告白の行方 5
*****
満ち足りた想いのまま、消えてなくなればいい――
重苦しい感覚が、刻一刻と迫って来る。止まりそうになる心臓の上に手を当て、私は息を凝らしていた。つらそうな様子を彼に見せるわけにはいかないけれど、心地良いこの場所から離れることもできなくて。
寝返りを打ち、最期の時を待つ。朝、目覚めた貴方は私を見て、驚き悲しむでしょうね? それだけが心残りだ。
やがて、暗く深い闇に飲み込まれる気配を感じて、私は死を覚悟した。その時、夢か
『大丈夫、もう怖い思いはさせないから。俺がずっと側にいる』
その瞬間、身体が急に軽くなった気がした。大丈夫、という言葉が心にストンと落ちて、苦しみから解放されたような。ずっと、ということは私は
私は微笑み、真っ白な空間に落ちていく。
もう、何も考えられない……
眩しい光が瞼に当たる。私は眠い目をこすりながら、ゆっくり開く。うすぼんやりした視界の中、見慣れない木の天井が飛び込んできた。
――ああ、また。結局私はまた、生まれ変わってしまったのね?
がっかりし、ため息をつくと悲しい思いで横を向く。信じられないものを目にした途端、私は驚きで息を呑む。
「おはよう、ディア。よく眠れたようだな」
黒髪に青い瞳のクラウス王子が肘をつき、私を眺めて微笑んでいたのだ。
朝から素敵……じゃなくって、なぜここにクラウス様が? 私は慌てて飛び起きた。
「え? あの……どうして?」
愛を告白されて、その後しっかり確かめ合ったはずなのに、私は生きている? 大人の身体のままだから、生まれ変わったわけでもなさそうだ。こんなことは初めてで、頭が真っ白になってしまう。
クラウス王子も身体を起こすと、私に尋ねた。
「どうして、とは? ディア、身体は平気か? 疲れているし初めてなのに、無理をさせてしまったな」
「いえ、あの、それはいいんです……って、正確には良くないんだけど……」
自分でも動揺して、何を言っているのかさっぱりわからない。彼と会えるのは最後だと思ったから、積極的にお願いするという愚行を冒してしまった。純潔が尊重される社会で、貴族の未婚女性が自ら行為をねだるのは、相当はしたない。呆れられても仕方ないけど、後悔はしてないし生きているって素晴らしい……ダメだ、頭が回らないわ。
「ごめん。だが、俺は本気で君を愛した。もちろんこれから……」
「いえ、クラウス様。待ってください」
私が動揺していると勘違いしたクラウス王子が、頭を下げる。彼に続きを言わせるわけにはいかない。だって彼に告白された時、私は未来を諦めた。だからこそ困らせていると知りながら、私を気遣う彼の優しさに付け込んで大胆な願いを口にしたのだ。
愛を交わした私達。けれど、その先を約束したわけではない。いえ、その先があるなんて考えもしていなくて……
責任を取ると言われたらどうしよう? その前に、身持ちが悪いのは良くないとお説教される? クラウス様のことは好きだけど、義務や責任で私に縛りつけるつもりはなかった。第一、今回に限ってどうして生き延びることができたのか、まだよくわからない。
「ディア、クラウスと呼んでほしい。せっかく親密になれたんだ」
朝っぱらから脳天直撃の掠れた声は、ものすごい破壊力だ。彼がほのめかしていることを理解して、恥ずかしくって顔から火が出そう。恥ずかしいといえば、この恰好も……私は急いで上掛けを引っ張ると、身体に巻き付けた。
「朝の君もすごく綺麗だ。隠すなんてもったいないが、まあ仕方がないな」
クラウス王子――クラウスが裸の肩を
「あの、クラウス。聞いてもらいたいことが……」
「俺も君に言いたいことがある。ディア、俺と結婚してくれないか?」
「……は?」
私としてはもちろん嬉しい。夫婦になれば、愛する人とずっと一緒に過ごせるから。
でも残念ながら、王太子となる彼の伴侶に自分が
「突然すまない。でもこれからは、俺の婚約者として過ごしてほしい。君さえ良ければ、近いうちに式を挙げよう」
「そんな! 責任を感じる必要など……」
「責任? まさか。俺は君に愛を告白したはずだが?」
嬉しくて胸が震えた。このまま何も言わずにいれば、この先もずっと一緒にいられるかしら? 過去を明かさなかったとしても、貴方は私を許してくれる?
それではきっとダメだろう。偽りやごまかしは良くないし、頭の良い彼ならそのうち私の秘密に気づくはずだ。何より私が自分に恥じる生き方を、もうしたくない。
「お気持ちはありがたいのですが、その前に話しておかなければならないことがあります」
「……ディア?」
「聞いた上で判断なさってください。貴方が離れても、私は責めませんから」
本音を言えば、クラウスの隣で生きていきたい。悪女やいろんな過去を持つ私を、彼が丸ごと愛してくれたなら。でもそれは、贅沢な望みだ。気味が悪いと思われて、避けられてしまうかも。
それでも構わない。私は私を愛してくれた人を、二度と騙したくなかった。今度こそまともに生きたのだと、最後に誇れる自分でいたい。
「わかった。とにかく聞こうか。だがディア、敬語は要らない」
全てを打ち明けた後でも、貴方は親しい口調を許してくれる? いえ、きっとダメよね。どうせあと少しなら、私も貴方の名前を呼びたい。
「わかったわ、クラウス。驚かないで聞いてね」
私はこれまでの生をポツリポツリと語り出した。詐欺で男性を騙していたことや、王女や兵士、料理人やメイド、村人だった記憶を。クラウスは、始めは驚き目を丸くしていたものの、途中からその世界の用語など最低限のことを質問するだけで、あとは黙って耳を傾けていた。
私は痛む胸を押さえながら、当時出会った男性や、自分が死に至るきっかけのことも包み隠さず話す。時々眉をピクリと動かすことを除けば、彼の表情はほとんど変わらなかった。
全てを語り終えた私は、申し訳なさでうつむく。騙すつもりはなかったけれど、過去を隠していた私は、結果として彼に嘘をついていたことになる。商談中、興味深げに尋ねられても、いつも答えをはぐらかしていたから。
「なるほど……信じがたい話だが。ディアが物知りで何でも良く出来ると思っていたら、そういうわけだったのか」
クラウスが顎に手を当て呟いた。目を伏せた考え深げな表情は、怒っているようには見えない。
でももうすぐ、私は彼に別れを告げられるだろう。「犯した罪のせいで、何年も生きてきた女は無理だ」と大好きな人の口から聞かされる。
彼の言葉を待つ私は、自分でも気づかないうちに怯えて涙を浮かべていた。
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