第22話 睦言
ジュリアに抱えられながら空を飛ぶ。やっぱいいね、こういうの。木の上に腰を下ろし、ジュリアがとってきてくれたブドウの実を二人で味わいながら、俺はここ数日の事を語り聞かせた。
「でさ、俺はアリの女王にずっと見張られて働いて。正直アリの婿とかにされたらどうしようって。でもね、女王シルフの言うように、働くのだって悪くはないかなとは思うけど。流石に毎日はね」
「あはは、クロアリの連中はさ、できることが多すぎるんだ。アタシたちだって働くけどさ、せいぜいが半日交代。それで困る事なんか何もねえし、食い物だって十分さ」
「そうだよねえ、それにさ、飛べるって事は大きいよ。ここから町に行くのだって、飛べば休憩しながらだって半日だ。けどアリに乗っていったら丸一日だもん」
「そうさ、飛べるって事はそれだけ遠くにも行ける。な? アタシたちの方がいいだろ?」
「そうだね。何もしてなくて気が引けるけど、俺にはここの生活の方が合ってるかな」
「ゼフィロス、お前はちゃんとできる事をやってくれてる。姉貴もユリも助けてくれたし、クロアリとも盟を。誰もできない事をしてくれてんだ。普段はのんびり暮らしてりゃいいのさ」
そう言われるとなんだか嬉しくなって、ぎゅっとジュリアの腰を引き寄せた。そう、このジュリアも、もう妻、愛情を示すのに遠慮はいらないのだ。
「ふふっ、そうだ、それでいい。アタシがいて、姉貴がいて、メルフィがいる。アタシたちは家族さ」
「うん」
ジュリアはそう言って俺を膝に寝かせてくれた。
さて、それはそうとコロニーの俺たちの部屋は大変な事になっていた。
「あ、姉貴? なんだこれ」
「ん、戻ったのか。どうだ? いいだろう」
なんというか、完全に少女漫画のお姫様、って感じの部屋に改造されていた。しかもそのヴァレリアは柔らかな生地のワンピースに着替え、長く伸びた髪をくくり、うっすらと化粧までしていた。その色気たるやただ事ではない。その隣ではメルフィがいい仕事しました、的な顔で立っていて、これもまたスリットの入った色っぽい服に身を包んでいる。
あっけにとられる俺を二人が挟んで椅子に座らせる。あきれ顔のジュリアが向かい合う椅子に腰かけた。
「その、どうだ? ゼフィロス。あなたの為に洒落てみたのだが、似合っているだろうか?」
瞳をうるうるさせながら俺の顔を覗き込むようにヴァレリアはそう言った。
「うん、すごく素敵だ。ちょっと緊張するほど」
「嬉しい」
「ねえ、ゼフィロス? わたくしは? 恥ずかしがらずに正直に仰って」
どや顔のメルフィには、なんで部屋がこうなるまで止めなかったのか、との思いを込めて尻尾をぎゅっと掴んでやった。
「ひゃん! だめぇ、そんなにしちゃだめなのぉ!」
待ち構えていたようにそう声を上げるメルフィ。
「ゼフィロス? そんなにしては可哀想だろう?」
「いいんだよ、ヴァレリア。メルフィはこうされるのが好きなんだ」
「す、好きなわけないです! こんな! あひぃぃん!」
「ね?」
「まあ、そう言う趣味は歓迎できんが、人の好みはいろいろだからな」
「ち、ちがいますから!」
「しっかし姉貴。いくらなんでもこりゃやりすぎじゃねえか? 寝るとこなんか今まで通り、みんなで一緒に寝りゃいいじゃねえか」
「そう言う訳にもいかん。なにせ私たちはもう、ゼフィロスの妻なのだ。ただ寝るだけでなく、睦言も妻の務め。お母様とてそうであるように、邪魔されぬ場所がいるのだ」
「そうですよ、ジュリア」
「ふーん、そんなもんかねえ」
「睦言を交わしてこそ夫婦。お前も妻ならばそうした事もせねばならん」
「あ、アタシも?」
「当然だろう?」
「け、け、けど、アタシはその、子を授かる事だってできねえし」
「関係ない。できぬならば妻をやめろ」
「で、できるに決まってんだろ! んな事ぐらい!」
「とにかくだ。睦言もゼフィロスの世話も交代でする。今日は私、明日はメルフィ。その次がジュリアだ。風呂も食事もその順番でするぞ」
「風呂はともかく飯ぐらいみんなで食えばいいじゃねえか」
「慣れてきたならばそうする。だが二人の時間も欲しいのだ」
「よくわかんねえけどそうしたいならそれでいい」
そんな話になったころ、俺は一つ大事な事を思い出した。
「あっ、そう言えばさ、剣、どうしようか。一つはメルフィが持つとして、もう一本」
「あ、あの剣か! あれ、アタシに持たせてくれよ! いざとなれば姉貴は指揮官だからな。前に出るのはアタシとメルフィだ」
「ふむ、それは構わんが」
「ならジュリアに渡しておこうか。ヴァレリアの側には俺がいればいいしね」
「やりい! アタシあれ、欲しかったんだよね。メルフィ、アレは機甲兵だってザクザク切れるらしいぜ?」
「ええ、そう聞きました」
「ちょっと試し切りに行こうぜ、今日は姉貴がゼフィロスの面倒を見るんだし」
「あ、ちょっと!」
ジュリアは棚の上にあった剣を掴むとメルフィの手を取って外に行ってしまった。残されたのは色気満点のヴァレリアと俺。やべえ、なんかすっごく緊張する。
「ふふ、二人きりだな、ゼフィロス。あなたと二人きりと言うのがこれほどいいものだとは思わなかった。女になる、と言う事は様々な幸せに気づく、と言う事でもあるのだな」
少々照れくさそうに、そう言って身を寄せるヴァレリアは凄い攻撃力だ。俺はあ、とか、う、とかしか答えられない。何しろ俺の呼び方もいつの間にか「お前」から「あなた」に変わっているのだ。
「あなたが私を好き、と言ってくれた気持ち、それと私があなたを大好きだった気持ち、今までは隔たりがあったがもうそれもない。もう一度告げよう。私はあなたを愛している。男性として」
「俺はずっとヴァレリアを愛してたさ、女としてね」
「うん」
真っ赤になって俯いてしまうヴァレリア。やだ、何この可愛さ。反則じゃね?
「まずは風呂に、そして食事を。少しお酒を」
もう、うん、としか言えない俺をヴァレリアが風呂に連れて行く。裸になったヴァレリアが俺の頭を洗ってくれる。もちろんあそこはフルチャージ。今宵、俺は、戦場に立つ!
「いままで気づいてやれずに済まなかった。もう、何も我慢しなくていい」
うん、と頷き深呼吸する。まだだ、俺の戦場はここじゃない。
風呂から上がり二人で食事を。味なんかわからない。ヴァレリアが大人びた仕草で食べさせてくれるのをただかみ砕き、飲み込んでいく。食事はいつしか酒に変わり、ヴァレリアが用意してくれた葡萄酒の入ったグラスを傾ける。お互い意識しすぎて言葉が出ない。俺はやたらに肩を回したり、首をひねったりして緊張を和らげる。こういう時に甘い言葉を口にできるほど俺は女慣れしていなかった。
「――その、私も柄にもなく緊張している」
「俺も」
ぐっと葡萄酒を飲み干し、空になったグラスを置いた。ヴァレリアはそこに新たな酒を注ぐことなく、じっと俺を見つめている。こ、これは、そう言う合図だよね。間違いないよね。
俺は震える手でヴァレリアを抱き寄せてキスをした。
「ゼフィロス、続きはベッドで」
このあとめちゃくちゃ睦言した。
その翌朝、ドアをガンガン叩く音で目が覚める。なんというか、一皮むけた俺は慌てず騒がずベットから身を起こし、窓を開けた。ああ、世界ってこんなにも美しい。そして隣のヴァレリアを起こさぬようにベットを出て、施錠のなされたドアを開けた。
「もう、ひどいじゃないですか! 鍵を閉めて締め出すなんて!!」
「本当だぜ。おかげでアタシたちは狭いベットで一緒に寝る羽目になったんだからな!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の肩を抱き寄せ、その頬にキスをする。
「こ、こんなことでごまかされないです!」
「そ、そうだよ。もう」
大人の対応もお手の物だ。うーむ、流石俺。
「ゼフィロス? もう起きたのか」
シーツで体を隠したヴァレリアが恥ずかし気な顔でそう言うと二人はむうっとした顔になる。
「ああ、ジュリアとメルフィがうるさくドアを叩くもんでね」
「ふふ、お前たちはどこでも寝れるだろ? 何をそんなに騒ぐのだ」
