影に潜む影

大蛇の影から顔を少しだけ覗かせ、様子を窺う。


と、いっても洞窟内は暗く、光球のない今では何も見えない。そのため、できることと言ったら気配を探るくらいだ。


「光、出した方がいいですか?」


「……いや、もうしばらく様子を見たい」


もしもこの場に敵が潜んでいるのなら、光源を出すのは自殺行為だ。わざわざ自分たちの場所を教えることになるのだから。


とはいえ、ずっとこのままというわけにもいかない。


直接の接触は未だ確認できない。まだ敵がいると確定したわけではないのだ。


「……向こうに回ろう」


「はい……!」


気配を感じ取ることはできない。このままでは埒が明かないと判断したイブリスは大蛇の遺体に沿って移動を開始する。


足音、ローブの布が擦れる音、そして呼吸音。どれだけ小さくするように努力しても、必要以上に大きく感じてしまうのは緊張によるものか、それともこの洞窟が静かだからなのか。


しばらく移動して、横倒しになった大蛇の顔のあたりまできた。


暗闇の中、死してなお凶暴な顔が浮かび上がる。


「きゃ……!」


「しぃ……」


そんな大蛇の顔に驚いてしまったサラが声を上げてしまった。


やってしまったという表情で咄嗟に口を押えるサラ。イブリスはすぐ周りに気を巡らせる。


暗闇に支配された視界。頼りになるのは聴覚だけ。


極限状態の中で、イブリスの耳が何かを捉えた。


「……足音」


かさかさと一定間隔で続く音。自分たちとは違う布擦れの音。


誰か、いる。


「くっ……」


音を聞きつけた二人は再び大蛇の死体に隠れる。最初に隠れていた位置の、ちょうど反対側に来たようだ。


足音は次第に遠ざかっていく。どうやらすれ違う形になったらしい。この暗闇の中なのだから、敵も自分たちの位置はつかめていないのだろう。


「行ったみたいだな」


「……!イブリスさん、これ……!」


「……!なんだ、こりゃ……」


イブリスたちが隠れた大蛇の死体は、一見無傷に見えた。少なくとも、先ほどまで見ていた方向からは。そのため、なぜ死んだのかわからず、敵の攻撃手段を推測出来なかった。


だが、今いる方向から見るとどうだ。


大蛇の体にはおびただしい矢が突き刺さり、そこから痛々しく血が流れ出ている。


無傷などとんでもない。巨体の陰の見えなかった場所には、ハッキリと死因が残されていたのだ。


「ゆ、弓矢……?それともボウガン……?」


「どっちかだな……いずれにしろ、これではっきりした。やはり……今、この場に居る何者かは俺たちに明確な敵意をもっている奴だ」


先ほどの足音、そしてこの大量の矢。


わずかにあった自然死の可能性は消えた。この大蛇はイブリスたち以外の人間に殺されたのだ。


そしてその人間は、まだこの場にいる。


イブリスたちを、討たんとするために。


イブリスは近い場所に刺さっている矢を一本抜き取った。傷跡からは大蛇の血がちょろちょろと流れ出す。


「……こいつはボウガン用の矢だな」


それは弓で使われるものとは形状の違う、クロスボウ専用のもの。弓よりも狙いがつけやすく、また弾速も速い。


「相手は少し離れたところからこちらを探してるんでしょうか……?」


「そうなるだろうな。矢が斜めに刺さってるところを見ると多分高台みたいになっているところがあるはずだ」


よし。イブリスは心の中でガッツポーズをする。


武器、攻撃手段、攻撃位置。相手についての情報が多く手に入った。これで少しは有利になっただろう。


「とりあえず静かに動こう……足音は確か向こうに行ったはずだ」


情報が手に入ったからと言ってむやみに魔法を使っては相手に自分の位置を教えてしまう。魔法を使うたびに銃声が轟くイブリスの魔法は尚更だ。”miragE”で姿を隠したいところだが、音で気づかれてしまう。


だからこそ、ここは慎重に。


「……あっ」


と、言おうとした矢先。不意に後ろから木の枝が折れるような音がした。


それとともに漏れる、サラの声。


「……矢がっ!?」


サラが、地面に落ちていたボウガンの矢を踏み折ってしまったのだ。


この”音”を聞き逃してくれるほど相手も甘くはない。次に暗闇に響いたのは、ボウガンの発射音だった。


「まずいっ!」


「きゃっ……」


イブリスはすぐにサラを押しのけ、矢から庇う。


「っ!”Saint Defender”!」


サラも防御魔法を発動する。この判断が功を奏し、どうにか矢は防ぐことができた。


「ご、ごめんなさい、私……」


次にサラが発したのは謝罪の言葉だった。自分が立てた音で居場所がばれてしまったのだから、責任を感じるのも当然である。


「あ、足元が見えにくくて……」


「落ち着け……よく見てみろ」


今にも泣き出しそうな震えた声で謝るサラをなだめ、周囲の地面を観察させる。


「……これは……! 」


そこには、大量の矢が落ちていた。


サラが踏み折ったものを手前に、奥へ奥へとほぼ一定感覚で落ちている……いや、"仕掛けられて"いる。


「簡易的なトラップだな。サラちゃんが踏まなくても多分俺が踏んでただろう」


反対側には何も仕掛けられていなかった。それが油断を誘ったのだ。


敵側も考えたものだ。暗闇の中で重要な情報である音を得る手段を既に用意していたとは。


「だがまずいな……完全に敵に位置をつかまれた」


イブリスが呟いた直後、再びボウガンの発射音が響いた。


「くっ!」


「っ!」


二人はどうにか転がるように回避するものの、かわした方向は不幸にもボウガンの矢が満遍なく散らされている場所。矢はイブリスたちの重圧で折れ、あるいはからんころんと音を立てる。


防御に徹しすぎて次々に墓穴を掘っている気分だ。こちらは未だ相手の位置を掴めていないというのに。


「ちぃ……! 間に合わないっ!」


間髪いれずに次の矢が発射された。イブリスたちには体勢を整える隙など無い。サラの魔法も間に合いそうになさそうだ。


一発もらうならば、せめてダメージの少ないところに。


そう考えたイブリスは咄嗟に背中を向ける……そのとき。


「……お二人とも、ご無事でしょうか」


二人の目の前に、巨大な盾を持った少女が現れた。

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