第48話 ドリュアスのモレア

 傷つけた森の木を全部修復し終わると、モレアの機嫌が直った様だった。



 「あらまあ、そうでしたの。皆さんで特訓を。」



 急にくだけた感じになった。

 やっぱり、あの無表情と敬語は、怒っていたんだね。



 「でしたら、うちのエントをお貸ししましょうか?」


 「え? いいの?」


 「はい、私も見学させてください。」



 にっこにこだよ。森の精霊って、娯楽に飢えているのかもしれないね。

 お茶とかお菓子なんかも、知識としては味や食感を知っているのだけど、自分で食べるのは初めてなんだって。

 王宮で貰った高そうなお菓子を、美味い美味いと食べていた。


 しばらく待っていると、森の奥から3体のエントがのそのそとやって来た。



 「及びでしょうか、モレア様……」

  「及びでしょうか、モレア様……」

   「及びでしょうか、モレア様……」



 これって、100体居たら、99の輪唱を延々と聞いていなくちゃならないのかな?



 「こちらは私を含めて4体でお相手します。戦うのはエント3体。そちらは、大賢者様を抜いた3人で、戦うのはソピア様とケイティー様の二人です。」


 「わしは見学かい。つまらんのう。」


 「大賢者様を含めますと、一瞬で勝負が付いてしまいますから。大賢者様一人対ここに居る全員でも良いならご参加頂けますが。」


 「冗談はよせ。勝てるわけないじゃろうが。」



 どっちがだろうね、ちょっと興味あるかも。



 「では、私とヴィヴィ様は、後ろから回復と支援を。攻撃が前衛を抜けて、私かヴィヴィ様へ届きそうになったら、そこで試合終了という事でよろしいでしょうか。」


 「いいよー。ちょっと、ケイティー、固まってないで構えて!」」


 「ソソソソピア、わた、私、エントなんて初めて見たんだけど、あんなの勝てるものなのー?」


 「普通は勝てないね。一体を相手にすると延々と仲間を呼ぶから。でも、これは3体だけだし、なんとかなるかも。」


 「わたくしも戦ってみたかったですわー。」


 「では、双方準備は良いか?」



 お師匠が右手を高く上げ、振り下ろす。



 「はじめ!」



 お師匠の開始の合図と共に、私は青玉を生成し始める。

 やはり、お師匠の様に瞬時に何個も同時に、という訳にはいかない。1発を生成するだけでもかなりもたつく。



 「その様な魔法は撃たせませんわ。」



 案の定、エントが素早く近付いて来て、丸太の様な腕を叩きつけてくる。

 私は青玉生成を諦め、一歩飛び退く。

 ケイティーが素早くその腕へ剣を振るうが、三分の一程度食い込んだ所で止まってしまう。

 食い込んだ剣を引き抜こうと手間取っている所へ、他のエントの一撃を食らってしまう。

 ヴィヴィさんは、ケイティーに素早く回復魔法を掛けてサポートする。


 普通の樹木とは明らかに硬度が違う。まるで、鉄で出来ているかの様だ。

 しかも、その傷も樹液が染み出してきて、あっという間に塞がってしまう。

 とにかく、体力が化物じみている。まあ、人間から見れば化物に間違いはないんだけどね。

 動きはそれ程速くはないので、よく見ていれば避ける事はそれほど難しくは無いとはいえ、物理攻撃では、こちらも決定的ダメージを与えられていない。

 まさに剣士泣かせ。

 普通に戦ってしまうと消耗戦に持ち込まれてしまい、先に力尽きるのはこちらだ。

 てゆーか、地上でこいつらに体力勝負で勝てる生き物って居るの?


 私は、不慣れな魔法を諦め、倉庫から剣を取り出す。

 そして、魔力を流し、剣先から見えない刃を伸ばす。

 私は、野球のバッティングフォームみたいに剣を構え、横薙ぎに叩きつけた。間違い無くモレアまで届く斬撃だ。

 勝った!

