第55話 コンプレックス
「さて、いよいよ大詰めだね。目指すアイリスシティはここから100キロほど北に行ったところだ。記録によればエルフたちが勃興した際、インセクト、ミュータントの連合軍はあの場所で機甲兵に敗北している。だけど今の僕たちは機甲兵に対抗できる。いかに堅固な外壁があろうともね」
その日、アイリスシティ攻略のための軍議が開かれ俺も出席を求められた。目指すアイリスシティは飛んでいけば半日、だが地上を進むとあれば二日の距離。他にもエルフはアイリスシティを挟んだ東側と北側に大きな城塞都市を築いているという。そちらからの援軍も十分に警戒が必要だ。
「やはりここはまっすぐにアイリスシティを落すべきだ。他は枝葉にすぎぬ。始祖アイリスは我らに例えるならば女王蜂のようなもの。アイリスが生きているにしろそうでないにしろその存在を消してしまえば早晩エルフは立ち枯れる。弱ったところで残敵を掃討するのは難しい話ではないのでは?」
ヴァレリアが俺の隣でそう意見を述べた。
「そうだね、ヴァレリア、君の意見は正しい。戦略的にもエルフの象徴である始祖アイリスをどうにかできれば他のエルフたちの士気も大いにさがるだろうね。
だけど、その分激戦が予想される。あの軍事用と呼ばれる機甲兵の武器に僕たちはなすすべがない。対抗できるのは女王たち、そしてゼフィロスしか。女王たちに何かあれば種の存続が危惧される事態になる。と、言う事は」
「うん、俺がやるよ」
そう答えるとヴァレリアはぎゅっと俺の手を握った。
「大丈夫だ、私も行く。あなたを一人で戦わせはしない」
「姉貴、あたしもいくぜ」
「ええ、わたくしも」
「いや、ジュリアとメルフィは残れ。私たちにもコロニーはある。私が万が一、そういなってもお前たちが居ればコロニーは」
「おいおい姉貴、だったらあんたが残れ。あたしはゼフィロスから授かった剣を持ってる。アンタよりは機甲兵との戦いだって慣れてんだ」
「いいえ、ここは私が、今回の主力は地上軍。で、あるなら私が。それに、夫の危機を見過ごせるはずもありませんから」
ジュリアとメルフィはそうヴァレリアに抗弁する。
「ダメだ! 万が一こちらに機甲兵が押し寄せたらどうする? それにジュリアはオオスズメバチ、メルフィはクロアリ、両方私たちの一族、それを率いるものを欠く訳にはいかん!」
「いいや、あたしは譲らねえ。なりこそこんなになっちまって子も産んだがあたしの心はソルジャーだったあの頃のまんまさ。戦う事はあたしの本分だからな!」
「ジュリア!」
「ええ、私も譲りませんわよ」
「メルフィ! お前!」
「はいはい、つまんない事で喧嘩してんじゃないよ!」
そう言って立ち上がったのはクロアリの女王、母ちゃんことシルフ。
「まったく、あんた達には親としての自覚がないのかい? 女王、親だったらね、子供をおいて死ぬような真似はしちゃいけないんだよ!」
「しかし!」
「しかしもかかしもあるか! メルフィ、アンタはここに残んな。今回はイザベラが居残り、だったらあたしが指揮を執る。いつまでも小娘のあんた達には任しちゃ置けないよ!」
「お母さん!」
「それとジュリア、そんなオモチャに頼ってそいつを自分の力と勘違いしているようじゃあんたはいつまでたってもヴァレリアには勝てない。力を見せたいならあんたもここに残って町を守りな。守ることだって立派な戦いなんだから」
「…ああ、わかった」
母ちゃんの迫力、そして言い分の正しさにメルフィとジュリアはここに残る事を承諾した。
「そうであるならば話は早い。ヴァレリア、今回の作戦、貴様以外の蜂族は従軍を認めん。誰かが人質そうなって作戦行動に支障をきたすのは許されないからな」
