第16話 荒れる死者達

『…と、ライブビューイング始まる前に考えていたボーカルの雄太です。よろしく!』

スクリーンから聴こえる声で、今の台詞ことばでMCを締めくくった喜野様は、何事もなかったかのように次の曲を歌い始める。

「ビックリしたー…。喜野 雄太って、テレビでは結構クールな雰囲気なのに…。もしや、あれが素なのかな…」

先刻、ボーカルが死者達かんきゃくらを罵倒するようなMCを言い放ったのを受けて、櫻間さんは思った事を口にしていた。

「……今のはちょっと、まずいかもしれませんね…」

「…零崎さん…?」

わたしが不意に呟くと、櫻間さんが横目でわたしを見る。

そして、彼女の声を聞く事で、わたしは我に返る。

「あぁ、手を止めてすみません!」

「大丈夫です!…けど、“まずい”というのは、一体…?」

櫻間さんから再び問いかけられ、わたしは唇を噛みしめながら口を開く。

「…先程、喜野様が言い放った台詞ことば…。今宵の観客の中に、実際自殺した人間かたや、誰かに殺された人間かたも少なからずいるでしょう。故に、大きな反感を買ったという事です」

「それって、もしかして…」

深刻そうな表情かおをしているわたしを見た櫻間さんは、緊張した面持ちで言葉を述べていた。

「今の所は何も起きていませんが…。クレームになるかもしれません」

そう告げたわたしは、スクリーンに映るLeyduonの面子を見上げていたのである。


「ふざけてんのは、どっちだよ!!?」

「…っ…!!」

Leyduonが歌の途中で間奏に入った頃、客席の方より男性らしき叫び声が響いてくる。

かなりの大声で叫んでいたせいか、現世にいるギターの徳淵様が演奏しながら目を丸くして驚いていた。

「20年生きたかどうか程度の餓鬼なんかに、お前らより永く頑張って生きたのに、無理やり人生終わらされた死者おれらの事をとやかく言う資格はねぇっての!!」

「そうだそうだ!!!」

「芸能人だからって、てめぇこそいい気になってんじゃねぇよ!!!」

最初に声を荒げた男性を皮切りに、死者達が次々に不満の声をあげる。

流石にその声がかなり大きくなっていたせいか、Leyduonの面子も演奏を急遽止めていた。

「…まずい…!」

この時、舞台袖にいたわたしは、何かを感じ取ったような表情を浮かべる。

 わたしは、分身経由で“ただならぬ霊力”を感じ取っていた。

「櫻間さん!!」

「は、はい…!」

その場で立ちあがったわたしは、すぐ隣にいた櫻間さんに声をかける。

それがあまりに低い声だったせいか、彼女はその場で一瞬だけ肩を震わせていた。

「…すみませんが、現世むこうにいる末若さんにこれで連絡して、片づけが終わり次第幽世こちらへ赴くよう伝えてください!」

そう指示したわたしは、櫻間さんに自身が使用しているインカムを手渡す。

「わかりました!零崎さん、宜しくお願いしますね!」

表情からおおよそを察した櫻間さんは、わたしから受け取ったインカムを強く握りしめながら、指示に従ってくれたのである。


「私は、屑…屑屑屑屑…」

「…あれですね…!!」

わたしは客席の方へたどり着くと、不平不満をもらす死者達の中に、独り呟く女性を発見する。

それと同時に、女性より青い焔が発生し始めていた。

「おい…あの女、やべぇんじゃねぇの!?」

「さっきの、くそボーカルのせいか!?」

周囲にいた他の死者達は、口々に陰口を述べていた。

「おい、あれ…!!」

「ライブビューイングの画面が切れているぞ!?」

すると、今度は全く別の死者かんきゃくが、ステージの方を見上げながら叫ぶ。

 …どうやら、櫻間さんから末若さんへの連絡が間に合ったようですね…

わたしは、画面が真っ暗になったスクリーンを一瞥した際、少しだけ安堵していたのである。ボーカルの不適切なMCのおかげで不平不満を唱える死者達かんきゃくらが増加したため、急遽ライブビューイングを中止したのである。

『非常に申し訳ないですが、本日のライブビューイングは、これにて終了とさせて戴きます。大変お手数ですが、お手持ちの感想を書く葉っぱの用紙を所定のボックスへ提出して戴き、逝ってください。宜しくお願い致します!』

