告白の行方 3
――……ああ!
思わず涙が
この世界でも、私の秘密は誰にも教えていなかった。本気の告白をされたその日――日付が変わる直前に、私は死んでしまうのだ。
そのことを知らないクラウス王子は、真剣に愛を伝えてくれた。私も彼のことは好きだけど、想い合えた日に終わりだなんてつらすぎる!
「ディア、アウロスとは恋人のフリをしているだけだと聞いた。君は、弟のことが好きなのか?」
いいえ、違う。私が好きなのは貴方よ! 私は黙って首を横に振った。ホッとした表情の彼を見て、胸が苦しく切なくなる。
「それなら、俺のこととこれからのことをゆっくり考えてほしい」
いいえ、ゆっくりなどできない。私に残された時間はあとわずかで、これからなどないの!
温かい家庭に可愛い子供、側には優しい旦那様。大事な家族に囲まれて、日々は穏やかに過ぎて行く――決して叶えられない夢、好きな人と暮らす未来を、今まで思い描かなかったかといえば嘘になる。
老後に憧れたのは、それしか私には
唇を噛んで目を閉じても、後から後から涙が溢れた。原因を作ったのは私自身だと、わかっているけど苦しくて。過去に犯した罪のせいで、私は愛する人とは決して結ばれない。
「ディア、困らせるつもりはなかったんだ。お願いだ、泣かないでくれ」
耳元で囁く掠れた声、これと似たような響きをいつかどこかで聞いたような気もする。クラウス王子の声を聞き、会えるのも今日で最後だ。私はいつまで、死のつらさに耐えなければならないのだろう? どれだけ転生すれば、許してもらえるの?
けれどふと、ある考えが脳裏に浮かぶ。どうせ消えるのなら、愛する人に愛されたい……それすらわがままだと、わかってはいるけれど。優しい貴方なら、受け入れてくれるだろうか? 貴方を置き去りにする私を、いつの日か許してくれる?
覚悟を決めて目を開けた。私は潤んだ瞳で彼を見上げると、今まで誰にも言ったことのない言葉を口にする。
「私も――愛しています」
「ディア!」
「好きです。だから、今すぐ貴方のものにして下さい」
「ディア、それは……」
クラウス王子が絶句する。大人だし、意味はわかるでしょう? いくら軽蔑されたとしても、私はここで引くわけにはいかなかった。私にはもう後がないから。
「君は怪我をしている。今でなくてもいいだろう? 俺は君を大事にしたい」
彼が言い聞かせるように言葉を選ぶ。でも私には、今しかないのだ。今を逃すともう二度と、貴方と触れ合えない。
「傷だらけで
思わず大きな声になる。
責めるような言い方だと、本物の悪女のようね?
「醜い? まさか」
「それならなぜ!」
納得がいかない私は、彼に掴まれた手を振りほどくと、毛布を掴んで立ち上がろうとした。ところが足に力が入らず、よろけてしまう。とっさにクラウス王子の手が伸ばされて、私を支えた。
「傷があってもなくても、ディアはいつだって美しい。だが君は、自分で思っている以上に疲れているんだ。まずはゆっくり休んでくれ」
ゆっくりどころではない。
今日が過ぎれば私は永眠する!
がっかりして、力が抜けた。最後まで自分のことしか考えなかった私に、神様はきっと罰を与えたのだ。愛する人に最後まで、拒絶されるという罰を。
「ごめんなさい、それなら忘れて下さい。私のことは全て」
私はクラウス王子に背を向けて、足を踏み出す。彼から見えないところで、一人静かに泣きたい。
でもなぜか、彼に後ろから抱き締められてしまった。がっしりした腕が肩に回され、耳元には唇が寄せられる。
「ディア、どうしてそんな寂しいことを? 言葉だけではダメなのか? 時間はたっぷりあるのに、急ぐ理由がわからない」
時間がないから言ってみたの。恥ずかしいけれど、一世一代の私の告白だった。
手の甲で涙を拭う。クラウス王子に、真実を打ち明けるわけにはいかなかった。私が死ぬのは自分が愛を告げたせいだと、負い目を感じてほしくないから。
「いいんです、忘れて下さい。その気もないのに、無理強いするつもりはありません」
「無理強い? いや、傷つき疲れているのは君の方だ。俺は一向に構わない。むしろ……」
言いながらクラウス王子は、私の耳にキスを落とした。そこから髪や頬、首筋などいろんなところに口づけてくる。
……あれ?
「ディアが望むのなら。今ならまだ止められる。本格的に触れたら、俺は自分を抑えられない」
…………あれれ?
抑えてだなんて思っていない。諦めかけた分、私にとっては
後ろを振り向き見上げると、熱をはらんだ青い瞳が真っ直ぐ私を見つめていた。ここで終わる命だから、後悔なんてしたくない。どうかお願い、私は貴方に愛されたいの!
「止めないで。私は愛する貴方と過ごしたい」
大胆で未婚女性の常識からは外れているし、淑女としてもはしたない。でもこれが、この世で抱く私の最後の願い――
クラウス王子の鋭い目が、何度も私の顔を行き来する。突然こんなことを言い出した私の真意を、測りかねているように。たとえどう思われようとも、私の気持ちは変わらなかった。恋多き女だと勘違いされてもいい。
彼は決意したようにため息をつくと、次の瞬間、私を横抱きにした。軽々運び、蹴破るように隣の部屋の扉を開ける。彼は迷わず中に入り、整えられたベッドの上に、私をそっと下ろした。
そのまま離れるクラウス王子を見て、私は急に不安になる――このままお休みってそういうこと? けれど、彼は部屋の鍵をかけるとベッドに戻り腰を下ろした。私の顔のすぐ横に手をついて、柔らかなキスを次々落とす。額や両瞼、頬、そして唇に。
羽のようなキスはくすぐったくて、私はたまらず抗議の声を上げる。低い声で笑った彼は、私の髪に指をすべらせて、一房持ち上げ口づけた。絵になるその仕草に、私はつい見惚れてしまう。
青い瞳は渇望の色を湛え、大きな手もざわざわした感触を送り込んでくる。クラウス王子を大人の男性だと急に意識した私は、身体の奥が
「ディア、無理はさせたくない。きつかったら言ってくれ」
両手を胸に当て、私は頷く。クラウス王子はどこまでも優しく、私を気遣い少しずつ進めようとしているらしい。気持ちはありがたいけれど、私に残された時間はあとわずか。のんびりしないでどんどん進んで、と言えるはずもなく……経験が全くなくって、こんな時どうしていいのかわからない。
私は男の人を騙していた時も、接触はなるべく避けていた。信じることができずに苦手だというのもあったし、母のようにはなりたくなかったから。深みにハマってしまえば相手の意のままで、自分を見失ってしまう。それに「結婚するまでは」と言い張っていた方が、好感度が高くなる。
計算高く腹黒かった割には、キスから先は未経験。今も緊張して、心臓が口から飛び出そうだ。
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