第226話 南国の漁村みたび

 世界牛クジャタは、頭を中心に輝き始め、その輝きは、頭から首、上半身から下半身へと伝播して行き、遂には全身が強い光に包まれた。

 吹き出物の様に体の表面に出来ていた、魔物の種もマナの光は吹き飛ばし、頭の先から卵の殻が剥ける様に取り除かれて行く。



 「おおっ! 世界牛クジャタが脱皮した!」



 『--あー、気持ち良かった! ソピア、どうも有難う! 私はルティーヤーに進化してしまったよ。--』



 まーた、ポケ○ンみたいにー。

 ルティーヤーって何だよと思って、記憶のデータベースを検索してみると、有った! 何々、フムフム、おお、バハムートの事か。そんで、ベヒーモスとバハムートは言語違いの方言みたいな物? あれか、日本が中国人にジーベンと読まれて、ポルトガル人がそれを聞いてジパングになって、英語圏でジャパンになったみたいなものか。


 んで、竜じゃなくて、世界魚? お魚さんなの? 牛からお魚に成っちゃったのかー。

 世界魚ルティーヤーは、なんか、アレっぽい。シン・ゴ○ラの第二形態っぽい。水の中に居なくて大丈夫なのかと聞いてみたら、大丈夫っぽいと返事が来た。ふうん、大丈夫なら良いんだけどさ。


 魔物はもう生み出せないのかと聞いてみた所、やろうと思えば出来そうだとの事。

 ただ、牛の時みたいに自動的にとはいかなくなったみたい。意識してやろうと思えば出来るという風に変更されたそうだ。

 一応、眷属の契は交わして、さよならする事にした。魔都は破壊しないようにねと念を押して置いた。


 魔王様に、餌は数百年は食べさせなくても大丈夫だけど、マナ喰いは気持ちが良いらしいので、時々食べさせてやって下さいとお願いすると、平伏して感謝されてしまった。



 「ところで、大量にぶち撒けてしまった魔物達は大丈夫なの?」


 「はい、ここは魔物領域ですし、魔物の育つ所。世界牛クジャタから撒かれた魔物達は、徐々に成長をして各地へ散って行きます。そしてそれは、罪から開放された食料源でもあるのです。」



 私は、魔王様の言葉にハッとした。『罪から開放された食料源』とは。

 人は、生きる為に他の動植物を殺して食べている。これは、人に限らず全ての動物がそうだ。


 植物なら太陽光と水で自給自足しているのかもしれないが、動物は喰わなければ生きて行けない。例外はミドリムシで、葉緑体を持ち、自分でエネルギーを作り出す事が出来るが、葉緑体の作り出すエネルギーでは、精々が微生物止まりだろう。


 だから、動物は、活動のエネルギーを自分で作り出すのを諦め、他から奪う事にした。

 自分の体と同じ構成成分を持ち、成長や代謝によって不足する分を確保するには、他の似た様な生物から奪うのが手っ取り早いからだ。ブロック遊びをしていて、パーツが足りなく成れば、近くの子が遊んでいるブロックを横取りして使ってしまえ、みたいな乱暴な理屈だが、自然界はそう出来ているのだから仕方が無い。


 人間以外の動物は、その仕組を素直に受け入れているのだが、幸か不幸か知能の発達してしまった人間は、他の生き物を殺して食べるなんて野蛮だ、罪だと考える人も出て来てしまった。罪の無い、自然の中で一所懸命に生きている動物を殺して食うなんて、耐えられないと考える人達も居るのだ。


 だったら、その罪の意識を感じなくても良い食料を与えてやれば良いではないかと、誰かが考えたのかも知れない。


 人に危害を加え、意思の疎通が不可能で、やむを得ず駆除しなければ成らない動物。

 飼い慣らして使役する事が不可能な動物。

 魂がその体の中に閉じ込められ、常に苦しみ続けている。救済するには、肉体を破壊する事により魂を浄化できる、寧ろ殺してやるのが苦しみから開放することに成る。そういう動物。なんかヤバげ。


 最後のはかなりヤバい宗教の教義か何かみたいなんだけど、私が魔物の意識を探った感じと、神竜達の言う言葉を信じるなら、本当にそういう生物なんだという確信はある。特に高度な知能も無く、人間を襲う事に特化した生物なのだ。一度人間をロックオンしたら、何時までも何処までもずっと追いかけて来て殺そうとして来る。誰かがそうデザインして作り上げたっぽい性質だなとは思っていたんだ。

 それが、神なのか、古代人なのかは分からないけれど、そういう生物として存在しているのは間違い無い。

 中にはゴブリンやコボルドみたいにあまり美味しく無くて食用とはされない魔物も居るには居るけれど、あれも食う地方はあるみたいだよ。


 つまり、人は、魔物の魂を浄化してやるという正義の大義名分と、食料調達という実利の両方を兼ね備えた魔物という動物を、罪悪感を感じる事無く狩る事が出来る。


 なんだか、都合良くデザインされた食物サイクルみたいだけど、本当に誰かがデザインしたんじゃないのか?