「わかった、女王ソフィア。あなたの指示に従おう」
「そしてシルフ、貴様が指揮を執るというなら私はゼフィロスと共に前に立つ」
「ソフィア! あんた!」
「心配は無用だ。コロニーは夫を任せた娘がいるし、セリカは巣を分け独立した。後顧の憂いはない。…そして私は奴らに受けた屈辱を晴らさなければ、この手で!」
ギリっと奥歯を噛むソフィアに母ちゃんもそれ以上は何も言えなかった。
翌日から数日間にわたるジュウちゃん率いる蜂の眷属たちの徹底的な空爆がスタートされることが決定し、その日の会議は解散した。
その夜はジュリアと過ごした。
「ったく、あたしが留守番なんて」
ジュリアは不貞腐れながらベッドの端に腰かける俺の隣に寄り添い、葉巻を咥えて火をつけた。
「まあ、そう言うなって。ここを守ることだって大事な事なんだし」
「ああ、わかってる、だけど気に入らねえ!」
そう言いながら葉巻をもみ消し、俺の上に跨りしっかりと頭を抱えおでこを合わせる。
「いいか、ゼフィロス、これだけは言っとく。あたしの気持ちは最初に出会ったあの日から何一つ変わっちゃいねえ。あんたが大好きで愛してる。そして、あの時あんたが後生大事に抱えてたくそマズい食いもんと味のしねえ水、ああいうもんは必要ねえ。そうだろ?」
「…うん」
「今度の事もそれと同じだ。アイリスってのがあんたの妹、んで、そいつはエルフの始祖だった。こればかりはどうしようもねえ、アンタにとっちゃ辛い事、そいつも判る。だけど事が済んじまえば、…もうその事は思い出す必要すらねえ要らねえもんだ。あの食いもんや水と同じ、アンタにはもっといいもんをあたしが用意してやる」
そう言いながらジュリアはボロボロと涙を流した。
「あたし、ひでえ事言ってる、そいつは判ってんだ! だけど、あんたにはあっち側に行って欲しくねえ! 過去の思い出、んなもんは捨てちまえ! その代わりこっから先はあたしがずっと側に居てその何倍も楽しい思い出、大事な時を刻んでやる! だから! …あんたにはあたしを女にした責任がある! それにこの先ずっとあたしと暮らす義務だってあんだろ! くそガキどもを育んで一人前にしてやらなきゃいけねえんだ! だから約束しろ! 必ず勝って、すべてにケリをつけて、そして生きて帰ってくる! そう言え!」
「ああ、もちろんだよ」
「…うん、ごめん。でもあたし!」
「わかってるよジュリア。どんなことがあっても俺は迷わない」
「――終わったらさ、他のエルフなんぞはアリの奴らに任せて家に帰ろう? あそこでさ、晴れた日はジュウたちを誘って空に、うまい果物を見つけたり、あは、そういやそろそろサクランボが実をつける。それにさ、一緒に狩を。この先あんたが剣を振るうのはエルフなんかじゃなくてクマや鳥だよ。雨の日はさ、こうして抱き合ってあたしのおっぱいいじったり、蜜を吸ったりして過ごせばいい。悪ガキどもはぶっ叩いて説教して。あんたとあたし、そう言うシンプルな生き方でいい。生き物なんてのはそんなもんだ。
…だけどそれをあんたの過去がこうまで複雑にしてやがる。だから、終わったらもう、すべて忘れて。あたしたちと楽しく暮らす、それだけを」
涙ながらにそう語るジュリアを抱き寄せキスをする。ジュリアの唇はかすかにふるえていた。そう、俺はもうヒトであることをやめた、そして愛する妻と娘もいる。アイリスと過ごした日々、それも少しずつ記憶から薄れている。天秤にかければ今が大切。そしてソフィアが言ったように人は全てを選べない。選ばなかった事に情をかけるのは愚かな事。
――すべては、すべては目覚めた時にアイリスは居なかった、それだけの事。彼女がそばに、そうあればまた違った結果となったのかもしれない。だけどそうじゃなかった。だからこの話はもうおしまい。アイリスが俺の為に残したものは全て必要のないもの。妹の愛は今の俺に有害なものに変わっていた。
