第27話 セントラル・シティ防衛戦

 冬の寒さが厳しくなってくると、コロニーのみんなは地下の食堂に集まってそこから動かない。食堂は火を使うし、地下なので保温がよく、暖かいのだ。どちらかと言えばクロアリ族の方が寒さには強いようで、たまに外に出たりもする。スズメバチの連中は食堂から一歩たりとも動かずに過ごしているようだ。聞いた話じゃ夜もここで眠るらしい。

 それはヴァレリアもジュリアも例外ではなく、俺に抱き着いて過ごせる自分の手番の日以外は地下に行って帰ってこない。手番の日ですらも、食事も何もあらかじめベット周りに用意して、俺を抱いたままで布団から出ないのだ。トイレに行く時ですらぎりぎりまで離れずに、布団をかぶってついてくる。ベットから出るのはお風呂に行くときぐらいだ。


「こんなんでエルフが来たとき大丈夫なのかな?」


「その時はわたくしたちが居りますから。蜂は寒さに弱いのですよ」


 しっかりと着ぶくれしているメルフィがそんな事を言う。元々スズメバチは女王以外は冬を越せない生き物だったらしい。


「えっ、だとするとジュウちゃんは?」


「ああ、眷属の方ですね。今はみんな冬は越せますよ。元の昆虫とは違うのです」


「ああ、ならよかった」


 とはいえメルフィも、寒さは得意ではないらしく、俺を後ろから抱っこした格好でその着ぶくれした服の中に入れ込むのだ。


「ところでメルフィ?」


「なんですか」


「暑いんだけど」


「何がですか?」


「この格好がだよ!」


 人間である俺はそこまで寒さに弱くはない。部屋には暖炉もあるし、服の二、三枚も着れば十分快適なのだ。部屋の中で毛皮のコートまで着こんだメルフィに抱っこされては暑いに決まってる。


「わたくしは暖かい。あなたの体温をこうして感じて」


「俺はカイロじゃねえんだよ。もう、いいから放せよ」


「何でですか?」


「暑いからって言ってんだろ!」


「もう、照れなくてもいいのに。可愛いですよ、ゼフィロス」


「んな事は一言も言ってねえ!」


 じたばたと暴れるもメルフィの中肢は俺をしっかりつかんで離さない。くそ、力で勝てるはずもなかった。


「あ、そうだ、メルフィ、紅茶、紅茶が飲みたい。用意しろよ」


「はいはい、今用意して差し上げますね。よいしょっと」


 なんとメルフィは俺を抱えたまま立ち上がった。元々俺はメルフィに比べて背が低い。立たれると足が浮くのだ。片腕で俺を抱きかかえたメルフィはその恰好で紅茶を淹れた。


「はい、甘めにしておきましたから。冷めないうちにわたくしが飲ませてあげますね」


「いやいいから、自分で飲むから! アツッ! 熱っついって!」


「……少し早いですけど、お布団に行きましょうか、寒いですし」


「寒くねえって言ってんだろ!」


「もう、昼間から、とかそんなつもりじゃないんですからね」


「バカだろお前! 俺は寒くねえって言ってんの!」


 くそ、やられ放題だ。弱点の尻尾は何枚も着こんだ服に完全に覆われているし、何よりこの格好じゃ手が届かない。


 そんなつもりじゃないと言っていたメルフィは布団の中に入るとごそごそと着ていたものを恥ずかしそうな顔で脱ぎだした。あんた完全にそんなつもり! だが文句を言い立てようとした俺の口はおっぱいでふさがれてしまう。


