第六章 メジャーで活躍中バンドによる、2度目のライブビューイング
第14話 嵐の前の静けさ
「お疲れ様でーす!」
「あ、来ましたね!」
10月のとある金曜日、タルタロスの入口から櫻間さんが入ってくる。
スタジオの受付に置いてあるデジタル時計の時間は、17時ちょうどを表示していた。
百合君の声を聞いて、わたしも彼女が到着した事を悟る。
一見すると、大学のお友達というところでしょうか…?
わたしは、櫻間さんの後ろにいた4人の男女を観察しながら、考え事をしていた。
この日、ライブビューイングがないのは勿論の事、本来だと櫻間さんはシフトの入っていないオフの日だ。しかしこの日、「友達に“タルタロス”を紹介してあげたい」という事から櫻間さんが代表者として、今回はスタジオを予約していたのだ。
このように、稀にアルバイトの二人が
「では、Dスタジオの利用ですね。マイク以外にレンタルしたい物は、ありますか?」
「えっと…。あ、そうだ!ZONYのミュージックビデオレコーダーを1台レンタルできますか?」
「畏まりました。因みに、microSDカードはお持ちですか?」
櫻間さんよりレンタル品の話が出たので、わたしはmicroSDを持っているかの確認を彼女に取る。
このタルタロスでは、ライブビューイングを行う月曜日以外は、音や映像を記録できるミュージックビデオレコーダーを
櫻間さんは、自身のポシェットの中を手探りで探す。実物はかなり小さな代物のため、少しだけ探し出すのに時間をかけた後、彼女の表情が変わる。
「はい、大丈夫です!持ってきているのを確認致しました」
「ありがとうございます」
「では、Dスタジオはもう使用できますので、これをお持ちください」
彼女の
「じゃあ、Dスタジオはこっちだから、行こっか!」
「おぉ、案内頼むぜ櫻間!」
「よろしくね、風花ちゃん♪」
櫻間さんが友人達にそう告げると、4人の男女の内二人が、彼女に笑みで応えていた。
そんな他愛のない会話をしながらスタジオへ向かう彼らを、わたしと百合君は見守っていたのである。
「時折見る光景とはいえ、やはり新鮮ですよね」
「確かに!因みに、零崎さんの場合は従業員同士だと、あれくらい和気あいあいにはならない…ですかね?」
わたしが不意に呟くと、百合君はお伺いを立てるように問いかけてくる。
確かに、従業員たる
わたしは、内心でそんな事を考えながら、口を開く。
「そうですね。
瞳を細めながら、わたしは百合君の問いかけに答えたのである。
「優喜!ちょっといいかしら?」
「はい、なんでしょう?」
櫻間さん達の団体がスタジオを使い始めてから1時間近く経過した頃、スタッフルームにいた末若さんから呼び出される。
「あ、百合君!受付お願いしますね!」
「わかりました!」
わたしは、百合君にスタッフルームへ行く事を告げた後、その場を後にする。
「パソコンを持って
「えぇ。今回は“指名”がない2回目の
「どれどれ…」
末若さんが口を動かしながら、手にしていたノートパソコンをスタッフルーム内にあるテーブルの上に置く。
わたしも、彼女の隣に座り込み、パソコンの画面をのぞき込んだ。
“ご担当者様。Leyduonのマネージャ・川合と申します。貴社のスタジオは彼らがインディーズ時代に一度お世話になりましたが、おかげ様でメジャーデビューを果たし、今年で結成5周年を迎えました。そこで、数年ぶりである事及び、今年の全国ツアーのリハーサルやゲネプロを含めてライブビューイングを実施させて戴きたいですが、いかがでしょうか”
「インディーズの時…。こんな名前のバンド、タルタロスに来ましたっけ?」
メッセージを読み終えたわたしは、腕を組みながら考え事をする。
「
わたしの
この話し方から察するに、末若さんも覚えてなさそうだな…
わたしは、横目で彼女を見つめながら、そんな事を考えていた。
「因みに、彼らは…。あ、あった。20●●年の5月△日の月曜日に、ライブビューイングを利用しているわね」
気が付くと、ノートパソコン内のとあるフォルダに格納していたライブビューイングの利用者履歴が記載されたエクセルを、末若さんが確認していた。
末若さんは、どちらかというとパソコンの操作が得意なようで、タルタロスが営業開始するまでの間に、基本的な文書処理ソフトの操作やプログラミングの技術をあっという間に身に着けてしまったのである。
それに比べると、わたしもまだまだですね…
わたしは、彼女の手つきを見ながら、そんな事を考えていた。
「過去にAスタジオを使用した記録が確認できたのなら、OK出しても大丈夫ですよ!なので、いつものように返事を書いてもらってもいいですか?」
「了解」
わたしからの了承を得た末若さんは、すぐに画面をチャットルームに切り替え、文章を打ち始める。
基本的にライブビューイングを利用希望の
今の項目を末若さんに打ち込んでもらい、送信ボタンを押す。この後返信が返ってくるまでに数分はかかるため、一度席を外して受付を覗いてこようと立ちあがった時だった。
「うそ!もう返事が来た!?」
「…早いですね」
メッセージを送ってから1分くらいしか経過していないにも関わらず、相手より返信が来たようだ。
そのあまりの速さに、わたしと末若さんは目を丸くして驚いていたのである。
「もしかしたら、チャットを始める前、事前にメッセージをメモか何かに書き込んでいたのかもしれませんね…」
わたしは、そう呟きながら、再び椅子に腰かける。
そして、末若さんと一緒に川合様からの返信を読む。
そこには①の日付は翌週の月曜日。②のレンタル機材の有無についての他、③は観客の映像を見るという形で書かれていた。そしてわたし達は、その後に記載された④の返答を同時に読む。
「“現世側でメンバーに説明の実施や機材の操作・管理をするスタッフは、女性スタッフでお願いします”??」
④の項目を、末若さんが口頭で読み上げる。
何故そんな要望が書かれたのか、彼女は解らないような表情をしていた。
「…まぁ、わたしと末若さんの役割が変わるだけの話なので、いいでしょう」
「
わたしは、少し嫌な予感もしたが、別に不可能ではないため、彼女にOKを出す。
そして、それを聞いた末若さんは、再び返事を書き始める。こうして、翌週の月曜日にこのLeyduonというバンドによるライブビューイングが決定したのであった。
「あぁ、Leyduon!聞いた事ありますよ」
「どんなバンドかご存知ですか?」
その後、受付業務を末若さんに代わってもらい、わたしと百合君が休憩に入った頃にそのバンドの事を聞いてみた。
“聞いた事がある”と告げた百合君は、すぐさまスマートフォンを片手で操作し始める。
「こんなかんじの…まぁ、よくいるバンドですかね」
そう告げた百合君は、自身のスマートフォンの画面をわたしに見せる。
そこには、Leyduonのプロフィールが書かれた公式サイトの画面が映っていた。
「グループ名の語源が、フランス語なんですね…」
「日本語だと“台風の目”って意味を持つフランス語“Les yeux du typhon”から何文字かとってつけたグループ名らしいですが、何故”台風の目“という単語を使用したのかは未だにわからず、ファンの中ではどんな説があるのかと話題になっているみたいですよ!」
わたしがスマートフォンに記載された内容を読む中、百合君がグループ名について話してくれていた。
まぁ、連絡をして戴いたマネージャーさんもちゃんとした
わたしは、ライブビューイングするバンドの面子がどのような人物か確認ができたため、少しだけ安堵していた。
そして、久しぶりに自分が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます