12.5杯目 実は二回目

 チェリータルトを半分ほど食べ終わった頃、宇佐木がカウンターの向こうからおもむろに顔を寄せてきた。

「あのな、アリス。ジャックがケーキ食っちゃった話。あれ、二回目なんだ」

「え。そうなの?」

「一回目はイチゴとかラズベリーとかベリー系がどっさり載ったタルトでさ。そんなこと初めてだったから、『どうしたおまえ』って方が先に来ちゃったみたいでそんなに怒られなかったみたいなんだけどな」

「さすがに二回目は駄目だよねぇ……」

 そして、初回も赤いケーキ。本当に妃は赤いものが好きなようだ。

「二回目はちょっとした家族会議みたいになっちゃったらしいぜ。っていうか、家族裁判?」

 家族では無いと思うが、様子は大体想像できる。

 被告人席はジャック。裁判長は妃。エースは弁護人か検察役だろうか。そんな役回りの彼らがテーブルについて顔を付き合わせている様子が思い描けた。

「それにしても、ジャックさんがそんなことしちゃうなんて、意外」

「ジャックはああ見えて赤い感じのスイーツには目がないからねぇ。本人無意識だけど」

 暫く黙っていた桂が会話に入ってきた。

「へぇ、そうなんだ?」

「今日みたいにチェリータルト注文して余所見してるとぺろっと食べられちゃうかもよ」

「ぺろっと食べる前に罪悪感で胸焼けしてるように見えたんだけどな」

「やらかしちゃったの、つい先日のことだったみたいだからねぇ。もう少し時間が経てばぺろっ、だよ」

「じゃあ、さっき持って帰ったのもぺろっとしちゃうかも?」

「さすがにそれは無いと思いたいね~」

「自制心の塊みたいなひとに見えるのに……」

 桂の話は大袈裟なところがあるから話半分にしておくとして、妃のケーキをぺろっとしてしまったのは疲労によってタガが外れたからに違いない。そう思わないと、ジャックの人物像が崩れてしまいそうで、それが嫌だったのもある。

 ケーキも残り少なくなり、タルトの縁の部分に到達した。ザクザクで美味しい縁部分はタルトの楽しみの一つでもある。

 その楽しみを一欠片、噛み締める。乾いたいい音がして、同時に甘みと香ばしい香りに身悶えしそうになる。

 そしていよいよ最後の一口。名残惜しみながら、一息に口に放った。

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