第236話 海底の五芒星

 空間扉で移動した先は、海底に在る巨大気泡。

 そう、ヴァンストロムの元住処だ。

 明かりが全く無い。きっと、光はヴァンストロムが発していたのだろう。当然、上からの太陽光が届く領域では無いのだから。



 「どこなの? ここ、すごく寒い。」



 吐く息が白い。

 海底1万ヤルト超えの領域では、水温は、2度から4度程度。一般家庭の冷蔵庫の中よりも低温だ。その代り、海水は対流しているので温度は常に一定となっている。


 アーリャもクーマイルマも、ここに来るのは初めてだっけか。

 ここは、地球のケルマディック海溝とか、マリアナ海溝並みの深さの海底に在る、巨大な気泡の中なのだ。


 私は、ジニーヤに命じてマジックライトを点灯してもらった。



 「あら、今気が付いたのだけど、熾天使セラフは、4枚翼になったのね。」


 「あ、本当だ。気が付かなかった。」



 羽の数が増えると、何か強くなったりしてるのかな? 邪魔臭くないのかな?


 明るくなって、そこら中に散らばる金や銀製品、貨幣、サンゴ、真珠、等のお宝に、二人共ぎょっとしている。

 その一つに手を伸ばそうとしたアーリャに、私は釘を差した。



 「それは、人の物だから、勝手に触らないようにね。」


 「えっ!? あ、はい。」



 持ち主が居る物だと知って、アーリャは慌てて手を引っ込めた。



 「は、は、……はっくしょん! うう、それにしても、ここは寒いわね。」


 『!--呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!--!』



 ヴァンストロムがやって来た。竜形態だ。自分の棲家では、こっちの姿の方が落ち着くのだろう。



 「勝手にお邪魔してます。」


 『!--いいよ、いいよー。気にしないで! うちに遊びに来てくれて、嬉しいよー!--!』



 流石に、竜形態は迫力が有る。



 「そそそ、ソピア、さん? ここってもしかして……」


 「うん、ヴァンストロムの住処。本当は、ここに棲んでいるんだよ。これらの財宝は、ヴァンストロムのコレクション。」



 アーリャは、こっそり取らないで良かったと、胸を撫で下ろした。

 私はここで、私の予想をヴァンストロムに尋ねてみた。



 「ねえ、ここって、ここと同じ様な気泡が他にも在るんじゃない?」


 『!--良く分かったね、ここの他に5つ、在るよ。--!』


 「やっぱりね。だったら、もっと早く教えてくれれば良かったのに。」


 『!--それがねー、ソピアは自分で謎を解明しなくてはいけないルールなんだよー。--!』



 またルールか。誰が決めたんだよ!



 「他の気泡に案内して貰う事は出来る?」


 『!--いいよー、好きに見て行って。ボクに断らなくても良いからね。ただ、真ん中にあるやつだけは気を付けて。黒いウネウネが一杯居るよ。--!』


 「うん、分かった。」



 やっぱり、真ん中はマナ喰いの巣窟になってるのか。

 それにしても、よくこんな黒ピラミッドの側に棲んでいて平気だな。



 『!--うん、真ん中程じゃないけど、ここにもちょっとマナ喰い出るね。ま、ボクは耐性有るから大丈夫だけど。出た瞬間に退治してあげるよ。--!』



 私達は、ヴァンストロムと一緒に謎空間へ入り、案内して貰って移動を開始した。



 『!--うーんと、この辺だったかな?--!』



 気泡と気泡の距離は、約50リグル(80キロ程度)またはそれ以上は離れているので、案内無しで真っ暗な海底を探し回るのは、結構難しいんだ。

 だけど、私の中には数学者が居るので、二箇所と中心の方向さえ教えて貰えれば、他の気泡の座標は計算で特定出来る。



 『!--あっ! 在ったよ、あれだ!--!』



 真っ暗な海底で明かりの点いていない気泡を探すのが、こんなに大変だとは思わなかった。目と鼻の先に在っても、全然見えないや。もう一つの気泡にも、ジニーヤに明かりを灯して貰った。

