【第2章】夕暮れキータッチを生み出した女

Dive16

この手紙で1番違和感を感じたのは、君が好きになったという部分だ。僕の知るケシキは手紙でも人には絶対にそんなことを言わないはずだった。感情の変化と気持ちの整理がつけられず全身の力が抜けていく感覚に負けてベッドに体を投げ出す。さっきまでの自分がバカバカしく思えてくると再び涙が溢れ出てきた。

結局突然の自殺と、そんな手紙のせいで1日に2回もケシキに泣かされてしまった。



手紙を封筒に綺麗に戻してから黒いフラッシュメモリーを手に取り、ネットに接続していない壊れかけのPCに、それを差し込みウィルスチェックを始める。ウィルスがないことを確認し、【エイミー】という名前のフォルダをダブルクリックした。 フォルダの中にあるコーンのついた赤いアイスクリームのアイコンをダブルクリックするとアプリケーションのインストールを促すウィンドウがあらわれたので、迷わずインストールを実行する。すぐにアプリケーションが立ち上がると、小さな黒い画像のようなものが列となって画面を覆い尽くしていく。何のアプリケーションなのかを先に調べなかったことに少しだけ後悔しながら、左上から縦に並ぶ黒い列を目で追っていくと黒い画像の下には、それぞれkrという名前がつけられ、その横に表示された数字は、01から連番で延々と続いている。マウスカーソルをその画像に合わせると画面全体に自動的に拡大されるようになっていた。ただ黒い画像に変化はなく、画面左下にOff-lineとひっそり表示される以外、何も表示されることはなかった。スクロールするとその画像の列は終わりが見えず、少なくても10000以上あることがわかった。



「なんだ……これ?」



僕はすぐにネットに繋がったPCの前に移動し、エイミー アプリと検索するが、そのアプリについての情報はヒットしなかった。検索結果の一覧には同名の映画や通信販売サイトだけが、虚しく表示されていた。

用途不明のアプリをネットに繋がっているPCに接続するのはなんだか危険な気がする。実際に死んではいなかったが、ケシキが死後に僕に託した物だ。あらゆる可能性を考え、慎重に行動した方がいい。知り合いにハッカーでもいればもう少し詳しいことがわかるような気もするが、残念ながら僕にそんな知り合いはいない。ハッカー。そうだ。ハッカーだ。そんなキーワードに僕は過去にケシキと交わしたある一つのやりとりを思い出した。



「レンガ。私がこの世界で一つだけどうしても嫌うことのできない物を教えようか?」



「それは是非聞いてみたいな。なんだろう」



「それは広大なネットの中にある」



「ネットなんて世界以上に嘘だらけだよ。真実なんてほんの少しだ」



「もちろんそう。でも世界に隠された嘘を暴き、それを公開することに生き甲斐を感じてる人達が、あるサイトに集まっているのを知ってる?」



「聞いたことがないなぁ」



「その集団は……夕暮れキータッチというサイトに集まる」



「夕暮れキータッチ?」



「そう。ネットに集うハッカー達の集合住宅。気まぐれにせよ、暇つぶしにせよ、そこで暴かれた真実はターゲットが朝食に食べ残したゴミのグラム数まで綺麗に公開される」



記憶の底に埋もれていたケシキとの会話。



夕暮れキータッチ。



僕はすぐにGoogleの検索窓に夕暮れキータッチと入力し、サイトの誕生から実際に公開されたことによって解決した様々な事件、そして現在に至るまでの情報を収集した。

調べてわかったのは匿名により政府、企業、宗教などに関する機密情報を公開するウェブサイトであるウィキリークスとは違い、サイト内で公開される情報は機密情報や機密文書、内部告発だけではなく、その人物の情報全てが公開される。不正や悪事を嫌う名も無き集団はそれを完了させるまでに、さほど時間を必要としない。そしてその情報を徹底的に収集し、公開する彼らに匿名性はない。ウィキリークスとは違い第三者による保護は全くなく彼らは自分の意志でその情報を公開し、自らの危険は自らで守っているようだった。彼らが現在までに公開した情報は日本の首相の税金使い込みから始まり、もみ消された大手銀行頭取の息子が起こしたレイプ殺人、派遣会社が会社の事業の一つとして行っていた人身売買まで多岐にわたる。彼らが暴く事件に一貫して言えることは、全てが一方的な悪だということだった。彼らは発見したその悪を見過ごさない。レントゲン写真のようなクリアさでターゲットの人生の全てが公開される。

モニターに映るページの上部にはサイトの名前である夕暮れキータッチという文字が淡いオレンジ色で書かれていた。顔の見えない名もなき集団が集まる場所。

集団といってもそれぞれに繋がりなどは存在しない。個人が集団となり夕暮れキータッチの名のもとに思考し、それぞれがクラックして得た情報をネットに公開していた。彼等の特徴は不正を行っている企業の悪事をインデックス化していることにある。それはGoogleの検索入力画面で企業名を入力してエンターキーを押すだけでウィキリークスのようにその企業のありとあらゆる悪事が掲載されたページが瞬時に出てくるというシンプルさだった。どの企業も大抵はヒットするのでイタズラではないかという声もネットでは多く聞こえたが、おそらく本物だろう。なぜなら夕暮れキータッチに集まる彼等は無償でそれをやっているからだ。誰からも金銭を貰わずに不正に得た金で、私腹を肥やす企業や政治家の悪をネットで開示することだけに全力を注いで生きている。彼らはまさにネット上でのヒーローだった。広大なネットに晒された悪事はどれも詳細で企業内部の役員しかしらないような内容まで事細かに暴かれていた。夕暮れキータッチについてはネットに潜ればいくらでも情報が手に入る。このサイトを見ればケシキがなぜあそこまで信仰していたのかがわかる。僕は朝から散々にらめっこを続けているPCモニターに再び目を向けた。夕暮れキータッチのロゴの下に項目わけされたいくつかのボタンがある。サイトの紹介、ルール、公開保留中の案件、その中に【意味のない言葉達】、というボタンがある。そのボタンをクリックすると別のウインドウが開き、チャット画面が表示された。会話は全て日本語だったがほとんどが自動翻訳機能を使ったようなおかしな文章だった。

チャット内では誰かがひたすらマレブレンケを連呼している。たがマレブレンケからの返答はなかった。僕は考えに考え、キーボードに指を滑らせる。



「エイミーというアプリについて知っていますか?」



すぐに返答が書き込まれたが、それは質問に対しての答えではなかった。



「それがどうしたのかな? 斗明学園1年2組、蓮崎レンガ君」



「……嘘だろ?」



たった二分ほどで僕の個人情報から個人という文字が消えた。ハッカーの魔窟の呼び鈴を押したので当然想定内の事態だったが、あまりの速さに鼓動が速くなっていく。どんな頼み方をすれば彼らが協力してくれるのかを考えるが、恐怖と焦りのせいで頭に浮かぶのは普通の言葉ばかりだった。





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