えない精霊を
精霊は、魔法として発現した後は再び空中へと霧散し、見えなくなってしまうのが通常である。
それなのに……消えるどころか、無尽蔵に魔法の炎を生み出し続けているというのも、常識から大きく外れた話である。
「その精霊を槍の外へ解放し、無力化する術はないのか?」
ジークベルトが尋ねるが、白髪の研究員は首を横に振る。
「構造と、封じられている精霊の種類がわからない以上、分解することも難しいでしょう。また、それとは別に……使用者の脳に直接作用し、
一礼して、白髪の研究員は腰を下ろした。
それを確認し、再びクレアが口を開く。
「ありがとうございます。今お話いただいた通り、『焔の槍』は極めて危険な
「うむ。それで、その人物に関する情報は、どの程度集まっているんだ?」
ジークベルトの問いに、クレアは懐から一枚の紙を取り出す。
「教団の幹部だった男を尋問し、聞き取った情報によれば……
と言いながら、取り出した紙を広げてみせる。
すると。
会議室に、どよめきが起こった。
クレアが掲げたその紙には……
説明の通り、全身を黒っぽいローブで覆った猫背気味の人物の姿が、ありありと描かれていた。
まるで、実在するモデルを模写したかのようによく描かれたその鉛筆画を見て、
「……それ、クレアが描いたのか?」
ジークベルトが、顔を引きつらせながら尋ねる。
クレアはきょとんとした表情をして、
「え? あ、はい。絵があった方がイメージが湧きやすいかと思いまして」
「……なにかと器用な男だとは思っていたが、絵まで達者だとは。それもジェフリーさんに教わったのか?」
「いえ。これは最近、独学で身につけました」
十歳からアストライアーに身を置き、ジェフリーにこき使われている内に、クレアは様々な特殊スキルを身につけていた。
変装、声帯模写、ピッキング、経口毒物の判別および耐性、野宿する際のサバイバル技術、戦闘に関係ないもので言えば料理、編み物、歌、文書の速読やひよこの雌雄判別まで……
いずれも腕はプロに引けを取らないレベルだ。
それもこれも、彼が異常なほど飲み込みが早く器用だからこそ成し得たのだが……
それはさておき。
終始険しい顔をしていたジークベルトも、クレアの新スキルに少しだけ苦笑いをしてから。
コホンと一つ、仕切り直すように咳払いをして。
「我々の次なる任務は、その
ジークベルトの厳粛な言葉を最後に、その日の会議は閉幕した。
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