第127話 ビールを作ろう
西洋唐花草っぽい植物のの群生地を降りると、間近でじーっと観察する。
間違い無い、と思う。西洋唐花草だ。やった! 本物ならお宝見っけ!
西洋唐花草。アサ科のつる性多年草。一般的にホップと呼ばれる。ビールの苦味成分だ。他に、香りとか泡立ちとか抗菌作用に寄る保存料の役割もしている。
似た親戚の植物に、唐花草というのが有って、これは割と広い地域に分布しているのだけど、苦味の成分は少ないそうだ。
アサ科なので、繁殖力は強そう。自生しているという事は、ここら辺は生育に適している環境なのだろう。
人が手を入れて栽培したら、沢山採れそう。距離的には村から森を突っ切って、徒歩で半刻(1時間)てところだろうか。
松ぼっくりに似た毬花が幾つも付いているので、私はそれを収穫し、倉庫へ仕舞った。
「ごめんねー、寄り道しちゃって。」
「別に良いけど、どうするのこんな物摘んで。」
「べー! 苦いよー!」
ヴェラヴェラ、食うなよ。もし毒草だったらどうするんだよ。……て、毒は無さそうだね。
まあ、苦味成分は、イコール毒とは限ら無いんだけどね。ホップは古来から薬草としても使われていたらしいよ。
もうお分かりと思うが、ホップといえば、ビールだよね。あの村には広大な麦畑が有って、ビールに適した大麦も作っている。
まあ、麦と言っても地球の麦とは全く違う種なのかもしれないけど、利用目的とか成分とかは地球の麦と殆ど変わり無い植物だ。多分、これでビール作れるんじゃないかな。作れると良いな。
しかも泉の清浄な湧き水も豊富にある。環境的にはバッチリな予感がするんだよね。
京介は19歳の未成年なので、ビールは飲んでいない。だけど、32歳のアリスは、自分のお国でビールは日常的に愛飲していた記憶がある。発酵は、ヴェラヴェラが出来るんじゃないのかな。特定の菌だけに働き掛けて、発酵とか出来るのかな? まあ、出来なければ出来ないで普通に作ってみればいいか。
さて、村へはどうやって入ろう?
普通にちーっす! って入っていったら驚かれちゃうのかな?
やっぱり、泉の上の空へ消えて行ったのだから、泉の上から現れないと不自然だよね。
と、いう訳で、他の人達を降ろして、村へはケイティーとヴェラヴェラに案内してもらって徒歩で入って貰うとして、私は雲の上から泉へ降り立つとしよう。はーあ、面倒臭い。
「いい? じゃあ、打ち合わせの通りに。」
「ソピアも面倒な事に関わっちゃったわねー。」
ケイティーもちょっと面白がっているフシが有るんだよなー……
私は、一旦雲の上迄上り、そこから魔導リアクターを展開して天使の輪みたいに見せかけてから、降下しはじめた。
なんかさ、自分の事を女神と呼ぶなと言っておきながら、こういうのには加担しちゃってるんだよね。矛盾してるわー、私。
「これで、下に誰も居なかったら、私馬鹿みたいじゃん?」
ゆっくり降りていくと、下では何だか騒ぎになっていた。
意外な程の人数の人々が上を見上げて指差している。
あれれ? 村長も居るじゃん? てゆーか、村人全員居ない? なんでー?
