第35話 戴冠式
翌朝、俺たちはグランさんの部屋に呼ばれた。
「食堂には行くな、できるだけ他の姉妹と顔を合わせるな、だってよ」
「えー、久々にあそこで飯食いたかったのに」
「はは、親父がそう言うんだ、仕方ねえさ。飯はアタシがとってきてやる」
ジュリアがトレイに盛ってきてくれた飯を食い、身だしなみを整える。そしてグランさんの部屋に行くと、そこには女王の夫、5人が勢ぞろいしていた。ちょい悪のシュウさん、ショタ系のカシムさん、そしてマッチョなニールさんと貴公子のライアンさん。
「なんだぁ? 親父たちが勢ぞろいして」
「ま、二人とも掛けてくれ」
そう言われて長椅子に並んで座る。
「僕たちはね、カシムの考察を元に一つの推論を得た」
やせこけた勇者グランがそう言うと、他のみんなもうんうんと頷いた。
「それで、どうなんですか?」
「まずはジュリア、君に聞きたい。君はゼフィロスの匂いをどう思う?」
「んなことぁ決まってる。夫の匂いなんだ、そりゃこの世で最高の匂いさ」
「あ、そうではなくて、最初彼に出会った時、どう思ったかを聞かせてくれ」
「んー、弱っちくて、変わったもん持ってて、けど、なんか良い匂いがした。構ってやりたくなるような匂いがな」
そうジュリアが答えると、みんなはなるほどね、と納得したような顔をした。そして勇者グランに変わり、カシムさんが口を開く。
「ゼフィロス。君は最初からトゥルーブラッドとしてのフェロモンを持っていたんだよ。けれど、それはごく薄く、みんなが強く感じるほどじゃなかったんだ。記号の合う個体、うちではジュリアだね。そういう相性のいい相手にしかそれは感じられなかった。多分だけどヴァレリアも感じなかったんじゃないかな」
「よくわかんねえよ、それじゃ」
「いいかい、ジュリア。人には相性って言う物がある。好み、と言ってもいいかな? 君だって姉妹の全員と仲がいいってわけじゃないよね?」
「そりゃまあ」
「君にとってゼフィロスは最初から好みだった、そう言う事だよ。一目惚れと言ってもいいかな。ゼフィロスの匂いは君の好みに合っていた。女で無かった君が、コロニーの役目より優先するほどね」
「そうさ、アタシは最初からゼフィロスが好きだった。けど、それなら姉貴は?」
「ヴァレリアはゼフィロスの世話役をイザベラから命じられた。その責任感、それに命を助けられた恩。そう言うのがあって彼を意識し始めたんだ。最初は何とも思っていなくとも、そうなればこだわりも出てくるさ」
「なるほどな、そうさ、最初はアタシの方がゼフィロスを好きだったんだ。姉貴は何とも思ってなかった」
確認したかのような顔をしてカシムさんは頷いた。次に貴公子のライアンさんが口を開く。
「ゼフィロス、本来そうした薄いフェロモンしか持ってなかった君が、娘たちと交わり、そして蜜を吸う事により、強いフェロモンを持つに至ったと言う事だな。女を知った大人の男、童貞にはない魅力があって当然だ。しかし不思議なのはジュリア、君達が尻尾から蜜を吸わせたこと。幼児以外にそのような事、普通は嫌がるのでは?」
「そりゃあ、愛しい夫相手にに嫌もくそもねえさ。恥ずかしいのはあるけどな」
「なるほど、ではゼフィロス? 君は何故尻尾から蜜を吸おうなどと?」
「えっと、クロアリのメルフィがそうやって飲ませてくれて。だったらジュリアたちも蜜が出るのかなって」
「クロアリ、か。彼女たちの生態についてはそこまで詳しくはないが、おそらく最初は緊急避難的な措置だったのあろうな」
「弁当を食べて、パンだったので喉が渇いて池の水を飲もうとしたら、それはダメだって。で、代わりに」
「そして君はそれが好みだった、と」
「その、変な声出すから面白くて」
