第121話 滝行

 広場に早速テントを張って、一休み。

 私の魔導倉庫を使うと、ヴィヴィさんに場所を探知されそうなんで、必要な物は全部ウルスラさんの倉庫へ入れて貰っています。

 テントの大きさは、地球で言うところの8畳位の広さの大きな物。入り口前からタープを張って、日陰の庭を作る。

 そこへ、椅子とテーブルを出して、お菓子と紅茶で皆で寛ぐ。


 子飛竜達の傷の治療をウルスラさんに引き続きやってもらう。

 その間に、私とプロークと飛竜で食事の用意だ。3人で獲物を取りに行って、大山羊2頭と首刈り兎5匹を獲って、キャンプに戻る。竜達は、変身して見た目が人間サイズになっていると言っても、見えない側にある体の体積との合計は変わらないわけで、食べる量は一緒なんだよね。代謝が人間よりもゆっくりみたいなんで、1回食べれば何日も食べなくても大丈夫みたいなので、その点は助かるけど。とにかく1食の量が半端無い訳で、獲物はそれなりに用意しなければならない。大山羊がヘラジカみたいにでかいので、2頭分も有れば、足りるかな?



 「ところで、竜さん達は、生肉でいいの?」


 『--かまわぬぞ--』


 『--あ、あのう……私は神様と同じ物を食べてみたいです。--』


 『--こ、こら、飛竜の分際で!--』


 「おっけー、じゃあ、飛竜の分もちょっと多めに作るか。」


 『--あああ、それなら、我の分もー……--』



 プロークは遠慮して要らないって言ったのに、飛竜が遠慮を知らないので窘めたのだけど、貰えると知って自分も欲しく成った様です。なんか、遠慮を知らない新入社員に振り回される先輩上司みたいで微笑ましい。



 「それから、私の事を神様と呼ぶのは禁止だからね。あれは演技なんだから。」


 『--えっ!?--』



 何か意外そうな顔された。



 『--(プローク様、これはどういう事なのでしょう?)--』


 『--(うむ、本人は気付いておられぬ様なのだ。言う通りにして差し上げなさい。)--』




 竜達は、生肉以外にも人間の食べる、調理された食べ物も食べてみたいそうなので、山羊肉も少し貰って、ウルスラさんが持って来た、店で使うみたいな大きな寸胴鍋でシチューを作る事にした。

 ウルスラさんが子飛竜達の治療を完了するまで、じっくりコトコト煮込むのだ。


 一通り治療が終わって、さて、食事の時間。

 子飛竜達は、人に化けられないので、大山羊に群がって食べている。

 1頭が腹を食い破って、内臓からとか、目玉からとか、遠目に見てると屍肉に群がるハゲタカみたいな光景でちょっと食欲が失せる。なんか、肉食獣って、獲物の草食獣の内臓から食べるのは、消化管の中に残っている半分消化済みの草なんかからビタミン類を摂取するためらしいよね。味覚的に内蔵が一番美味いと感じるみたいだ。

 猫は、タンパク質の味を甘いと感じているという話もある。逆に砂糖を舐めても甘いと感じないらしい。他の動物が同じ物を食べても、同じ味に感じているとは限らないのだ。

 て事はだよ? いくら変身して人間の姿に成ったからと言って、味覚までは変わらないだろうから、竜達が人間の食べ物を食べても美味しいとは感じないんじゃないのかな?



 『--美味い!--』


 『--これは美味いです!--』



 あ、うん、そうですか。それは良かった。子飛竜達がこっちを見ているよ。自分達も食べたそうにしている。

 変身出来る様になったら、一緒に食べようね。


 私達は、食事を終え、食器を沢で洗って後片付けを終えた後、火を落として、今日はもう寝ることにした。日も落ちたしね。修行は明日からだ。



 「一応大きなテントを張ったけど、竜達はどうする? 変身を解いて外で寝る?」


 『--我はそなたと一緒に寝るぞ。--』


 『--わ、我々も……--』


 「飛竜のお母ちゃんは、子供達と一緒に寝てあげなさい。」


 『--分かりました……--』



 しゅんとしている。でも、せっかく親子で助かったのだから、今日は一緒に寝てあげるべきでしょう。

 私達3人は、テントの中に入って一緒に毛布にくるまって、川の字で寝た。






 チュンチュンという、小鳥の声で目を覚ますと、私は両側から抱き枕になっていた。

 暖かくていいけどね。竜って、恒温動物なんだよね。そこが蜥蜴とは違う。あれ? でも本当に動物界の生物なのかな? 精霊寄りなんじゃないの? そこの処、どうなんだろう?

 私がもそもそ起き出すと、両側の二人も起きた。

 テントから顔を出すと、飛竜親子はとっくに起きていました。


 さて、朝食の支度でもしようかなと、昨日のシチューの残りに火を入れようとしたら、鍋の中は空っぽだった。キッと飛竜達をみると、顔を背けやがった。そうですか、美味しかったですか。そりゃ良かったね。

 まだ切り分けておいた大山羊の肉と、首刈り兎の肉が残っているから、その肉を薄く切って焼いて、パンに挟んで食べようかな。レタスとか在ると良いんだけど、この世界にも有るのだろうか? 森の中には無いよなー……

 マヨネーズとかの調味料も作ってみたいんだけど、材料は……油と卵とお酢と塩だけだ。お、材料全部あるじゃん! 作ってみよう。卵は、日本では卵黄だけで作るみたいだけど、外国では全卵で作る所も有るみたいです。全卵でやってみるか。

 泡立て器が無いので、木の枝を削って、先をフサのように割って作った道具で混ぜる事にする。

 後で思ったのだけど、人力でやらなくても魔力で撹拌は出来たよね。その時は思い付かなかったんだ。腕がパンパンになりました。

 正確な作り方は知らないので、多分、卵に塩と酢を入れて、かき混ぜながら少しずつ油を入れていけば良いんじゃないかな?

