第45話 機甲兵
軍事用アンドロイド。読んで字のごとく人を殺すために作られたアンドロイドだ。当然対人間用のリミッターなどあるはずもなく、普通に俺にも攻撃を仕掛けてくる。しかも軍用兵器でだ。つまり、俺のトゥルーブラッドとしての優位性は消え去り、ガチで戦う事になる。
ちなみに俺の武器はサイズこそでかいとはいえ基本どこのご家庭にもあった包丁、それに威力は大きいとはいえ殺傷能力のない空気銃。いわば、おもちゃの銃だ。いや、仮にこれが軍用ナイフと軍用のハンドガンだったとしても状況は変わらない。なにせ相手は軍事用に開発された機動兵器、それに生身で立ち向かうことに無理があるのだ。
その機動兵器は城の前に進み、内臓マイクで宣言する。
『貴様らの中にトゥルーブラッドがいると聞いた。その者を引き渡し、ここを明け渡せ。さすれば命だけは助けよう』
「おい、何か言ってるぞ!」
「ははっ、どうしよう」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ? とにかく戦うんだよ! だらしないねえ」
俺とベンがそんなことを言っていると横から獅子族の女が口をはさむ。彼女はベンの妻の一人で、レイチェルと言う。実質ここを仕切っている人物だ。獅子族も実働は女、男はいざというときにしか働かないらしい。
「眷属たちが足を止める。そしたらあんたの出番さ、トゥルーブラッド」
「あ、うん」
「相手は高々一体だ! みんな、ビビるんじゃないよ!」
「「応!」」
獅子族たちはやる気十分、熊をあっという間に倒した相手でもひるまない。さすが百獣の王だ。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「わからん」
その長であるベンはビビりまくりだ。
「されば大佐殿、我らも同行を」
城門前には10m級のライオン、獅子族の眷属が立ち並び、今か今かと唸りを上げる。そして城門が開き一斉に飛び掛かっていった。
『愚かな。力を見せねばわからぬとはな。よかろう、容赦はせぬ!』
アンドロイドから女の声が響いた。アンドロイドの型番はMF201A、2000番台のアンドロイドと同時期に作られたもので、中に人が乗れるようになっている。体長は5mちょっと。コクピットの分だけそのあとの世代の物より大きくなっているらしい。そしてAとはアサルト仕様。アタッチメントを変えた砲撃仕様のB型、それに電子戦仕様のC型にも変えられるらしい。
そのアンドロイドは迫りくる獅子の眷属に対して移動を開始した。足の中ほど、人で言えば土踏まずのところがガコッと割れ、そこからローラーが出現する。そして薄く積もった雪の上を、雪煙を上げながらシュィィンと滑るように移動する。距離を保ちながら右手に持ったアサルトライフルで、一体、また一体と眷属たちを仕留めていく。大きなライオンたちは決して遅くはないのだが、アンドロイドの動きがそれを上回る。それに破壊力の大きなアサルトライフルを撃ち込まれるのだ。敵うわけがない。
半分ほどがやられたところで残りが引き返し、城門が固く閉じられた。俺も、ベンも、そしてセリカたちもポカーンと口を開けたまま呆けていた。
「ちょっと! 何ぼさっとしてるんだい! 対策を練るよ!」
未だ威勢のいい獅子族の女、レイチェルに促され、俺たちは元いた塔の中に引き返す。
「えっとさ、そのなんていうか、戦うのは無理っぽい?」
「何言ってんのさ、さっきあんたが言ったじゃないか、機甲兵となら戦うって! あの化け物はあんたが始末するべきだろ?」
「あのね、機甲兵にも二種類あるの。いつも出てくる奴は早い話が作業機械。だから人間、トゥルーブラッドである俺には攻撃してこない。だけどあれは軍事用、だから俺にも攻撃してくるし、あんな弾食らっちゃ死んじゃうの。わかる?」
「難しいことはよくわかんないけどさ、要はあんたは役立たずって事かい?」
レイチェルは心にザクッと突き刺さることを平気で言う。いるよねー、こういう女の人って。
「あ、あはは、まあ、そうともいうね。だけどね、あれが居たらスズメバチだろうがクロアリだろうが敵わない。これは絶対だ」
「そ、そりゃジュリアとメルフィが居てもって事か?」
ベンはそうあってほしくない、と言う声でそう言った。表情はよくわからない。だってライオンの顔だからね。
「そうだね。あの二人が居ても無理。さっきの眷属たちを見ただろ? 誰も近づけずにやられちゃった。決して遅い訳じゃないのにだよ?」
ふう、とみんなでため息をついたとき、外からまた、あのエルフの声が聞こえた。
