第124話 アカシックレコード再び

 それは唐突に起こった。

 別に、こっちの都合なんて考えて誰かがやっている訳じゃ無いのだろうから、仕方がないのだけど、道を歩いていて何の心の準備も無い所に急に後ろから貰い事故、みたいなのは止めて欲しい。

 とはいえ、クエスト中とか戦場とかでは無く、家の中だったのは助かった。気を失っても誰かが何とかしてくれるだろうから。



 一体何が起こったのかというと、朝食を食べている最中に、再び光の柱が私の脳天から足先を貫通して天井と床を繋いだのだ。

 ほら、みんなビックリしているよ。お師匠だって、一回見ているはずなのに驚いている。


 転生元の記憶のダウンロードって、一回だけじゃないの? 今度は何よ。やれやれ……なんて事を考えている余裕は有る。

 だけど、頭の中に他人の記憶が鉄砲水の様に流れ込んで来るこの感覚は慣れないなー。


 光の柱は、最初は細かったのだけど、どんどんその太さを増して行き、私の体を全部包み込む程の太さに成った。

 私の体は宙に浮き、部屋の中間で天井から床へ伸びる光の柱に閉じ込められてしまった。

 なんか、これって転送装置みたいだよね……なんて、思った。

 後で知ったのだけど、お屋敷の外では天から降り注ぐ光の柱がお屋敷のど真ん中に突き立ち、大騒ぎに成っていたみたい。


 実際は数分間だと思うのだけど、自分の感覚では何時間も掛かった様に感じる。

 光の柱は、出現した時みたいに急に消え、私は床に落ちてそのまま気を失った。








◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇








 知らない天井……という訳では無いか。私の部屋では無いけれど、同じ作りの部屋だ。

 多分ここは、1階の来客室のどれか。

 今度は何日寝ていたのだろう? 前回の時は、5日だったかな?


 体を起こすと、傍にメイドさんが居たので、水を貰おうと声を掛けようとする間も無く、ドアから飛び出して行ってしまった。

 その数分後には、廊下を走る足音が聞こえ、大勢の人が部屋の中に飛び込んで来た。

 一番最初に私に飛び付いてきたのは、ケイティーだった。何故か泣きじゃくっている。


 周りを見回すと、お師匠とヴィヴィさんの他に国王と王妃様も居る。

 皆ホッとした表情をしている。

 お師匠はこれを見るのは二回目なんだから、皆に説明しといてよ。



 「私は、今回はどの位寝ていたの?」


 「うむ、前回と同じ、5日じゃな。」



 成る程成る程、人間一個分の知識をダウンロードするには、5日掛ると。回線細いな。



 「して、今度も同じ人物の記憶なのか? 追加記憶か?」


 「ううん、全く別の人。30〜40歳位の女の人。」



 詳しい話は後にして、取り敢えずお腹が空いたぞ。肉食わせろ。



 「5日も何も入れておらぬから、胃が弱っているからな、スープからじゃぞ。」



 ちくしょー! またかよ。

 具無しの薄味スープでしょ。分かってますよーだ。


 両脇をケイティーとクーマイルマに支えられて、フラフラと食堂へ行くと、スープが用意されていた。

 スプーンで一匙掬って口へ運ぶと……



 「うまい!! まったりとして喉越しが良く、それでいて後味すっきり! お師匠のとは全然違うー! なんでー?」


 「あたりまえじゃ、プロの料理人と比べるでない。」


 「それは、遠国より齎されました、魚介の干物からスープを取っております。」



 マジか、まさに日本人好みの味! グルタミン酸の旨味がバッチリだよ!



 「トリュフに続き、マヨネーズなるソースの製法を御教授頂いたお礼に、取って置きの食材をご用意しました。」



 凄いや、海産物の味なんて、この国で味わえるとは思わなかったよ。

 私は料理長に丁寧にお礼をした。



 「ソピアちゃんは礼儀正しいのねー。うふふ。」



 何時の間にか、私の両側に王様と王妃様が座っている。



 「そのう、おほん、体は何処も痛い処等は無いか?」


 「何かちょっとでもおかしな所があったら、直ぐに言うのよ。ああ、心配で心配で堪らないわ。こんな事が頻繁に起こるのなら、いっそ王宮へ住んでもらった方がどんなに安心か……」


 「そうだぞ。ロルフ。お前という奴は、こんな可愛い孫を放ったらかしにして、エピスティーニに入り浸って研究にばかりうつつを抜かしておるようだな。実にけしからん!」


 「こりゃヴィヴィ、変な報告を王宮に上げるでない!」


 「わたくしは、客観的な事実を報告しているだけですわ。」


 「あー、あのー、王様、王妃様、この度は、大変なご心配をおかけしました。でも、これは2回目の事なので、何の心配も要らないですよ。前回はお師匠が見ているので、お師匠が一番分かっているので大丈夫ですから。」



 うーん、実の娘でもない私を溺愛してくれるのは嬉しいのだけど、ちょっと、愛情表現が濃ゆいんだよねー。

 王様と王妃様の……



 「エバと呼んで頂戴。エバちゃまと呼んで、ね?」



 うーん、そんな呼び方、人に聞かれたら何を言われてしまうやら。

 エイダム様と、エバちゃまの子供は、2人居るのだけど、そのどちらも王子で、その子供も男の子なので、女の子が可愛くてしょうが無いらしいんだよね。エバちゃまなんて、事ある毎に抱き着いて来ようとするし、エイダム様もそれを見て抱き着いて来はしないんだけど、ウズウズしているのが分かる。多分、一度箍が外れたら、歯止めが効かないタイプだ。私が適度に距離を保ってやらないとヤバイかもしれない。