 タープの下で、卵をガーッとかき回している私を不思議そうに皆が見ている。

 こいつは一体、何をやっているのだ? って目で見ているよ。完成したマヨネーズを食べて驚け!

 卵を高速で撹拌しながら、油をちょっと入れ、撹拌しては油をちょっと入れを繰り返していたら、乳化現象でクリーム状になって来た。味見をしながら、酢と塩で最後の調整をして完成。あー疲れた。

 これを、2つに切った黒パンの内側に塗り、焼いたスライス肉を何枚も挟んで出来上がり。

 皆に2個ずつ提供する。



 「まあ、食べてみて。」



 恐る恐るかぶりつく一同。



 『『--!!--』』


 「これは、なんとまあ! 美味です!」


 「でしょう、でしょう。本当は、揚げ物に合うのよねー。」


 「この調味料は、きっと流行りますわ!」


 「作り方は見ていて覚えているでしょう? 国に帰ったら皆に教えてあげて。」


 「良いのですか? きっと、商売で大儲け出来ますのに。」


 「もちろん! 別に秘密にする程の物でも無いし。食が充実するのは良い事だよ。」



 子飛竜達が羨ましそうにこっちを見ているけど、人化出来たら食べさせてやるよ。今は、夜中にこっそり盗み食いした罰としておこうかな。いや、罰というのは可哀想か。変身術を習得した後のご褒美って事で。子供にはムチよりも飴だよね。

 そのあと、ウルスラさんが苦茶を入れてくれて、それを飲んだ。うへー、苦い。これは中々慣れないな。

 地球のコーヒーに似ているんだけど、それよりもっと苦い感じがする。私は、地球ではコーヒーを飲んでいた筈なんだけど、この苦茶はどうも苦手だ。ミルクと砂糖も欲しい。12歳になった事で、舌もお子ちゃま舌になっちゃってるのかな。これの苦さは、イタリアのエスプレッソというのに近いかも。


 さて、腹ごしらえも済んだところで、ちょっと食休みを挟んで修行開始。

 午前中は、変身術の練習をする事になった。先生は、プロークとウルスラさん。生徒は私と子飛竜3頭。親飛竜は、食料調達に行って貰った。


 体の防御力を反転させて、液状化させるイメージ……スライムに成るみたいなイメージなのかなー。

 そこが怖いんだよね。何が怖いのかって、ア○ラの鉄○みたいな事に成っちゃうんじゃないかという恐怖。多分、あの映画がトラウマに成っているのかも……



 「暴走しない?」


 「暴走とは、何でしょうか?」


 「スライムみたいに、他人に襲いかかって食べちゃったり……」


 「御自分がモンスターになってしまうのではないかと危惧なさっているわけですね? 大丈夫、その様な事にはなりませんから。」



 変身中は、意識が無くなる事は無いそうだ。自分の体が液状に成ったとしても、意識はとてもクリアーなもので、自我が失われる事は無いそうなのだけど、本当に大丈夫なのかがわからないので怖いんだ。出来る人が大丈夫だと言っているのだから、きっと大丈夫なのだろうけど、無意識の恐怖というのは、なかなか取り去るのは難しい。

 飛竜の子達は、翼を修復したり、体を変形させてみたりと、習得し始めている。私だけが出来ていない。凄く焦る。



 「せっかく此処に来たのだから、ちょっと滝行をして瞑想してみる。」



 私は、テントに入って、持って来たバスローブに着替えると、滝の下に降りて行った。

 ウルスラさん達が興味深そうに見守っている。


 滝の真下に入ってみると、意外と水圧が凄い。

 落ちてくる水の力が、全身を叩きのめされているみたいに感じられる。

 だけど、水の音で他の音が一切聞こえずに、触覚も一定の力で叩かれているので、麻痺した感じに成ってきている。視覚も水の膜で真っ白な世界。匂いも味も無い、つまり、五感全てが遮断された世界みたいな感じになる。

 これは良いかも知れない。自分の内面世界に没入するには丁度良い。



 「阿耨多羅三藐三菩提あのくたらさんみゃくさんぼだい! 阿耨多羅三藐三菩提あのくたらさんみゃくさんぼだい!!」



 私は、無意識に変身の呪文を唱えていた。

 目も耳も鼻も舌も皮膚も全部液体に成って混ざってしまって、五感が全て失われた場合の人間の意識ってどうなるのだろう?

 私の考え過ぎなのだろうか? 意識が深くて暗い水の底に沈んで行く様な感覚を覚えるが、不思議と恐怖は無い。

 妙な浮遊感覚がある。流れに身を任せている感じで、心地良い。



 「……ソピア様……、ソピア様…………」


 「はっ!」


 「ソピア様! お気付きになられましたね。心配しました。」



 ウルスラさんに、ぎゅーっと抱きしめられた。

 どうやら、気を失っていた様だ。



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