小指に想いをはめて

(*'ω'*)ホワイトデーはあなたにお返し企画より。

 クレアを知らない方はネタバレ注意。または第六章参照。


 日常パロ。クレア×テリー

 ――――――――――――――――――――――――――――





















 ホワイトデー。

 それはバレンタインのお返しの日である。

 バレンタインデーとは違い、ホワイトデーは国によってやるところとやらないところで分かれているらしい。


 キッドならばやるだろう。そうは思っていた。


(これは……)


 ぎゅうぎゅうにつめられたロッカーを見て、あたしはぼうぜんとした。


(さすがね……)


 ちらっと鞄を見たら、念のため用意してあった包み。


(……今日はさすがに忙しいか)


「キッド!」

「ん」


 うしろから突き飛ばされた。


「あうちっ!」

「キッド! ホワイトデーのお返しどうもありがとう!」

「あれ、めったに手に入らないお菓子でしょ!?」

「すっごくうれしかったー!」

「喜んでくれてよかったよ」


 はっとしてふり返ると、向こうの廊下からキッドが女の子にかこまれて歩いてくるのが目に入り、あたしはあわててロッカーの裏にかくれた。


「それで、キッド、今日の放課後に……」

「キッド先輩、あの、これ!」

「え、いいの? 今日はホワイトデーだよ?」

「あ、余ったものでつくったんです! よかったら……!」

「キッド先輩、ぼ、ぼくも、これをつくってきたんです……!」

「俺のムキムキなマッチョでつくったプディングだ! キッド、ぜひ食べてくれ!」

「わあ、うれしい」


 キッドによる笑顔の花が咲き乱れる。


「どうもありがとう」

「はうっ!」

「あう!」

「マッチョマン!」

「ちょっと、なによ! あんたたち!」

「キッドにお礼をするのは、わたしたちなのよ!」

「ブスは引っ込んでて!」

「キッド、放課後はヒマでしょ? よかったらわたしと……」

「いいえ! わたしと!」

「わたしよ!」

「くくっ、ちょっとたんま。ホワイトデーなんだから、みんなに感謝を伝えさせてよ」


 キッドが無垢な笑顔を浮かべる。


「いつも仲良くしてくれて、どうもありがとう」

「「こちらこそありがとうキッド!!」

「ああ、胸のときめきが止まらない!」

「美しい!!」

「キッド、あなたはどうしてキッドなの!」


(……あたし、なにしてるんだろ)


 かくれる必要なんかなかった。


(あいつ、今日は忙しいみたいね。あたしも男子からプレゼントをもらうのに忙しいし)


 あたしは廊下を歩きだした。


(なんか、もう、……いいや)


「でね、キッド、今日の放課後なんだけど」

「あー、今日はごめん。用事があるんだよ」

「えー、そうなの?」

「うん。すごく大事な用事でさ」


 キッドがスマートフォンをいじった。


「だからごめんね」


 あたしのスマートフォンに通知音が鳴った。


(ん)


 スマートフォンを開くと、チャットアプリから連絡がきていた。



 ハニー

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)


 テリー

 <忙しいでしょ。そっち優先して。じゃ。


 スマートフォンを閉じた。

 ピロリン。

 あたしは再びスマートフォンを開いた。


 ハニー

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)


 テリー

 <バレンタインのお返しして。じゃ。


 スマートフォンを閉じた。

 ピロリン。

 あたしは再びスマートフォンを開いた。


 ハニー

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)


 ピロリン。


 ハニー

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)


 ピロリン。


 ハニー

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)

 <放課後、出かけるぞ(*´▽`*)

 <放課後、出かけるだろ(´・ω・`)

 <放課後、出かけようね(*´▽`*)

 <逃げるなよ(*´▽`*)

 <逃げたら追いかけるからな(*´▽`*)

 <お前の名前を放送室から全校舎に向けて呼びかけてやるからな(*´▽`*)

 <変な注目集めたくないだろ?(´・ω・`)

 <なんで返事くれないの?(´・ω・`)

 <見てるんだろ?(´・ω・`)

 <既読無視?(´・ω・`)

 <つらすぎて泣いちゃう(´・ω・`)ピエン

 <あ、わかった(*´▽`*)

 <今から、お前の家にキッド殿下が電話するね!(*´▽`*)


「脅すな!」


 お前の打つスピードが速いのよ!

