第17詠唱 獣使いの魔女

「馬が犬みたいについて来てるけどルルーがやってるの?」

「そうルル!妖精は動物と仲良くなるのが得意なんだルル〜」


 二人の後を自分からついて来る馬の頭を撫でながらルルーは得意げに言う。


「こっからは馬に乗って移動するルル!ルルーが馬を操るから少し待つルル!」

 

 街から出る門まで行くと馬の大きな体の陰に隠れる


「どうしたの?」

「人間の姿になるルル!変身してる時はあんまり見られたくないルル」


 周りの通り過ぎる人々が恐ろしい物を見たような顔をしていたり、逃げる様に走って行く人もいてリリィも気になったが黙って待つことにした。


「お・ま・た・せ」


 待ちくたびれたリリィは「遅い」と振り返ると、目の前には高身長のモデルの様な体型をした、黒いローブで身を包んだ黒髪の綺麗な女性が立っていた。

思わず驚いて開いた口が塞がらないリリィに女性はクスクスと笑う


「ルルー?」

「そうだよ、早く行こう夜明けまでには師匠の所につきたいからね」

「いつものバカみたいな語尾が無いけど」

「バカみたいって......人間に化けたらあの語尾は自然と無くなるの、てかいつもバカだと思ってたのか」

「しかもその着てる黒いローブはどうしたの?」

「これは皮膚だよ、だからこの服は脱げないようになってるの」


 ルルーは説明するとリリィを馬に乗せ、その後ろに乗ると片手でリリィを落ちないように抱いもう片方の手で馬についている手綱を持つ。


「じゃあ頼んだよ、お馬さん」


 馬は返事をする様に鳴くと二人を乗せ風を切って颯爽と走り出した。


 街頭と馬車に乗った旅商人(たびしょうにん)や覚者達のてんてんと灯るランタンが道を照らしていたが、街と街を繋ぐ道から外れると徐々に暗くなりやがて道もなくなり広大な草原に出る。