 「ソピーがうっかり、この星の核心に迫ろうとしておるな。」


 「そうね、おっちょこちょいのソピアちゃんが、うっかり近付いている気がするわ。」



 おっちょこちょいの私が、うっかり核心に迫ってるのかー……うーん……、って、コラ!

 私達4人は、一仕事終えて、魔都の魔宮殿へ戻った。








 「お帰りなさいませ、魔王様。」


 「うむ、世界牛クジャタ世界魚ルティーヤーへと変わり、もう魔都が踏み潰される心配は無く成った。それも全てここにいらっしゃる、ソピア様のおかげだ。では早速、この魔族と人族との会談を始めるとしよう。」



 会談内容は多岐に渡った。

 世界賢者会議への出席の依頼をメインに、交換留学生、技術交換、文化交流、交易、相互協力、不可侵条約、ピラミッドの調査、マナ喰い対策、近くに在るはずの遺跡の発掘、そして、私の扱いについて……



 「では、次回は半月後に、王族を交えまして正式調印といたしましょう。場所はダルキリアの王都王城にて。」


 「はい、ダルキリア観光を楽しみにしております。」


 「会談前日に、私が空間扉を開きますから、それで一緒に行きましょう。」


 「はい、女神様自らお出迎えに来て下さるとは、光栄至極で御座います。」



 全ての森の中の遺跡の入り口が開放されれば、ピラミッドの在る国へは全部徒歩圏内に成るんだけどね。それも含めて遺跡の合同調査隊の派遣とか、取り決める事は沢山ありそうだ。

 私達は、会談というか、その前段階のプレ会談を終え、ダルキリアへ帰還した。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 半月後……


 ダルキリアの王都は、外国からの賓客や同行者の観光で賑わっていた。

 たった1ヶ月程度の準備期間で良くやったと思う。皆がんばった。私も頑張った。

 世界各国からのお客さんを招待する為に、空間扉を開きまくった。

 今王都は、世界中のお客様達が落とすお金で、空前の好景気に湧いていた。特に、レストラン、スイーツ屋の繁盛ぶりが凄い。

 教育システムへの関心も高い。特に、新型魔導には興味津々みたいだ。


 ダルキリアに来ている国の中で一番遠いのは、アーリャ達のビオスなんだけど、あのクラーケン騒動の漁村がビオス国の一部だったのは幸いだった。一度行った事の有る場所ならば、空間扉を開くのにイメージし安いので、わざわざ謎空間移動をする必要が無いからだ。謎空間移動だって、十分速いんだけどね。

 一旦、場所が確定出来れば、謎空間に入って移動というプロセスを圧縮して、こっちから向こうまでの距離をショートカット出来る、空間扉を出す事が出来る。


 私は、ビオスの三人組を連れて、あの漁村へ降り立った。

 ラージャとナージャの実家があるからね。

 本当は、用事が有るのは賢者アーリャだけなんだけど、どうせ帰るなら、二人も実家へ顔を出して、無事に入学出来た事を報告したいだろうと思って連れて来たんだ。


 あの肉屋へ顔を出すと、あの時のおじさんはビックリしていた。

 そして、おじさんは、娘二人の旅の無事と学院合格を凄く喜んでいた。



 「なんとまあ、村おこしの為に勝手に仕立て上げられているだけだと思っていたが、まさか本物の神様だったとはなあ……」



 外が騒がしいので、ふと店の入り口の方を見ると、あの時のギルド長が来ていた。



 「これはこれは女神様、ようこそ我が村へおいで下さいました。」



 何だこいつ、ずいぶんと態度が違うじゃないか。その揉み手ヤメロ!

 聞くと、女神様の立ち寄ったハンターズギルドだというので、ハンターに成りたい若者の登録が急増したそうだ。

 この漁村で登録すると、女神様の御利益が有るとかいう噂が流れて、近隣の町や村からも、自分の町で登録しないで、こっちへ来る人が多いらしい。

 おかげで、建物も新築で大きくなったそうだ。


 建物を見せてもらってビックリしたよ。マヴァーラのハンターズに匹敵する規模だよ。

 木造は木造なんだけど、ログハウスみたいな太い丸太をふんだんに使った、3階建ての立派な建物になっている。



 「それでー……、一つお願いが有るのですが……」


 「貴様! 神に向かって個人のお願い事など、不遜であろう!」


 「まあ、いいよアーリャ。で、私に出来る事なら1つ位聞いてやるよ?」



 だから、その揉み手は止めろって。




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