泉を取り囲んだ人達が手を天に向け、祈っている。その輪の中に、私はゆっくりと降り立った。
あーあ、涙を流している人まで居るよ。やだなー……自分でやっといて何だけど。
村長さんにホップを手渡して、これを知っているかと聞いたら、知らないという。ちょっと離れているからかなー。地球では古代から健胃とか鎮静作用の有るハーブとして利用されて来たみたいだけど、こっちの世界では、基本的に苦味のある植物は、毒と認識されているみたい。
だったら、防虫位には使ってても良さそうなものだけど、きっと自生している場所が遠すぎてそこまでわざわざ取りには行かないのかもね。
森の中を徒歩1時間が遠いのか否かという疑問はあるのだけど、ここは地球と違って魔物が出るのだ。
そして、森の中は魔物の棲家なので、地球みたいに森林浴目的に無闇に立ち入ったり、キャンプしたり山菜や茸を摘んだりという様な、森を積極的に利用したりする事は、まあ無い。精々、ハンターや狩人が糧を得る為に止むを得ず立ち入る程度なのだ。森の中に住んでいたお師匠が異常なんだよね。
そうだよねー、魔物の居る森にはわざわざ入って行かないよね。命に関わるもんね。地球との最大の相違点がそこなんだ。
そして、こちらの大地が殆ど森に覆われている理由でもある。町や都市が、高い防護壁で囲われている理由でもあるのだ。
何故村民が皆ここに集合しているのかを聞いたら、数刻前から、泉のドリュアデスの守護木がぼんやりと光り始め、何かを知らせる様に明滅を始めたのだそうだ。
その知らせを聞いて、村民一同が駆けつけてみたら、空から私が降臨したという話だった。
あれー? 村からこの泉までは、半刻程度は掛るよね? それを見越して数刻前からドリュアデスが知らせていたって事?
私達が王都を出発して、ゆっくり飛んで来た位から、ここに来るのがバレてたって事ですか? 私ってヴィヴィさんだけじゃなく、ドリュアデスにも見張られてるの? えーーー、マジかーーー……軽く落ち込んだ。
てことはだよ、あの森での修行キャンプもドリュアデスには把握されていたって事だよね?
はー、ドリュアデスとヴィヴィさんが連携して無くて助かったわー。
村への道すがら、村長に大麦(っぽい植物)を少し分けてくれる様にお願いしたら、快く分けてくれた。
よしっ! これでビールが作れる!
貰った大麦を泉の水に漬け、発芽するのを待ってから作業開始。
村では、観光客が増えたので、彼等の落とす金で結構潤って来ているらしい。
真新しい宿泊施設とかが出来ていた。
だけど、村の特産品が乏しいので、何か有ればもっと潤うだろう。
って、うっわー、ドリュアデスに囲まれた、木彫りの女神像なんてのが売ってるよ。誰だよこの美少女は。美化しすぎだよ。
さて、そこでビールですよ!
村特産の地ビールを作るんだ。
その計画を村長さんに話したら、結構乗り気になってくれた。
気温の変動の少ない森の中の小屋で試作品を作ってみる事になった。
ヴィヴィさんに断り無く何かやると苦情を言われるので、一応テレパシー通信で数日泊まり込む旨を伝えておく。
空樽を幾つも用意してもらい、森の小屋へ運び込む。内部を焼いて、殺菌する。
村人達が、一体何が始まるんだとばかりに小屋の周囲に集まって来ちゃった。
完成までには数日掛るので、皆には解散してもらう。失敗するかも知れないからね。
水に漬けて置いた発芽大麦を取り出し、熱風で感想させた後、粉砕。これに泉から汲んで来た水を温めて加えて待つと、麦芽の酵素でデンプンが分解して糖化液になる。これをろ過した後、ホップを加えて沸騰させれば準備完了。
冷ましてから森の小屋へ樽を運び込み、温度を一定に保つ。すると酵母菌の働きにより糖分が分解され、アルコールと炭酸ガスが発生し、ビールと成る。
さて、この発酵の部分をヴェラヴェラにやってもらおうというわけだ。OK?
「分かったよー。お酒にするんだねー。」
ヴェラヴェラは、仕込みの終わった樽の一つの前へ行き、手を翳して念じる。
すると、樽の隙間からぶくぶくと泡が出始め……、嫌な匂いが立ち込めた。
「うっ! ヴェラヴェラ、中止中止! 腐らせちゃ駄目なんだよ!」
「うぬー、難しいなー。違う奴に命令してみるよー。」
2つ目の樽にチャレンジ。
これも変な色の泡が出始めたと思ったら、とんでもない悪臭が立ち始めた。これも失敗。
失敗した樽は、臭いがキツイので、すぐに倉庫へ放り込んで隔離する。
3つ目の樽。
樽の蓋の隙間から泡が吹き始める。
臭いは……嫌な臭いじゃなくて、良い匂いだ! お? 成功でしょうか?