「ああ、やっぱりこうして肌を合わせるのが一番あったかい」


 メルフィの6本の手足に完全に拘束された俺はおっぱいの魔力にやられ、「うん、そうだね」などと答えていた。



 そんなある日、雪の中でも元気な狼族の男が訪ねてくる。


「大変だ! エルフが、エルフが来やがった! 町の北側、数は機甲兵が5体だ! あんたたちも速く来てくれ!」


 そう慌てて捲し立てるとどこかに行ってしまった。


「ここは南側だからな。何も問題ない」


「そうだな、うちのコロニーに手を出すようならアタシがこいつでぶった切ってやるさ」


「ともかくそう言う事だ。ユリ、寒いからスープをくれ」


「アタシも」


 うわぁ、完全にダメな感じだ。雨が降ったらお休みの王様に匹敵するダメさだ。


「ちょっと、ヴァレリア? それにジュリアも。放っておけば街がどうなるかわからないのですよ?」


「去年もうまく守ったのだろう? 春になったらいくらでも戦うさ」


「そう言う事。冬は外に出るのを止められてるからな、母様に」


「そうだな、お母様の教えは守らねば。うぅぅ寒い。ユリ、スープはまだか?」


 これである。二人だけでなく、ソルジャーたちも「戦い? 何それ」と言う顔をしていたし、完全にエルフなどどうでもいい。全員がそんな感じだった。


「仕方ありませんね。私たちだけで行くしか」


「あたしはパース」


「私も嫌」


「むーりー」


「わたし、仕事あるから」


 メルフィの呼びかけにアリの騎士たちは全力で拒否の回答。


「もう! もう! みんなして! おじい様たちがどうなってもいいの?」


「あっちはあっちで護衛がついてるんだしいいんじゃない? あたしたちはもう、シルフの一族じゃなくてゼフィロスの一族なんだし。ねー、みんな」


「あはは、そうだな、いいことを言う。私たちはゼフィロスの一族だ。スズメバチもクロアリも関係なくな」


「そうそう、他の連中がどうなろうが知ったこっちゃねえさ」


「まあ、そう言われればそうですよね」


 あっ、ついにメルフィまで。


「もう、しょうがないな、俺一人で行ってくるよ」


「ダメだ! 何かあったらどうする!」


「そうだ、一人でなんか行かせられるわけねーだろ!」


「けどみんな寒さに弱いし。動きが鈍って何かあったらそっちの方が困る。だから俺一人で」


「なら私がついて行く。あなたを一人で送り出すくらいなら!」


「いや、姉貴。ここはアタシの出番だろ。機甲兵くらいアタシが!」


「仕方ありませんね、わたくしがお供を」


「「どーぞどーぞ」」


「な、なんですの! それは」


「メルフィ、ゼフィロスをしっかり守れ。お前は死んでも構わん。クロアリは他にもいるのだからな」


「そうだ、ゼフィロスに何かあったら許さねえからな!」


「そうよ、姉さん。姉さんが死んだらあたしが代わりにゼフィロスの妻になるから心配しないで」


「ちょっと、それは私の役目よ!」


「いいえ、わたしの仕事。姉さん、死ぬまで戦ってきて」


「むしろ死んでいい、みたいな?」


「やだ、それはちょっと露骨よ」


 きぃぃ! っとなるメルフィの尻尾を掴んで食堂を出る。部屋に戻ってニットの上にコートを着込み、腰に剣をぶら下げる。空気銃を懐に納め、手袋をつけた。


 メルフィは鎧姿に変わったその上に毛皮のコートを羽織り、腰に剣を吊るした。その姿はどうなの? と言いたくはなるが寒いのだから仕方がない。最後に二人ともマフラーを巻き、雪の降り積もる外に出た。


