第43話 愛娘

 二日ほどクロアリの所で労働者として働き、セントラル・シティ行の隊商に紛れ、我が家に戻ることにした。


「それじゃ母ちゃん、元気でね」


「ああ、あんたこそ、しっかりやんな」


「兄ちゃん、はやくぅー!」


「じゃ、行ってくるね」


 母ちゃんに作ってもらった弁当をバックパックにしまうと、俺はアイちゃんにまたがった。


『ゼフィロス様! 水筒は持ったのでありましょうな?』


「ああ、ちゃんと持ったよ。果実水を入れてもらった」


『そこは大事なところでありますからな』


「それじゃー出発ぅ!」


 妹、そういうことになったミルの合図で隊商は出発する。赤アリのソフィアに作ってもらった軍服。そして母ちゃんが作ってくれた薄手の絹の襟巻。その上にコートをひっかける。もうすぐ夏、それでも温度調節機能が付いたこのコートを着ていればそれなりに涼しいのだ。


『蜂の王に、赤アリの大佐、それにクロアリの兄でありますか。誇らしいことでありますな』


「あはは、形だけさ、こんなの」


 道、というものが存在しないこの世界において、移動するにはアイちゃんたちの記憶と匂いが頼りだ。さすがにセントラル・シティ近郊は踏み固められた道があったが。


『いい天気でありますな』


「ほーんと、のどかなもんだよね」


 バックパックを枕にアイちゃんの上で横になる。そして葉巻を吸ったり、果実水を飲んだりしていると、池のほとりで隊列は止まった。


「兄ちゃん、ここでお昼にするよー」


「あ、うん、すぐ行く」


 ミルたちアリの騎士とみんなで弁当を食べて、水筒を飲み干してしまった俺はアイちゃんを捕まえ蜜を吸った。


『もう、ひどいでありますよ!』


「しょうがないだろ、水筒なくなっちゃったんだから」


 変な声、いや匂いを発し、みんなにクスクスと笑われたアイちゃんはお冠だ。一緒にきたミルたちはサード以下。その蜜は薄いに決まってる。どうせ飲むなら味のいいほうを。


 むすくれるアイちゃんの機嫌を取るように、「アイちゃんの蜜はおいしいからね」とささやくと、『もう、知らないであります!』と言いながらも機嫌を直した。


 セントラル・シティについたのは夕方。妹たちと別れ、俺は我が家に帰り着く。するとヴァレリアが上から飛び降りてきて俺に抱き着いた。


「おかえり、おかえり!」


 そういって俺を抱き上げて飛び立つと何度も何度もちゅっちゅした。



 夏も終わろうというころ、俺は3人の子持ちになっていた。蜂族もアリ族も不思議なもので、さなぎから羽化するとすでに幼女。6歳児くらいまで育っているのだ。もちろん言葉や何かも見た目通り。飯も食えるしトイレもひとりで行けるのだ。すげー。


 そしてこの3人の内訳だが、ヴァレリア、メルフィ、ジュリアとそれぞれ一人ずつ。卵はもっと産んだのだが残りは羽化できずに死んでしまった。


「ま、こんだけ生まれりゃ十分さ。な、姉貴」


「まあ、三つ卵を産んで一つ孵ったのだ。十分だろう」


「ええ、プリンセスとして育ったわけでもない私たちがファーストを一人ずつ、十分な成果ですよ」


 特に悲しむこともなくそんな反応だった。まあ、産んだ子すべてが、というわけにもいかないのだろうが。


「羽化して顔を見てしまった後に死なれればそれは辛いさ」


「そうだな、けどさなぎなんてのはそんなもんだ。下手すりゃ半分、それ以下しか羽化できねえ時もある」


「ですね。ですからこれが当たり前、悲しむよりも生まれたことの喜びが」


 女王となった三人はそう言った。


 さて、それはそうと生まれた3人は、生まれた時からフルパワー。コロニーの至る所を駆け巡り、毎日誰かに追いかけられていた。


「こらぁー!」と、今日もユリちゃんの声が響く。その3人はトゥルーブラッドである俺の血を引いているせいか、やたらにすばしこく、いざとなるとばらばらに逃げるのだ。


「ま、子供などというものはあんなものだ」


「そうだな」


「ですわね」


 三人の女王たちはそう言って現実から目をそらした。


「ちょっと姉さんたち! 何とかしてよ! あの子たちったら酷いいたずらばっかりするのよ!」


 金切り声でまくしたてるユリちゃんに、仕方ない、とヴァレリアが重い腰を上げた。しばらくすると、外に洗濯物のように吊るされた3人の子供たちがいた。


「もう、メロがどんくさいからこうなるのよ!」


「ちがうよ! ミカが転ぶから!」


「あー、あたしのせいにしようっての? アリサの言う方向に逃げたのに!」


 アリサはヴァレリア、メロはメルフィ、そしてミカはジュリアの産んだ子だ。彼女たちはそれぞれプリンセスとして育ち、いずれこのコロニーを巣立っていく。


『まったく、親がバカだと子供もバカなのよ!』


 その日、ジュウちゃんたちの巣に泊まった俺は山ほど文句を聞かされた。子供たちは当然というかここにも入り込み、幼虫の蜜をなめたりして遊んでいくのだという。それはいいのだが、ユリちゃんたちに怒られたとき、ここに逃げ込み、眷属たちに紛れてしまう。眷属たちもどっちの味方をしていいのかおろおろ。顔は怖いが優しい連中なのだ。

 そこにヴァレリアの登場である。子供たちを守ろうとした眷属は問答無用に叩かれ、蹴られ、ひどい目にあったのだという。


『まあ、でもインセクトの子はかわいいですよね』


『そりゃあ、そう思うわよ? けどね』


 女王サーシャがそう言うと、ジュウちゃんもしぶしぶとそう答えた。なんだかんだ言って、みんな親バカだった。



「ねえねえ、父様、絵本読んで!」


「えー、お外で縄跳びがいい」


「どうせなら街までいこうよ!」


 その日は娘たちと街に出ることにした。しかし、娘というものは実にかわいい。みんな母親に似て美人になりそうだし、メルフィの子メロは俺の血のせいか、視力も悪くなく、眼鏡も必要なかった。


 俺はアリサとメロと手をつなぎ、ミカを背中におんぶして街を歩いていく。街といってもこれと言って何もない集落。何せ通貨もないから店もない。みんな自給自足、足りないものは物々交換、そんな世界なのだ。

 

 このセントラル・シティの主要な住民は狼族である。狼族はこの近辺をなわばりに、畑を作ったり、ヤギを飼ったり、野生生物を狩ったりして、主に食料品の加工をしながら生きている。それとクロアリ。彼女たちは評議会の議場の管理やこの町の警備、それに狼族との交易のため、それなりの人数が住んでいる。メルフィも元はその一人だし、今はルルを頭に議長であるカルロスの世話をしていた。

 そのほか、各種族の外交官ともいえる人たちがここに住み着き、いろんな種族が住んでいる。それらを相手に交易する狼族は何気に豊かな種族なのだ。


 しばらく歩いているとその狼族の若者の一団があらわれて道をふさいだ。


「おい! アリサ、この間はよくもやってくれたな!」


「ちょっと、父様と一緒なのよ? 空気読みなさいよ」


「ほんとバカね」


「死ねばいいのに」


 えっ? えっ? と戸惑う俺をよそに、メロがいきなりその狼族の若者を殴りつけた。


「や、やりやがったな!」


 あっという間に大乱闘。見た目小学生のうちの娘たちはあっという間に高校生くらいの狼族の連中をぶっ飛ばした。


「こらー!」っとその騒ぎを聞きつけた狼族の長、ジュロスが走ってくる。


「げ、ジュロスじゃん。逃げるよ!」


「うん、あいつしつっこいのよ」


「ばーか、ばーか」


 そういって娘たちは俺を置いて逃げ散ってしまう。



「ちょっと、ゼフィロスの旦那! 何とか言ってくださいや!」


 その場に残された俺はジュロスの家に連れていかれ、やはり山ほどの文句を聞かされていた。なんでもあの子たち三人は街に来ては勝手にジュロスたちの作ったチーズやなんかを探し出し、食べてしまうのだという。最初のころは子供のやることだから、と甘く見ていたが、それを咎めた息子のゼルたちがぶっ飛ばされたあげく木につるされたのを見て、さすがに黙っていられなかったらしい。