「はぁ? わたくしはジュリアのベットで寝たのですよ! せまいのに二人で!」
「そうだ、締め出すなんてひどいじゃねえか!」
「これもお前たちの為だ。睦言を邪魔されては殺意を覚えるからな。お母様の気持ちがよくわかった。私に殺されるぐらいなら外で立って寝る方がマシだろう?」
うーむ、この辺はあまり変化がないようだ。
「では本日はわたくしが。そう言う取り決めでしたわよね?」
「そうだな。風呂と夕食はメルフィに任せよう。さ、ゼフィロス。支度をして朝食にしようか。私は少し、濃い目のコーヒーでも飲みたい所だ」
「うん、じゃ、トイレに行ってくる」
朝の食事を済ませた俺とヴァレリアは、着替えを済ませるとグランさんの私室に呼び出された。そこは書物や何かがうず高く積まれたやや埃っぽい部屋だった。
「やあ、おはよう。二人とも。ヴァレリア、プリンセスになった感想はどうかな?」
「お父様。私は女としての幸せを存分に。何一つ満たされぬ事はありません」
お父様? あれだけ嫌っていたグランさんにヴァレリアはしおらしくそう言った。
「うん、実にいいね。そうしたしとやかさがプリンセスには必要だ。それで、少し突っ込んだ事を聞くけど、昨夜はその、何回ほど?」
本当に突っ込んだ、っていうかデリカシーのない質問だよ! 普通娘にそう言うこと聞くか?
「私は、その、一度だけで。ゼフィロスに不足を感じさせていないか、少し不安です」
「えっ? 一回? ヴァレリア、君はそれで満足したのかい?」
「はい、私は十分に」
顔を赤らめながらヴァレリアはそう言った。それを聞いたグランさんはうーんと唸り、考え込んでしまった。
「なるほど、君が満たされたならそれでいいんだ。ありがとう。僕はゼフィロスと少し男同士の話があるから、君は先に部屋に」
「はい、なるべく短く」
「うん、わかってる。だけど重要な話なんだ。少し時間を貰うかもしれない」
ヴァレリアが退出すると、グランさんは俺に詰め寄り、その手を取って椅子に座らせる。
「ゼフィロス、正直に答えて欲しい。一体なにをしたんだい?」
「何って、そりゃ普通にあんなことやこんなことを。妻なんだし良いですよね?」
「無論、睦言を交わすのは何の問題もないさ。前も言ったと思うけど、スズメバチの女は欲が強いんだ。ヴァレリアはプリンセスとしては不完全かもしれないけれど一度や二度で満足するとは到底思えない」
「えっと、その、つまり?」
「君が何かしら、アブノーマルな事をしたんじゃないか、そう言う事だよ。もし、もしそうなら僕は!」
ぐわっと目を見開いたグランさんは俺の手を強く握りしめた。やはり父親、娘が変なことされてないか気になるよね。そう思っていた。
「僕は! 君に弟子入りしたい! ねえ、ゼフィロス? 何をしたら一度で済むんだい? 包み隠さず教えてくれないか? これは僕らにとって、とても重要な事なんだ!」
……うーん、この残念さ加減はどうした事だろうか。
「あの、ね、グランさん。俺は特に変わったことをしたつもりは」
「だとしたら種の違い、やり方の違いがあるのかもしれない! 何をどうしたか細かく教えてくれ! メモするから」
えっと、その、自分の痴態を詳細に報告しろと? どういう羞恥プレイ?
「早く!」
目を血走らせたグランさんの勢いに負けて、俺はしぶしぶと睦言の詳細を語りだす。グランさんはそれを紙に書き留め、うーんと唸りながら分析を始めた。
「やはり、キスの割合が。いや、ここが、こうなって」
「グランさん、帰っていい?」
「ゼフィロス、また助言を、絶対、絶対だからね!」
頭をペンの柄で掻きながら真剣な顔で考え込むグランさんを置いて部屋を出た。そこにはヴァレリアが寂しそうに俺を待っていてくれた。
「待っててくれたの?」
「うん」
そう言ってヴァレリアは俺と手を繋いで部屋に帰る。千年の時を越えて掴んだ幸せがそこにあった。
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