…そして、アシュリーが言ったように今の俺はエルフにとって、アイリスの残した子孫たちにとって有害な魔王、互いに相いれない存在となっていた。
「もっと、もっと吸って! 強く! んっそう、アンタにはあたしがいる! だからもっと!」
強く抱きしめ蜜を吸う。ジュリアの心は出会った頃と何も変わらず裏表がなくてまっすぐだ。そんな彼女に恋をした自分を誇らしく思った。
翌日、空爆に出撃したジュウちゃんたちは大きな戦果は挙げられずに帰還した。アイリスシティ、そこには確認できただけで二十を超える軍事用アンドロイドが存在し、高高度から爆撃するジュウちゃんたちに正確な射撃をしてきたらしい。ジュウちゃんの判断で深入りせずに撤退したので被害はほとんどないが、空爆はもう無理だと勇者グランは判断した。
「なら、あたしらの出番って事だね。みんな、急いで支度しな! おくれるやつはぶっとばすよ!」
「「はい、お母さん!」」
クロアリの女王シルフの檄が飛びクロアリの騎士たちが急いで支度を始めた。
「同志諸君! 我々が待ち望んだ戦いだ。我らが受けた屈辱を晴らし、奴らを地上から消し去る時が来た! もはや奴らの弁解も謝罪も必要ない! ただ殺し、破壊する。我らの同胞が受けた傷をいやすにはそれ以外の方法はない! …これより状況を開始する!」
「「はっ! 中佐殿!」」
コートを翻し、外に出ていくソフィアに続き、赤アリも素早く行動を始めた。
「今回は私も同行させてもらうよ」
そう口を開いたのはカルロス。「お父ちゃん!」と止めに入ったシルフを手で制し、作戦参謀たる勇者グランに向かい合った。
「議長閣下、その本意は? あなたが同行することによる戦術的価値は皆無ですし、それに、…僕はね、このエルフとの長い争いの結末をトゥルーブラッド同士の内輪もめ、そう言う結果にしたくはないんです。ゼフィロスは既にヒト、トゥルーブラッドである事をやめ、僕たちと同じインセクトになった。あなたは外見は変われどもその内面はヒトのまま。だからこの結末に口を挟むような真似はしてほしくないですね」
「…私は確かにヒトのままだ。この世界の行く末に口を挟むつもりはない。それはこの地で生きて来た君たちに決める権利がある。…だが、最初に目覚めた四十人の一人として、エルフと言う災厄、それを招いたものの一人として、最後まで見届ける義務はある。そうは思わないかね? 勇者グラン」
「…義務、ですか」
「そう、私はエルフたち、いや、同胞から逃げ出した。彼らと運命を共にすることもできず、かと言って彼らの暴虐を止める事も出来なかった臆病者だよ。だがね、そんな私だからこそ、彼らの最期を見届ける責任がある」
「勇者グラン! お父ちゃんはね、ずっと苦しんできた、何百年も後悔の日々を送ってきたんだ! あたしたちに技術を伝えた事もそれが正しいことかはわからないって。ずっと、ずっとお父ちゃんは!」
「…そうですか、議長閣下。あなたはずっと、ですがあなたの苦しみ、その一つを取り除くことはできますよ」
「…本当かね? 私は間違ったことを、ずっとそう悔やんでいた」
「あなたがクロアリに伝えた技術、それは僕らに伝えられた知識の中に全てあるもの。あなたはそれを実践したに過ぎない。そして鉱石を加工して金属を、そう言う事はアリ族に向いていた。あなたは新たに何かをもたらしたわけではない。クロアリが忘れていたもの、それを思い出させただけ。ヒトがインセクトやミュータントに変わった時、各種族には平等に知識を与えられていた。僕たちはそれを受け継いできただけですから」
「あはは、そうさ、そうだったね、勇者グランの言う通り、あたしたちだってそう言う事を受け継いできていたはずだった。だけどね、アリの男どもってのはどうしようもなくボンクラで、そう言う事を飲んだくれて忘れちまった。知識の継承を怠っちまったんだ。
お父ちゃん、アンタは禁忌の知識を持ち込んだわけじゃない、ただ、ウチのろくでなしどもが忘れちまったことを知ってただけなんだよ、だからね、その事は悔やむ必要なんか」
シルフはカルロスの体を抱きかかえ、泣きながらそう肯定した。カルロスは表情をフードで隠したまま「そうか」とほっとした声をあげた。
「ねえ、カルロス。もしかしてお前さ、」
「なんだい、あんちゃん」
「いやいやいや、俺の勘違いだとは思うんだけどぉ、もしかしてお前、現代知識を持ち込んで異世界転生したチート主人公気取りだった?」
「うわぁぁぁ! 違う! 違うからね!」
「チート主人公、そう言えば古い文献に。確か、何も知らぬ相手にコインを十枚重ねてそれと同じ高さに積み上げてこうすれば数えやすいでしょ? ってやつかい?」
「そうそう、それです、他にも色々と、」
「あー、あー! 聞こえない! 何の事? あんちゃん、そう言う冗談は良くないよ?」
「そうさ、ゼフィロス! お父ちゃんをイジメるのはあたしが許さないからね!」
「あら、シルフさん」
「なんだいイザベラ!」
「あなたって、もしかしてファザコン?」
「ち、ちがうよ! 何言ってんだい! あんたこそ息子に欲情する変態じゃないか!」
「うふふ、やだ、ファザコンですって。ヴァレリア、アエラ、聞きました?」
「信じられませんね、お母様。父親に欲を覚えるなど」
「絶対無理☆ ぶっちゃけありえないし!」
「えっ? 親父にってことか? そりゃねえだろ!」
「…お母さん、最悪です」
「ち、違うって言ってるだろメルフィ! ぶっ飛ばすよ!」
そう言いながらもシルフはカルロスを抱きかかえて離さなかった。
「貴様ら! 何をもたもたしているか! えっ? シルフがファザコン? やだ、そんなの昔からじゃない」
「ソフィア! 余計なこと言うんじゃないよ!」
「だって、先代のクロアリの女王はそれが元であんたと議長閣下を別々にしたのよ? セントラルシティは元々そうやって作られたの」
「あー! あー! 聞こえない、何言ってんだいあんた!」
「だって私、何回も相談受けたのよ? あんた達の事で。ま、先代はオバンだったし、仕方ない部分もあったけど、そのあとすぐ死んじゃったし」
「ちがう、ちがう! そんなんじゃない!」
「…議長閣下、あなたも僕とは違った意味で勇者だった、そう言う事ですね」
「勇者グラン、君と一緒にしないでほしいね、私は、そんな!」
「そうさ、実の姉と関係を持ったあんたに何か言われる筋合いなんか!」
「でも、親子ですわよね?」
「あ、あたしはね! 違うんだよ! いろいろ事情があって! お父ちゃんは大変だったんだから!」
「ま、いいじゃないどうでも、興味ないし。さ、ゼフィロス、行くわよ。みんなもう支度して待ってるんだから」
「そうだな、私たちもそろそろ」
ヴァレリアはそう答え、シルフはカルロスを抱えて走って外に。そう言えばずっと一緒だもんねあの二人。
シスコンVSファザコンの不毛な戦いはファザコンの逃亡により鈍色の結果となった。母ちゃんとカルロスの間に不適切な関係があったかどうかは謎のまま。知らない方がいいことって世の中にはあるもんね。
その日、俺たちは勇者グランとハニー・ナイツ、それに蜂族の女王たちやジュリア、メルフィたちに見送られ、地上軍と共に町を出発した。
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