 「前回起こった事の詳細は、ロルフから聞いておる。なんでも、アカシックレコードから異世界の男の知識が流れ込んで来たとか。ソピアの開発した数々の魔導術は、それらの知識を元にして作られているらしい、という話だったかな?」


 「その通りじゃ、単純に転生者云々という話では無さそうじゃ。」



 そうなんだ。転生で異世界の知識が、というのなら、アカシックレコード経由で知識がダウンロードされて来る必要なんて無いんだ。魂が転生して、記憶は別ルートでやって来る必要って何だろう? 今まで深く考えて来なかったのだけど、妙な話なんだ。

 そして、今回も魂がやって来ている。何だろう、これは?



 「私の名前は、アリス・アローラ。32歳女性。フィンランドの植物学者。高山植物の研究に山へ入って雷雨に遭い……直近の記憶はそこまで。時代は、京介と同時代の2020年。でも、同じ地球なのかどうかは分からない……」



 なんだか、ちょっと違うような気もする。なんだろう、はっきりとは言えないのだけど、京介の居た地球と、アリスの居た地球は、別の地球な気がする。気がするだけなんだけどね。例えば、それぞれが平行世界みたいな? 僅かな違和感がある。

 でも、魂は同一なのは分かってる。

 一つの魂が幾つもにバラバラに分割されて、色々な世界にばら撒かれていたのが、今私の体に一つずつ統合され始めている?

 何故? 誰が? どうして? 何も分からない。



 「すみません、疲れたので自室で休みたいと思います。」


 「ソピアちゃん、困った事があったら、直ぐに私に言うのよ。」


 「はい、エバちゃま、どうも有難う御座います。エイダム様も、ご心配掛けました。失礼します。」



 私は、自室に戻ってベッドへ入った。

 何で植物学者なんだろう? 私に何をやらせたいのかな。

 これから、後何人の記憶がやって来るんだろう。

 まあ、分からない事をあれこれ考えても時間の無駄だから、今は体力を回復する事を最優先にしよう。

 私はそのまま眠りに着いた。






 翌朝。眠りすぎて結構朝早く目覚めてしまった。

 ん? 扉の外に何か気配がするぞ?

 そーっと扉に近寄り、さっと開けてみたら、クーマイルマとウルスラさんと飛竜母のフリーダが私の部屋に向かって祈ってた。

 ウルスラさんには前に止めろと言ったよね。だけど、心配してくれてたのだろうし、怒れない。

 目が合って、なんか気不味い。



 「もう大丈夫だから、完全復活だよ、ありがとう。風邪引くといけないから、皆自分の部屋へ戻って暖かくして下さい。」



 日が登って、朝食の時間になったので、食堂へ集合。

 あれ? エバちゃま、未だ居たんだ。エイダム様は? あ、公務が有るので城へ帰りましたか。



 「皆様、お騒がせしました。もう完全回復です!」


 「おう、良かったな。わしは心配しておらなかったがな。」


 「ロルフ様ったら、心配で心配で、エピスティーニへ帰る予定をすっぽかしてるのは知ってますよ。」


 「こら、ばらすでない。」



 朝食は、ローストビーフの薄切りとハムを挟んだサンドイッチだ。勿論、マヨネーズが使ってある。



 「まあ、この薄い黄色のソースが絶品ね。」


 「それは、ソピア様が考案された、マヨネーズなるソースで御座います。」



 私が考案した事になるのか。知ってる知識をこっちで披露しただけなんだけどな。

 でもまあ、喜んで貰えている様で結構。口の肥えた王族の舌でも美味しいと思ってもらえてるみたいだね。

 飛竜達も黙々と食べている。人間の食べ物でも大丈夫そうだね。



 「しかし、驚いたわ。ドリュアデスの次は、魔族にトロルに竜と飛竜なんてね。どんどん人以外との交流が広がって行っているわ。これもソピアちゃんの功績ね。」



 うーん、このお屋敷の中の戦力だけで、一国を相手にしても勝っちゃいそうだよね。てゆーか、プローク一人で十分か。



 「ソピアはまた大きくなったな。」


 「そうだね、大きくなったよー。」


 「えっ? 何それ? 太ったって事? ヤバイ!」



 『--(神格が大きくなったよな、ヴェラヴェラよ。)--』


 『--(そうだねー。光が眩しくなってるよー。)--』


 『--(他の方にはあれが見えていないのでしょうか?)--』


 『--(どうかなー? クーマイルマには見えている気配が有るな。)--』


 「そこ、何か内緒話してない?」


 「んー? 気になるのかー?」


 「べ、別にー。」



 きっと人外同士でだけ分かる何かなんだろうね。

 私はそれを詮索する程の野暮じゃないよ。


 その後、クーマイルマは学校へ、エバちゃまとウルスラさんとヴィヴィさんは王宮へ、お師匠はエピスティーニへ、それぞれ出掛けて行った。




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