第25話 冬の脅威
巣作り2日目。今日も作業のメインはジュウちゃんたちだ。昨日造った広間の上と下に新しく広間を作るのだと言う。そしてそれらを繋ぐ階段も。下の階に降りるのはスロープだが上の階は階段。これには理由があって下の階は食堂になるそうだ。必然的に荷物の出し入れが多くなるので階段ではなくスロープ。台車で運び入れができるようにらしい。
食堂が地下、これにももちろん理由がある。地下と言う事は木の根の部分。その根に特殊な蛇口を刺すと、そこから木が吸い上げた水が得られるのだと言う。根のフィルターで浄化されたきれいな水が。そして食堂の下にはワームが飼われている。食堂で出た生ごみ、それに排水はワームが食べてきれいにしてくれる。すっげ、ワーム。
そして食堂では火を使うので地上に抜ける煙突もつくられる。その辺は金属を使うのでクロアリ族の出番だった。その地下の食堂からはクロアリの眷属たちが土を掘り、ワームのいるところを避けてダンジョンを掘っていく。物資の集積所、それに金属加工の場、他にも必要に応じて増やしていく予定だと言う。アリの眷属たちもそこに住むことになるそうだ。
さて、上の階だが、一階は広間。それに奥に小部屋を儲けてそこを応接室に使うのだと言う。そして二階からが居住区だ。外ではワーカーたちがすでに家具の生産に取り掛かっている。今は広間になっているがそこに仕切りを入れていくらしい。
三階も同様。そして四階が俺たちの住まいとなる。設計図では大きな居間と三つの寝室、それに下まで配管を通したトイレがあった。流石に風呂や水道をと言う訳にはいかないらしい。地下以外はどのフロアも採光に配慮した明るい造り。換気も出来るので夜の灯りは蝋燭が使えるようだ。地下はヒカリゴケを張り付ける予定だ。
「なんか形になってきたね」
「まだまだこれからだ。畑を作り、ワームも増やし、他所と交易できる産物も作っていかねばな。この木の上部にはミツバチたちも招く予定だ。そうすれば甘いものには困らんし、産物にもなるだろう」
なるほどねえ。ただ住めればそれで良いという訳ではないもんね。ただ一つ言える事はヴァレリア達もそうだがメルフィたちも、すぐそばに街があるのに一切それに頼ろうとしない。完全な自給自足を目指しているようだ。
「ねえ、ヴァレリア。街とは交流しないの?」
「こちらの用意が整うまではな。産物も何もない状況で一族以外を当てにしたくはない。物資はクロアリたちが、人員は私たちが今の所は用意しているが眷属とて冬支度がある。いつまでも手伝ってもらう訳にもいかないんだ」
「なるほどね。ジュウちゃんたちも冬支度か」
「そうだ、冬になれば獲物は取れんし、眷属たちは動く事が出来なくなる。それまでに蓄えが必要だ」
「そっか、昆虫は冬は見かけないもんね」
「彼女たちは火を使えぬからな。体温を維持するには巣の中で身を寄せ合うくらいしかできない。私たちも寒さは得意ではないが火が使える。できるなら、外には出たくないがな」
「俺も寒いのは得意じゃない」
「はは、ならみんなで身を寄せ合っていればいい。私もあなたとそう言う冬越しをするのが望み。その為には今頑張らねば」
「そうだね」
とはいえ俺に出来る事は何もない。機械がなければ何もできないし、力仕事は差がありすぎて邪魔になる。何をするにも気を使わせてしまうのだ。外に出ようにも誰かが護衛につかなければならないし、結局ヴァレリアの側でぼーっと葉巻でも吸っているのが一番マシ。
作業の進捗を見ながら設計図に手を入れるヴァレリアは時折その現場を見て回る。俺はそれについて行きみんなに「ご苦労様」と声をかけて回るだけ。ジュリアについて巡回に出ようかとも思ったが、この辺は未だ未知の領域。鳥にでも攫われたら間違いなく助からないからダメだ、との事だった。
普通に考えればこれだけの街の側なのだから危険は少ないと思われるが、スズメバチも、そしてクロアリも自分たちの見たものしか信用しない。特に身の安全に関する事には恐ろしいくらいに慎重だった。
そんな日々を送るうち、風呂が完成し、食堂が機能し始め。外には畑が作られていく。中の調度品も少しづつだが揃っていき、俺たちの部屋にもテーブルセット、それに各部屋に寝具が入った。
「皆、ご苦労だった。我らがコロニーが完成したら必ずやこの恩は返そう」
コロニーの外観、と言うか内部の切削が終わった時、ヴァレリアはジュウちゃんたち眷属を集めて礼を言った。
『それじゃあね、ゼフィロス。また、春に会いましょう』
「うん、ジュウちゃんも元気でね」
『あたしは大丈夫。またね』
ジュウちゃんたちは一斉に飛び立って空に消えていった。俺たちはそれを見送ってコロニーに入っていく。俺たちの住む四階の居間にはちょっとした
葉巻を吸うのだ。
「なーんかいいね、こういうの」
メルフィが用意してくれたコーヒーをすすりながら感想を漏らす。
「そりゃそうさ、ここはアタシたちだけの巣なんだから」
「そうですね、わが家、と思えば愛着も沸きますし」
「そうだな、ゼフィロスと私たち三人の妻、ここに住む者は皆一族だ。栄えるも滅ぶも私たち次第、と言う訳だな」
「ははっ、そう考えると責任重大だね」
「大丈夫さ、アタシたちが付いてんだ。な? メルフィ」
「ええ、必ずや豊かなコロニーに」
「あとは子を増やして行かねば。春になったら子を育てる場所もいる」
ヴァレリアがそう言うとジュリアとメルフィは恥ずかしそうに俯いた。
「まずはこの冬を乗り切らねば。二人とも、ぬかりのないようにな」
「判ってるって」
「ええ、もちろん」
季節は本格的に秋に変わり、コロニーの方もかなりの充実を見た。この辺りは果樹が多く、ジュリアたちがそこになった実をもいでくる。特にリンゴは甘くておいしかった。ワーカーたちはそのリンゴで果実酒を作り始め、とりあえずの産物とするらしい。そしてメルフィの実家、シルフ女王のコロニーからそれを対価に蚕を買い付けそれを飼育するのだと言う。絹を作れるようになれば様々な品物と交換できるし、自分たちの着るものも良い物にできるのだ。
それと近隣のミツバチと交渉し、春の巣別れの時にこの木の上に巣を作ってもらう事が決まった。ミツバチたちにしてもここに巣を作れれば外敵に襲われる心配もない。蜜と交換条件でも向こうに利がある話なのだと言う。
クロアリたちも畑仕事の傍ら、地下から堀りだした鉱石を元に鍋や釜などの生産を開始する。それと共にガラス製品も作り始めた。これらの物はコロニーで使う分を賄ったら少しづつ街での産物と交換を始める予定だという。
俺たちの部屋にも調度品が揃い始め、木製の物に金属の取っ手が付いたものや、ガラス製品などが増えていく。ここに越してきて一月余り。すでに生活環境は女王イザベラのコロニーと比べても遜色なくなってきていた。
コロニーが落ち着き、わずかながらに産物も出来た頃、俺はヴァレリアを伴って町の評議会を訪ねた。
「やあ、ゼフィロス。どうだい、新しい住まいの住み心地は」
クロアリの護衛を両脇に置いた評議会議長、カルロスは機械音声でそう言った。
「まずまずですね。議長閣下。これはうちで造った果実酒。あいさつ代わりです」
皆の尊敬を受けるカルロスには二人の時以外は敬意を示さねばならない。その敬意を受けるだけの事を彼はしてきているのだ。
「それは何より、ありがたく頂こう。私としてはもう少し、街を頼りにしてほしいところだが」
「議長閣下。最初から街を当てにしては街の者とて負担であろう。我らが街に利をもたらせる存在になって初めて互いの交流なども考えるべきだ」
「そうかね、街の人々にとっては君たちがいてくれる、それだけで大きな安寧を得られていると思うのだが? インセクトでは最強、そう言われるオオスズメバチの君たちと、クロオオアリが共同でひとつのコロニーを築いているのだから」
「だが我らは数に劣る。期待に十全に答えられるとは限らない」
「それでも、だ。やがて冬が訪れ、眷属たちが動けなくなれば必ずエルフはやって来る。ミュータントとその眷属では流石に苦戦は免れぬからね。この街の外壁もその為の物。君たちもその備えだけはしておいてくれ」
「エルフってどのくらいの規模で来るんです?」
「昨年は機甲兵、いやアンドロイドが5体。辺境伯、そう名乗る連中が古風な旗を掲げてやってきた。我らは守るのが精一杯。吹雪にエルフ本体が耐えられなくなって去るまで、ひたすら守るしかなかった。実に不利な戦いだよ。なにせ重機相手だ。壁を壊すのはお手の物。我らに出来たのはそれを遅らせる事だけだった」