 あたしはスマートフォンでメッセージを送った。


 テリー

 <バレンタインあげたんだから満足でしょ。


 ハニー

 <ホワイトデーはまだだ(*´▽`*)


 テリー

 <なにも用意してない。


 鞄にある包みのことを無視して打つと、返信が帰ってきた。


 ハニー

 <ダーリンの時間をちょうだい(/・ω・)/チョーダイ

 <それしかいらない(/・ω・)/チョーダイ


「……はあ」


 ハニー

 <今日何時に終わるの?(*´▽`*)

 <ホワイトデーのためだけに来たようなもんだから、大学をぐるっと回ろうかと思って♪


 今日は大学に向けての授業ってだけだから、午前で終わる。あたしは返信を返した。


 テリー

 <午前授業。


 ハニー

 <わかった♡ 終わったらいつものところにいて(*´▽`*)


 テリー

 <りょ。


 ハニー

 <ダーリン今日も愛してる♡


 ピロリン。


 ハニー

 <裏にかくれてないで、声かけてくれたらよかったのに( *´艸`)

 <恥ずかしがりやさんめ♡


(あなたのそういうところよ)


 あたしは返事を返さず歩きだした。


(こうなったらあのお姫さまと付き合わないと)


 さて、


(どこ出かけるんだろ)


 予鈴が鳴る。



(*'ω'*)



 授業が終わり、あたしはいつものファーストフード店に行った。


「アイスコーヒー。S」


 奥のテーブル席に行って、向かいのイスに鞄を置き、耳にイヤホンをつけて最近リトルルビィに教えてもらったロックを聞いてみる。


(……なるほど。リトルルビィの口の悪さの原因がわかったわ。これね。だからあの子、最近「うっせえわ」ってよく言うんだわ。これのせいね。なんてこと。訴えなきゃ)


 そのとき、店内に入ってきた一人の女を見た客が、その姿が美しすぎて三度見した。


(でも、まあ、わかるわ。あたしもうっせえわって思うもん。たしかに。これは良い曲だわ。でもリトルルビィにはまだ早いと思う。やっぱり訴えなきゃ)


 女がカウンターに来ると、アルバイトリーダーがすかさずレジに入った。


「本日のご注文は!」

「アイスコーヒーをお願いします」

「ガムシロップとミルク、多めですね!」

「あら。うふふ。お願いできます?」

「もちろんです!」

「いつもありがとうございます」


 笑顔を向けられたら、悩殺。

 外に救急車が呼ばれ、少し店内が騒がしくなる。

 だが、イヤホンをしているあたしは気づかない。


(訴える前に、もう一回きいたほうがいいわね。うん。いいわ。もう一回きこう。別に、このかすれた声とかがいいだなんて思ってないわよ。あれ、まって。この人の新曲があるわ。最近アップロードされたの? ふーん。まあ、もう一回きいてからきいてあげないこともなくってよ)


 再生すれば、動画が流れる。


(……)


 ――急に前から強い視線を感じた。


(ん?)


 ちらっと正面を見ると、クレアがテーブルに肘をつけて、両手のひらに顎をのせて、にこにこしながらあたしを見つめていた。


「……待って。今きいてるから」

「ん。終わってからでいい」


 動画が終わってから、あたしはイヤホンを外し、氷が溶けはじめてるアイスコーヒーを飲んだ。


「お返しはできた?」

「あー、キッドがなんかやってたみたい」

「そう」


 店内におだやかなBGMが流れている。


「どこ行くの?」

「水族館とかどう?」

「また行くの?」

「だめ?」

「あなた暗いところ好きね」

「ロマンチックではないか」

「また天体でも見に行く? ほら、あのベッドに寝ながらの」

「ダーリン、寝ちゃうでしょ」

「……」

「受験も終わったし、ひと段落だろ。今日くらいゆっくり遊ぼう?」

「……他の子たちはいいの?」

「お返しはキッドがした。あたくしはまだだけど」


 クレアが鞄から大きな袋を取り出し、あたしに差し出した。


「はい」

「……」


 あたしはリボンで覆われた袋をのぞいた。


「なにこれ?」

「ホワイトデー」

「……あたしに?」


 クレアがこく! とうなずく。そのしぐさがちょっとかわいい。


「いいの?」

「ん!」

「あけてもいい?」

「どうぞ」


(……なんだろう)


 あたしはリボンを解いて、すこしばかり目を輝かせた。


(なんだろう!)