「俺、俺、あいつらに何回も叩かれて!」


「旦那、俺たちも騒ぎを大きくするつもりはねえが、何とかしてくれなきゃ評議会に訴えるしかねえんだ。あんたも親ならその辺、しっかりしてくれよな」


「……うん、なんか、ごめん。そのさ、俺の前ではすっごくいい子で」


「とにかく! 俺たちはあの子らには迷惑してる! 力も強いし、やたらにすばしっこくて下手すりゃ大人の俺達でもかなわねえんだ。そして決定的に人の言うことを聞かねえ! いったいどんな育て方すりゃああなるんだ!」


「ですよねー。その、前向きに善処しますんで」


「ほんと、頼むぜ? 旦那、俺たちゃあんたには感謝してる。けどそれとこれとは別の話だからな!」



「――と、言うわけなんだ」


 コロニーに帰り着いた俺はヴァレリアたちに状況を説明した。例によって子供たちは洗濯物と一緒に外に吊るされていた。


「うーむ、人の物を勝手に食うのはよくないな」


「本当ですね。そんなさもしい真似を」


「ったっく悪ガキどもが、みっともねえことしやがって。それはそうとゼフィロス、親父たちから文が来た。そろそろ顔を出してくれとよ」


「ふむ、で、あれば此度は私が同行しよう。娘たちの顔も見せてやらねばな。それに、」


「あそこには口うるせえルカ姉がいるって事か」


「そういうことだ。私たちが殴っても言うことを聞かないあいつらも、さすがにルカの口うるささには敵うまいよ」


「それでダメならうちの母に。力はあるのですから嫌というほど荷を運ばせてやればいいのですよ」


「そうだな。そうしよう」



 翌朝、俺はヴァレリアに抱えられ、子供たちは縄で数珠つなぎにされてジュウちゃんに咥えられる。そして護衛としてサーシャの娘たちがその周りを取り囲み空を飛んだ。ちなみに狼族に対してはジュリアがうまく話をつけておいてくれるらしい。


「ねえ、ヴァレリア。ほかにもっとやり方があるんじゃないかな?」


「ん? 子供たちの事か? あれで十分だ。ほら、楽しそうにしているではないか」


 その子供たちは初めての空に大興奮。縄で縛られながらも三人であれこれ話をしていた。


「ほら、メロ、見なさいよ! あんなに街がちっちゃく!」


「綺麗」


「あたしたちもいつか自分の羽で。あ、メロは羽が生えないんだっけ。そん時はあたしが抱えてあげるよ、父様みたいに」


 数珠繋ぎにされながらも上機嫌。なるほど、これでいいのかもね。



 さて、ヴァレリアにとっては久しぶりの里帰り。子供たちは二時間後には外に吊るされていた。しかもイザベラの拳骨を食らい、ルカさんの説教をたっぷり食らってだ。


 そして俺は勇者グランのよからぬ企みに乗り、五人の夫たちと共に正座。そのあとヴァレリアの説教を食らった。


 翌日はヴァレリアと子供たちを残し、迎えに来たアエラのコロニーへ、その翌日はキイロスズメバチ、そのまた翌日はアシナガバチと巡業を終え、再びイザベラのコロニーに。何気にハードスケジュールなのだ。しかも夏場所はまだ半分。一度戻って今度はアリ族の元に行かねばならない。


 赤アリのところでは勝手に酒を飲んで酔っ払い、クロアリのところではガラスを割って回った子供たち。ソフィアの鉄拳、それに母ちゃんのビンタを食らいながら夏場所を終えた。


「すっごく楽しかったね!」


「うんうん!」


「今度は秋に行くんだろ? 楽しみだなぁ!」


 付き添ったヴァレリアとメルフィはふぅ、とため息をついた。当然二人もそれぞれの母から大目玉を食らったのだ。


「ま、ガキなんてそんなもんだ」


 一人残っていたジュリアだけがそう言って笑った。


 そして秋場所を終え、冬になる。俺は迎えに来た赤アリのセリカと共に、北の城へと向かう事になる。ほんと、何気に忙しい。

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