「どうやって?」
「実に古風なやり方だよ。煮たてた油を外壁から浴びせて機能障害を誘発する。機甲兵の自己修復が完了するまでに穴を掘り、そこに落とし込むという訳さ。そしてそこにまた油。機甲兵を倒せない以上時間稼ぎをするしかない。可能であればエルフを討ち取る。そんな事をもう何百年も」
「けれどカルロス、いや、議長閣下、あんたなら機甲兵は無力化できるんじゃないの? その気になれば非常停止ボタンだって」
「以前はね。私はその功をもってこうして議長だなんだと祭り上げられてる。様々な種族が私の言葉に耳を傾けてくれたのもそれがあるからさ。しかしね、この体ではそうもいくまい?」
「つまり、あんたと俺がこの世を去れば、機甲兵を止める術はない。そう言う事?」
「そうだね。君が生きている間にエルフの事は片を付けなければならない。彼らはかつての世界をこの地に。そう考えている。あれだけの目に遭って、時を超える羽目になったにも関わらず、だ」
「なんでそんな事を?」
「ゼフィロス、君には言いづらいがすべてはアイリスの暴走さ。今のエルフはアイリスの子孫。彼女はね、君に、愛する君の為に世界を。この世界を支配したかった。目覚めた君が王となれるように」
「えっ、なんで? 俺はそんな事を望んでない!」
「彼女は君を愛していた。兄ではなく、異性としてね。そして目覚めない君を守るために多くの物を犠牲にした。同胞たちから屈辱を受け、その尊厳の一切を奪われたんだ」
「どういう事?」
「まあ、いろいろあったという事さ。力も何もない女の子が自らの意を通すためにはね。そしてそれが歪みと執着を産み、アンドロイドの出現と共に力を得た彼女は、一切の遠慮をしなくなる。かつて自分がそうされたように、意を通したいならすべてに従え、あなた達がして来た事でしょう? と」
「カルロス、あんたは何を! 何をしてた!」
「私はアイリスと並んで最年少だったからね。力も知恵もなかったさ。そりゃあ彼女を庇うことくらいはした。友達だったから。けれども最後は袂を分かった。私が得たものはあのシェルターだけ。君を守る、そう言う名目で彼女の元を去ったのさ」
「もういい! 議長閣下、それ以上はゼフィロスが知るべきではない事だ」
「――そうかもしれない。だが、ゼフィロス。いや、あんちゃん。あんちゃんがやるべきことはアイリスの子孫を根絶やしにし、彼女があんちゃんの為を想って築き上げたものを全て破壊する事だよ。その覚悟だけは持っておいて欲しい。もしくは」
「もしくは?」
「アイリスの望んだようにエルフの王となるか、さ」
「議長閣下! あなたは何を!」
「ヴァレリア。君たちの種族の美しさは何より一族を重んじるところだ。大家族主義、その生き方はかつての人が望んだ理想の一つかもしれない。だけどね、大元のヒト。いわゆるトゥルーブラッドってのはもっと醜くて欲深い生き物だったのさ。私もそうだし、彼もまた」
「そんな事はどうでもいい! 彼は私の夫だ。家族なんだ。家族を守る必要があれば戦うかもしれない! ただそれだけの事をあなたは複雑にしようとしている!」
「そうだね。君の言う通りかもしれない。彼が私のようなただのトゥルーブラッドであるならば。しかし、彼は特別だ。エルフと言う物が生まれ、我らが迫害を受け続けてきたのは全て彼の為、とも言える。少なくとも始祖アイリスはそれを望んだ。世界を彼に与える為に」
「そんな事はどうでもいい! 彼が世界を望むなら私たちがそれを用意する。エルフの王などになる必要は一つもない!」
「それも恐ろしい事ではあるね。オオスズメバチ、それにエルフ。どちらに転んでもと言う訳だ」
「――ヴァレリア、それにカルロスも。俺はそんな事は望まない。誰かが上手に作ってくれた世界の中で愛するものと暮らしたい。俺はね、それだけでいいんだ。ほかの誰かの運命までは背負えないし、背負う気もない」
「……なら、ならどうするんだい、あんちゃん」
そう言うカルロスの機械音声からは言い訳や、ごまかしを許さない。そんな意思が感じられた。
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