 と、一瞬思ったのだが、魔力の流れをいち早く察知したモレアの指示で、3体のエントが壁の様に一直線に立ちふさがり、見えない斬撃を3体動時に受け止めた。



 「甘いですね。私は魔力の流れが目に見えるのです。だから、相手がどの様な魔法攻撃を仕掛けてくるのかは予め分かってしまうのです。」



 マジすか。ドリュアスは魔導師の天敵ですか。

 剣士の天敵エントとドリュアスの組み合わせは、最強じゃないですか。

 エントは、腹に食い込んだ決して浅くはない様に見える傷も、じゅくじゅくと内側から湧き出る樹液によって、見る間に修復していってしまう。

 ケイティーが一所懸命に付けている細かい傷も、ご丁寧に全部修復して行く。

 気がつけば、こちらは疲労困憊、向こうは全く無傷に見える姿で立っている。

 ヴィヴィさんの回復魔法で、体力はある程度戻るとはいえ、その魔力が尽きたら終わりだ。



 「こんなの、勝てるわけ無いよー。」



 ケイティーが弱音を吐き出した。

 確かに、このままではジリ貧だ。


 ここで私は、有る事に気が付いた。

 エントは、どんな細かい傷も瞬時に、ご丁寧に全部修復している……


 これって、もしかしたら!



 「ケイティー、戦闘は一時期休止。これからは園芸の時間だ!」


 「えっ? どういう事?」



 いいからいいからと、私は、エントの攻撃をひょいひょいと華麗なステップで交わしつつ、剣を振るってエントの上半身の小枝を次々と刈り込み始めた。

 それを見たケイティーも、私が何をしたいのかに気が付いたのか、私と同じ様に枝を刈り込み始める。

 そう、私が気が付いた事というのは、エントは傷を修復する時には動きが止まるという事。


 私が刈り込んだ下側が終わると、背の高いケイティーと交代して、今度はケイティーが高い位置の枝を刈る。

 エントは、無数に刻まれて行く小枝の修復に全エネルギーを取られ、攻撃も儘ならない。

 バッサバッサと刈り込まれて行く枝葉。

 ニョキニョキと伸びる新芽。

 これは剣術の試合なのだろうか。庭師の仕事なのだろうか。

 2人の庭師vs3本の樹木と化した謎の戦いは、1つ刻(2時間)以上にも及んだ。


 しかし、その勝敗は唐突に決した。


 なんと、体力おばけのエントの体力が尽きたのだ。

 山の様に積まれた枝葉の中に倒れ込んだ3体のエントを残し、私達はゼーゼーと肩で息をし、汗だくの顔や首筋に解れた髪の毛がペットリと張り付いた鬼の様に真っ赤な形相で、モレアに詰め寄って行く。



 「ひっ!」



 モレアは、軽く悲鳴を上げた。

 剣を鼻先に突きつけ、審判であるお師匠の裁定を待つ。



 「勝者、ケイティー、ソピア、ヴィヴィ、チーム!」


 「「「おおおおおおお!」」」



 私達は、勝鬨を上げた!



 「納得行かない……」

  「納得行かない……」

   「納得行かない……」



 エント達から抗議の声が上がる。

 だろうね。私も納得はしていない。

 でも、これは試合なのだ。勝てば良かろうなのだ。

 これが本当の殺し合いだったら、私はEMLレールガン攻撃で森ごと消し飛ばすよ?

 てゆーか、私達、エント攻略法見つけちゃった? ヤバない?



 「それで、勝った方は何が貰えるんだっけ?」


 「あれっ? これは訓練だったはずですがー……、良いでしょう、ではこれを。」



 モレアは、私達に桑の木の葉っぱを一枚ずつくれた。



 「これは?」


 「それで呼んでくれれば、私達は何時でもあなた方の窮地を助けに行くでしょう。」


 「あー、いいなー、わたくしには?」


 「では、ヴィヴィ様と大賢者様にも、どうぞ。ただし、私達が行けるのは、樹木のある所の近くだけですので、ご注意下さい。」



 これは良い物を貰いました。

 大事に倉庫の中に仕舞っておこうっと。

 エウリケートのオークの木の葉も同じ物なんだろうか。



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