「その師匠はどこに住んでるの?」

「ん?臆病者の森だよ、森は地図の端にある森でとにかく遠いいんだよ」

「臆病者の森......」


 聞いたことあるのかリリィは「何処かで聞いたことがあるような、ないような」と星空を見ながら呟く。


♢ ♦ ♢ ♦ ♢ ♦ 


「こちら02チームのイザベルです、目標の場所に着きました、オーバー」


イザベルは3人の魔道機動隊員を引き連れ臆病者の森上空を箒で飛行していた。


「了解、こちらも着きました、オーバー」

「こっちもオッケー!だよイザベル」


 持っていたトランシーバーからドミニカの声と他の人の声が順番に聞こえて来た。


「もう、今は真面目にやってよドミニカ」


 注意すると「はいはい」と笑い声が聞こえて来る。


「リーダー!リリィちゃんが来ました!」


 その声にイザベルは持っていた双眼鏡を覗いて確認する。


「誰かと一緒......誰だろう」


 イザベル達が上空にいる事をリリィとルルーは気づいていないのかそのまま馬に乗り森へ入っていった。


「ここに入るの?」


 手前まで来て、森の暗く先の見えない不気味な雰囲気に、少し怖いのか後ろにいるルルーの体に背中をピッタリとくっつける。


「我慢しな」


 ルルーはギュッと抱いて馬を森の先へ進ませる。


 入ると所々に生えている青く発光するキノコが一人と一匹を迎える。


「ココ、なんか来た事がある」

「そうなの?1人で?」

「いや、誰かと2人で」


 すると突然、頭痛と共に脳内に燃える森の中で血だらけになった自分と魔女の二人が全速力で逃げている風景が現れる。


「やっぱりココはいっちゃダメだよ」


震えるリリィに「大丈夫、ルルーがついてるから」と手綱から手を離し両腕で抱きしめて落ち着かせる。


「少し休む?」


心配そうに言うルルーに頭を横に振り「もう平気」と苦しそうに言う。


知らないうちに辺りは白い霧で包まれ馬は足を止める。ルルーは地面に降りた。


「流石にこの霧じゃキミも無理か」


馬の頭を撫でて松葉杖を肩にかけるとリリィを抱き抱えた。


「歩ける?」

「平気、ありがとう」


下ろして松葉杖を渡すとリリィはルルーの手を握り歩き始める。


「ヤッパリ怖いんじゃない?」

「べ、別に怖くないし、ただ森が切りがかっててルルーとはぐれる可能性があるかもだから......」

「ホントかな〜」


 森の地面は雨が降ったのかドロドロにぬかるんでいて滑りやすく、おまけに木の根っこや岩が地面から飛び出していて足場が非常に悪かった。


 ルルーは「リヒト・ルーチェ・ルミエール」と唱えて顔くらいある大きさの柔らかく光る玉を3つ出すと周りを照らした。


「ルルーの使う魔法の詠唱って独特だよね」

「そう?まぁ妖精の使う魔法は魔女や覚者の使う魔法とはまた別だからね」

「なんで?」

「文化の違いだよ、妖精はそもそも戦闘をしないからどんな魔法の詠唱も長いけど、人間や魔女は戦う為に魔法の詠唱もどんどん短くなっていって、弱い魔法ほどすぐに出せるようになってるの」

「へー、ルルーは人間になると真面目になるんだね」

「ルルーはいつも真面目でしょ?」


 最初は青色のキノコだけだったが黄色やピンクなど方角ごとに違う色を放つキノコが点々と現れてくる。二人は次にピンクのキノコが生えている方角へ進む。


 すると霧の向こうからワオーンと狼の遠吠えがこだましてくる。


(狼が一匹?ここら辺は少なくても4匹で群れを成して行動するはず......まさか獣使いか?)


 ルルーはそう思うと「マズイな何者かルルー達を狙っている」と足を止め目を細めて警戒する。リリィはルルーの背中に隠れて「誰なの?魔導機動隊?」と小さい声で聞いた。


「リリィ、ルルーの背中に乗れ」

「わ、分かった」


杖をルルーに渡すと隠れている背中によじ登り首に細い腕を回すとルルーは馬に「キミもありがとう、もうついてこなくていい戻るなりこのまま自由に生きるなりしなさい」とだけ伝えるとピンクのキノコを辿り霧を掻き分けて走っていた。


「でもルルーの魔法でどうにかできないの?」

「できないな、妖精の使う魔法は守る事ができても攻撃する戦闘魔法は無いんだよ、しかし獣使いの魔女か面倒だな」

「何故?」

「獣使いって言うのはものごころがつく前から獣に育てられ20歳で初めてなれるものなんだ、だから魔女も人間も関わらず奴らは獣と同じで狙った獲物は死ぬまで追い続ける習性があるんだ、だから今の状況を考えれば最悪だろ」

