張り込み
夕食を終えた宗助は、何故か一緒に入りたがる真理をどうにか風呂へと押し込んで、昨晩のうちに仕込んでいた仕掛けの確認をしていた。
リビングのテーブルの上にはノートパソコンが置かれていて、そこにはこの街の監視カメラの映像が流れていた。
宗助はそれを静かに見ていた。
手元のタブレットには、昨晩からの映像データのログが表示されている。
この辺り一帯の地図が表示されていて、その中をいくつもの線が道なりに走っている。
宗助が調べているのは、人の動きだった。
あの事件があった高架下、そして狙われた風許の自宅。
その辺りを嗅ぎまわる不審者を探しているのだった。
監視カメラに仕込んだのは、滞在時間の長い人物がいれば、それをログとして残す事だ。
たいていはその辺りで世間話をしている主婦や、だべっている学生がヒットしているのだが、おそらくはこの中に黒幕の人間がいるはずである。
どうにかそれらしいものを探そうと、宗助がディスプレイとにらめっこをしているその時、リビングの扉が勢いよく開け放たれた。
シャンプーの香りが鼻につく。
肌に張り付いた濡れた黒髪。髪の毛でわずかに隠された胸と、むき出しの柔肌。
ちらと見やると、裸の真理が湯気をまとったまま、ぺたぺたと濡れたままの足でリビングのフローリングの上を歩いていた。
「いやー、いいものだね、お風呂っていうのは」
「……いいから服を着ろ」
奔放すぎる真理に対して、宗助は低い声でそう言った。
◆◆◆
「何さ~、服を着なくてもいいじゃないか」
どうにか真理に服を着せられた真理が不服そうに言う。
真理はリビングのソファで寝転がりながら、テーブルで作業をする宗助の背中をじっと見つめていた。
「大体、ワタシは別の生命体なんだぜ……? そんな奴の裸なんか見たって興奮しないだろ」
「いや、外見は完全に僕らと一緒じゃないか」
「中身は関係ないのかい?」
「興奮するだけなら関係ないんだよ……って、何の会話なんだよ、これ」
宗助はため息をついて、真理はふぅんと何かを納得したような声を出す。
「キミたちの外見の基準ってのは分からないんだけど、この子を選んで正解だったみたいだね」
「なんだって……?」
パソコンのキーを叩く手が止まり、宗助はその体を真理のほうに向ける。
「なんだよ……」
「その体、他人のなのか……?」
「いや、別にそういうわけじゃないよ。単にワタシがコッチ用の体を作るときに、見た目を真似させてもらったんだ。一から作ったんじゃ、手間だったし。この体のモデルの女の子もアノマリーで、名前は『
――じゃあ、自分は見ず知らずの少女の裸を見ていたのか……。
会った事もない園部沙耶という少女に申し訳なさを感じながらも、どうにかそれを振り払って作業に戻ることにした。
「他人の体なんだったら、裸とか見せるなよ」
「ふむ、努力しよう。ワタシたちにはそもそも服という概念が無くて……」
「絶対、だからな」
くくく、と笑い、真理はわかったよと返事をした。
◆◆◆
「見つけた」
真理が風呂から上がって1時間後、宗助はモニターに表示された映像を見て、そう呟いた。
「ん? 何か進展があったのかい?」
ソファに寝転がって、人魚姫を呼んでいた真理が身を起こして、宗助の後ろにつく。
「黒幕のヒントをつかんだんだよ」
ノートパソコンのディスプレイには、昨日夢女と戦った高架下付近の監視カメラの映像が映っていた。
さらに別のカメラには、風許の自宅付近の映像が映っている。
そして別のウィンドウには、町全体の地図。
「これを」
と宗助が風許の自宅付近のカメラの映像のある一か所を指さす。
そこは道路だった。自宅前の道路で、そこには一台の黒い軽自動車が停まっていた。
「……黒幕が……見張ってるのかい?」
「そう。おそらくは、風許を回収し損ねた理由を調べてるんだ。ほら、こっちにも」
と次は高架下の映像を指さす。今度は別の白い車が停まっている。
「ふむ……。しかし、ここからどうやって黒幕を……?」
「簡単な話だよ。あとはこいつらの足取りを、別の監視カメラの映像から割り出せばいい」
「――面倒そうだな」
「普通にやればね。昨日の夜に仕込んだって言ったろ」
「何か手があるのかい?」
「別に、この車の情報を読み込ませて、ほかの監視カメラのログの映像と照合させればいいんだよ、プログラムで」
そう言って宗助は別のツールを立ち上げて、映像のキャプチャーデータをそこに落とし込む。
ツールに画像を認識させ、その後は比較対象のログファイルを指定し、処理を実行させる。
すぐに画像の車が撮影していた監視カメラの情報が表示される。
地図上では、そのカメラが設置されている箇所が赤く塗られていき撮影時刻順に矢印でつなげられていく。
二台の車が移動した軌跡が、地図上に表示される。
「――なるほど」
その軌跡を見て、宗助はため息をついた。
赤い線はある点から伸びて、それぞれ高架下と風許の家の前を通って、また元の場所に戻るように走っていた。
「……ここが拠点ということか」
「まぁ、そう考えるのが妥当だろうね。あくまで現段階で怪しいのは、って感じだけど」
「――ところで、ここってどこなんだい?」
真理がその赤い点を指さして言う。
「――アンシャルって会社があるところだよ」
「ふむ、アンシャル。――ん?」
「あぁ。僕の――父さんが社長の会社だ」
ちらついたのは、何を考えているのか分からない自分の父親の顔だった。
「なら次は、ここにハッキングをして中を調べるべきなんじゃないのかい?」
「それが出来れば苦労しないよ」
こめかみを抑えて宗助は思案する。
「――さすがに、あそこに侵入できるほどのスキルは、今の僕には無いよ」
医療関係の最先端技術を取り扱う会社だ。セキュリティは一級だろう。
絶対に無理、とは思わないが、少なくとも今の自分の知識だけでは太刀打ち出来ないだろう。
「まだ知識が足りないんだ。今の僕じゃ、向こうのセキュリティを突破できそうな手段が思いつかない」
「ふむ……なるほど」
どうしたものかと悩む宗助とは逆に、真理は困るでもなく、ただ何かを考えこむような仕草をしただけだった。
「つまり、キミに知識があれば、問題ないという事だね」
そして、真理はまた軽い調子でそのようなことを言うのだった。
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