金平糖味の目覚まし時計
ソメガミ イロガミ
1 よく鳴る隣人
朝靄市の北部、詳しい場所は個人情報なのでいえないが…まぁ近所の住人も存在を忘れるような、なんとも影の薄いアパートに私は住んでいる。木造で、年季も入っているので、おそらく私が生まれる何十年も前から建っている。私の部屋の隅っこには悲しいことに色鮮やかなカビが生えている。はたからみれば、まぁ!なんてカラフルなカビ……あなたが育てたのですか?とかなんとか冗談めかして言われるかもしれないがこちらとしては、あまりいい気持ちはしないのでやめていただきたい。家賃が安いという理由だけで即買いし、部屋の中もろくに見ようとしなかった私に全責任はあるのだが……しかし。こいつはあんまりではなかろうか。
私はボランティアというものを自分からやるような人間ではない。大体、こんなハンプティダンプティがマシに見えるような巨体の汚らしい男が「募金よろしくお願いします」などと甲高く叫んだとして誰が振り向いて募金なんぞしてくれるだろうか。募金をよろしくする側もよろしくされるにふさわしい美貌を持たねば、募金してもらえない。なんと辛い世の中かっ!!
だから私は大概部屋にこもり本でも読んで過ごす日が多いのだが。だかしかし、大家さんがまるでめぞん一刻の如き美人であり、「すみません、庭の方を掃いていてくださりませんか」なぞと頼み込まれたら、誰が断れるだろうか。
誰も断れないだろう。
そんなわけで汚らしい男が汚くなった庭を掃いて綺麗にするというなんともいえない光景がそこに展開されていたその日。私は無心で秋の訪れにより落ちた枯葉を掃き集めていた。枯葉には、小さな名も知らない虫が数匹おり、鳴かずにただこちらを見ている。この枯葉掃き集めるの?寝床にしたいんだけど、とも言いたそうだが。だが、諸君。私は大家さんに頼まれてこのお手伝いをしているのだ。許せ。
などとくだらぬことを考えていた。あれ、無心ではないではないか!!
と、こんな調子の時に奇妙な鈴の音が聞こえてきたのである。はて、なんだろうか。もしや鈴を首につけた猫でも迷い込んできたのだろうか、と思い箒を片手にゆらゆらと音のなる方へと歩いて行った。そこは、私の部屋の外であった。一階なので、庭から窓を覗けば散らかった私の部屋の様子がよく見える。わざと枯葉でも貼り付けて見えないようにしておこうか、とも思ったが今はそれよりも鈴の音色だ。
私はもう一度耳をすまして、音の鳴る方がどこかを確認した。
すると、それはなんと私の部屋の隣の部屋であったのだ。
隣に住んでいるのは、確か陰気な学生であったはずだ。私とよく似た雰囲気を醸し出していたのだ。忘れもしない。
では何故彼は鈴など鳴らしているのだろうか。ふと部屋を覗いてみた。
からんからんからんからん…………
からんからん……
からんらん……
鈴の音に合わせて揺れていた。
学生が首に縄をくくりつけて揺れていたのだ。ユラーリユラーリと。
ゆっくりと……時計の振り子のように振れて。その白い肌から既に死んでいるのはわかった。だが、気のせいではなく……彼のその表情は笑っているのである…。歯茎まで見えるような笑みを浮かべて……糞尿を撒き散らしている。見ると……その糞尿にさえ黄色い鈴が紛れ込んでいる。なんとも奇妙な状態だ。私は箒をぽとりと手放して、いつのまにかひとりでに叫んでいた。
「あぁぁぁあぁぁああああ」
私の叫びを聞き、どたどたと激しい音をたてながら誰かが走ってきている。足音が近づき、私が振り向くとそこには大家さんがいた。大家さんは、汗で少し髪を濡らし、はぁはぁと息切れ状態で私を見つめた。
「どうしたんですか」
か細いが、芯のある……彼女らしい声だ。
私は黙ってあの部屋を指差すことしかできなかった。大家さんに見せるべき光景ではないことは指をさした瞬間に気づいた。こんなものを見せてはいけなかったのだ。
彼女はケタケタと笑い出した。彼女の頭のネジがその瞬間に爆散したかのように。目を見開き、だんだんと青ざめながら口を大きく開け、あの死体のように歯茎を見せて笑っている。声も……腹の底なんてとんでもない……どこから出しているのかもわからないような愉快そうな声でケタケタと。
「鈴がなりゃぁ人が死に」
手を叩いて彼女は踊り出した。
「人が死にゃあ鈴が鳴る」
変な調子の曲だった。おそらく、短調とかいう類のメロディなのだろう。もはや肌が真っ白な彼女の口から歌われるその曲はなんとも不気味であった。
彼女は、歌いながらにアパートの中に帰っていった。残された私は、警察に電話をかけようと携帯電話を取り出したのだが……何故だか圏外だ。アパートの共有電話を使おうと中に入りみると……どうやらコードが切られている。
交番まで行くべきか…と思っていると廊下の奥の部屋から鈴の音が聞こえてきた。奥の部屋は大家さんの部屋であったはずだ。
からんからんからんからんからんからん…
からんからんからんからん……
ギィーギィー……
縄の揺れる音までかすかに聞こえる。
私は先に部屋を見ずに交番に向かうべきだったのだろうか……
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