 これで、二点が特定出来たので、後は計算で他のも位置を特定出来る。ジニーヤを先行して飛ばして、先に明かりを点灯して置いて貰う事にした。


 2番めの気泡の中を見回すと、最初のとあまり代わり映えは無い様だった。財宝も同じ様な感じにばら撒かれている。



 「全部同じ感じにしてるの?」


 『!--うん、そうだよ。お洒落でしょう!--!』



 褒めて欲しそう。プロークもそうだったけど、独自の美観を持っているんだよね。人間の感覚だと、誰が描いたとか、誰が評価しただとか、歴史的時代背景的価値だとか、作品その物の金銭的価値なんかに引っ張られて評価が決まるので、絶対美観という物は無いのかもしれない。

 だけど、竜達の美観は、結構統一性が有る様な気がする。それは、自然を見て美しいと感じる感覚に近いのかも。



 「うん、結構私は好きだよ。白い砂と、この色取り取りの宝物の配置にセンスを感じるよね。」


 『!--でしょでしょ! わーい! ソピアに褒められたー!--!』



 遠くから、ぐぬぬという思念が微かに届くけど、他に芸術に自信の有るお方は居ましたっけ?

 まあ、それはさて置き。



 『!--さて置き!--!』



 あ、その声はプロークか。ごめんごめん、あなたのセンスも凄く良いと思うよ。

 本題に戻りますよ。



 「中心のピラミッドも見ておきたいな。」


 『!--あそこは危ないよ! 黒いのいっぱいだよ!--!』



 うーん、どうしようかな。そうだ!



 『!--ねえ、ヴィヴィさん。この間開発を頼んでた、閃光手投げ弾フラッシュグレネードってもう出来てるの?--!』


 『!--出来てるわよ~ん。投げて割る方式だと上手く混ざらないので、紐を引くと、中の薄い陶片の仕切りが壊れて撹拌される仕組みにしました。混ぜてから爆発までのタイムラグが有るから、紐を引いてから投げる時間は十分有るわよ。--!』


 『!--ありがと。じゃあ、今から取りに行く。--!』


 『!--あら、持って行くわよ。--!』


 『!--いえ、ちょっと危ない所かも知れないから、取りに行きます。--!』


 『!--それなら、尚更保護者の立場として……--!』



 暫く押し問答が続いた後、ああ、来たいんだなという事にやっと気が付いた。

 今、お屋敷に来ていると言うので空間扉を開いたら、ヴィヴィさんだけではなく、ウルスラさんとエバちゃままで付いて来た。ケイティーも来た。エバちゃまは王妃様なんだから、来ちゃ駄目でしょ!

 なんなの? ピクニック気分?



 「お師匠は来ないの?」


 「あれ以上若返りたくないんですって。変な人ね。」



 エバちゃま、男は歳相応に見られたいものなんだよ。年齢は、男の勲章なんだよ。

 てゆーか! あんたら若返り目的かい! 命の危険よりもアンチエイジングですか! そうですか! 



 ヴィヴィさんの持って来たガラス製の特殊な形の瓶は、中が5分割されていて、中心にある金属の軸に細い紐が巻き付いている。軸の真ん中辺りには、金属の羽が付いていて、紐を引くとこの羽根が回転して、隔壁を割って中身を撹拌する仕組みみたいだ。



 「この形状に辿り着くまで、エバ様とウルスラと、何日も夜遅くまで研究したのよー。」



 必死だな、おい!

 まあいいや、上手く行けば良かろうなのだ。

 私は、ヴィヴィさんに手渡された瓶の隔壁で仕切られた部分に少量ずつの5色のマナ水を充填し、12個の手投げ弾を作った。それを私以外が一人2個ずつ持って、中心に乗り込むぞ。



 「ヴァンストロム、皆に危険が迫ったら守ってね。じゃあ、ゴーアヘッド!」


 『!--わかったよ、ソピア。人間は僕が守るよ!(承知した。小さき者共は我の庇護下に置こう。)--!』



 謎空間で中心のピラミッドが在るという気泡の座標へ移動してみると、気泡の上でジニーヤがウロウロしていた。




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