「無理、無理ですぅ! 寒い、寒いの」


「いいから来いよ、もう」


 雪は足首の深さまで積もっていて、誰も踏んでいない真っ白な銀世界に俺とメルフィの足跡を残していく。


「あっ、やっと来やがった! 北ではもう戦闘が始まってる! 急いでくれ」


 街の門を守っていた獅子族の男がそう言って俺たちを急かせた。あの鬣、あったかそう。


 とにかくも、とメルフィを引っ張って町の北側に進んでいく。そこにはやはり着ぶくれしたアリの騎士たちに囲まれた評議長閣下、カルロスの姿があった。


「えっ? 二人だけ?」


「うん、他のみんなは寒さにやられて動けないって」


「まあ、そうなるか。うちの孫たちもこの通りだし」


 アリの騎士たちはカタカタ震えながら苦笑い。もう、こればっかりは仕方ないよね。


「とにかく前に、今はミュータントが頑張って抑えてくれてるから。あんちゃんならやれるはずだよ。期待してる」


「ああ、行ってみる」


「ああああ、もう無理、無理ですぅ。わたくしはここで震えて死んでいくのが定めなのですね」


「もう、いいから早く来いよ!」


「おぉ、トゥルーブラッド、遅かったな!」


 金属の鎧を着こんだ狼族の指揮官らしき人が俺を側に招いた。


「冬の間はインセクトの連中はあてにならねえ。俺たちだけでやらなきゃな」


「んで、どんな感じなんです?」


「今はエルフの連中と矢合わせだ。機甲兵は事前に掘っておいた穴や逆茂木の撤去をやってる。それが済んじまえばもう俺らに手はねえ。いつも通り油をぶっかけんのがせいぜいだ。だがエルフが後ろから矢を射ってくる、結構な被害出るのは確実だな」


「矢か、それが無きゃいけるんだけど」


「奴らも馬鹿じゃねえって事さ。インセクトなら矢なんぞ鼻にもかけねえでいられるんだがな」


 困った。外に出て機甲兵の相手をしようにも、矢を射かけられてはたまらない。体はこのコートが守ってくれるだろうが、ヘッドショットされたら一巻の終わり。外壁に登って、並べられた盾の間から外を覗き見る。確かに五体のアンドロイドが掘られた穴を埋め、逆茂木を撤去している。ゴーグルを下ろしてそれを見る。ずいぶんと古めかしい形のアンドロイドだ。

 

 ゴーグルのアナライズによれば、アンドロイドはAM2800と言う、古い形の作業用万能アンドロイド。万能型と言うのは要は人と同じ、専用のアタッチメントを持たせることでどんな作業にでも使える優れものだ。5体とも同じ形、アタッチメントはついていない。

 そしてこの2000系と呼ばれる世代のアンドロイドの特徴は、中に人が乗り込める、と言う事だ。前に出会った3000系のアンドロイドと違い、その分形がロボットチック。完全AI制御も出来るようだがその性能が良くないようだ。乗り込んで多少の操作を与えるのが一番効率的、そうゴーグルの情報には示されていた。


『虫けら、そして獣どもに告ぐ。我らが辺境伯はこの地を領土に編入されるとお決めになられた。貴様らはここを捨て、他所に移るか、ここで我らの下僕となるか決める自由を与えてやろう。今より一時間の猶予をくれてやる。代表者はわが前にひざまけ。回答無き場合は皆殺しとする』


 アンドロイドの内臓マイクから女の声がそう宣言する。なるほど、これじゃ話し合いもへちまもないよね。戦うしかないって事だ。


 各所の指揮官たちがカルロスの周りに集まって協議する。協議もへちまもない、戦う、しかないのだ。せっかく作ったコロニーを捨てて他所に? 冗談ではない。その戦うためにはメルフィを何とかしなければ。単分子剣を携えたメルフィであればアンドロイドも切り裂けるし、エルフの矢など気にする必要もない。


「ねえ、メルフィ」


「ああ、ゼフィロス。わたくしはもう、この雪の中、どうせならあなたに抱かれて死にたい! 美しい姿のままで!」


 イラっとして引っぱたきたくなったがここは我慢だ。


「そんな、メルフィがいなくなったら俺、どうすればいいのさ」


「可哀想なゼフィロス。ううん、わたくしがずっとそばであたためて差し上げますわ」


 死ぬんじゃなかったのかよ。


「それはそうとメルフィ。今の状況を打破できるのはお前しかいないんだ」


「しかしわたくしはこの寒さではお役に。あなたを暖めて差しあがるくらいの事しか」


 それはもういいって! 