 なかには、すこし黄ばんだクレアのレースのぱんつが入ってた。


「……」

「この日のために、使い古したんだ……」


 ぽっ♡


「やさしく使ってね……」


 あたしは袋をガムテープでくるくるに巻いて、ゴミ箱に捨てた。


「貴様なにをする!!」

「てめえがなにしてるのよ!!」

「お前が夜のお供がほしいだろうから用意したのに!」

「いらねえわ!!」

「……まったく、人の苦労をゴミ箱に捨てるとは……」


 クレアが鼻で笑った。


「前戯はここまでだ」

「前戯も本番もないでしょうが」

「なにを言う。テリー。本番はこれからだ」


 今度はさっきよりも小さい、少し古風な感じでラッピングされた箱が差し出された。


「これが本物のプレゼント」

「くれるのはいいけど、もう期待しないわよ」


 あたしは覚悟を決めて小さな箱を開けた。――そしたら、箱のなかに入ってたものに、目を丸くした。


(あっ)


「……お前、これチェックつけてただろ?」


 それは昔つけてた王冠の指輪ではなく、赤いハートの石が埋め込まれた指輪。


「お前が買ってないことを工作員を忍ばせて確認してから買った。どうだ。すばらしい彼女だろ」

「工作員を忍ばせるのはどうかと思うけど」

「うれしい? ねえ、うれしい?」

「……そうね」


 これはたしかにチェックをつけてた指輪だ。――だが、


「クレア」

「ん」

「実はね」


 あたしは鞄のなかから包みを取り、クレアの前に置いた。クレアがそれを見下ろし、きょとんとしてからあたしを見た。


「用意してないのでは?」

「なんであたしがこの指輪にチェックつけてたかは、確認した?」

「……」

「あけてみてもよくってよ」


 そう言うと、クレアがゆっくりと包みを解き、箱をあけた。


 ――そこには、青いハートの石が埋め込まれた指輪。


「……」

「……この石、クリスタルで出来てるんですって」


 まるであなたみたい。


「……おそろいになっちゃったわね」


 にやっとすると、さっきまでの余裕はどこにいったのか、クレアが顔を真っ赤に染めあげ、口をおさえ、ゆっくりゆっくりとうつむいて、喜びと羞恥に体をふるわせた。


「小指用なんだけど、つけてくれる?」

「……ん」


 クレアが小さくうなずいた。


「クレア、手貸して。……つけてあげる」

「……ん」


 美しい手を取り、あたしはクレアの小指に指輪を入れた。きらきら光る指輪がクレアの小指をより魅力的に見せる。


「……ダーリン」

「ん」

「あたくしも、……つけてあげる……」

「……やってくれる?」

「ん……」


 今度はクレアがあたしの手を持ち、その小指に指輪を入れる。


(……おそろいだ)


 青いハートと赤いハートがきらきら光る。


(ついでに自分の分も買っておかなくてよかったわ)


 クレアからもらえるなんて。


(……うれしい)


 クレアの手があたしの手をにぎりしめる。


「……ダーリン」

「ん?」

「アイスコーヒー、早く飲んで」


 クレアが赤い顔をうつむかせながら、小さな声で言った。


「車に行かないと、……キス、できない……」

「……んー」


 あたしとしては、車に入って、余裕を取りもどしたクレアを見るよりは、こうやっていじらしそうにしているクレアを見るほうが好きなのよね。


「もう少しゆっくりしたいんだけど」

「……出かける時間なくなるから……」

「まだいっぱいあるじゃない。ランチも食べなきゃ。あ、ここで食べる?」

「ダーリン」

「ついでに頼む? ファーストフードもおいしいわよ」

「……テリー」


 クレアがにらむ。


「車に行ったら覚えてろ」

「今は外よ」

「愛しまくってやる」

「今だって愛されまくってるわ」

「どこかの地下駐車場に停めて、大人なことしてやる」

「未成年のあたしにそんなことするの? 横暴ね」

「……」

「クレア」


 目に入るたびに、なんだかうれしくなる。


「やっぱり似合ってるわ」

「……たくさんつけるから」

「ん。あたしもつけるから」

「……ダーリン」

「キスはだめよ」

「……一回だけ」

「車に入ってからね」

「わー、見てー。アルバイト募集中だってー」


 クレアがトレイにつけられていたアルバイト募集と書かれた薄いチラシをあたしと自分の顔の前に持った。あたしがじっとクレアをにらめば、クレアの情熱的なおねだりの目。


「……一回だけ」

「……もう」


 この顔に弱いのよ。


(……すき)


 だれにも見えないように、お互いの唇を合わせる。外から見たら、じゃれているようにしか見えないだろう。知り合いに見られては後ろ指をさされてしまうだろうから。顔をかくして、愛する人が傷つかないように、あたしなりに目の前にいるお姫さまを愛する。


 唇がはなれると、クレアがほほえんだ。


「……テリー、だいすき」


 あたしも愛してるわ。クレア。



 にぎり合う手の小指には、ハートの指輪が光っていた。




 小指に想いをはめて END

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