「確かに」


 リリィを背負い走るルルーの後ろを狼が突然飛びかかって来た、恐らくさっきの遠吠えの主であろう。リリィは左手の手の平を狼に向けると魔武の盾を出して防ぐ。


「ナイス、リリィ!」

「また来るよ!」


 今度は狼だけでなく上から氷の刃が飛んでくる、盾で防ぐが脳に刻まれていた魔法陣が解かれた代償なのか力が入らず重い盾を構えるのに限界が来ていた。


「ゴメンもって後2、3回しか防ぐことができない」

「アッチェ・レラ・ツィオーネ!」


 ルルーは加速魔法を唱えて走るスピードを上げ狼を引き離し逃げる、が次の瞬間黒い霧がルルー達を追い越し前に止まると一瞬で魔女に変わった。


「何故そのお方をここに連れてきた」

「そのお方?」

「とぼけるな!黒い魔武はあのお方しか持っていないはず!この森に来てはいけない!戻れ、森から出ろ!」

「どういう事?言っていることが分からないだけど」

「妖精風情(ようせいふぜい)が分かる訳がないだろ!」


 魔女はリリィの方に目を移す


「あなたは王女様なのでしょう?」

「わたし、が?」


 黒い肌を持つ若い魔女の言うことが分からなくてリリィはポカーンとする


「そうです!もうお戻りになったらまいりません!」

「ごめんなさい、何を言っているのか」

「なに?どういう事だ!」


 魔女はルルーをキッと睨む


「この子は記憶を無くしているんだよ、すまないがお前の思っている人とは違うだろう」

「その子の名は?」

「リリィ・バレッタだ」

「やはりな、その隠しきれぬ独特な魔力はあの方だと思っていた」


 そう言うと片手から白銀の太刀を出した。


「魔女なのに刀を使うなんて珍しいな」

「私たちはあの方から全武器を使いこなす様に仕込まれたからな」

「ほお」

「そんな事よりこっから先に進みたいというならば」


 太刀を構える。


「私は容赦なくお前を殺して元王女様を何処か遠いい場所へ運ぶ」

「面倒なことになったな」


 お互い睨み合い静寂が二人を包み呼吸の音がやけに大きく聞こえた。


 すると上から一枚の木の葉がゆっくりひらり、ひらり、と落ちてきて両者の目線を通った瞬間、魔女が先に動いた、片足で大地を蹴り上げ切りかかる。


「ルルー任せて!」


 背中に乗っているリリィは剣と盾を構えるとルルーに向かってくる太刀の冷たく光る刃を盾で払い、間髪入れずに剣を突きだす。しかし魔女は霧に変わり一瞬で背後に有れ太刀を素早く振る。


「ゼークラフト・ヴュ・ヴィスタ!」


 魔法で目の強化をして剣を回避するとぬかるんだ地面に足を取られ二人とも転ぶ。


「ルルー!」


 遠くに倒れているルルーを守る為遠距離魔法を唱えようとするが、今まで一瞬で魔法が頭に浮かんだが不思議と浮かばず言葉が詰まった。


「クソッ!」


 左手に持っている盾を魔女に向けて投げる。


「相変わらずは目はいいんですね」


 地面を蹴り宙返りして横から飛んでくる盾を避けた。


「リリィ大丈夫?」


 ルルーは駆け寄り守るようにリリィの前に立つ


「ファンユ・ディファー・ガラド」


 リリィと自分をドーム状の緑色の透明な膜が覆う。


「100回までの攻撃ならこれで防げるはず、その間にリリィの足を治そう」


 そういうとリリィの履いている靴を脱ぎ靴下を取り素足に刺さっているボルトを見つける。


「なるほど、これが原因か痛いと思うけど我慢してね」


 強化魔法を唱えてから裏のボルトを固定しているナットを精一杯の力で外してボルトも引っこ抜く。

血が流れ出して肉も飛び出たが、足の神経が麻痺していた為リリィは痛みをまったく感じなかった。


「リストーロ・レタブリスマン・エアホールング」


 くるぶしに空いた血が溢れ出ている穴はたちまち埋まる。


「ココはルルーが食い止めるから今から言う所に行ってね」

「やだ!ルルーも逃げなきゃ!」

「ルルーはしょせん使い魔、消耗品だ、いつかはこうなる運命なんだよ、だから」


 しかしルルーまで失いたく無いと思うリリィは「ダメ!一緒に逃げるの!」と手を引っ張る。


「ゴメンね、ルルーのワガママを許してくれ」


 掴む手を振り解く


「ピンクのキノコを真っ直ぐ辿った先に矢印の書いた看板が見えるはずだその看板に沿ってひたすら進んだら家があるからそこに訪ねなさい、良いね」

「私はもう誰も失いたくない!」


 体に抱きつくリリィに「いい加減にしろ」と怒鳴ろうとした時である。突然大きな岩が魔女に当たり遠くへ飛ばし、木々がゴーレムに変わると追い討ちをかけるように魔女を襲う。


「まったく、世話のやける弟子だ」


 木からフードを鼻まで深く被り紫のローブを着た魔女がスタンと降りてくる。


「師匠!」


 ルルーの声に師匠と呼ばれた魔女は振り返らず「後でお尻ペンペンだよ」と言い向かってくる太刀の魔女に杖を構えた。

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