ヘルズ・キッチン
地獄みたいに寒い夜だ。
ニューヨークの冬はいつも硝子片みたいに体を切り裂く。
今日、ヘルズキッチンのチンピラをしめあげて聞き出した。なんでも今日は白人と黒人のギャングが決闘をするらしい。
白人のリーダーはマクドネル。アイルランド系。
黒人のリーダーはパブロ。ハイチ系。
俺は二人を知っているが、どちらも根っからのギャングだ。一度火が付けば、止められないだろう。話を大事にはしたくない。俺はちょっとした賄賂をこいつらから貰っている。
最新型の拳銃、Beretta92を整備していた。
こいつは9ミリが15発も入る。この世の拳銃の中で最も撃ちまくれる部類だ。
テレビには、レーガンが映っていた。1年前に撃たれたレーガンは、今ではぴんしゃんしてソビエトの連中に対抗している。
だが、コロンビアから運ばれてくるクラック・コカインで、マイアミやニューヨークは最悪の治安だ。
地下鉄は、ギャングや薬物中毒者どもの巣窟になっている。
俺は地下鉄の駅に降りた。この時間は誰もいないか、もしくは犯罪者がいる。そこら中の壁に、下品な落書きがされている。拳銃を握ったまま、上に新聞紙をくるんで隠した。
薄暗い、死のトンネル。
「デカだ!」
「殺しちまえ!」
ナイフを持った連中が奇声を上げて、飛び出してきた。
鳥/犬みたいな叫声。コカインのジャンキー。獣みたいに走ってくる。
新聞紙を捨てた。
発砲=轟音/閃光/反動。
フラッシュ/フラッシュ/フラッシュ/フラッシュ!
二人が倒れる。
もう一人が止めきれない!
ぎりぎりで避けた。だが、左腕をナイフで浅く刺された。
そいつは死んだが、俺も痛手を食らった。
一人ずつの胸に、五発ずつは撃ち込んでやったが、ジャンキーの突撃を止めるのはショットガンを使わないとダメだ。
だが、時間が惜しい。マガジンを変えて、トンネルを進んだ。
男達の歓声が聞こえた。
ギャングどもが、地下鉄の脇の穴で叫んでいる。
壁には、ギャング達がスプレー缶で描いた文字が並んでいた。
火の付いた、穴の空いた古いドラム缶だけが明かりだ。
ギャング達とは知り合いだ。たぶん通してくれるだろうが、確証は無い。もしかすると、殺しにくるかもしれない。
ギャングとはそういうものだ。
さっき殺したジャンキーが、こいつらの仲間じゃなければいいが。
奇声と歓声が近づいてくる。
俺はようやくその場にたどり着いた。
「俺はケビンだ!ここを通せ!」
ギャング達がぎろりと俺を睨み付ける。
「通せ」、二人の声が聞こえた。
モーセが海を割った時みたいに、道が空いた。
パブロとマクドネルは、飛び出し式のナイフを持っていた。
マイケル・ジャクソンのBeatitがループで流れている。
おおかた、ミュージックビデオに影響されたんだろう。
パブロはアフロで長身痩躯の、口ひげを生やした黒人だ。黒豹みたいな肌をしている。
マクドネルは中肉中背の白人だ。額に赤い布をハチマキみたいに巻いている。
「おい、ナイフで決闘する気か」、俺は言った。
「そうだ。こいつは、俺の女に手を出しやがった」、パブロが言った。
「相手をしてやっただけだ。パブロにはうんざりだって、あいつが言ってたぜ」、マクドネルが笑った。
パブロは激高して、ナイフの刃をぴしゃりとはじき出した。
それに反応して、マクドネルも刃をはじき出した。
スイッチ式のナイフは、ぴしゃりと音がする。それが死の合図だ。
「決闘をやめろ。じゃないと、全員ムショにぶち込むぞ!」
切れた黒人の一人が、殴りかかってきた。
ボクシングみたいな動きで避けて、拳銃を取り出した。
天井に向けて撃った。
だが、数が多すぎる。組み付いて、取り押さえられた。
拳銃が誰かにもぎ取られる。
そして、立たされた。
「特等席だ。見てろよ」
パブロとマクドネルは、ナイフを構えた。
「バカが!ナイフでやり合ったら、両方死ぬぞ」
手下が、数メートルの長い布きれを渡した。パブロとマクドネルは互いに左手を結んだ。そして、手下が、合図をかけた。
パブロがナイフをぴくりと動かすと、マクドネルがナイフを動かした。先にナイフを出した方が手を切られる。
互いにぐるぐると回り始めた。
手下どもがはやし立て、踊り始めた。
マクドネルが突いたナイフを、パブロが左手でそらすと、パブロはマクドネルの腿を刺した。
パブロがナイフを引きぬく前に、マクドネルがパブロの右手を切った。
血が流れ始めて、銀色の刃が赤く染まった。
手下は獣みたいな叫び声を上げて、歓喜の声を上げた。
「くそったれ。ファースト・ブラッドでいいだろう!救急車を呼べよ」、もしどちらかが死ねば、酷い抗争が起こる。
「死ぬまでだ!」、マクドネルが叫んだ。
「殺してやる」、パブロが言った。
手下どもはだんだんと黙り始めた。
血が流れる。火が銀に反射して、ナイフがオレンジ色に光った。
ナイフを振る度にきらり、きらりと刃が煌めく。
マクドネルのフットワークが遅くなってきた。パブロはナイフを左手に持ち替えて、右手を下げている。右手の赤黒い切り傷から、やけに白い腱が見えた。
二人が急に飛び込んで、互いの腹を滅多刺しにしあった。
互いに倒れるまで、延々とナイフを刺し続けた。
これでもう、二人とも終わりだ。
俺は舌打ちをした。
手下どもが銃を抜いた。
酷い銃撃戦が始まった。
BEATITは流れ続けたままだ。
俺は伏せて、暗闇へ移動した。
互いに延々と撃ち合って、皆倒れて、誰も動かなくなった。
俺は立ち上がると、頭をかいた。
くそったれ。死体を蹴りつけた。
離婚の養育費用がかさんで、内部調査の連中が目を付けてるときに死にやがって。
俺はポケットからコカインを出して、そいつをやった。
とんでもないハイがやってきた。だがベトナムでやっていた頃に比べると、ゴミみたいなブツだ。
視界が明るくなって、気分が上がってきた。叫んだ後、ベレッタを適当な壁に撃ちまくった。
転がっているドラム缶に座ると、女が遅れてやってきた。
「パブロ!マクドネル!ああ、なんてこと・・・・・・」
「このアバズレが!お前のせいでこいつら皆死んだんだぞ!大バカ野郎が」、俺は黒人の女に向かって唾を吐いた。
泣きわめく女の口に、ベレッタを突っ込んだ。歯が何本か折れた音がした。
「そんなに男のアレがいいのか?これでも咥えてろ、ビッチ」
女を殴りつけると、女は泣いた。
この事件の後始末をしなきゃならない。
地下鉄を上がろうとすると、後ろから銃声が聞こえた。
まだ曲は流れ続けている。
俺は振り返らずに、死の穴蔵を後にした。
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