「それで娘たちにも、と言う訳か。よくわかる話ではあるな」
ふふっと笑いライアンさんは口を閉じた。今度はシュウさんが変わって俺に話し出す。
「まあ、お前さんのそのスケベ心が今の状況を招いたってこった。蜂の尻尾は子を産むための物。つまり子宮だ。そこから出る蜜はいろんな情報を含んでる。そいつを毎日のように飲んでちゃ、お前さんのフェロモンだって俺たちに近くなる。しかもそれは俺たちの何倍も強く、俺たちにはねえ、トゥルーブラッドの要素も含んでる」
「どういう事です?」
「早い話がお前さんは蜂の女にはモテモテって訳だ。女王、そしてファーストなんかはたぶんメロメロのはずだぜ? セカンドだって怪しいもんさ。流石にその下は好意を寄せる、ぐらいで留まるだろうがな」
「そう言う事だね、だから食堂にも行かせずに直接ここに。あそこにはファーストのルカがいる。あの子まで君に、となればうちの運営に差しさわりが出るからね」
勇者グランがそう言葉を継いだ。
「そして君の悩み、エルフに嫌悪を感じる事なんだけど、」
「はい」
「君の吸う蜜の中にはプリンセス、つまりヴァレリアやジュリアのものが含まれる。それに眷属のもだっけ? ほんとよくやる、じゃなくてその女王の蜜も。となれば体に変化が現れても当然だよ。蜂の女はとてつもなく独占欲が強いからね。その蜜に意識せずとも自分たちに君を近づける成分が含まれててもおかしくはない。ましてプリンセスや女王の物、ともなれば尚更だね。
蜜に関して言えば、いまだ謎だらけなんだ。それだけの強い力を秘めてるから、女王はめったな事では蜜を与えない。けれど君はそれを毎日。ともあれば何があっても不思議じゃない。
エルフを嫌い、インセクトに魅力を、いや、その眷属にまで。ヴァレリアやジュリア、それにその眷属たちにとってはまさに理想通りさ」
「あ、アタシは別に、そんなつもりじゃ!」
「ジュリア、君はセカンドで物分かりがいい。けど、ゼフィロスがエルフの女と、そんなのを許せるかい?」
「許せっこねえだろ! あんな生臭い奴らと!」
「ね? ゼフィロス、君は知らず知らずのうちに彼女たちの理想の男に造り替えられていたんだ。その弊害、と言ってもいいのかな。それが君の放つ、強いフェロモンさ。多分ね、蜂、おそらくはアリも。その中で生殖機能を持ったものならば間違いなく君に惚れる。女王であるならば縋りついてでも交接を望むかもしれない」
「ハッハー! 要するにお前はインセクトいちのモテ男って訳だぁ!」
「ニール、それだけじゃないんだ。蜂もアリもコロニーの長は女王。つまりその女王を自由にできる彼は」
「いわば蜂の王、と言う訳か」
「そうだね、ライアン。だが! 無論僕たちにとってはメリットも」
「そうですね」
「だな、」
「ああ、そうだろうとも」
「エクセレント!」
「あ、あの、どういうことです?」
「やだなあゼフィロス、考えてもみなよ、理想の男に抱かれるんだよ? それはきっと深い満足をもたらし、おそらくは一週間、いや十日ほどはその満足に浸るだろうね。つ・ま・り、僕たちには十日の休暇が!」
「すごい! すごいです!」
「ああ、最高だな、そりゃ!」
「なんと言う幸せ!」
「ワォ! そいつはベリーナイスだ!」
みんな、目に涙を浮かべて手を取り合った。
「と、いう事で僕たちは君を王と認めます。それとも皇帝のほうが良い?」
「いや、そう言うのいいんで」
「ちょっと待ってくれ! それは何か? ゼフィロスが母様と?」
「ジュリア、些細な事さ。この事は蜂族の男すべてにかかわる問題なんだ」
「あ、アタシはそんなの認めねえぞ!」
「認める、認めないの話じゃないんだ。忘れたのかい? 僕たちの掟、考えを。強いものが正義! 君がイザベラに勝てる、というなら止めないけど? ま、ともかくはイザベラのところに行かないと。ほら、報告があるんだろ?」