「そっか、残念だな。メルフィが活躍したらあんなこともこんなこともしてあげようって思っていたのに」


「――興味深いお話ですね。詳細を」


 メルフィは基本淫乱である。ヴァレリア達も違うとは言えないが。


 俺はメルフィをぐっと抱き寄せ、コートの裾から手を入れて鎧姿になってもはみ出している尻尾を触る。そしてその耳にあれこれといやらしい事を吹き込んでいく。


「まあ、そんな事、恥ずかしいです。でも。えっ、それは流石に。けど、」


 メルフィの尻尾をいじくりながらそんな事を言っているとその尻尾がぴこぴこと動き出す。


「本当に? 本当にわたくしが機甲兵をやっつけたらしてくれますか?」


 荒い息を吐きながらメルフィが俺に確認する。鎧姿の為に表情は見えないがきっとだらしない顔をしているに違いないのだ。


「それだけじゃないさ。実はこんなことだって」


 ダメ押し、とばかりにいやらしいシチュエーションをささやくと、メルフィの複眼がじわじわと赤く染まっていった。


「ゼフィロスがそないにうちを欲しがっとるんやったら仕方ないな。旦那の期待に応えてこそ妻、っちゅうもんや」


 いきなり訛りのある言葉に変わったメルフィは着ていた毛皮のコートをバサッと脱ぎ捨てた。


「おら! 道ぃ開けえや! うちが機甲兵やろがなんやろがぎっちりしばいたる。門開けえ!」


 赤い複眼になったメルフィはそう言って開門させる。


「あんたはここで見とってえな。うちのかっこええ所」


 そう言って俺の頬にキスをすると剣を抜き放ち、その剣を自分の作りだした斧槍と合体させた。


「うぉらあああ!」


 叫び声を上げながらメルフィが雪原を疾走する。それに気づいたアンドロイドが反応し、そのメルフィに襲い掛からんと四本の指のついた腕を伸ばした。そして後方のエルフたちからも一斉に矢が放たれる。


『貴様! 我らを侮辱するか! 』


 アンドロイドのマイクから激した女の声が響き渡る。メルフィは矢などは当たるに任せ、アンドロイドの前にたどり着くと、ぐううっと腰を落として斧槍を振りかぶる。

 そしてズン、と言う音と衝撃、雪煙が上がった。そこには真っ二つに立ち割られたアンドロイドと斧槍を振り下ろした姿のメルフィがいた。


「ははっ、これや、これなんや。うちが欲しかったんはこの感触や! ポンコツども、覚悟しいや。うちが今から鉄くずに変えたるからな」


 メルフィは斧槍を振りかざし、次々とアンドロイドを破壊した。切り裂き、貫かれたアンドロイドは活動を停止、そのまま土に還っていく。そして中から放り出されたエルフたちも、同じように頭を切り裂かれた。


「待て! 私は辺境伯の親族である! 貴様のような虫けらに!」


「うち、いろいろすることあって忙しいんや。悪いけど付きおうてあげられへん。さいなら」


 そのエルフの女は端正な顔をずっぽりと貫かれ、物言わぬ骸になった。


「野郎ども! 今だ、皆殺しにしろ!」


 アンドロイドが全滅したのを見て、ミュータントたちが一斉に攻撃に出る。エルフも矢を撃ち反撃を試みるが身体能力に優れたミュータントにあっという間に距離を詰められ逃げ出した。だが、逃げ切れるはずもなく、あるものは爪で、あるものは手に持った武器で殺されていく。


「残酷だと思うかい、あんちゃん」


「まあ、少しはね」


「エルフにはそれだけの恨みがある。それにね、これは大事な事だけど、」


「なに?」


「ミュータントやインセクトにとって、エルフは価値のない生き物なんだ。奴隷にしても力はないし、使えない。彼らの技術もアンドロイドあってこそ。そして彼らに対して性的な興味も覚えない」


「なるほど、生かしておく意味がない、と言う訳か」


「そう言う事さ。この辺もわかりあえない理由の一つかもね。向こうもこっちも互いを害虫かなにかだと思っている。エルフは他の種族を使役するけどこっちはそうじゃない。エルフの奴隷として生きるか、それとも殺しつくすか。その選択肢以外はないんだ。

 とにかく今回はあんちゃんの機転で助かった。次は春。今度はこちらから、と言う事になるだろうね」


 そう言ってカルロスが去ると、向こうから返り血を浴びたメルフィがやって来る。


「ゼフィロス、うち、かっこよかったやろ?」


「ああ、最高だったよ。さ、あとはみんなに任せて帰ろうか。今日は俺がお風呂でメルフィを洗ってやるよ」


「そんなん言ってやらしい事する気ちゃうん?」


「あ、いやならやめとくけど」


「もう、そんな訳ないやん。ほんまいけずやなぁ」


 こうして冬の脅威を俺たちは乗り越える事が出来た。

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