師弟、狙われる
喫煙室にて
「失礼致しま……って、なんだ、貴方ですか」
「なんだってなんだおい」
悪魔の軍勢を相手取ったクエストから数日後、”機関”本部の喫煙室。
クエスト前の一服を嗜んでいたイブリスの前に、冷たい言葉と共にセレナが現れた。
今ここに、イブリス以外に煙草を吸っている人物はいない。二人きり、である。
「なんだ、セレナちゃんも吸うのか?意外なもんだな」
「吸いませんよ、灰皿を取り換えに来ただけです……万が一吸うとしても今は職務中ですし」
そう言うセレナの手には、確かに替えの灰皿と清掃用と思われる濡れ布巾が握られている。
こういう作業は清掃員か何かがやるものだと勝手に思っていたのだが、”機関”の職員は意外となんでもやるらしい。
せっせと灰皿を取り換え、灰で汚れたそれを拭きとる手際の良さにイブリスは思わず感心した。
「……サラさんの調子はどうですか?」
珍しくセレナから話が振られる。前々から思っていたのだが、この子はサラのことを気にかけすぎではないか。
……それとも、イブリスがまだ信じられていないのだろうか。
「問題ねぇよ、元気にやってる」
「悪魔の軍勢との戦闘に巻き込まれたと聞きましたが?」
「ああ……あれは」
イブリスは頭を抱えた。
あの後、魔物暴走の原因が近くに潜んでいた悪魔のせいだという事は、”機関”本部及び冒険者各位にしっかりと伝えられた。イブリスが撃退したことも含めて。
……正確に言えばラディスの協力あってこそなのだが、そこは隠蔽されている。世間ではイブリスは疑うべき存在。そんな存在と”機関”のトップが接触していることはあまり広めるべきではない……と、言うのはラディスの言葉だが。
とにかく、今回の悪魔はイブリスとサラだけで撃退されたことになっているのだ。
「どうして連れて行ったんです?どう考えても危険でしょう!?」
「いや、その……だな」
高身長のイブリスを下から睨みながら叱りつけるセレナ。それに対してイブリスは口ごもるばかりである。
実際にサラを現場に連れて行ったのはラディス。正直濡れ衣もいいところだ。
しかし先に述べた隠蔽、なにより考えなしにラディスにサラを預けたという落ち度があるために反論も浮かんでこないのだ。
「ま、まあ今回は瘴気の影響も何もなかったから……な?」
「そういう問題じゃありません!」
奇しくも帰りの馬車でのラディスとの会話と同じ文面が繰り返される。今回はイブリスが責められる立場だが。
「ああもう……サラさんが心配でたまらない……今からでも無理矢理どこかのギルドに入れて……」
正直、そうしてくれるとありがたかったりするのだが。
しかしそうなると今度はイブリスの方がサラの心配をすることになるかもしれない。うっかりで”Saint Region”が暴走してしまわないだろうか?
……まあ、その時はギルドメンバーが止めてくれるだろうか。
「ま、正直そうした方がサラちゃんのためだな……そのうち俺から離れてどこかに入ってもらうつもりだったわけだし。しかし入れるっつったってどこに入れる?とりあえず三大ギルドあたりか?」
ステレオン、ヒュグロン、アトミス。
このアヴェントの街の中でも特に勢力が大きい三つのギルドである。迷っているならとりあえずこの三つのどれかに所属しておけば問題ない。
サラがイブリスに出会う前、セレナも勧めていたギルドである。
「うーん……それはやめておいた方がいいかもしれませんね」
しかし、今のセレナはあまり好意的な反応を示さなかった。
「三大ギルドは成果を落とすまいと必死になっています……そうしないとほかの二つに足元を掬われますからね」
「そういやグランドクエストの度に喧嘩してんなアイツら」
サラがイブリスと邂逅を果たしたあのクエストでも、開始前に言い争う姿が見て取れた。
トップクラスが三つもあり、実力が拮抗しているだけあって競争の激しさは増すばかりなのだ。
「……で、そんなところにサラちゃんを入れるとついていけなくなるとでも?」
「いえ、三大ギルドは新人教育はしっかりしています。そうしないと上に行くことも、メンバーを増やすこともできないですからね」
将来の戦力を可能な限り増やしたい、という事か。
「問題は……貴方へのヘイトが他のギルドよりも圧倒的に高い事です」
「……ああ」
それもそうだ。グランドクエストの度に戦果を奪っているのだから、上を目指すギルドには目の上のたんこぶだろう。
サラがイブリスに弟子入りしていることはすでに知れ渡っている。そんな状況で三大ギルドに入れてしまったら……
その末路は想像に難くない。少なくとも良いことはないだろう。
「それに……ここ数日、三大ギルドの動きが怪しいんです。何かしてくるかもしれません」
「何かって?」
「多分…… 「セレナちゃーん!遅いけど何かあったのー!?」 ……っとと、すみません、そろそろ行かなきゃ!」
「あ、おい!」
セレナは自分を呼ぶ声にすぐ反応し、取り替えた灰皿を持って部屋を出ていこうとしてしまう。
「この話はまた機会があれば……んっ!こほっこほっ……あ、貴方の煙草、濃くないですか……?」
「そんなのどうでも……くそっ」
煙草の煙に噎せ、涙目になりながらセレナは行ってしまった。結局、重要なことは聞けずじまいだ。
「……はぁ」
自分も出よう。
イブリスはため息を一つ吐き、煙草を灰皿に押し付けた。
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