『繰り返し貴様らに勧告する。トゥルーブラッドを渡せ! そうすれば見逃してやる。この地にどうしても居たければ我らが保護下に入ればいい』
そういってそのアンドロイドは肩に乗せたランチャーからミサイルを発射した。それは城門の上の胸壁を一撃で破壊した。
「「ひぃぃぃぃ!」」
再び俺とベンは固く抱き合った。
『もう日も暮れる。明日まで猶予を与えよう。そうだな、明日の正午。それまでに回答がなければ力をもってわが目的を達成する』
そう言うとアンドロイドはシュィィィンと雪原を滑っていった。
俺たちは広間に移り、食事しながら会議をする。参加者が多すぎても意思決定が難しくなる。なので獅子族はベンとレイチェル。そしてこちらは俺とセリカの四人で話し合いを行った。
「まず俺の意見を述べさせてもらう!」
そういって発言したのはベン。
「この地は俺たちの故郷だ。南に比べりゃ雪も深いし寒さも厳しい。だが俺たちの先祖はこの地に眠っている。だからこの地を離れる気はない!」
「なら俺たちはここを離れるよ。あれに勝つのは無理だしね」
「ちょっと待ちなよ! あんた、あたしたちを置いて自分だけ逃げる気かい?」
レイチェルが噛みつくようにそう言った。俺はセリカが注いでくれたワインで口を湿らせ反論する。
「逃げる? 違うね、これは転進。不利な時に引くのは当然だろ?」
「引いてどうすんのさ? 勝つ見込みでもあるのかい?」
「それは、その。頭のいい連中がきっと」
「ダメだ! ここは離れん!」
「ちょっとベン、あんたも見ただろ? あれに勝つのは無理だって」
「あたしも故郷を捨てる気はないよ」
「ならどうすんのさ」
「あんたを差し出す。エルフどもにね。なあに、エルフだって悪いようにはしないさ。あんたの妹の子孫なんだろ?」
「え、俺を差し出すの? ふっざけんな!」
「あんたを差し出せばエルフだって、そうだろ? ベン」
「……そもそも東のエルフの集落をつぶしたのは誰だ? あそこの連中が居ればうまく口をきいてくれたかもしれん」
「そうさ、あたしたちはエルフとだってうまくやってた! それをあんたたちが! あいつらだっていい奴らだったんだ!」
「エルフと戦うのは評議会の決定だろ!」
「中にはいい奴らもいたんだよ! それをあんたが、あんたらが皆殺しに! そうだろ? 蜂の王!」
俺とレイチェルがわーわーと言い争っていると、それまで黙っていたセリカが口を開いた。
「獅子の長よ。大佐殿を差し出してどうする? この地を動かぬとあればエルフの庇護下に? 奴隷となるつもりか?」
「……それもやむおえまいな。ゼフィロス殿を差し出せば、我らは孤立する。ならば、」
「なるほどな。だが、そうなったとしてあのスズメバチたちが貴様らを見逃すとでも?」
「それもわかっている。だが、他に方法が」
「私は当然反対だ。大佐殿を生贄にはできん。それに、私が付いていながら大佐殿を、となれば我ら赤アリとて滅ぼされかねん。スズメバチたちにな」
そこで三人はふうっとため息をついた。
「だからさぁ、ベン達も意地張ってないでここから逃げようぜ?」
「ダメだ! それだけはできん!」
「そうだね、あたしたちはここを動かない。例えエルフの奴隷となったとしてもさ。よそ者のあんたにはわからないだろうけど、ここを取り戻すのに百年かかってる。親の代からの悲願なんだ。それにね、あたしたちがここを捨てたら次は、」
「次は?」
「ここから近いキイロスズメバチのコロニーさ。奴らは冬は動けない。きっと新しい女王は引きずり出されて生きたまま酒着けにされる。ジュンだってそうさ。それでもいいのかい、蜂の王? あんたがおとなしくエルフに降るっていうなら、あたしたちはなんやかんやと交渉して奴らを足止めする、少なくとも春までは。奴隷になるとしたって安売りはできないからね」
「そうだな、それが我らにできる精一杯。春まではエルフをここより先には行かせん。だからゼフィロス殿、頼む」
そういってベンは頭を下げた。
「ともかく、時間はまだある。このような大事、早々には答えを出せん。明朝まで、時間をもらおう」
セリカは俺の手を引いて席を立ち、風呂に一緒に入ったあとで、地下の寝床に連れて行った。
「やっべえ、どうしよっか?」
「実際今の状況は詰んでいます。大佐殿が後方にお引きになればその分エルフは前に。レイチェルの言うようにキイロスズメバチ、ジュンたちのコロニーは助かりますまい」
「だよねー。やっぱ俺がエルフのところに」
「しかし、そうなると先ほど述べたように、獅子族、そしておそらく我らも。……ヴァレリアたちによって滅ぼされましょう」