勇者グランとその仲間たちはお祭り騒ぎでわっせ、わっせ、と俺たちを女王の部屋に連れていく。
「うふふ、そうですか、ヴァレリアがあなたの子を。実におめでたい話ですね」
「これもみんな女王様のおかげです」
「女王様、だなんて、そんな他人行儀な呼び方をするものではありませんよ? それにしても、ゼフィロス。少し見ない間にずいぶんといい男になりましたね。エルフとの戦いがあなたを磨いたのでしょうか。ほら、もっとそばに」
女王様はそう言って立ち上がり、熱っぽい目で俺を見ると、ぎゅうっと抱きしめた。
「あは、すごく素敵。もう蕩けてしまいそう」
それを聞いたグランさんたちは一斉によっしゃ! とガッツポーズを決めた。
「ちょっと待ってくれ母様! ゼフィロスはアタシの夫だぞ!」
「ええ、そうですね、それが?」
「妻の前でそんなべたべたするんじゃねえよ!」
「いいではありませんか。私にとっても愛しい息子。ああっ。もう、どうにかなっちゃいそう!」
「ざっけんな! ババア! アタシの夫から離れろ!」
ジュリアがそう言って飛びかかった瞬間、そちらに目をくれる事もなくイザベラは素早く拳を繰り出した。カウンターでそれを食らったジュリアは壁にぶち当たるほど突き飛ばされ、そのままKO。あ、圧倒的じゃないか。あのジュリアが一撃で。
「グランさん、私はゼフィロスとコロニーの長としてのお話を」
「ジュリアの事は僕たちに任せてゆっくり、ゆっくりと話してくるといいよ。種族の未来に関わる大事な話だからね」
「ええ、お言葉に甘えて」
そう言って女王イザベラは奥の寝室に俺を抱きかかえて連れていく。抵抗? 出来るわけがない。何しろ相手は俺よりも頭一つは大きいのだ。
その部屋では様々な議論がなされた。肉体言語によって。その論争のことごとくに勝利した俺は女王イザベラを完全に屈服させていた。
「ほら、もっと蜜を出せよ。イザベラ」
「ひゃん! お尻叩かないで」
イザベラの大きな尻尾からじゅるじゅると蜜を吸う。論争の後は喉が渇くもんね。彼女の蜜はどろんとしたゼリー状。それがまたうまいのだ。流石は女王蜂。ヴァレリアもこんな蜜が出るようになるのだろうか。
「もう、もう許してぇ!」
「うふふ、ゼフィロス? いいえ、もう。ゼフィロス様、とお呼びしなければなりませんね」
イザベラは俺に乳房を吸わせながらそう言った。
「いいよ、今まで通りで」
「いいえ、あなたは私に力を感じさせてくださいました。逆らえぬほどの力、すべてを投げうちひれ伏したくなるほどの力を」
「そうなの?」
「私は女王として育てられ、そして女王として誰にも頭を下げることなく生きてきました。けれど私は女王であれど女。心の中にはいつも強い男性に屈服したい、ひれ伏したい、そして縋りたいと言う思いを抱えていたのです。それがようやく」
とろーんとした目でイザベラは俺を見た。
「ならもっと力を見せないとね」
「いや、ダメです。これ以上されたら死んじゃいます!」
そう言うイザベラとさらに論争を交わした。
論争を終え、女王の部屋に戻るとそこではグランさんたちがワーカーを指揮して部屋の模様替えを行っていた。
「やあ、ゼフィロス。君は僕たちの誇りさ!」
「はは、それはいいけどこれは?」
「ああ、君は僕たちの王となる。それなりの威儀を整えないとね。今は間に合わせだけど次の時までにちゃんとしたものを用意しておくよ」
ふと周りを見ると床に箱を並べてその上に布を被せ、そこに風呂の休憩所にあった上等な椅子を置く。
「簡単だけど玉座って訳さ」
「あ、痛つつつ。全く、母様も容赦ねえなあ。もうちっと加減しろってんだ」
