告白の行方 7
王都にある我が家に到着した途端、みんなが慌てて迎えに出てくれた。ヨルクのやつれた顔やハンナの泣き顔、リーゼの青ざめた表情を見て、自分がこんなに心配をさせていたのだと申し訳なく感じる。
「あの……みんな、ただいま。迷惑かけてごめんなさい」
「ミレディアーーー!!」
「ふえっ、お嬢様~」
「お嬢、良かった」
誰よりも早く飛びついた兄に、大げさに抱き締められてしまう。息もできずに苦しいし、ちょうど傷に触れるから結構痛い。そんな私を見兼ねて、クラウスが兄を引き
「なっ、クラウス殿下!」
「再会の抱擁を邪魔してすまない。だが、ディアは怪我をしている」
「あっ! ミレディア、大丈夫なのか? 一晩向こうで過ごすと連絡が来たが、そんなにひどい怪我を?」
「いえ、怪我自体は別に……」
答えに
「ミレディア。そういえばお前、素顔を見せて……ま、まさか手を? 手を出されたのではないよね?」
王子本人の前でその発言はどうかと思う。
『残念ながら出しました。私の方からお願いしたの』
ハンナやリーゼ、他の使用人達もいるのにそんなことを言うのは恥ずかしい。上手く説明しないと、兄自身もショックを受けそうだ。
「ヨルク、いや、ベルツ伯爵。それは今、外でする話だろうか? 個人的なことで場にそぐわない」
「なっ、否定しないってことは……ぐわっ」
兄が血相を変えてクラウスに詰めよろうとしたところ、側にいたリーゼがボディーブローを決めた。ヨルクが思わず動きを止めてしまうほどの、腹部への見事なパンチだ。
「こら、ヨルク様。まずはお礼だろう? お嬢を、ミレディアを助けてくれてありがとうって、ちゃんと言ったのか?」
「うっ、それは……」
「あと、お嬢にお帰りなさいは? 疲れているのに、外でずっと立たせるつもりか?」
「ご、ごめん。ええっと、クラウス殿下、ミレディアを救ってくれてありがとうございます。それからミレディア、お帰り」
何だろう? 兄がすっかりリーゼの尻に敷かれているような。まあ、一番年下の彼女が我が家で一番しっかりしているというのが、うちにいるみんなの共通認識だ。正しいことを言う限り、我が家に身分の垣根はなく、誰も止めない。だけど、このやり取りに呆然としているクラウスの顔がおかしくて。
「ふふふっ」
両手を口に当て、私は思わず笑ってしまう。
「ミレディア、やっぱりお前が一番可愛いっ!」
「ああ」
兄に続き、大好きな人が頷いてくれた。嬉しくなった私は、彼を見てクスクス笑う。
ハンナの目が期待に輝き、リーゼがおや? という表情をする。他もみな、にこやかに微笑むか腕を組んで見守るか。
無事に帰ることができて良かった。こんなにも、私は大事にされているのね? 大好きな人達と再会できて、とっても幸せだ。
「ベルツ伯爵、折り入って話がある。明日改めて時間をもらえるだろうか?」
「もちろんです。殿下は大事なミレディアを助けてくれた恩人ですから」
今はご機嫌でも、ヨルクは明日きっと驚くだろう。クラウスは帰りの馬車の中で、すぐにでも婚姻の許しを得たいと言っていた。それを、兄に話すのは翌日まで待ってほしいと、私がお願いしたのだ。クラウスのことは好きだけど、いろんなことがあり過ぎて頭がついていけてない。だから一晩じっくり考えた上で、兄の説得に臨もうと思う。
「ディア?」
「ミレディア?」
「お嬢様」
「お嬢!」
私を呼ぶみんなの声。私はこれからも、この世界で未来を
ちなみに、翌日の兄の怒りはすさまじかった。まあね? ちょっとは予想しないでもなかったけれど。
妹がもうすぐ領地に引っ込むと安心していた兄は、私のために家を建てようと計画していたらしい。その設計図には、ちゃっかり自分の部屋まで用意されていて。
伯爵家の長男が、結婚もせずに妹とベッタリってダメだと思うの。もし予定通り隠居生活に入ったとしても、丁重にお断りしていたはずよ?