「うわっ、そっちもあったか。とにかく、エルフには出頭する。そしてセリカ、お前たちは夜のうちにここを出てジュンのコロニーに。そして何とかしてイザベラのコロニーに居る勇者グランと連絡を」
「ヴァレリアたちではなく、ですか?」
「うん、そのあとの判断は勇者グランにすべて任せる。ヴァレリアたちに連絡するかどうかも含めてね。勇者グランにはこう伝えてくれ。赤アリも獅子族も死なず、それでいて俺を助ける方法を考えろと」
「で、あれば部下を向かわせます。私は最後までお供を!」
「だめだ。俺はおまえにも死んでほしくないし、ひどい目にあわされるところも見たくない」
「上官に最後まで付き合うのも部下の務めです! それに私は、あなたを見捨ててなど!」
セリカはぼろぼろっと涙を流し、俺に抱き着いた。
「同志少尉! これは命令である!」
「しかし大佐殿!」
「これ以上の抗弁は認めん! いいか!」
「はっ! 謹んで拝命します!」
「獅子族がいつ裏切るかもわからん。早めに出立を。そして一つ約束をしよう。俺は死なぬと」
「はっ! 必ずやまた、お目にかかります。それではっ!」
セリカは泣きながら俺に敬礼し、背を向けた。これでいい。俺の役目は死なないこと。後は勇者グランが何とかしてくれる。多分。
「進めぇ! 怯むんじゃねえぞ! 前に出ろ! 前に!」
そう叫ぶのは片腕を失ったジュリア。剣を持ったジュリアの右手がアンドロイドに踏みつけられた。
「わたくしが必ず!」
『当然であります!』
斧槍を振り回すメルフィとそれを乗せたアイちゃんは軍事用アンドロイドのバルカン砲に粉々になるまで撃ちぬかれた。
「ふむ、ならばあとは死力を尽くすまでだ。ジュウ、お前には子供たちを」
『わかったわ。あの子たちにはあんたたちが立派に戦って死んだ、そう伝えてあげる』
「すまんな。ではっ!」
ソルジャーのエルたちと共にヴァレリアが突撃する。被弾しながらもアンドロイドにとりついたヴァレリアはそのアンドロイドに体を千切られる。最後に俺の名を叫んでいた。
エルフの快進撃は続き、各コロニーは制圧され、女王はエルフの町で磔に。オオスズメバチのイザベラ、アエラ、キイロスズメバチのミサ、それにアシナガバチのフリル。そして赤アリのソフィアとクロアリの母ちゃん。その横に機械の体のカルロスが。
数十年の時が流れ、めっきり老いた勇者グランが娘たちにこう告げた。
「いいかい、アリサ、メロ、そしてミカ。君たちの両親はエルフと勇敢に戦い、そして果てた。仇を取ってやれるのは君たちしかいない」
「ふっ、わかってるわよ、おじい様。あたしたちがエルフを皆殺しにしてあげる」
「そうね、そのために私たちは生きてきたのですから」
「ああ、そうだな。父様、そして母様の仇、あたしはこの日を楽しみにしてた」
「エルフを滅ぼすにはこれを使うしかない。だが君たちも、僕も、誰もこの地には生き残れない。それでも?」
「無論よ。親の仇も取れないで生きている意味はないもの」
「そうですわね」
「当然だな」
「ふふ、みんないい子たちだ。美人で、それこそゼフィロスが生きていれば喜んだろうに」
そういって勇者グランは小さな玉をアリサに渡した。
「行くわよ」
三人が外に出るとそこには年老いても姿の変わらないジュウちゃんがいた。
『いくのね?』
「ええ、行くわ」
アリサにミカ、それにメロを抱えたジュウちゃんが空高く飛び上がる。そして今やエルフの首都と化した、セントラル・シティの上空へ。
「みんな、覚悟はいい?」
「ええ」
「ああ」
『いいわよ。何もかも消し去りなさい!』
「うん、みんな、生まれ変わったらまた一緒に、父様も母様も!」
「そうね。あの楽しかった日々をもう一度」
「ああ、約束だ」
『今度はあたしがあんたたちを産んであげる』
「ふふっ、それじゃ、行くわよ!」
そういってアリサが玉を落とした。みんな涙を流しながら笑った。
核兵器、勇者グランが選んだ答えはそれだった。地に落ちた玉は光を発し、街も、人も、そしてアリサたちもその光に飲まれていく。その光が消えたあとには何一つ残らなかった。
「ふっざけんな!」
飛び起きた俺は思わずそう叫んだ。ふと周りを見回すが誰もいない。夢、か。いや、そうじゃない。今のは起こりうる未来。可能性の一つ。俺が死ねばヴァレリアたちは必ず報復に出る。そして、軍事用アンドロイドを起動したエルフに敗れるのだ。不機嫌、いや、恐怖を不機嫌でごまかす俺は顔を洗い身支度を整える。そしてベン達にエルフに出頭することを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます