第85話 入学試験

 魔族が人間の町に住む方法が今の所無い。

 もちろん、役人が認知していない地下住民は幾らでもいるのだが、そういった者達は総じて生活が困窮している。中には犯罪に走る者も居るので、見つかり次第排除されたり売られたりしてしまう。

 市民としての身分が無いと、何かと迫害対象に成ってしまうのだ。


 だが、抜け道も無くはない。都市部に住む事に拘らないのであれば、地方の村等で、開拓民、又は職人として暮らすことは出来るのだ。5年も暮らして、周囲の人間に存在を周知されれば、市民としての権利を得る事が出来る。


 もう一つ方法が有るとすれば、留学生という身分に成るという道がある。

 これは、かの大賢者ロルフが作った制度で、人種国籍問わず、優秀な人材を育成するという目的で創設された。

 ただし、こちらは年齢制限がある。成人年齢15歳未満の子供に限るのだ。

 そして、学校は今の所、マヴァーラに在るサントラム学園1校しか無い。


 以前に、獣人の子供達をサントラムに入学させた事があり、15歳以上の者を鍛冶工房で働かせた事があるが、この市民権を彼等に与えるという意味があったのだ。



 さて、クーマイルマの場合も、留学生という身分にしてしまおうと思ったのだが、本人の了承も得ずに無理やりという訳にはいかない。これは困ったどうしよう。



 「お師匠に相談してみよう。」


 『!--お師匠、聞こえますか?--!』


 『……』


 『!--お師匠!--!』


 『--ん? おう、ソピアか?--』


 『!--実はね、今魔族の子供がうちに来ているんだけど……--!』


 『--ちょっ、まて、魔族じゃと!?--』



 有無を言わさず斯々然々かくかくしかじか、以下略。



 『--そうじゃのう、ヴィヴィも承知しているというのなら、お前の言う通り、サントラムに入れるのが手っ取り早いのじゃが……--』



 通いにしてみてはどうかという。えっ? そんな事出来るの? と思った。だって、寮生活で集団生活とか人との関わり方なんかを学ぶんでしょう? と。サントラムに通うには、寮に入るのは必須なのかと思っていた。



 『--いや、前例が無いわけではないよ。貴族の編入組みとかがそうじゃな。既に集団生活を経験しておったり、他で基礎学問を収めて入って来た者は、通いも認めておるよ。--』


 『!--そうか、クーマイルマは、魔族の村で狩人としての修行は積んでいる。つまり、集団生活は経験済みなんだ。という事は、通いも認められるかもしれないね。--!』


 『--屋敷でお前が面倒を見るという条件付きじゃぞ。紹介状を書いておくから、明日取りに来なさい。--』


 『!--わかったよ。お師匠ありがとー!--!』


 「と、言う訳で、お師匠が通いを認めてくれる紹介状を書いてくれるから、明日取りに行ってくるよ。」


 「うん、何が『と、言う訳』なのか分からないけど、上手くいきそうなのね。」



 クーマイルマには、王都に住むには、留学生の身分が必要な事。人間世界の常識を学ぶには、学校に通って学ばなければ成らない事。そして、本来は寮生活が必要なんだけど、特別にこの屋敷から通学する事が認められそうだという事を説明した。



 「でも、あたいは、一日中全て女神様のお世話をしたいんです。その為に来たんです。」


 「それは駄目です。あなたは人間の常識とか生活とか全く知らないでしょう? 3年間は、修行だと思って学校へ通って下さい。それからでも遅くはありません。」


 「……わかりました。」



 クーマイルマは、がっくりと肩を落として頷いた。

 ちょっと可哀想に思ったけど、市民権の無い者を置いておく訳にはいかないし、ここはきっぱりと言わないとね。

 部屋は、ウルスラさんの隣の部屋を使って貰おう。

 もっとお側でお使えしたいと言われたが、そこもきっぱりと言い含めた。

 明日の朝、ドアの前でお祈りされない様に気を付けなくちゃ。

 ウルスラさんが、何か懐かしい物でも見る様な目で見てるよ。








 翌朝、朝食を食べた後にクーマイルマをお師匠に会わせる為に、早速エピスティーニへ連れて行った。

 双発ジェットの音速超えで、あっという間に到着だ。



 「ちょっと飛ばすよ!」


 「ああっ、女神様! ぁぁぁぁ」



 カーツェ山の中腹に在る発着ポートから入って、エレベーターで展望室まで行くと、お師匠はそこに居た。

 クーマイルマは目を回している。



 「お師匠、連れてきたよー!」


 「おう、その子が魔族の入学希望者じゃな。」


 「はっ! はじめまして、あたい、クーマイルマです!」


 「わしは、魔導師のロルフという。サントラムの総長を務めておる。このソピアの祖父じゃ。」


 「はっ、女神様の御祖父様でいらっしゃいますか。はて、ロルフという名前は、大賢者様と同じ……」


 「うん、その大賢者ロルフだよ。」


 「えっ! あの伝説の大賢者様ですか! 長老から聞いた事があります!」


 「今、女神様とか聞こえたんじゃが、お前、こんな子供にそう呼ばせておるのか? 痛い奴じゃのう。」


 「誤解だからー!」



 私が魔導使う度にそう呼ぶ人が勝手に増えてくるんだ。

 そんなオタクサークルの姫でも見るような目で見るんじゃない!

 お師匠が『詳しく』と聞くので、隣の国でやった事とか、クーマイルマを蘇生させた事とかを説明した。



 「いいえ、誤解ではありません。女神様は、死んでしまった私の魂を冥府からお呼び戻しになられたのです。」


 「詳しく」


 「斯々然々かくかくしかじか


 「おまえ、あちこちでしでかしておるのう。わしの居ない所であまり異世界の知識はひけらかすで無いぞ。」


 「自分を除け者にして面白そうな事はするな、でしょう?」


 「分かっているなら良し。しかし、AEDとか言うのは興味あるのう……蘇生術か。」



 話がどんどん逸れていくので、学校の紹介状を貰って早々に退散する事にします。

 今から行けば、まだ始業時間に間に合うぞ。

 再び音速超えで、マヴァーラのサントラム学園へ直行。


 学長室に通してもらい、お師匠の紹介状を見せる。



 「なんと、魔族の子供の編入ですか。うーむ。」


 「また獣人の時みたいに人じゃないとか言わないでよ?」


 「それは問題ありません。魔族はエルフやドワーフ同様、准人種となっています。しかし……」


 「差別問題?」


 「はい、我が学園では差別は厳しく禁止されているとはいえ、我々の目の届かない所で何が行われるかまでは……この子は外国の留学生扱いなので、何か有ったら外交問題どころか、魔族との戦争にもなりかねません。扱いがデリケート過ぎるのです。」


 「だから?」


 「……、そうですね。これは我々教育者の責任。目を背けるわけにはいきません。彼女は確かにお預かりしましょう。お任せ下さい。」


 「そう言ってくれると思ってました。ありがとう。」


 「ところで。」


 「ところで?」


 「ソピアさんは入学の決心はされましたか?」


 「いえ、私は結構です。」


 「我が国では、15歳未満の子供は、等しく教育を受ける権利を有し、保護者は教育を受けさせる義務が御座います。」


 「知ってる。私は基礎教育は既に修めている。前に断りましたよね?」


 「はい、大賢者ロルフ様の直弟子という事ですので、前回は引き下がりましたが、この私が確認したわけではありません。」



 そう来たか、まあ、子供の将来に関わる事に、確認作業は何重にも必要だけどもさ。

 この人、どうしても私を学園に入学させたいみたいなんだよね。

 子供の未来については真剣に向き合う良い教育者なんだとは思うけど……頭固いよ。ダイヤモンドヘッドだよ。



 「試験しますよ?」


 「今更教育を受ける必要は皆無です。」


 「卒業相当の実力があるなら、諦めましょう。」


 「私、初等教育どころか高等教育相当も履修済みなんですが?」


 「証明できますか?」


 「どんな質問をしてもらっても即座に回答してご覧に入れましょう。」


 「二言はありませんね?」


 「望むところです。」


 「では、今からお二方には入学試験を受けてもらいましょう。」


 「は?」



 しまった、嵌められた気がする。

 なんでこうなった。

 中身は19歳の大学生なのに。



 「女神様、一緒に通いましょう。」



 うーん、味方が居ない。

 これ、試験に落ちたら初等科から入学か? 受かっても入学? え? それってなんかおかしくない?



 「ちょっと待って、私が受けるのは、入学試験ではなく、卒業試験でしょう? 卒業相当の実力を見る為なんだからさ。」


 「チッ、知恵が回りますね。流石は大賢者のお弟子さんの事はある。」



 この人、今舌打ちしやがった。

 あぶねー、なんか、ぼーっと話を受け答えしていると、誘導尋問にかけられて自在に思う通りにされちゃうぞ。こええ。



 「クーマイルマさんも、魔力、学力、戦闘術等を試験しましょう。通いが認められるか否かを見極める必要が有ります。」



 お師匠の紹介状は無視かい! 本当に頭カッチカチだよ、この人。

 ああ、そういえば魔族って魔力が強いんだっけ? そこが獣人とは違う所なんだよね。

 私、クーマイルマの実力がどの位なのか知らないので興味有るぞ。



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