第169話 残り湯

 翌朝、早めに起きて、お祖母ちゃんの家を掃除して、村長さんに挨拶してから立とうと思って外へ出たら、既に広場には村人全員が集まっていた。

 あれ? 朝礼の習慣なんてあったかなー……

 そんな事を思っていると、私を見つけた村人達が、家を取り囲んで口々にお礼を言いながら、手を握ってくる。

 一人が片膝を着いて、私の手を握り、一言お礼を言っては次の人と交代し、を繰り返す。長蛇の列になっている。

 あれ? 村人こんなに人数居たかな? なんて思っていたら、終わった人が列の最後尾に並び直しているんじゃん。


 何処のアイドルの握手会だよ!


 ヤバイ、声に出しそうに成った。

 なんなのこれー?! 100人を超える頃には、なんか無心でルーチンワークしているみたいな気になってきたよ。

 村長が3周して来た頃に、『あの、早く帰らなければ成らないので、ここで終わりにして貰っていいですか?』と聞いたら、その後ろに並んで居た人達からブーイングがきた。

 じゃあ、後一周だけと言う事で納得してもらって強制終了。

 森のマジックライトを消して帰ろうとしたら、森の中が明るくなって安全だから、どうかそのままでと懇願された。

 まあ、そういう事ならいいか。

 暴走したら、とんでも無い明るさになりそうなので、イブリスにこっそり百分の一に弱めておいてもらった。


 村人達に別れを告げて、王都へ急行だ。

 あーあ、今後こういう事に慣れていかなければならないのか。神様扱いは受け入れるって約束しちゃったもんね。

 私の故郷ふるさとがー……おかしな事に成らなければ良いのだけど、それだけが心配の種だー。あーあ。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 王都へ付く前に、お師匠とヴィヴィさんとウルスラさんに謝罪のテレパシーを送って、ケイティーの受け入れ準備をして置いてもらう。

 屋敷に着いて、直ぐに一室へ案内された。

 男のお師匠にはちょっと部屋を出ていてもらって、ベッドへケイティーを出す。

 あの空間へ入れたものは、入れた直後の時間にアクセスして取り出す事が出来るので、ケイティーの時間は実質経過していない。

 ケイティーの感覚では、あの森で謎空間へ入ったその次の瞬間には、屋敷のベッドに寝ていたと感じただろう。


 ケイティーの火傷を見た、ヴィヴィさんとウルスラさんは、息を呑んだ。

 治療術を掛けて修復しても、その部分は内側から炎が吹き出し、焼け焦げて行くのだ。



 「これは……、こんな症状は見た事が無いわ。」



 手を拱いたヴィヴィさんがお師匠を部屋に入れ、意見を伺うが、お師匠にも分からない様子だった。

 どうしよう、ブランガスなら何か分からないかな?



 『!--ブランガス! どうしよう。どうすればいいの?--!』


 『!--うーん……、これは、イフリートの細胞との拒絶反応みたいねー。--!』



 正確に言うと、イフリートは精霊なので、細胞と言う物を持っているのかどうか不明なんだけど、おそらく、イブリスから分離したジンがケイティーの体内に残っていて、それがケイティーの体を焼き続けているんだ。


 あの時、魂の制約によって、私に対して魔力攻撃を行使出来ないイブリスと、魔力量は少ないが魔力の制御に関しては達人のケイティーが力を合わせるために、イブリスは、ケイティーに乗り移って、その膨大な魔力の制御をケイティーに委ねた。

 しかし、ケイティーの肉体は、イブリスの魔力に耐えられず、内側から焼かれ続ける苦しみを耐え続けなければならなかった。

 イブリスとケイティーが分離した後も、一部のジンはケイティーの体内に残り、暴走を続けている。

 イブリスがジンを回収しようにも、既にジンはイブリスの制御を離れてしまっていて、回収は不可能になってしまったのだ。誰からの制御も受けなく成ってしまったジンは、今もケイティーの肉体を焼き続けている。

 では、どうすればケイティーを助けられる?



 『!--ケイティーが、体内のジンを完全制御出来るか、先に命が尽きるかのどちらかね。--!』



 私達に出来る事は、治した側から焼けただれて行くケイティーの体に治療術をかけ続ける事だけ。

 これは、ケイティーとジンとの戦いなのだ。


 私は、ケイティーの手を握って祈る事しか出来なかった。

 炎が吹き出す部分に手を当て、冷却を試みるが、手を放した途端に炎が吹き出す。

 全身の数十箇所がそんな感じなので、とても手が回らない。

 シーツやベッドに引火して燃えだすので、場所を大浴場へ移し、体を水風呂の中に横たえる。

 魔力の炎なので、水の中でも炎が吹き出し、ボコボコと周囲の水を沸騰させてゆく。


 私は、服のまま一緒に水風呂の中へ入り、水温が上がらない様に水を冷やし続けた。

 浴槽の外では、お師匠達3人が絶え間無く回復術をかけ続けている。治療は、その日の朝から深夜まで及び、3人で交代とはいえ、流石のお師匠達にもその疲労は目に見えて蓄積して来ているのが分かる。


 私は、すっかり冷え切ってしまった自分の体の事なんか全く気にも留めず、苦しむケイティーの手を取り、目を閉じて必死に祈った。


 すると、不思議な事が起こった。突如浴槽の水が光り輝き始めたのだ。


 その光は、浴室全体を明るく照らし、その光を浴びたお師匠やヴィヴィさん、ウルスラさんのマナを瞬く間に回復してゆく。



 「これは、何とした事じゃ……」


 「マナが……、疲労も全く感じなくなりましたわ。」


 「これで治療を続行出来ます。」



 良かった……良かった。私は安堵し、そのまま意識を失ってしまった。



 …………


 ………


 ……








 「ソピア……、ソピア、目を覚まして……」


 「う、うーん、……ケイティー、お早う。体はもういいの?」


 「うん、もう大丈夫よ、ありがとう。」



 私は再び眠りに落ちた。

 私が次に目を覚ました時には、客室のベッドへ寝かされ、傍らにケイティーが寄り添っていた。



 「はっ! ケイティー! 体は大丈夫なの!?」



 私は、ガバっと上体を起こしケイティーを見た。



 「ええ、おかげさまで、すっかり元通りに成ったわ。」


 「あれっ? 何この状況? ベッドに寝ているのが、ケイティーと私で逆なんだけど?」



 起き出して食堂へ行くと、全員が既に席に付いていた。

 お師匠もヴィヴィさんもウルスラさんも、疲れた様子はすっかり見えなくて、寧ろツヤツヤしている。

 あっ、エイダム王様も居た。エバちゃまは?

 キョロキョロしていたら、ドアが開いて頭にターバンの様に布を巻いたエヴァちゃまが入って来た。



 「ヴィヴィに報告を受けて入ってみたけど凄いわー、あのお湯。10年は若返った気分よ。」



 何? 何? 何なの? と、お師匠の方を見たら、私がケイティーの治療の時に、ケイティーと一緒に浸かっていた水が、とんでもない事になっていたんだって。

 お師匠が、小瓶に詰めたその水を見せてくれた。



 「光ってるね。」


 「光っておるのう。」



 お師匠の説明によると、私の生命力マナが、留まっているらしい。普通ならば、瞬く間に拡散して無くなってしまう筈なのだけど、どういう理由なのか、太陽石みたいに留めているのだという。

 その水に手を入れてケイティーの治療に当たっていたお師匠やヴィヴィさんやウルスラさんは、水からマナを受け取り、マナ切れを起こす事無く一晩中治療を続ける事が出来たのだという。



 「全く驚いたわい。お前は人間にもマナをチャージしてしまうとはな。」



 私が気を失った後の事を聞くと、ケイティーの火傷は瞬く間に回復して行ったのだという。

 お師匠達は、その水をサンプルに小瓶に取り、ヴィヴィさんはそれを王宮へ報告したために、エイダム王とエヴァちゃまがやって来て、調べていたのだそうだ。


 屋敷の使用人達も、その水を汲みにやって来て、メイド長さんなんか、バケツに汲んで持って行ったらしい。

 で、皆が好きなだけ持って行った後の残りを沸かして、今エバちゃまがお風呂に入って上がって来た所との事。


 うーん、何処の危ない宗教だよ。



 「ケイティーは平気なの? 私達の入った風呂の残り水を皆が持って行ったりしてるの見て。」


 「うーん、ちょっと恥ずかしかったんだけど、私もビンに取ってあるのよねー……」



 まじかよ! 皆も?

 見回したら、クーマイルマもヴェラヴェラも、竜達も瓶に入れた水を持ってた。

 クーマイルマの足元、その大きなかめは何だ! 飲むなよ! 絶対に飲むなよ!



 「でも多分、飲んでも効果あるわよー?」


 「やめろ!」



 させねーよ! 絶対にだ!



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