ビールの匂いがしてますよ。大成功だ! 2樽無駄にしちゃったけど、大成功。
「ヴェラヴェラ! 大成功だよ!」
「うん、どの様にしたらいいか、だんだん分かってきたよー。」
ヴェラヴェラも自由自在にかもせる様に成って来ましたね。かもすぞー!
お酒が成功したら、他の種類の酒とか、チーズとか味噌や醤油なんかも作れる様になるかな?
村長他数人を呼んで来て、試飲をしてみよう。
最初のとんでもない悪臭を発した樽を見ているだけに、皆おっかなびっくりで様子を見に来た。
「うーむ、変わった味の酒ですが、この苦味とシュワシュワする喉の感触が良いですな。スッキリします。」
最初は苦味にビックリしたみたいだけど、一気に飲むと、その喉越しや爽快感が病み付きになるみたいだ。
でしょうでしょう。私は12歳だから飲めないのだけどね。
ケイティーも喜んで飲んでいる。
ヴェラヴェラも竜達も無言でがぶ飲みしている。
あっこらっ! 子飛竜達も飲んでるじゃないか。子供は飲んじゃ駄目! ……あ、50歳ですか、そうですか。さーせん、子飛竜先輩。
「冷えてて美味しいわー。」
やっぱりビールは冷えてなくちゃね。
魔導で分子運動を加速して熱を発生させる事が出来るなら、逆に分子運動を遅くして冷やす事も出来るんじゃないかとやってみたのだけど、上手く行ったよ。
「これをね、村の特産にしたらどうかなって思うの。麦から出来ているから、栄養も有るんだよ。」
「良いですな。早速計画を練りましょう。」
樽一杯のビールが出来たので、その夜は旅行客を含めてお祭りになった。
王都からヴィヴィさんにも来てもらって、試飲してもらう。
何時の間にかエウリケートさんも来ていて、こっそり飲んでいた。
ヴェラヴェラに2樽目、3樽目と作って貰ったのだが、一晩で無くなった。
普通の酒よりもアルコール度数が低いから、消費量が多いんだよね。
「本当はね、出来て直ぐじゃなくて、10日位冷たい所で寝かせたいんだよね。」
という事で、ビール工場をこの村に作る事になった。
温度の一定した森の中で、泉からの水を利用しやすい場所。寝かせるための地下保管庫付き。という条件で、用地の選定に入る。
あのホップの群生地近くが良いんじゃないのかな。どうかな?
工場には銅の大きな釜を入れたいけど、最初は樽仕込みで、手作業からだな。酵母菌はヴェラヴェラに偶に来て貰って管理してもらおう。ヴェラヴェラ、お仕事だよ。
「このビールとかいう飲み物、王宮でも飲めないかしら!?」
「妾の所にも是非!」
ヴィヴィさんとエウリケートさんも食い付いてきたぞ。
じゃあ、それぞれ出資してもらおうかな? それなりの規模の工場を作るには、それなりのお金がかかるからね。
私はフラスコみたいな形の仕込釜のスケッチを書いて、ヴィヴィさんに渡した。あとは丸投げしてしまおう。
さて帰ろうかな、と村の入口の方へ歩き出したら、ヴィヴィさんとエウリケートさんに襟首を捕まれ、泉の方向を親指で指された。
あー、はいはい、あっちからね。
「では皆の衆、サラダバー。」
村人へ別れを告げ、ケイティーと竜達に村の外で待つ様に言って、泉へ歩いて行って、そこから雲の上へ一旦消え、途中でケイティーと合流してから、竜達とヴェラヴェラを拾って王都へ帰った。
この茶番をきちんと認識している人って何人位居るんだろう?
村長は、信じてるんだか分かっているんだか、良く解らない反応なんだよなー……。
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