そう言ってジュリアが部屋に入ってくると目を丸くした。
「な、なんだこりゃ!」
「やあ、ジュリア。君の夫は僕らの王になる事が決まった。君は王妃って訳だね」
「は?」
「さ、王たる君は玉座に、ジュリアはその脇に。いいね?」
「あ、ああ。何だかわかんねえけど」
戸惑いながらその椅子に座り、その脇にジュリアが立った。しばらくすると胸の大きく空いた藤色のドレスを着て、化粧を凝らしたイザベラが入ってくる。そのイザベラは俺の前に片膝をついて、薄い手袋をはめた手で、小さな王冠を差し出した。
「コロニーの長イザベラ、これよりゼフィロス様に従い、忠誠を尽くす事を誓います!」
その後ろに同じように片膝をついて並んだグランさんたち。そのグランさんが声を上げる。
「ゼフィロス王万歳!」
「「万歳!!」」
「ゼフィロス王に栄光あれ!」
「「栄光あれ!!」」
え、なにこれ。
「ゼフィロス王、私をこの地の女王、そうお認め頂けるのであればこの王冠を私に」
「あ、うん」
差し出された王冠を手に取って、その頭に載せてやる。
「イザベラ女王、万歳!」
「「万歳!!」」
王冠を頭に載せたイザベラは立ち上がり、男たちの方を向いた。
「いいですか、皆さん。これより私はゼフィロス王に認められし女王としてこの地を統べる事に。ゼフィロス王の権威の元に生きる事になりました。ゼフィロス王はわが主君、それを蔑ろにするものは家族であっても許しません」
「「ははっ!」」
なんか急に中世の王宮っぽくなってんだけど。
「なるほど、母様はゼフィロスの眷属になるって事か。だったらその妻のアタシをもう殴ったりすんなよな」
「なぜ? あなたはゼフィロス様の妻にすぎないの。私たちが身命を捧げるのはゼフィロス様。あなたではないのよ?」
あ、その理屈、前にどこかで。そうそう、ジュウちゃんがそれでヴァレリアと喧嘩したんだった。
「ましてあなたはわが娘。王妃としてふさわしくない行動をとった時にはそれを正すのが臣下として、そして母としてのつ・と・め」
「な、なんだよそりゃ!」
「さ、いらっしゃい。王妃としてふさわしい行動がとれるよう、この母が躾けてあげますから、拳で」
「ちょ、ちょっと、冗談だろ? やめろ! やめてくれぇぇ!」
イザベラに連れていかれたジュリアのみぎゃーっと言う声が響いた。
「いやア、実に目出度い! 最高だね。あんな晴れ晴れとしたイザベラの顔は初めて見たよ」
「それだけ満たされた、って事ですよね」
「ああ、これで俺たちは晴れて休暇を!」
「いい、実にいいですよ、ゼフィロス王!」
「ワンダフル! マイロード!」
「この勢いでさ、他の蜂のコロニーも制しちゃってよ! みんな僕たちと思いは同じだろうしね! 君の元にばらばらだった各種族が。うん、実にいいね」
「けど、他の女王がイザベラと同格ってのは面白くねえな」
「そこはさ、シュウ、女王ではなく、対外的には爵位を名乗らせればいいんだよ。公爵とか伯爵とかね。ライアン、君はそう言うのが得意だっただろ?」
「ああ、任せてくれ。私が力に応じて各種族に位を」
「それ、封建制だよね?」
「元々みんなわかっている事を明文化するだけの事さ。さて、そうなるといそがしいね。ここには王宮としての機能も必要になってくる。いろんな種族を招くためのね」
「え、そんなことしたら評議会が」
「評議会は評議会さ。蜂族が一つにまとまっていた方がやりやすいと思うよ? ここでなら僕らも君に助言できるし。アリ族も同じように纏めれば君は晴れて皇帝って訳だ。さ、みんな仕事仕事!」
パンパンとグランさんが手を叩くとそれぞれの仕事に散っていった。
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