第140話 イフリートのイブリス

 私達は、以前にヴェラヴェラが出たと騒いでいた村へやって来た。

 第一村人が私達の姿を見るなり、すっ飛んで来た。



 「やあやあ、これはよくお出で下さいました。ささ、こちらへ。」



 何だ何だ? 以前とは待遇が違い過ぎないか?

 村長の家へ連れて行かれて、話を聞く事に成った。



 「あなた方は、トロルの時のハンター様ですね。今度も引き受けて下さいまして、有難う御座います。」



 ハンターに様を付ける人初めて見たよ。その揉み手を止めろ。

 何でそんなに媚び媚びな態度なんだよと問い詰めると、なんでもハンターの衣装を来た女神様が空から降臨されて、立ち寄った村に富を齎すとかいうい噂になっているんだって。



 「なんじゃそりゃ! いつの間にそんな話になってるんだよ!」


 「いえいえ、お隠しに成られても私には分かっておりますよ。オグルの出た村も、コボルドの出た村も、女神様がお立ち寄りに成り、事件を解決した後に、その村は大きく発展したとか。」


 「うそでしょ!」


 「いえいえ、ご謙遜を。隣国からの行商人の噂でも、竜を従えた女神様がやって来て、神威をお示しに成り、戦争の火種をまたたく間にお鎮めに成ったとか。」



 情報は全然行き渡っていないくせに、噂は千里を駆けるとは、正にこの事。

 この村長は一体何を私に期待しているのだ? 富を齎すとか言われても、私はただクエストをこなしているだけなんだぞ。

 そうだ、別にそんな事をしに来たわけじゃないんだ。イフリートだよ、イフリート!



 「はい、イフリートらしき、火の精霊が村の近くで目撃されまして、それの調査をお願いしたく……」


 「場所は?」


 「はい、以前にトロルが出た森とは反対側の荒れ地でして。」


 「手は出していませんよね?」


 「勿論ですよ。イフリートの怒りなんて買ったら、村を焼かれてしまいます。」



 トロルの時とはえらい扱いが違うな。トロルだって妖精族なんだぞ?

 まあ、火が怖いのはわかるけどね。話が通じる奴だと良いな。


 村人に案内されて、その荒れ地に行ってみたら、居たよ。

 荒れ地の真ん中で、じっとして動かない。

 遠目だと、誰かが焚き火しているだけに見えなくもない



 「何やってんだろう?」


 「さあ?」



 あれって、本当にイフリートなのかな? 火のエレメントとかそういうのじゃないの?

 エレメントだと、意思疎通出来るかどうか怪しいんだよね。そのくせクソ強かったりするんだ。

 とにかく、案内の村人にはあまり近寄らないように言い置いて、そばに寄ってみる。



 「はぁーい! イフリートさん、こんな所で何やってんのー?」



 声を掛けたら、すっくと立ち上がった。あ、人形ひとがただ。蹲ってたから、ただのキャンプファイヤーみたいに見えたけど、立ち上がったら人の形しているよ。イフリートで間違いないみたいだね。



 「ボエエエエエエェェェェェエエエエエエン!」



 うわっ、何か叫び声を上げながら向かって来た。

 いきなり攻撃されてる?

 私の祖力障壁で近寄れないとはいえ、熱い。凄く熱い。

 某宇宙的ユニバーサルなテーマパークで、火炎の出るショーを見た事が有るのだけど、ステージと客席は結構離れているにも関わらず、熱は結構届いて来ていた。それが、鼻先まで迫ってくる感じ。

 火炎自体は、1パルム(約17センチ)程度までしか近寄れないとはいえ、熱はダイレクトに届いてくる。コイツはヤバイ。



 「ボエアアァァァァァァアアアン!」



 うわこれは怖い。抱き付かれたら焼き殺されてしまう。単調な攻撃だけど、それが逆に怖い。

 どうすればいいんだこれ?

 冷却してみようか。地竜ユーシュコルパスがやってたやつなんだけど、熱は分子運動なのだから、逆にその運動を抑えてやれば冷却になるんだよね。


 私は、イフリートの全身から吹き出す熱を抑えるべく、分子の運動を抑える様に意識を集中させた。

 すると、全身の炎は見る見る小さくなって行き、消えるかって所で相手も負けずと炎を出して来る。押したり引いたりの攻防が暫く続き、やがて向こうは疲れが出てきたのか、私が勝った。


 しゅるしゅると炎は消え、中から出て来たのは、小さな男の子だった。異国風の顔の結構可愛い男の子。全裸だけどね。



 「「きゃーーー!」」



 ケイティーとヴェラヴェラが、目を手で隠している。指の隙間からチラチラ見ているのは気が付いているよ。



 「ブアアアアァァァァァァァアアアアン! ヒック、ヒック……」



 泣き出した。

 あれ、攻撃じゃなくて、泣き声だったのか。紛らわしい。



 「ほら、泣いてたら分からないぞ? こんな所でどうしたんだ?」


 「うわあああん、わかんないー。」



 わかんない? どゆこと?

 私は頭を傾けた。



 「ヴェラヴェラ、どういう事かわかる?」


 「んー……、多分、その子、生まれたばかりだぞー。」


 「生まれたばかり? まさか。親はどうしたの親は!」


 「? 意味が分からないよー。」



 まさか、イフリートの捨て子ですか?

 そんなのってあるの?



 『--ソピア様、あ、ソピア! その子は、生まれたてのイフリートの様です。--』


 『!--親は何処行っちゃったの?--!』


 『--精霊や妖精には、親は居ませんよ。ある時自然の中で、勝手に生まれるのです。--』



 なんと! そんな仕組みだったとは。

 じゃあ、ヴェラヴェラも親は居ないの?



 「居ないよー。あたいは人間の村で、おばあちゃんに育てられたけどねー。」



 へー、それは知らなかったな。精霊って、そういう生まれ方するんだ。

 そっか、生まれたばかりは人恋しくて、ヴェラヴェラは何処かの人の村で怖がられて迫害されたりしていたんだっけ。

 じゃあ、この子どうしよう。イフリートは、主にどういう所に棲んでいるんだろう?



 「ママー! うわあああん!」


 「は?」



 攻撃して来ていたんじゃなくて、寂しくて泣きながら走り寄って来ていただけだったみたいだ。

 それにしても、ママって、何だよ、私はまだ12歳だよ!

 こらっ、抱きつくんじゃない。



 「ぷっ、あはははは、ママだって。すっかり懐かれちゃったわね。」


 「多分、最初に話しかけたのが神様なんだよー。」



 えー? なにそれ? 鳥とかの刷り込み現象みたいな感じなのか?

 村人は遠目に見ていただけで、近寄ったりはしなかったみたいだね。それはある意味正解だった。幼いイフリートとはいえ、抱き着かれたら焼き殺されちゃうもんね。大惨事になる前に見つけられて良かったよ。



 『!--エウリケートさん、どうしよう? ドリュアデスで預かって貰える?--!』


 『--ご免なさい、火の精霊は、森には棲めません。--』


 『!--だよねー。じゃあ、ユーシュコルパスー。どうしたらいい?--!』


 『!--うむ、火竜の所へ連れて行くが良いぞ。--!』



 だよねー。火の精霊は、火竜の所へ連れて行くのが妥当だよねー。

 所で、火竜って何処に棲んでいるの?



 『!--うむ、分からん。--!』



 分からないのかよ! 神竜同士、アドレス交換とかしてないの?

 じゃあ、火竜の居場所が見つかるまでどうしよう? なるべく早く探すとしても、このまま放置は出来ないよね。



 「ママー、ママー。」


 「ママじゃないよ!」


 「うわーん!」



 泣きたいのはこっちだよ。

 こらっ、抱きつくんじゃない!

 裸の男子に抱きつかれてます。事案発生。ケイティー助けて。



 「いや、無理だから。こんな小さな子に乱暴な事は出来ないし。」


 「じゃあ、ヴェラヴェラ助けて。」


 「イフリート様、神様が困ってるだよー。ちょっと離れようねー。」


 「嫌ー! わーーん!!」



 あちち、こらっ! 火を出すんじゃない!冷凍するぞ。

 精霊なら、まさか凍らせても死んだりしないよね?



 「ソピア……それは鬼畜の所業よ。こんなに可愛いのに。」



 私だってやりたかないよ! 抱き着いたまま火を出そうとするから仕方ないじゃんー!



 「いい? イフリート、人に抱き着いて火なんか出したら、相手を殺しちゃうんだからね。それは嫌でしょう?」


 「ぐすっ、うん、わかった。もうしない……」


 「よし、良い子だ。」



 私は、イフリートの頭をナデナデした。

 イフリートも気持ちよさそうにしている。だけど、裸で女の子に抱き着いて気持ち良さそうにするのはアウトだぞ!

 ところで、この子を何て呼べば良いのかな?



 「君の名は? 名前は何と言うの?」


 「名前無いよ。ママ付けて。」


 「じゃあ、君の名前は、イブリス。イブリスね。」


 「ああ、神様ー、精霊に名前付けちゃったよー。」


 「ん? 何かまずかった?」


 「いやー……、まあ、いいかー。」



 ん? なんか気になるな。気になって来るじゃないか。

 名付け行為は何か意味があったんだっけ?

 私、何かやらかしました?




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