でも兄は、訪れたクラウスを牽制するためなのか、嬉しそうに設計図を披露する。そんな兄を前に、クラウスも話を切り出した。
「ベルツ伯爵、妹のミレディア嬢と結婚させてほしい」
ある程度予想していたのかヨルクはそれほど驚かず、答えは素早かった。
「いえ、他を当たって下さい」
「お兄様!」
王子に対してその答えはないのでは?
クラウスは引き下がらず、私達のことをはっきり告げる。
「ディアには既に、愛情の印が宿っているかもしれない」
「な、ななな……」
兄は顔面蒼白だった。必死だったので考えが及ばずうっかりしていたけれど、そういう可能性だってあるのよね? 私はもちろん嬉しいし、いつかは彼との子供を持ちたい。
「だ、大事な妹になんてことを!」
「お兄様! それは私が……」
わなわな震える兄を止めようと、口を開きかける。そんな私を、クラウスが鋭い目で制した。何も言うなということらしい。
「すまない。ディアが助かったことが嬉しくて、自分を抑えることができなかった。すぐに婚約し、近々式を挙げようと思う。正式な許しがほしい」
「は? ……え? け、結婚?」
クラウスが全て自分の責任だと主張するけれど、彼は私の望みに応えてくれただけなので、真に責められるべきは私だ。でも、ヨルクが気になるのはそこではなかったみたい。
「クラウス様は王太子となり、ゆくゆくは国王になられるお方。うちのミレディアでは、とてもとても」
「いや、彼女こそ妃に
「そりゃあ……。いやいや、私だってミレディアを養うくらい平気です」
「妹を大事に思うなら、彼女の幸せを一番に考えるべきだと思うが?」
「だからこそ、苦労はさせたくないんです」
兄よ、そこまでいくとかなりの過保護よ? 私だっていい大人なんだし、自分の面倒は自分で見られるもの。
「お兄様、あの……」
「お前は黙っていなさい。と、いうことでお引き取り下さい」
「いや、俺は彼女を愛している。それに考えてもみてくれ。ディアが妃になれば、彼女のことが国中に知れ渡る」
「そりゃあ、まあ」
「美しく優しいディアは、国民みなから愛されるだろう。姻戚となったベルツの名は広まり、称賛される」
「称賛……」
「国外からの賓客をもてなす機会も多く、王太子妃の愛したワインやレースは人気を博すに違いない」
「人気……」
いやいやクラウス、気が早いから。私は国民どころか王家にだって承認されていないのよ? それなのに今、兄の頭の上に契約書を交わす姿が見えたような気がした。
「一流の画家が、こぞってディアを描きたがる。後世にまで彼女の美しさは
「名画……」
何その褒め方? いい加減、恥ずかしいのでやめてほしい。
「もちろん貴方は俺の
「販路……」
あ、なんかもうわかった気がする。ここまで言われて、ヨルクが反対するとは思えない。そう確信していたけれど、兄は私に尋ねた。
「ミレディア。それでも私は、可愛いお前の幸せを一番に願っているよ。お前が嫌なら、この話は断っても構わない。ずっとここで、子供と一緒に暮らしたっていいんだ」
真剣なヨルクの表情を見て、私は兄の本音を知る。ここにも私が心を許す大切な
「いいえ。私の幸せは、クラウス様と共にあるの。それにお兄様にも好きな人と幸せになってほしいわ」
「ミ~レ~ディ~ア~~!」
私にとって大事なことに変わりないけれど、目を潤ませる兄への愛情とクラウスへ抱く愛情とは大きく違っている。どんなに大変でも、私はクラウスと共に未来を歩むと決めたのだ。
「お兄様、今までありがとう。これからもどうか、私の大事な家族でいてね?」
私は自分から兄に寄り添い、抱き締めた。顔をくしゃくしゃにした兄――服の袖で涙を拭うヨルクは、その先を言えずにただ頷いていた。
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