わたしは、スタジオの備品である拡声器を使って、その場にいる死者達かんきゃくへアナウンスする。

ただし、今回は“タルタロス”側の都合で中止しているため、少し丁寧な物言いで死者達に告げたのである。

「うぁぁぁぁぁっ!!!」

「!!」

わたしの台詞ことばを聞いて一部は納得してくれたが、先程呟いていた女性が、物凄い勢いでこちらへ突っ込んでくる。

「っ…!!」

間一髪、自身の“棍棒”を取り出したわたしは、その女性が放つ青い焔を防ぐ。

因みに、末若さんが自身の棍棒を剣の形へ調整カスタマイズしている一方、わたしが使用している棍棒は、割と槍と棍棒の中間地点にあるような形をした得物だ。槍のように長い本体の上下端っこに、盛り上がった棘のような物がいくつも張り付いている。おそらくだが、わたしが使用している“棍棒”は、実際に人間がイメージしている黒い棘のような凹凸がある代物に近いであろう。

 攻防の時間が長引けば長引く程、強力な悪霊になってしまいますね…

わたしは、棍棒で相手の攻撃を避けながら、服のポケットにしまっていたスマートフォンを探し出す。これは人間に限らずの事だが、死んだ魂はその後の行動によって悪霊と化す可能性は高い。また、“タルタロス”へたどり着く死者の多くは死んで間もない者が多く、まだ閻魔王の沙汰が出ていないため、無暗に傷をつける訳にはいかないのが現状である。

「…こちら、“タルタロス”日本担当の零崎です。“そちら”への瞬間転送実施の許可を戴きたいんですが…?」

『こちら、地獄の事務管理局だ。事態を確認してから許可を出すので、しばし待て』

わたしは見つけたスマートフォンで、地獄の役人へ連絡を取る。

担当と思われる男の声が聞こえた後、わたしは再度周囲を見渡すのであった。

「あのボーカルを痛い目に遭わせて、屑と言った事を後悔させてやる…!!」

「…っ…!!!」

一方で、強力な殺気を放つ人間男性の魂が、その場から姿を消そうとしていたのを、わたしは目撃する。

その直後、一瞬でその男性の背後に回ったわたしは、強力なタックルを食らわせ、壁に激突させた。男はすぐに気を失ってしまい透明になりかけた姿もはっきり映っていたが、この瞬時の対応にも、ちゃんとした理由はある。

 地縛霊として現世に戻り、生者である利用者ユーザーに憑依なんざしたら、無駄な死人が出てしまいますからね…!

わたしはそんな事を考えながら、先程青い焔をまとわりつかせていた女性の方に戻る。

死者の魂がふとした瞬間で現世にいる生きとし生ける者を妬ましく思い、復讐心に駆られて現世へ戻っていく例も少なくはない。しかし、一度死んだ魂が現世に無理やり戻ると地縛霊となり、生きとし生ける者に予想だにできない怪我や死を与える事になってしまう。

近年はそういった“呪い殺す”といった理由で死ぬ人間も増えているからこそ、十王はこの“タルタロス”で死者を宥めようと考えたのだ。

「はっ!!」

「ぐあぁぁぁっ!!」

棍棒で女性の心臓部分を突いた後、そのままスタジオの壁へと勢いよく叩きつけた。

女の悲鳴が周囲に響き、スタジオの壁に少しだけひびが入ってしまう。

「はぁ…はぁ…」

棍棒を握ったまま、わたしは女性を押さえつけた状態でその場に立っていた。

 “暴れる”のは数年ぶりなので…やはり、息が上がりますね…

わたしは息切れをしながら、周囲を見渡していた。

気が付けば、スタジオの中にいた多くの観客達は、姿を消している。この状態だと、感想用紙を書かないで“タルタロス”から逃げ出した死者も少なからずいるだろう。

 まぁ、業務妨害をしたのはむしろ、あのLeyduonの方ですしね…。謝礼が少なくなってしまうのは、仕方のない事…ですね

わたしはこの後の事を考えながら、大きな溜息をついていたのである。


『こちら、事務局。どうやら、人間の無用な発言によって、幽世そちらが混乱している旨を確認できた。よって、暴れた死者ものの強制転送を、許可する』

「!!」

溜息をついた数秒後にバイブレーションが鳴り、待っていた連絡の返事がスマートフォンより響いてくる。

それを聞いたわたしは、「やっとか」と一瞬思い、壁に叩きつけている女性に視線を映す。

「…此度は、不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

わたしは棍棒を持ったままの状態で、相手に謝罪をする。

生者である喜野きの 雄太ゆうた様を死者の前に出す訳にはいかないため、代理という意味も兼ねて不祥事があった際は、従業員われわれが謝罪をする他ないのが、この“タルタロス”での就業規則の一つである。

そしてわたしは、女性に向かってこう付け足す。

「いずれにせよ、さっきのボーカルの男が犯した罪は重いです。今すぐは無理ですが、あの男にはいずれ報いが返ってきます。そして、今件はわたしを経由して地獄の閻魔王にも伝わると思いますので、何かしらの重い罰を受ける事になりますが…それでご納得して戴けませんでしょうか?」

わたしはそう語りながら、女性を見上げる。

目を見開いて興奮状態だった女性も、時間と共にその冷静さを取り戻していく。

「わかり…ました。では、貴方の口にした“重い罰”があの最低な男に課せられると信じて、私は逝く事にします…」

「承知しました…。では、感想用紙を書き終わり次第、旅立たれても大丈夫ですよ」

「…はい…」

相手の返事を聞いたわたしは、腹部に食い込んでいた棍棒を離す。

それは、女性の魂が落ち着いたのを見計らって行った行為だ。

「ありがとう…」

その後、ゆっくりと感想用紙に感想を書きこんだ女性は、振り返り様にてわたしに礼を述べてくれたのである。

そうして感想用紙を所定の場所に入れてもらい、ゲートをくぐって外へ出るまでを見送った後、わたしはスタジオへと戻る。

「これでよし…っと!」

戻ってすぐに行ったのは、先程タックルで気絶させた男の魂を地獄へ瞬間転送する事だった。

本来死者達は、自身の足で閻魔王ら十王がいる地獄へ赴かなくてはいけないが、こういったトラブルが起きて暴れ出した際は、従業員われわれの手で強制的に地獄へ送る事を許可されている。

その最初の男性を含めて、周囲でまだ暴れていた死者達への対応をすぐに行っていた。

「零崎さん…。大丈夫…でしたか?」

「えぇ、櫻間さん。現状は、何とかなっています。ただ…」

「ただ…?」

舞台袖に戻った後、心配そうな表情かおで櫻間さんが待っていた。

彼女からの問いかけに応えると、櫻間さんは首を傾げていた。その後、わたしは後ろに広がるスタジオを見渡す。

壁にできたひびに留まらず、あちこちに何かしらの傷がついていた。おそらく、先程のMCを経て怒りを顕にし、周囲の物を傷つけたり壊したりした死者ものの仕業だろう。

しかし今回は、タルタロス側の不注意でもあるので、死者達を責める事はできない。

「ただ、この後が色々と面倒な事になりそうですね…」

わたしは、荒れ果てたスタジオ内を見渡しながら、不意にそう呟いたのである。



『昨日未明、人気バンドグループLeyduonのボーカリストである喜野きの 雄太ゆうた容疑者21歳が、都内のマンションにて大麻所持の疑いで現行犯逮捕されました』

荒れに荒れた月曜日から2日後、昼間の報道番組にて、喜野きの様が逮捕されたニュースが流れていた。

「あのグループ。きっと敵が多かったんでしょうねー…。今件についても、誰かのタレコミかしら?」

「いえ。あれはおそらく、地獄の役員の仕業でしょう。今回、人間達に知られる事はなくても、“我々の方”が被害を被りましたからね」

末若さんがテレビを見ながら話す中、わたしは事の真相を彼女だけに伝えていた。

今回、喜野きの様が死者を冒涜するような台詞ことばを言い放ったおかげで、感想を書かずにタルタロスを出てしまった死者がいるため、当然“謝礼金”はほとんど支払えない状態となるだろう。その点は末若さんより川合マネージャーには先んじて伝えてある。しかしどういうつもりなのか、謝礼金が少ない事を不満に思ったらしく、反発されたとの事だった。

「もう今にもキレそうだったけど、何とか言い負かしたわ。“貴女の所のボーカルが口にした言動について、当スタジオは甚大な被害を受けました。Leyduon側に賠償金を求めないのだから、謝礼金がシステムの都合上少なくなってしまう程度の事は、納得してくれないと困るし、それ以上強迫的な発言をするようならば、業務妨害で訴えるわよ”って言って、何とか引き下がってくれたわ」

すると、末若さんはため息交じりでそう呟いていた。

また、今回の事件のせいもあり、この週は次の月曜日まで急遽スタジオの営業を辞めている。故に、わたしも末若さんも二人してスタッフルームでくつろいでいるのであった。

「おそらく、週末には…。支配人であるわたしが、十王に呼び出されるでしょう。故に、お沙汰が出るまで、貴女も少し休んでおいてくださいね」

「解ったわ…」

わたしの台詞ことばを聞いた末若さんは、グッタリ疲れたような表情で、ソファーにもたれかかっていたのである。

皮肉にも今件のおかげで、数日間休むことができるようになったのが現状のため、今はゆっくりしても良いかという想いをわたしは抱いていた。

それはこの後、頭が痛くなる事態が多く降りかかってくる事が解っているが故の感覚なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る